始まりの竜

朱璃 翼

文字の大きさ
上 下
145 / 174
六部 最終決戦編

眠れる獅子の目覚め

しおりを挟む
 ゆっくりと歩いていく飛狛。肩に可愛らしい獣を乗せているが、その表情は別人のようだ。琅悸と戦った際にも違う一面を見せたが、それともまた違う。

 静かな怒りを感じ取り、柊稀は初めて畏怖を覚えた。そう、飛狛を恐ろしいと思ったのだ。

(なんで……)

 怒る姿も見たことはあるのに、今の飛狛ほど恐ろしいと思ったことはない。なにが違うのか、と。

「これは……魔力の流れが変わったのか」

――その通りです、主殿。これは……いえ、これが本来の飛狛殿です。飛狛殿は普段、魔力性質を隠しているのですよ――

 思わぬ言葉に、そのようなことができるのかと誰もが瑚蝶を見た。

 こういったことには、彼女の方が詳しいのではないかと思ったのだが、表情を見て考えを改める。これは、魔法への知識があるかなど関係ないのだと。

「普通に考えて、あり得ないことよ。私達には生まれ持っての魔力性質があるわ。その確認をする者は、そこまで多くはないけれど」

 把握していれば、自分の得意魔法もわかりやすい。けれど、把握するための術がないのが実態。もしかしたら、と瑚蝶は黒燿を見る。

「精霊眼なら可能だ。飛狛殿は、見たことがあるが万能型だったはず」

 けれど、今はどう見ても違うと言う。

 なら、この性質はなにかと問われれば、黒燿にはわからないとしか言えない。見たことがないのだ。

「破壊……飛狛の魔力性質は、破壊だ。もっとも、これは後天的なものだが」

 その中、彼のことをよく知る李蒼は、当然ながらこのことを知っている。それは黒欧も同じことだ。

「一番起こしてはいけない、眠れる獣を起こしてしまったな。あれは、もう止まらないぞ。あのときと同じ顔をしてるからな」

――今回、歯止め役の秋星殿が止める気もないですしね――

 李蒼の言葉に黒欧が同意すれば、止める気は欠片もないと秋星の視線が言っている。

 しかし、現状として敵の姿はない。いることはわかっているが、一体どこにいるのか。

「飛狛なら、全部見えてる。あの目だからな。かなりの数、いやがるぜ」

 ユフィが前を見ながら言えば、全員の視線が向けられる。探ってみたところで、彼らは誰一人見ることはできなかった。

 琅悸ですら感じ取れず、黒耀の精霊眼でも見えない。能力の違いかと思ったが、おそらくそれも違うと二人は感じていた。

 起こしてはいけない眠れる獣。李蒼がそう称した理由を、彼らはすぐさま知ることとなる。

 黒い気が溢れ出し、触れた柱が一瞬にして崩れ落ちた。なにが起きたのかと、全員の視線が柱から離れない。

「怒り狂っているが、一線は超えていない。おそらくこちらに被害がくるようなことはしないだろうが、絶対にあれに触れるな。飛狛の魔力は、触れたものを壊す。それがたとえ、生物であってもだ」

 李蒼が真剣な表情で前だけを見ている。あれが溢れ出しているということは、自分達の方にも被害が来るかもしれないと思ってのこと。

 夜秋と秋星が動けないことを考えれば、後ろへ被害がいくような戦い方はしないはずだ。けれど、絶対ではない。二人にはいかないかもしれないが、自分達にはくるかもしれない。

 警戒を怠ることはできないのだ。

「魔力性質、破壊とはそういうことか。これは、隠せるなら隠すな」

 このような力、簡単には使えない。しかし、魔法槍士である以上、魔力を使えないということは問題になるだろう。

(後天的と言っていた。突然、性質が変化してしまった飛狛は、どれだけの努力をして隠す術を身に着けたんだ)

 氷鬼とバレないよう、戦い方を変えることに苦労した琅悸は、自分以上の苦労があったはずだと飛狛を見た。

 双子の戦いの際に見せた姿といい、自分が戦った際に感じたものといい、彼は想像以上に苦しんでいる。それがわかったところで、生きる時代が違う琅悸には、どうすることもできない。

「飛狛さん……動く様子がないけど……」

 なにをしているのか。どのような状態なのか、柊稀にはまったくわからない。見えないところで、すでに戦いは始まっているのだろうかと思うが、それすらわからないのだ。

「囲まれたな。だが、近づけない。あの力だから」

「ユフィ、お前はなぜ見えてる?」

 今の状況を正確に把握しているユフィに、琅悸が疑問をぶつける。精霊だから見えるのか、精霊眼でも見られるのか。その辺りが気になったのだ。

「精霊眼じゃ見られない。飛狛ほどの力があれば別だが」

 どことなく濁されたような気がしたが、琅悸は能力の違いだと思うことにする。精霊である彼だからこそ、言えないこともあるだろうと。

「僕達では見られないとうわけか。できれば、状況説明をそのまましてくれると助かるな」

――その必要はありません。攻撃をするときには表に出てくるでしょうし、あの様子なら声だけの主すら引きずり出すつもりだと思いますから――

 動き始めれば、見えるようになるだろうと黒欧は言った。

 そして、その通りになった。痺れを切らしたのか、邪教集団の方が先に攻撃を仕掛けてきたのだ。

 最初に表れた数人は、おそらく末端よりも上の存在だろう。柊稀は、朱華を取り戻したあとに表れたのと同じだと気付く。

 彼らは飛狛が来ると逃げていた。つまり、これぐらいでは問題がない相手だ。

「なるほどなぁ。俺でも見えねぇけど、指示を出してる誰か、がまだいるのか」

 ユフィにも見えないのか、と驚いたように琅悸が見るから、苦笑いに変わる。

「お前な、俺をなんだと思ってんだよ。見ればわかるだろ。強くねぇ精霊だぞ」

 翳った瞳を示しながら言えば、それが信じられないとは言えなかった。

 琅悸は薄々だが気付いている。ユフィにはなにか秘密があるのだということ。だからといって、それを聞き出す真似をするつもりもなかった。

 現状、力が弱いというのも事実だとわかっているだけに、見えないのも本当のことだろう。

(つまり、飛狛の精霊眼はそれほど強いということか)

 火の神具での戦闘を見てはいないが、白秋が飛狛を過去から引き寄せた理由もわかる。黒燿とは明らかに能力が違うのだ。






.
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

未亡人となった側妃は、故郷に戻ることにした

星ふくろう
恋愛
 カトリーナは帝国と王国の同盟により、先代国王の側室として王国にやって来た。  帝国皇女は正式な結婚式を挙げる前に夫を失ってしまう。  その後、義理の息子になる第二王子の正妃として命じられたが、王子は彼女を嫌い浮気相手を溺愛する。  数度の恥知らずな婚約破棄を言い渡された時、カトリーナは帝国に戻ろうと決めたのだった。    他の投稿サイトでも掲載しています。

処理中です...