始まりの竜

朱璃 翼

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五部 氷鬼なる琅悸編

ひとときの休息5

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 少し離れた場所では、琅悸が呆れながら見ている。

「隣いいかな」

「どうぞ」

 穏やかに微笑む青年を見ることもなく答えた。声を聞くまでもなく、自分の元へ来る気はしていたのだ。

「怪我はだいぶよくなったみたいだね」

「あぁ。誰かの判断がよかったんでね」

 医療が発展している天使族が診てくれたから、これほど順調に回復している。

「いや、誰かは貴重な戦力だからさ」

「動かないかもしれないぞ」

 氷穂のためにしか力を使わないかも、と言われてしまえば笑うしかない。

 その可能性は確かにあるのだが、今の彼ならないと断言できた。表情を見れば、それぐらいわかる。

「スッキリしたみたいだね」

「あぁ。久々に本気でやったからかもな」

 今なら、ユフィが本気で戦うことを勧めた意味もわかった。

 ストレス発散をしたように、気分も変わるのだと、しみじみと実感した。

 もちろん、それだけでスッキリしたわけでもない。すべてを話してしまったのも大きいのだ。

「氷鬼の肩書きは消えない。けど、仲間がいればやっていけるよ」

 騒ぐ姿を見ながら飛狛は微笑む。年齢的には差がないのに、なぜか年上にしか見えない。

 時代の違いによる経験の違いがあるのか。相手が魔法槍士だからなのか。悩むところだ。

「肩書きも罪も消えない。これが終わったら、俺は償うつもりだ」

「……そっか。無理はしない程度にね」

 彼の判断次第では、氷穂が黙っていない。そこは琅悸もわかっていること。

「わかってる。帰る前に、一度手合わせするか」

「いいね。負けないよ」

「俺も負ける気はないし、手も抜かない」

 笑みを交わす二人。互いに本気でやれる相手だと認識しているからこそ、挑むように見る。

「騒いでるのはほっといて、上がろうか」

「そうだな」

 まだまだ騒いでいそうなのを見て、二人は湯から出た。付き合っていたらのぼせかねない。



 散々にからかわれ、ようやく一人になった虚空は、同じく解放された蒼翔と会ってしまい気まずくなる。

「むぅ、なんでいるかな」

「私が言いたいよ」

 これを誰かに見られれば、またからかわれるネタにしかならない。

 どちらもが、誰にも見られないことを願いながらため息をつく。

「会話…丸聞こえだったからな」

「えっ…えぇ!」

 とんでもないことを言われ、蒼翔は絶句する。あれが聞かれていたなど、恥ずかしすぎて逃げ出したい気持ちだ。

「たまには、息抜きで出掛けるか」

「あ…うん!」

 見上げれば、少し照れたような表情を浮かべる虚空。デートへの誘いだとわかり蒼翔も頬を赤らめる。

 話が丸聞こえだったのは恥ずかしかった。けれど、幼い頃からの片想いがようやく通じたのだ。

 これほど嬉しいことはない。そっと服を掴めば、力強く肩を抱き寄せられる。

「虚空のサポートは僕がするから」

「頼もしいな」

 戦いも統治もすべてのサポートをする。そんな意味を含む言葉。

 きっと通じていると信じ、蒼翔は身体を預けた。愛しい人へ。



 寝静まった深夜、宿の庭を歩く人影。見つけたのは、主から離れて散歩をしていた一匹の狼。

「一人でいるなんて、珍しいな」

「李黄か……」

 見上げて見た青年は、珍しく真顔だった。この青年が真顔なのは、滅多に見られない。

「どうした?」

 知っていたからこそ、気になった。彼に対しては、少しだけ仲間意識がある。だからこそ声をかけたのだ。秋星へ。

「なんでもねぇよ」

「なら、そういうことにしとこう」

「気持ちの整理は、もうついたしな」

 フッと笑みを浮かべた青年に、意味は察することができた。彼女は主の傍で見てきたから。

「飛狛は、最後まで素晴らしい魔法槍士だったぞ」

「お前が言うんだ。本当によかったんだろうな」

 この狼は褒めることをしない。素直でもないため、滅多に本音も言わない。

 そんな彼女がそっぽを向きながら言うのは、本音の証でもある。

 すべてを見てきたからこそ、すべてを知った自分を気遣っているのだと知り、笑みが浮かぶ。優しい奴なのだと言えば、彼女が怒りだすのは目に見えている。

「なぁ、暇か?」

「付き合えと?」

「暇なら」

「仕方ない奴だな」

 なにをとは聞かない。聞く必要もない。互いに互いの性格は理解しているからだ。

 だから互いに笑うと、珍しいコンビは歩き出した。

「夜は長いからなぁ」

「ふむ。確かに夜は長いな」

 珍しいコンビではあったが、気は合う。というよりは、李黄が彼を気に入っているだけなのだ。

「チビの話がいいか、片割れか……」

「両方話せよ」

「わかったわかった」

 楽しげに尻尾を振る姿を見ながら、秋星にしては珍しく、柔らかく微笑んだ。

(ありがとな、李黄)

 気遣いに感謝しながら、長い夜は始まった。





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