始まりの竜

朱璃 翼

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五部 氷鬼なる琅悸編

思い出の歌

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 槍と剣が交わる音と、息づかいが聞こえる空間。茶色の髪が宙を舞えば、赤混じりの黒髪も宙に舞う。

 彼を抑えながらユフィの話は聞いていた。だからわかるのは、これが氷鬼だということ。

 感情を凍らせ、殺戮を行っていた頃の琅悸。華朱と同様の方法で、氷鬼としての彼にした。

(違いがあるとしたら)

 今の彼には氷穂の声が届かない。繋がりを無くしてしまい、届かなくなってしまったのだ。

(どうやれば……)

 氷穂の声が届くなら、それだけで打開策はいくらでも考えることはできる。彼女を護りながら、彼女に取り戻してもらえばいいのだから。

 けれど、それができない現状。

 やはり動きを止めるしか道はないか、と飛狛は考える。そうなれば、互いに無傷というわけにはいかない。

 いくら飛狛が強くても、彼を抑え込むのは簡単ではないからだ。力としては自分と同格だろうと、短いやり取りで察している。

「飛狛さん!」

 身体を包むように現れた氷に、柊稀が慌てるような声を出す。

(なるほど、これが氷鬼の殺し方か。あの魔力でやられたら、普通の民なら一撃だな。けど、問題はない。俺には通じない)

 包む氷の一部がオレンジかかるのを見て、飛狛は不敵な笑みを浮かべた。

 オレンジからさらに濃くなり、赤い炎が吹き荒れる。氷は一瞬で炎に変わっていた。

 炎が荒れる中、無傷で立つ飛狛に見ていた側は呆然とする。

「アハハ! うちの魔法槍士は、そんなんじゃ殺れねぇよ!」

「というか、あの程度なら僕らでも簡単ですね」

 クスリと笑う夜秋に、秋星がジロリと睨む。

「んあ? 俺はごめんだぜ。力は使わない主義だからな。やるならお前だけにしろよ」

「僕もやりませんよ。もしものときは、飛狛にすべてやらせますから。当然でしょ、叔父をこき使ってるんですから」

「……」

 さすがの秋星も、これには絶句した。初めて、かわいい甥っ子に同情すら覚えたほどに。

(我が兄ながら、恐ろしい……)

 昔からわかっていた性格だが、改めて痛感する。この相棒は、絶対に敵に回してはいけないと。

 敵に回したら最後、なにをされるかわかったものではない。それほど恐ろしい存在だった。

 放たれる氷をすべて炎にすれば、さすがに使わなくなった。思考能力がないわけではない。

 しっかりと考えているが、華朱の記憶がいじられたのと同じだろう。彼の記憶も一部いじられているようだ。

幻乱舞げんらんぶ……」

 槍が淡い輝きを放つ。それだけの変化では、見ている側にはなにが起きたかわからない。

 表面上は魔技を使ったように見えない魔技。飛狛の幻惑なのだろうが、幻惑使い自体が珍しいことから予測もできない。

――いい機会です。主殿、あれが飛狛殿の幻惑です。よく見られるといいですよ――

 幻惑使いは数が少ない。貴重な戦いが見られるだけに、黒欧は主の役に立つと思ったのだろう。

 彼が戦ってくれるとは思っていなかった。戦うことまではしないと思っていたのだ。未来に干渉するつもりはないと言っていたから。

 普通に手合わせをしたぐらいでは、飛狛は幻惑を使わない。頼めば使ってくれるかもしれないが、そこまでしてみたいというわけでもなかった。

「幻惑抜きに、貴重だな」

 過去の魔法槍士。手を貸さないと言った手前、戦う姿は見せないと黒燿も思っていた。

 けれど今、彼は明らかに戦闘体制に入っている。誰かに任せるでもなく、自分でやるのだというように。

 むしろ、誰も手を出すなというように威圧をかけていて、黒燿でも動くことができない。

 変化はすぐさまやってきた。槍が数本にも見えるのだ。

「幻乱舞ってな、まぁ……見たまんまだ。嫌いなんだよなぁ」

 幻と本体の槍が同時攻撃する戦い方。それが飛狛本来の戦い方なのだ。

「幻?」

「お前には通じなかったみたいだけどな」

 過去でした柊稀との手合わせで、飛狛は使っていた。

 けれど通じなかったのだが、彼はそれすら気付いていないのだから秋星は笑うしかない。

 ある意味、あれが見えていないとは幸せな奴、とすら思ったほどに秋星は嫌っている。

 幻惑は珍しいだけあり、琅悸も戸惑っているように見えた。どう戦うか考えているようだ。

(気付いたか……さすがだ)

 剣で幻惑が切れると、すぐに察した。魔力を使う以上、彼の剣で切れてしまうのは欠点。

 だが、それぐらいはわかっていた。あの剣は霜瀬が使っていたからこそ、よく知っている。知っているということは、対策のしようもあるということなのだ。

(切れないものもあるんだって、教えてやるよ)

 瞳に金色の波が押し寄せ、輝き出す。次の瞬間、幻惑が切れなくなり琅悸の表情が初めて変化した。

 厄介だと感じているのか、無表情だった琅悸は険しい表情を浮かべている。

「その剣は確かに万能だ。魔力が関わるものはなんでも斬れる。だけど、斬れないものもあるんだよ。まだまだ勉強不足だったね」

 ふっと笑うなり、飛狛が手加減無しで斬り込む。幻と本体が同じ力で襲いかかる。

 彼を一撃で吹き飛ばしたのもこの力。無防備なら吹き飛ぶが、今回はさすがに踏みとどまった。

「精霊の力は…斬れないわけか……」

「なんだ、話せたんだ」

「当然のことを言うな」

 一言もしゃべらなかった為、話せないと思い込んでいた。これは自分の思い違いなだけに、苦笑いを浮かべる。

 よく考えれば、華朱もいじられていたこと以外は普通であった。当然のことなのだ。

(話せるが、氷穂の記憶は消えている、か。なら、柊稀達の記憶もないか。めんどうだな)

 仲間の記憶はすべて消されている。彼にとっては赤の他人を相手にしている状態なわけで、だからしゃべらなかったのかもしれない。話す必要がなかっただけのこと。

(けど、操り人形を相手にするよりいいか)

 せっかく強い者と戦うのだから、なにも感じない操り人形ではつまらない。彼と本気で手合わせしたかっただけに、飛狛は楽しくなってきたと思う。思わず笑みを浮かべてしまったほどだ。

 ここから仕切り直しだと、飛狛は静かに槍を構える。




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