始まりの竜

朱璃 翼

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四部 朱華と華朱編

開かれた記憶

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 緋色の髪が揺れている。懐かしい気持ちが込み上げ、けれど距離は縮まない。どちらも近寄ることはしないから。

 いつも明るく笑っていた。楽しいときは笑い、怒るときはわかりやすいほど表情にでる。その面影も見つからないほど冷酷な表情をしている。別人なぐらいに。

 こんなのは彼女らしくない。

「朱華……」

 話し合いを許してくれる素振りはない。こちらの話を聞かせるためには、力付くでねじ伏せるしかないだろう。

 それは最初から覚悟していたことで、柊稀が迷うことはなかった。

「柏羅は下がっていて」

「はい」

 他の仲間達が邪教集団を押さえてくれている。完全に安全とは言えないが、彼女は自力で身を護ることができる。

 この戦いは誰にも邪魔されることはない。誰にも邪魔させない。

 剣を構えれば、朱華も応えるように大剣を構えた。そのまま静寂が辺りを包む。

 互いに時を待っているのだ。戦闘開始を告げる時を――――。

 いつまでも続くかと思われた静寂は、二人が踏み込むと終わりを告げた。

 同時に踏み込まれた一歩。速いのは朱華の方だ。大剣を軽々と振り下ろす。

 受け止めた柊稀は、一昔前なら押されていただろう。けど、今の彼は遅れをとることはない。

(柊稀…強くなった…違う……戻りだしてるんだ)

 一撃で朱華は理解した。彼の昔を知るからこそ、引き戻されているのだとわかる。

(昔に戻る……)

 なら、彼女のもとへいってしまうだろう。それでいいのだ。

(造られた自分なんかといるより、柊稀は幸せになれる。あの子なら幸せにしてくれる)

 彼の手で死ねるなら、これほどの幸せはなかった。他の誰でもない。柊稀の手ですべてを終わらせてもらいたかった。

 そこに柏羅がいて、見守ってくれる。三人で遊んだ楽しい記憶に包まれながら。

(悔いなんてない!)

 自分には最高の死に場所が用意されているのだ。思い残すことなど何一つない。朱華は全力で柊稀へ攻撃した。

 剣と剣を重ね合わせ、炎が絡み合う。全力の戦いは激しくぶつかり合い、二人だけの世界を作り上げる。

 見えない闘気が渦となり、二人の身体を包む。

(なんだろ…不思議な感覚……)

 そんな中、柊稀は不思議な感覚に襲われていた。

 それは、火の神具を取り戻す際にも感じたもの。身体が戦い方を知っているような錯覚を起こす。

 知らないはずの魔技が、戦っているうちにでてくるのだ。頭の中でどうやればいいのかわかる。

 魔法なんてほとんど使えなかった。使えないと思っていた。けれど、頭の片隅にしっかりと呪文が存在する。

(思い…だせそう……)

 なにかが溢れだしているのを感じた。自分の中で変化していく。

 失われた記憶。父親が死んだときの、村に災害が襲ったときの記憶。

 固く深いところに閉ざされた記憶の扉が、ゆっくりと音をたてて開いていく――――。




 幼い少年は村の近くにある森で遊ぶのが好きだった。幼馴染みの少女と、毎日のように遊んでいた。

 それは、この村で育てば当たり前なこと。子供どころか、大人ですら森を散歩したり、読書したりと思い思い過している。

 そんなある日のことだ。柊稀は珍しく、一人で別の場所にいたのだ。

「誰? 朱華にそっくり……」

「……」

 そこへ一人の少女がいた。幼馴染みによく似た少女で、無表情。ここになぜ自分がいるのかも理解していないように見えた。

「喋れないの?」

 話しかけてみたが、言葉がわからないような素振り。首を傾げるから問いかけてみたが、やはり言葉は返ってこない。

「僕、柊稀」

「……しゅ、き?」

 試しに名前を言ってみれば、たどたどしく声が返ってきた。

「しゅ、う、き、だよ」

「しゅ、う、き」

「うん!」

 声が返ってきたことに嬉しくなり、笑いかければつられたように少女が笑う。同じぐらいの年齢だろうが、行動は少し幼い。

 けれど、見た目だと自分と同じぐらいな気がした。幼馴染みに比べれば、痩せすぎている。それぐらいは少年でもわかった。

「名前は?」

 言葉をほとんど話せない。そんなこと気にせず聞いてみるが、答えは首を傾げるだけ。

「ないのかなぁ」

 もしかしたら、名前がないのかもしれない。大人なら、そのようなことがあるのかと考えたかもしれないが、少年は考えない。

 素直に思ったままに言い、行動する。

「じゃあ、華朱。朱華にそっくりだから」

 幼馴染みに似ているから。単純な理由で決めた名前だったが、少女は覚えるように声に出す。

「か、しゅ……」

「ダメ?」

 何回か繰り返す姿に、気に入らなかったのかと不安になる。

 勝手につけてしまったが、本人の希望を聞くべきだったかもしれないと思う。

「ううん!」

 不安げに見てくる柊稀へ、少女は首を振り、気に入ったのだとアピールするように腕を掴む。これが初めて見せた、少女の意思でもあった。

「よかったぁ」

 これが二人の再会だった。本来なら同じ村で育つはずだった二人の。





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