16 / 174
一部 旅立ち編
ベル・ロードの統治者
しおりを挟む
襲撃を受け、激しい戦闘が起きていたとは思えないほど神殿内は静寂を取り戻した。
琅悸の服が破け、黒く焦げているのがなければ、なにもなかったのではないかというほどの静寂さ。
神殿も傷ひとつない。それほど特殊な素材で出来ているのだろう。
「始祖竜はどこへ?」
「わかりません。すぐに探ります!」
身を翻し、奥へ戻っていく氷穂。琅悸は周囲へ神経を研ぎ澄まし、敵がいないことを確認してから後を追う。
結界は壊されたが、他に損傷はない。通り際、氷穂が作り上げた氷の柱をみつけるなり、粉々に砕く。中に邪教集団の末端がいるまま。
砕け散った氷は、炎の渦により跡形もなく消え去る。そこには、初めからなにもなかったかのごとく。
その一瞬に見せた表情は、まるで氷のような冷徹さ。
「そんな顔しないでください」
「どんな顔だ?」
「氷みたいな、冷たい顔ですよ。たまにしますよね」
「気のせいだ」
よく見ているな、と内心苦笑いする。見られないよう気を付けていただけに、その観察力には舌を巻く。
奥へと進んでいけば、子猫ぐらいの大きさで、翼の生えた白い獣がいた。
「みゅ?」
獣は氷穂に気付くなり、首をコテッと傾げ鳴く。
「聖舞、始祖竜が消えてしまいました。探れますか?」
「始祖…竜? さっきの力?」
聖舞と呼ばれた小さな獣は、可愛らしい声で言葉を話す。少しばかりたどたどしいのが、また可愛らしく感じさせた。
聖獣とここでは呼ばれている存在で、その正体は魔法槍士と混じった代に、フェンデの巫女へ送られた魔道生物である。
村には神話のように伝わっているが、巫女と魔法槍士の間で伝達をするぐらいしか、基本使われない。誰もその能力を知らないのだ。
「そう、さっき強い力を放ったのが始祖竜」
攻撃能力は一切ないが、魔力の関知や判別はできる。その範囲は世界のどこであっても可能という有能さ。
この聖獣ならたとえ微弱であっても、始祖竜の力を探り当ててくれる。
首を傾げていた聖舞は、わかったと一言だけ言い探り始めた。
長い間探ってみたが、聖舞は困惑したように見上げる。見つからなかったのだ。
「始祖竜、いない。黒耀に言う?」
「……そうね。黒耀に伝えてください」
いないという結果に、琅悸と氷穂も困惑した。探れないほど完全に魔力の波動を消せるのか。
一時的とはいえ、あれだけの力を放っておいて。
「魔力がどこへ流れたかもわからないのか?」
「みゅー。やってみる」
始祖竜は身の危険を察して逃げた。二人の考えはそうだった。だから、逃げた方角だけでもわかればと思ったのだ。
しかし、その結果わかったのはとんでもないことだった。
「つまり聖舞、始祖竜は時空を越えたということかしら」
「うん。過去か未来。どっちか」
逃げた先は現代ではないということ。これではどうすることもできない。二人には時空を越える術がないのだから。
次の行動に悩んでいると、聖舞の額にあった赤い飾り石が輝き出す。飾り石は光を発し、鏡のようなものを作り出す。
そこに長い黒髪に黒い瞳をした青年が映し出された。
「黒耀…」
「氷穂、始祖竜は過去へ飛んだと思われる。俺が迎えに行く」
なぜわかったのか。問いかけたかったが、必要があれば話してくれるのが彼だと氷穂は理解していた。
話さないということは、今は話すときではないのだろう。
「わかりました。黒耀に任せます」
「迎えに行く間、虚空と合流してくれ。始祖竜が戻り次第、邪教集団を潰しに行く」
「はい」
ついに見つけ出したのだ。邪教集団の集まる場所を。
黒耀と呼ばれた青年の一言で、二人は決戦が近いことを知る。決意したように顔を見合わせ、神殿を空ける準備へ入った。
仲間と合流するために。
フェンデの朝は早い。巫女の傍付きは朝一で戻ってきた。それと同時に、村も活動が始まる。
「巫女様、お出掛けですか?」
旅支度をした氷穂を見て、察したように傍付きが言う。
「えぇ。少し長くなるかもしれないです。なにかあれば、いつものように鳥を飛ばしてください」
巫女は行事がない限り、巫女殿から出なくても怪しまれない。そのため、氷穂は度々出掛けていたのだ。
もちろん知っているのは傍付きぐらいなもの。琅悸のような強い護衛がいるからこそ、傍付きも黙認しているのだが。
「わかりました。魔法槍士殿も訪ねていましたし、なにか一大事なのでしょう」
「無茶だけはしないでください」
「琅悸がいるから、大丈夫ですよ」
心配性な傍付きを安心させるよう、微笑みながら言う。
琅悸は傍付きから絶大な信頼を持つ。先代を助けたことが信頼の強い原因だ。
だからこそ、ある程度のことには目を瞑ってもらっていると氷穂は理解していた。
氷穂同様、旅支度を終えた琅悸が姿を現せば、傍付きは最大限の敬意を見せる。
最初の頃は居心地が悪かったそれも、慣れてしまえば気にならない。
「おはようございます、琅悸様」
「おはよう。俺がいない間、巫女殿が狙われても困る。妹に様子を見るよう頼んでおいた」
表向き、氷穂は巫女殿にいる扱いだ。また邪教集団がこないとも言いきれない。
そんなときに傍付きや村人を護れるよう、琅悸は妹に頼んだのだ。彼の妹もまた、彼に劣らぬ強さを持つから。
「さすが琅悸。抜かりないですね」
「当たり前だ」
彼にとって、フェンデの巫女という存在自体が特別だった。だからこそ護衛という肩書きを託された以上、手を抜くわけにはいかない。
巫女だけではなく、巫女殿や村も彼にとっては護る対象となるのだ。
なぜなのかわかっているからこそ、氷穂は複雑な気持ちになる。
.
琅悸の服が破け、黒く焦げているのがなければ、なにもなかったのではないかというほどの静寂さ。
神殿も傷ひとつない。それほど特殊な素材で出来ているのだろう。
「始祖竜はどこへ?」
「わかりません。すぐに探ります!」
身を翻し、奥へ戻っていく氷穂。琅悸は周囲へ神経を研ぎ澄まし、敵がいないことを確認してから後を追う。
結界は壊されたが、他に損傷はない。通り際、氷穂が作り上げた氷の柱をみつけるなり、粉々に砕く。中に邪教集団の末端がいるまま。
砕け散った氷は、炎の渦により跡形もなく消え去る。そこには、初めからなにもなかったかのごとく。
その一瞬に見せた表情は、まるで氷のような冷徹さ。
「そんな顔しないでください」
「どんな顔だ?」
「氷みたいな、冷たい顔ですよ。たまにしますよね」
「気のせいだ」
よく見ているな、と内心苦笑いする。見られないよう気を付けていただけに、その観察力には舌を巻く。
奥へと進んでいけば、子猫ぐらいの大きさで、翼の生えた白い獣がいた。
「みゅ?」
獣は氷穂に気付くなり、首をコテッと傾げ鳴く。
「聖舞、始祖竜が消えてしまいました。探れますか?」
「始祖…竜? さっきの力?」
聖舞と呼ばれた小さな獣は、可愛らしい声で言葉を話す。少しばかりたどたどしいのが、また可愛らしく感じさせた。
聖獣とここでは呼ばれている存在で、その正体は魔法槍士と混じった代に、フェンデの巫女へ送られた魔道生物である。
村には神話のように伝わっているが、巫女と魔法槍士の間で伝達をするぐらいしか、基本使われない。誰もその能力を知らないのだ。
「そう、さっき強い力を放ったのが始祖竜」
攻撃能力は一切ないが、魔力の関知や判別はできる。その範囲は世界のどこであっても可能という有能さ。
この聖獣ならたとえ微弱であっても、始祖竜の力を探り当ててくれる。
首を傾げていた聖舞は、わかったと一言だけ言い探り始めた。
長い間探ってみたが、聖舞は困惑したように見上げる。見つからなかったのだ。
「始祖竜、いない。黒耀に言う?」
「……そうね。黒耀に伝えてください」
いないという結果に、琅悸と氷穂も困惑した。探れないほど完全に魔力の波動を消せるのか。
一時的とはいえ、あれだけの力を放っておいて。
「魔力がどこへ流れたかもわからないのか?」
「みゅー。やってみる」
始祖竜は身の危険を察して逃げた。二人の考えはそうだった。だから、逃げた方角だけでもわかればと思ったのだ。
しかし、その結果わかったのはとんでもないことだった。
「つまり聖舞、始祖竜は時空を越えたということかしら」
「うん。過去か未来。どっちか」
逃げた先は現代ではないということ。これではどうすることもできない。二人には時空を越える術がないのだから。
次の行動に悩んでいると、聖舞の額にあった赤い飾り石が輝き出す。飾り石は光を発し、鏡のようなものを作り出す。
そこに長い黒髪に黒い瞳をした青年が映し出された。
「黒耀…」
「氷穂、始祖竜は過去へ飛んだと思われる。俺が迎えに行く」
なぜわかったのか。問いかけたかったが、必要があれば話してくれるのが彼だと氷穂は理解していた。
話さないということは、今は話すときではないのだろう。
「わかりました。黒耀に任せます」
「迎えに行く間、虚空と合流してくれ。始祖竜が戻り次第、邪教集団を潰しに行く」
「はい」
ついに見つけ出したのだ。邪教集団の集まる場所を。
黒耀と呼ばれた青年の一言で、二人は決戦が近いことを知る。決意したように顔を見合わせ、神殿を空ける準備へ入った。
仲間と合流するために。
フェンデの朝は早い。巫女の傍付きは朝一で戻ってきた。それと同時に、村も活動が始まる。
「巫女様、お出掛けですか?」
旅支度をした氷穂を見て、察したように傍付きが言う。
「えぇ。少し長くなるかもしれないです。なにかあれば、いつものように鳥を飛ばしてください」
巫女は行事がない限り、巫女殿から出なくても怪しまれない。そのため、氷穂は度々出掛けていたのだ。
もちろん知っているのは傍付きぐらいなもの。琅悸のような強い護衛がいるからこそ、傍付きも黙認しているのだが。
「わかりました。魔法槍士殿も訪ねていましたし、なにか一大事なのでしょう」
「無茶だけはしないでください」
「琅悸がいるから、大丈夫ですよ」
心配性な傍付きを安心させるよう、微笑みながら言う。
琅悸は傍付きから絶大な信頼を持つ。先代を助けたことが信頼の強い原因だ。
だからこそ、ある程度のことには目を瞑ってもらっていると氷穂は理解していた。
氷穂同様、旅支度を終えた琅悸が姿を現せば、傍付きは最大限の敬意を見せる。
最初の頃は居心地が悪かったそれも、慣れてしまえば気にならない。
「おはようございます、琅悸様」
「おはよう。俺がいない間、巫女殿が狙われても困る。妹に様子を見るよう頼んでおいた」
表向き、氷穂は巫女殿にいる扱いだ。また邪教集団がこないとも言いきれない。
そんなときに傍付きや村人を護れるよう、琅悸は妹に頼んだのだ。彼の妹もまた、彼に劣らぬ強さを持つから。
「さすが琅悸。抜かりないですね」
「当たり前だ」
彼にとって、フェンデの巫女という存在自体が特別だった。だからこそ護衛という肩書きを託された以上、手を抜くわけにはいかない。
巫女だけではなく、巫女殿や村も彼にとっては護る対象となるのだ。
なぜなのかわかっているからこそ、氷穂は複雑な気持ちになる。
.
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
絞首刑まっしぐらの『醜い悪役令嬢』が『美しい聖女』と呼ばれるようになるまでの24時間
夕景あき
ファンタジー
ガリガリに痩せて肌も髪もボロボロの『醜い悪役令嬢』と呼ばれたオリビアは、ある日婚約者であるトムス王子と義妹のアイラの会話を聞いてしまう。義妹はオリビアが放火犯だとトムス王子に訴え、トムス王子はそれを信じオリビアを明日の卒業パーティーで断罪して婚約破棄するという。
卒業パーティーまで、残り時間は24時間!!
果たしてオリビアは放火犯の冤罪で断罪され絞首刑となる運命から、逃れることが出来るのか!?
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします
藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です
2024年6月中旬に第一巻が発売されます
2024年6月16日出荷、19日販売となります
発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」
中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。
数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。
また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています
この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています
戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています
そんな世界の田舎で、男の子は産まれました
男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました
男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます
そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります
絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて……
この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです
各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます
そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます
カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております
没落貴族なのに領地改革が止まらない~前世の知識で成り上がる俺のスローライフ~
昼から山猫
ファンタジー
ある朝、社会人だった西条タカトは、目が覚めると異世界の没落貴族になっていた。
与えられたのは荒れ果てた田舎の領地と、絶望寸前の領民たち。
タカトは逃げることも考えたが、前世の日本で培った知識を活かすことで領地を立て直せるかもしれない、と決意を固める。
灌漑設備を整え、農作物の改良や簡易的な建築技術を導入するうちに、領地は少しずつ活気を取り戻していく。
しかし、繁栄を快く思わない周囲の貴族や、謎の魔物たちの存在がタカトの行く手を阻む。
さらに、この世界に転生した裏には思わぬ秘密が隠されているようで……。
仲間との出会いと共に、領地は発展を続け、タカトにとっての“新たな故郷”へと変わっていく。
スローライフを望みながらも、いつしか彼はこの世界の未来をも左右する存在となっていく。
【完結】ちょっと待ってくれー!!彼女は俺の婚約者だ
山葵
恋愛
「まったくお前はいつも小言ばかり…男の俺を立てる事を知らないのか?俺がミスしそうなら黙ってフォローするのが婚約者のお前の務めだろう!?伯爵令嬢ごときが次期公爵の俺に嫁げるんだぞ!?ああーもう良い、お前との婚約は解消だ!」
「婚約破棄という事で宜しいですか?承りました」
学園の食堂で俺は婚約者シャロン・リバンナに婚約を解消すると言った。
シャロンは、困り俺に許しを請うだろうと思っての発言だった。
まさか了承するなんて…!!
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
月が導く異世界道中
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる