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5部 よみがえる月神編

覚醒の終わり

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 激しい激痛が襲い掛かる。身体の奥底から、なにかが変わっていくような感覚と、身体が引き裂かれそうになる感覚。

 なにかが溢れ出していくのに気付けば、それを押し留めようと本能的に動く。ここで爆発させるわけにはいかないのだ。

「クッ……」

 声がでそうになり、クオンは布団を握り締めて耐える。みっともなく叫ぶことなんて、彼のプライドが許せないのだ。

 しかも、この場にリーナがいるとなれば尚更に。彼女を傷つけるような真似は絶対にできない。

「どれぐらい経った?」

 基本的には二人にしているが、心配してクロエとフィーリオナは様子を見に来るようになった。

「まだ、半日よ」

 夜中から始まり、すぐさまクロエが部屋にやって来たのは、異変を感じたから。朝にはフィーリオナに報告し、今は昼を過ぎた頃。

 書類などやっていられるか、とフィーリオナも頃合いを見計らって数度部屋に来ている状態だ。

「……寝る時間は取れ、と言っても聞かないんだろうな」

「うん。私は寝ないよ」

 ここで、ずっと見守っている。そう言われてしまえば、クロエにはなにも言えない。

 一体、なにがあったのかと思う。たったの数時間で、なにかが変わったような気がしたのだ。

(二人の関係が、動いたのか?)

 考えられることは、二人の関係が動き出したのではないか、というもの。つまり、上手くいったのだろう。

 どう見ても両想いだとわかっていただけに、幼馴染みとしては喜ばしいことだ。二人が幸せになってもらえれば、それだけでクロエは十分だと思う。

「とりあえず、今は黙って見ててやる。だが、これが長引くようなら、ちゃんと寝てもらうからな。お前を倒れさせたなんて知られたら……フォルスが面倒だ」

 クオンが、と言われれば反論できたのだが、兄がと言われるとなにも言えない。

 最後の言葉から、本気で面倒だと思っていることもわかったからだ。

「適度に休むわ。大丈夫」

「随分と、落ち着いてるんだな」

 もう少し取り乱すかと思っていた。必死に堪えているが、叫び声を上げていてもおかしくない状態。クオンのこのような姿を見れば、少し前のリーナなら取り乱していただろう。

「信じてるから……大丈夫って、クオンを信じてる」

 まったく不安がないわけでもない。だけど、大丈夫だと言われたから信じているのだ。

「陛下が、フォルスを呼ぶと言っていた。視る力があるからな」

 彼なら、クオンの変化を逐一察することができるだろう、ということだ。仕事としてならば、きっちりと行うのがフォルスだから、クオンに思うところがあっても問題はない。

 ただ、リーナに判断を任せるとも言われたことを伝えると、意外そうに見る。

「どうして……」

「クオンのすべてを俺とリーナに任されている。だからだと思う」

 クロエがフィーリオナを避けているから、フィーリオナが意見を求めてこなかったなどとは、さすがに言えないこと。

「どうする? フォルスは必要か?」

 必要なら、そう伝えると言われれば、悩んだ末に必要ないと言う。

 なにが起きているのか、リーナは正確に知っている。視てもらう必要はないのだ。

「……ふぅ。すべて知ってるな」

「うん…」

 やはりクロエにはバレるか、とリーナは笑う。クオンですら誤魔化せないのだから、彼を誤魔化すことなどリーナにはできない。

 わかっていたが、誤魔化せたらと思ってしまったのだ。諦めて素直に言うべきだと、リーナはクロエを見る。

 一先ず、聖獣とクオンが話したこと、そのあと腕輪に干渉して自分も会ったことまで話す。

「腕輪に干渉したのか」

 その視線が、やるなと言ったよな、と鋭い視線で語り掛けてきたので、リーナの表情が引きつる。

 確かに、クロエはそう言った。言ったのだが、どうしても試してみたくなったのだ。やろうと思ってできるのか、を。

「ハァ……もういい。それで、会ったわけだな」

「水色の小さな獣にね。可愛かったよ」

「お前……会いたかっただけだな」

「えへへ」

 動物が好きなリーナは、ただ会いたかっただけで試してみた。

 あのタイミングなら、クオンは簡単に許可をくれると思って動いたのだ。もちろん、クロエに言われたこともそのまま伝えていると言われれば、クロエはため息をつく。

「クオンが許可してる時点で、俺はなにも言えないが……程々にしろよ」

 なにが起きるかわからない力を、多用するなと言われてしまえば頷く。自在に操れるものではないというのも、釘を刺された原因だ。

 わかっているが、やらないと断言できないのがリーナだったりする。その辺りも、クロエなら理解しているだろう。

 なにかあればすぐに呼べ、という言葉を残してクロエは部屋から出ていった。

 このあとはフィーリオナがやってくるだろうか、と思いながらも、リーナはクオンを見る。

 痛みと溢れ出す魔力に苦しむ彼は、誰が部屋にやってきても気付くことはない。周りなど見えていないのだと、リーナはわかっている。

 意識はあるが、それは力を爆発させないため必死になっている結果だ。なんとか意識を手放さないようにしている。

「クオン…私の声も届かないのかな」

 今の彼には、自分の声も届かないのだろうか。そんなことはないと、彼の手に触れる。

 声は届かなくても、温もりは必ず伝わると信じていた。ここにいるんだと、それだけ伝わればいいのだ。

『歌声だ。クオンといると、歌が聴こえる。不思議』

 ハッとしたようにリーナはクオンを見る。今、なにかを思いだしたような気がしたのだ。

(今の……なに? あの歌に関してのこと?)

 教えて、と彼を見る。間違いなく、クオンに触れたことで思いだそうとした。

 あの歌声は、クオンの魂に干渉した結果なのかもしれない。意味があるものだとしたら、その理由が知りたいと思う。

 願ったところで、干渉の力が働くことはない。クオンの状態がこれだからなのか、それとも自在に使える力ではないからなのか。

 わからないことだが、それでもなにか意味があるものだと思うことにする。だから、この瞬間に思いだしたのだ。

「歌なら、クオンに届くとか? やってみようかな」

 試しに歌ってみようかと、リーナが口ずさむ。初めてクオンが倒れた日も、こうやって歌っていたなと思いながら。

 さほど昔ではない。まだ最近のことだ。

「うっ…リー…ナ…」

「クオン!」

 苦しげに歪んだ表情で見上げられれば、瞳が微かに銀色の輝きを宿していると気付く。

 自分の髪は嫌いだったが、彼の瞳に宿る銀色の輝きは嫌なものに思わなかった。彼にもこう見えているのだろうかと、思わず考えてしまったほどだ。

 咄嗟に頬へ触れていたリーナは、冷え切った身体に驚く。

(これも、変化している証なのかな)

 そうだとして、寒くないだろうかと気になる。

 考えてもわからないことだ。とにかく、今は些細なことも見逃さないようにしようと思う。

 なにかあったとき、すべて対処できるようにするのが自分の役目だ。






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