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5部 よみがえる月神編

月神の聖獣3

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『遅くないうちにすべて思いだすだろうが、俺を受け入れるか受け入れないかを考えるために、ある程度の知識は必要か』

 わからないなどと言わないだろ、と視線が訴えかけている。

「知識が完全じゃねぇのは認めるが、なにを聞いても俺の覚悟は変わらねぇ。しかも、受け入れる受け入れないなんて関係ねぇんだろ」

 月神の力を受け入れるかと問いかけられているが、拒否したところで無理だとわかっていた。力も自然と自分の中にやってくる。

 やってくるというのは少し間違っているな、とクオンは思う。自分の中にあるのだから、いつかは使えるようになっていただけのこと。

「お前がいないと、力が半減するということだろ」

 以前、リオン・アルヴァースに言われた。聖獣も聖剣もないから半減すると。

 つまり、力は聖獣といてこそ完全に使えるのだろう。この辺りも、聖獣との繋がりを得たらすべてわかると思っている。

『遠からず、だな』

 わかってんじゃねぇか、と言われれば、この野郎と引きつった表情で見ているクオン。これすら懐かしいと思うから、どうしたものかと思う。

 完全にリオン・アルヴァースの記憶は自分のものになっているのだ。

 一人と一匹の距離が一歩近づく。覚悟はわかったが、最低限の知識は知ってからにしろ、と聖獣は言う。

『月神は、リオンは人間ではない。今のお前は人間だが、すべてを受け入れれば人間ではなくなる。死ぬことはない、永遠の時を生きるんだ。家族や友人とも、一緒にはいられねぇ』

 想定内だと頷く。記憶を見ることで、自分が月神になったらどうなるのかは考えていた。

 おそらく、月神となれば不死になるのだろうと思っていたし、そうなればすべて捨てることになることもわかっていた。

 元々、家を出た時点では捨てたつもりだったのだから、それが先延ばしされただけのことだ。一度国へは戻ることになるが、すべてが終われば国を出るだけのことだと思っている。

「ちなみによ、国捨てたら行き先あるんだよな」

『そうだなぁ、昔の拠点は残ってるし、エリルと使ってた家も残ってるぜ。あとはセレンで暮らすことも可能だな。あそこはみんな事情を知ってるし、住み心地はいいぜ』

 まさか住む場はあるのか、と聞かれるとは思っていなかった聖獣は、一瞬呆けたあとに笑いながら言った。

 なぜ迷わないと言いたげな視線を受ければ、クオンはニヤリと笑ってみせる。

「その可能性は、とっくに考えてたっつうの。当然だろ」

 記憶を見てどれぐらい経つと思っているのか、と言われてしまえば、聖獣はそうだなと言うだけに留めた。

 年齢を考えれば、リオン・アルヴァースよりもしっかりしているとすら思う。その上、彼の記憶を持てばどうなるのだろうか。

 思わず考えて、聖獣は考えるだけ無駄だと内心笑う。

『友人との別れも気にしないってか』

「友達なんていねぇから。幼馴染みならいるけど、別に一生一緒ってわけじゃねぇんだし」

 いつか道が別れる日はくる。それがこのタイミングだってだけのことだ。

「最初は寂しい、ぐらいは思うかもしれねぇけどな。配属先が変わったと思えば平気だろ」

 あまりの考え方に、聖獣の方が言葉を失う。ここまであっさりと言うことは、リオン・アルヴァースでもできなかった。

 彼は強がって誤魔化すが、目の前にいる彼は違う。

(ちけぇな)

 強がっている部分もあるだろうと思い直す。年齢も考えれば、こうもあっさりと言うことなどできるわけがない。

 どんなことがあっても、乗り越えていこうという覚悟はある。ならば、自分がすることは新しい主となる彼を支えることだ。

 なにも変わらない。以前の主となるリオン・アルヴァースといたときと、彼と過ごす日々に変わりなどないのだ。自分の役割が変わることなどあるわけがない。

「ひとつ教えろ。星の女神は、俺がどうしたら選ばれる」

 今現在、リーナが選ばれなかった理由は聖獣との会話で理解した。自分が月神となっているわけではないから。

 だが、目の前にいる聖獣を受け入れたことで、クオンが月神となってしまえば変わってくる。リーナが選ばれてしまうかもしれないのだ。

 それだけは避けたいと思う。

『惚れてる女がいるわけか』

 自分のことは覚悟しているが、惚れている相手は違うと気付き聖獣は考える。

 聖獣からすれば、伴侶となりえる人物を切り捨てることはしたくない。伴侶となる女性には意味があるからだ。

 太陽神にとっての虹の女神は、力を抑える役割を持っている。感情でどこまでも力が膨れ上がる特徴を持つ太陽神と、封印の特徴を持つ虹の女神。

 魔王を封印したのも、当然ながらその力を使ってのことだ。

 月神と星の女神は、互いの力を高めあう作用があるとは、リオン・アルヴァースにも言ったことはない。だからクオンも知らないことだろう。

 リオン・アルヴァースの記憶にない情報は、当然ながらクオンにもない。伝えていない情報は、伝わらないのだ。

『教えてやることはできるけどよ、結局は自分が相手と話して決めた方がいいぜ』

 無理矢理に押し留めたところで、限界はやってくる。聖獣は誰よりも理解していた。

『二度目のとき、結局あいつはエリルと接触しちまった。巻き込みたくないと思っていたのに、な。心はな、抑えようと思っても簡単に抑えられねぇんだよ。本気で巻き込みたくないなら、そもそも連れ歩くべきじゃねぇな』

 いるんだろ、と言われてしまえば、クオンは言葉に詰まる。

 わかっていたことだ。連れて歩くことが、それだけでどのような意味を持つのか。それでも手放せなかったのはクオンだ。

『……それがお前の中にある答えだ』

「……そう、だな」

 これは、彼女といたいというクオンの答え。手放したくないが、巻き込みたくはない。なんて矛盾なのだと自分に呆れた。

 ため息を一回。これも開き直るしかないのか、とクオンは考える。自分のことなら、どんなことでも受け入れる覚悟をしていた。

 それしか道がないとわかっていたからだ。

(リーナ……)

 彼女を巻き込むのか。そう考えれば、気持ちが沈んでいく。

『で、どんな女なんだよ。まさか、エリルみたいとか言わねぇよな』

「ちげぇよ。あいつに女らしさとかねぇし、いつも鍛錬してやがるし」

 ぶつぶつと言いだしたのを聞きながら、好きな女のタイプは違うのか、と新しい発見をした。さすがにそこまでは似ないのかとも思うが、同時にわかることもある。

『やっぱ、本人と話した方がいいぜ。勝手に決めたら、怒り狂うんじゃね』

「……」

 突然、クオンの表情が消えた。なにかを想像したのかもしれない。

「……そうだな。怒り狂うだけならいいが……」

(どんな女だよ)

 こいつはどんな女に惚れたのか、と聖獣は表情を引きつらせる。

『話が終わるまで、待っててやるよ。すべてを受け入れたら、月神になっちまって、惚れた女が星の女神になっちまうかもしんねぇしな』

 結論がどうなるかわからないが、話が終わるまでなら待つと聖獣は言う。

 これが最後かもしれないからな、と言われれば、真剣な表情で頷く。話した結果、それでもとクオンが思えば、リーナとはここで別れるしかない。

『終わったら、俺を呼びな。名前は知ってるだろ』

 聖獣の名は本能的なもので知る。月神の転生者であるクオンも、一目見ただけで名前はわかっていた。

 了承の意味で頷くと、クオンは目を閉じる。現実へと戻るために。






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