上 下
201 / 276
5部 よみがえる月神編

虹の記憶3

しおりを挟む
 うんざりしつつも、仕方ないから付き合ってやるかと思う。兄が奪ってしまったのだから、弟の自分がと思ったのだ。

 恋など理解できないが、それでも兄が幸せならいいと思う。

 それに、とリオン・アルヴァースは思った。面倒なことは多々あるのだが、それでも旅が楽しくなったのは事実なのだ。

 初めてできた仲間。そう、仲間なのだ。

(悪くねぇな)

 二人は自分達を化け物と罵る人間とは違う。事情を知っているのも大きいのだが、知っても不気味だと思う者はいる。

 そう思えば、受け入れてくれた二人は大切な存在に違いない。

『また騒ぎだしたぞ』

 少し考えている間に、兄とリュークス・ユシル・ラーダが騒いでいる。やれやれと思いながらも、煩わしいとは思わない。

 不思議だと思う。人間が騒ぐのは煩わしいと感じるのに、なぜこれは平気なのか。

(仲間だから、なのか)

 まだわからないが、とりあえずうるさいことに変わりはない。止めようと動き出した。いつまでも騒がれてるのも困るから。

 うるさく騒いだ結果知り合ったセイレーン達に招かれ、集落へ行くことになった。そこはのんびりとした空気が流れており、兄にぴったりだと思う。

 いや、自分も嫌いではない。むしろ育った村に似ていて、居心地がいいとすら思ってしまった。

「エルフかい? うちにも一人いるんだよ」

「きれいなお姉さんがねぇ」

「いやぁ、エリルちゃんには敵わないさ」

 集まってきたセイレーン達が口々に言うのを聞き流しそうになり、ふと気付く。ここにエルフがいるということだ。

 この時代、大陸の移動は簡単ではない。その上、魔物まで現れることで命がけになっている状態だった。大陸を移動することは最終手段としているぐらいに。

「エルフもいるんだ」

「えぇ。知り合いを捜しているとかで。里から出てきたそうです」

「へぇ」

 あんなエルフじゃなければいいけど、と背後を見る。リオン・アルヴァースの中では、エルフはあの二人で印象づいてしまったのだ。

 マイペースなイリティス・シルヴァンとやかましいリュークス・ユシル・ラーダ。まともなエルフだといいな、と思ったのが本音である。

 どこかで会うかもしれないと言われたが、そのエルフと会うことはなかった。捜している誰かを見つけるために、集落を空けてウロウロしていることも珍しくないということだったのだ。

 夜には歓迎会をしてくれたセイレーン達。知り合ったセイレーンは舞いを得意としていて、夜には集落一番の歌い手が歌を披露してくれた。

「どうです? リーラの歌声は素敵でしょう」

「あぁ…」

 本当に素敵だと思う。思わず聴き入ってしまったほどで、このときばかりは素直に答えていた。

 あの歌声を聴いているだけで、すべてが洗われていくような気分になる。

「そろそろ、わたくし達の出番ですわ。ふふっ、楽しみにしていてくださいな」

 鈴の音を鳴らしながら飛び上がる女性こそ、エリル・シーリス。後に星の女神となる七英雄の一人。

 リオン・アルヴァースをも虜にした歌声の持ち主が、同じく七英雄として仲間になるリーラ・サラディーンだった。

 戦力としては決して高くはない。けれど、苦しい旅に憩いを与えてくれた大切な仲間。二人がいたからこそ、前を向いていられたのかもしれない、とすら思ったほどだ。



 ほんの一瞬で、双子にとっては大切な人物との出会いを見た。この先に、エリル・シーリスが仲間になった経緯があると思ったとき、急に記憶の流れは止まる。

 なにが起きたのかわからなかったが、目の前で冷え切った眼差しを向けてくる幼馴染みに現状を理解。その背後には苦笑いを浮かべているリーナがいる。

「……飯は食え」

 手にした腕輪を強制的に奪ったのだ。それによって記憶の流れを止められた。

 文句を言えるわけがない。目の前で不機嫌を隠すことなく立っているクロエを見れば。

(今なにかを言ったら……終わる)

 言えるわけがない。これ以上、怒らせると怖い幼馴染みの逆鱗に触れたくはないと、クオンは腕輪を諦めた。食事をするまで返ってこないだろう。

「話が終わったなら、さっさと食事にしよう。お腹が空いたぞ」

「……ん?」

 この声は、と思った瞬間、クオンは身体が痛むことも忘れ慌てて起き上がった。女王の前で寝ているわけにはいかないと思ったのだ。

「いってぇ…」

 当然ながら、身体に激痛が走る。結局、みっともない姿を女王へ見せることとなったのだ。

「無理に起き上がらなくてもいい。事情はわかっているから」

 苦笑いを浮かべながら女王が言えば、渋々といった表情で頷く。

 国ではないのだから、とまで言われてしまったのだ。だから寝ていてもいいと言われたところで、さすがにだらけた自分は見せられない。

 身体は痛むが、起こすぐらいはしておこうとそのまま壁へ寄りかかる。

「まったく、男という生き物は」

「いや、関係ないです」

 男だからではない。相手が女王だからだとは、先程言われた言葉もあって言えなかった。

 しかも、目の前には真面目なクロエがいる。いくら本人が気にしなくてもいいと言ったところで、限界はあると思っていた。

(ぶっちゃけ、陛下よりクロエが怖い)

 特に、抜け出してからずっと機嫌が悪い。この状況でさらに怒らせることは、なるべく避けたいところなのだ。

「食事にしよう。クオンの好きな、甘いものもあるよ」

「甘いものだけで……いや、食べる。うん、ちゃんと食べる」

 甘いものだけでいいと言おうとした瞬間、睨みつけてきたクロエに慌てたのは言うまでもない。

 目の前に広げられた食事を見ながら、ここでみんな食べるのかと視線を逸らす。完全にクロエは見張りだとわかったからだ。

「陛下もこちらで?」

「なんだ、私だけのけ者にしようってか」

 一人で食事など、さすがに寂しいぞと言われてしまえば、クオンはなにも言えない。クロエはここから出ないだろうし、リーナも嫌だろう。

 そうなると、ここで食べるか一人で食べるかしかない。

「まぁ、陛下のご自由にしてください」

 ダメ、とは言えなかった。幸いにもリーナの機嫌は悪くないし、それならいいかと思う。クオンの基本はすべてリーナで決まるのだ。

「こういうのも悪くないな。戻ったら、今度は城下で食事とかしてみたいものだ」

「陛下ができるわけないでしょう」

 そもそも、目立って困るとクオンはため息を吐く。女王など連れて歩けるわけがないのだ。

「セルティ様にでも頼めばいいのではないですか」

「……諦めるさ」

 妙な間が空いた瞬間、三人ともがなにかやらかしたな、と思うのだった。

 こうなってくると、本当にセルティが苦労しているのだとわかる。それも仕方ないのだろうかと思った辺りで、食事へ専念した。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

World a king~異世界転生物語~

bakauke16mai
ファンタジー
6/9 本編(?)が完結しました!! 30歳で亡くなった主人公の佐藤亮太は、女神の手違い(以下略)異世界に転生する。 その世界は、魔物も魔法も貴族も奴隷も存在する、ファンタジー全開な世界だった!! 国王による企みに嵌ったり、王国をチートで救ったり、自重する気は無い!? 世界の歯車が刻まれていく中で、亮太の存在はその歯車さえ狂わせる。 異世界に転生した彼が、快適な生活を手に入れるまでの、チートな生活が始まる! な、はずだったけど!!なんだか最強街道を直進中!!イチャイチャとバトルだけが延々と繰り返されています!!

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

盤上の兵たちは最強を誇るドラゴン種…なんだけどさ

ひるま(マテチ)
SF
 空色の髪をなびかせる玉虫色の騎士。  それは王位継承戦に持ち出されたチェスゲームの中で、駒が取られると同事に現れたモンスターをモチーフとしたロボット兵”盤上戦騎”またの名を”ディザスター”と呼ばれる者。  彼ら盤上戦騎たちはレーダーにもカメラにも映らない、さらに人の記憶からもすぐさま消え去ってしまう、もはや反則レベル。  チェスの駒のマスターを望まれた“鈴木くれは”だったが、彼女は戦わずにただ傍観するのみ。  だけど、兵士の駒"ベルタ”のマスターとなり戦場へと赴いたのは、彼女の想い人であり幼馴染みの高砂・飛遊午。  異世界から来た連中のために戦えないくれは。  一方、戦う飛遊午。  ふたりの、それぞれの想いは交錯するのか・・・。  *この作品は、「小説家になろう」でも同時連載しております。

ソロ冒険者のぶらり旅~悠々自適とは無縁な日々~

にくなまず
ファンタジー
今年から冒険者生活を開始した主人公で【ソロ】と言う適正のノア(15才)。 その適正の為、戦闘・日々の行動を基本的に1人で行わなければなりません。 そこで元上級冒険者の両親と猛特訓を行い、チート級の戦闘力と数々のスキルを持つ事になります。 『悠々自適にぶらり旅』 を目指す″つもり″の彼でしたが、開始早々から波乱に満ちた冒険者生活が待っていました。

異世界生活〜異世界に飛ばされても生活水準は変えません〜

アーエル
ファンタジー
女神に愛されて『加護』を受けたために、元の世界から弾き出された主人公。 「元の世界へ帰られない!」 だったら死ぬまでこの世界で生きてやる! その代わり、遺骨は家族の墓へ入れてよね! 女神は約束する。 「貴女に不自由な思いはさせません」 異世界へ渡った主人公は、新たな世界で自由気ままに生きていく。 『小説家になろう』 『カクヨム』 でも投稿をしています。 内容はこちらとほぼ同じです。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

家に住み着いている妖精に愚痴ったら、国が滅びました

猿喰 森繁 (さるばみ もりしげ)
ファンタジー
【書籍化決定しました!】 11月中旬刊行予定です。 これも多くの方が、お気に入り登録してくださったおかげです ありがとうございます。 【あらすじ】 精霊の加護なくして魔法は使えない。 私は、生まれながらにして、加護を受けることが出来なかった。 加護なしは、周りに不幸をもたらすと言われ、家族だけでなく、使用人たちからも虐げられていた。 王子からも婚約を破棄されてしまい、これからどうしたらいいのか、友人の屋敷妖精に愚痴ったら、隣の国に知り合いがいるということで、私は夜逃げをすることにした。 まさか、屋敷妖精の一声で、精霊の信頼がなくなり、国が滅ぶことになるとは、思いもしなかった。

レディース異世界満喫禄

日の丸
ファンタジー
〇城県のレディース輝夜の総長篠原連は18才で死んでしまう。 その死に方があまりな死に方だったので運命神の1人に異世界におくられることに。 その世界で出会う仲間と様々な体験をたのしむ!!

処理中です...