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5部 よみがえる月神編

記憶の聖獣3

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 焼けるような痛みが付きまとう。焼かれた当時の記憶を見れば、その痛みがそのまま身体に襲い掛かる。

 焼かれながら思っていた感情がそのまま流れ込み、理解できるような、けれど兄の気持ちもわかるような気になって迷う。

 一体、どちらが正解なのか。

 答えはひとつ。どちらも正解なのではないかと思うのだ。

「クッ…」

 実際には焼かれていない。けれど、身体は間違いなく焼かれている。焼かれた感覚だけが残り、苦しめていくのだ。

「クオン…」

 誰かの声が聞こえてくる。この声が唯一、クオンを繋ぎ留めている存在だった。

 押し寄せてくる凄まじい力と記憶の渦。記憶に伴う痛みや苦しみは、わかっていたからといって耐えられるものではない。

 自分が言われているわけではないが、自分が言われているのと変わらない言葉の数々。

(あいつは、人間だと信じていた。ただ、女神の力を手にしただけ)

 それなのに化け物と罵られるのは、きついものがある。

(リーナも……)

 これとは違うが、こんな気分だったのだろうかと思う。銀髪なだけで老婆と言われてきた。色白だから目が目立つというだけで不気味だと言われる。

 中身は違っても、化け物と罵られるのと同じだと思えた。

 守ろうとした相手から、化け物と罵られていく度に傷つき、凍りついていく心。人間であって人間を嫌うリオン・アルヴァースの変化。

「つぇな…」

「えっ?」

 小さく呟かれた言葉に、リーナが不思議そうに見る。言葉が聞き取れなかったのではなく、言葉の意味が気になったのだ。

「あいつは……魔物から人間を守って……守った人間に化け物扱いされて……人間嫌いになった」

 自分達を魔物の元凶と言い、化け物と罵り、殺そうとする。

 そんなとき、自分を守ろうとして酷い怪我をするのは兄で、リオン・アルヴァースの感情はどうしてこんな奴らを、という方向へ向かっていく。

「守る価値があるのか……」

「あるわよ。全部が悪い人じゃないもの」

 自分を不気味だと言う者は多い。オーヴァチュア家だからこそ、表立って言われることはないが、それでも不気味なハーフエルフと言われている。

 どれだけ隠そうと、自分を不気味だと、老婆だと言う者が多くいることは知っていた。

 同時に、そうではないのも知っている。少なくとも、大切な幼馴染みや師匠は出会った頃からそうではなかった。

「まぁ、私は私が嫌いだったから……」

 自分の銀髪を嫌っていたリーナだから、どこかで言われても仕方ないと思っていたのかもしれない。

 小さく呟かれた言葉に、そこは違ったかとクオンは思う。リオン・アルヴァースは普通の人間だと思っていた。力を手放したら、今までの日常に戻ると。

「それでも、やっぱ強いな」

 いや、大人なのかもしれないと微かに笑う。どことなく自分に似ているリオン・アルヴァース。

 自分が同じ立場なら、そう考えたかもしれないとすら思っていた。

(騎士の家系に生まれ、騎士になることが当たり前の世界にいた。だから、俺はこうなだけだ……)

 きっと、そうでなかったら人間を守る側にはいなかったかもしれない。

「うっ…」

 押し寄せてくるものに、身体が塗り替えられていくような錯覚を覚える。

「クオン!」

 リーナが慌てたように抱きしめると、その感覚は遠のいていった。

(たぶん、これが覚醒すると……)

 そういうことなのだろう、とクオンの意識は遠のく。記憶の中ではなく、深い眠りの中へと。

 頃合いを見計らったかのように室内へ入ってきたのは、クロエ・ソレニムスだった。

「リーナも、少し休め」

 ただ寝ているだけと確認すれば、その身体をベッドへ寝かせる。さすがにリーナでは寝かせることができない。

 わかっていたからこそ、ある程度の時間が経ったら様子を見ると決めていたクロエ。向かったときに起きていたら、強制的に気絶させることも考えていた。

「クロエは?」

「少し休んだから問題ない」

 その少しとは、どれぐらいだと突っ込みたくなる。むしろ、本当に休んでいるかも怪しいところだ。

 だが、仮に休んでいなかったとしても、彼なら言わないだろう。

 クロエ・ソレニムスとはそういう人物だ。兄とも仲がいいだけに、リーナはクオン以上にクロエという幼馴染みを理解している。

「しばらくは寝てるだろ」

「どうして、そう思うの?」

「その腕輪が、月神の物だからだ」

 名の通り、夜に力を振るう物だと思っていた。それだけだと言えば、妙に納得ができる。水晶のように輝いていた腕輪は、今はただの金属にしか見えない。

 昼間もまったく変化がない、というわけではないだろうが、それでも少し休む時間ぐらいは取れる。

 わかれば、リーナも一眠りしようと思えた。自分が倒れては意味がないのだ。彼を支えるために、自分のこともしっかりと管理しなくてはいけない。

「ここにいるの?」

「あぁ。一応な」

 誰にも絶対こうだと言い切れる状態ではないのだ。リーナが寝ている間に、クオンに変化が起きる可能性を捨ててはいけない。

 基本的には二人でどうにかしてもらうつもりだが、休息を取る時間ぐらいは自分が見ていようと決めていた。

「飯は、頼めば在留の騎士達が用意してくれるようだ」

「あ、そうなんだ」

 よかったと笑う姿を見れば、思わず苦笑いが零れる。

「これが片付いたら、花嫁修業ぐらいはしたらどうだ。リーナ、家庭面はなにもできないだろ」

「うっ……」

 思わぬ言葉に、リーナの動きが止まった。鍛錬ばかりしてきたことで、確かになにもできないと自覚していることだ。

 実は、師匠であるフィフィリス・ぺドランからも言われたことがある。なにかひとつできるようになれと。

「フォルスは俺が抑えてやるから、もっと素直になれ。そうじゃないと、案外クオンはモテるぞ」

 普段はクロエの傍にいることで、女性が言い寄ってこないようにしているクオン。意図的に冷たくすることもあると知っているのはクロエだけだ。

 だが、この先もそうかと言われれば保証されない。

(少し脅しをかけておけば、変わるだろ)

 さすがに両想いなことぐらい気付けと思うクロエ。どう見ても両想いなのに、相手は自分に気がないと思っているのだから困るのだ。

 お陰で、家同士が踏み切れないでいる。

「俺は巻き込まれたくないからな」

「どいうことよ」

「……家同士が婚約する、しないで、随分迷ってるらしいからな」

 その原因が、自分だと知っているのだ。三人で行動してばかりいたことで、踏み込めなくなってしまった。

「なにそれ、知らないんだけど」

「フォルスがもっとリーナといろ、とうるさい」

「お、お兄様……」

 この場にいたら殴り飛ばしていたかもしれない。それほど兄へ苛立ちを覚えるリーナ。

(いや、帰ったら一度殴っておこう)

 そんな決意をすると、とにかく休もうと横になる。

 なにかあったらすぐに起こしてくれ、と言うなり寝てしまったリーナに、クロエは笑みを浮かべる。

 さすがにクオンが気持ちを抑えられないだろう、とわかっていたのだが、それでも抑えようとするのが彼だ。だからこそ、リーナにわざと言った。

 彼女がもう少し攻めてくれれば、限界のクオンが動くと思ってのこと。

 二人をずっと見てきたからこそ、一緒になってほしいと願う。そこに、少しだけ彼の私情があるとは、誰も気付かないことだ。

(俺も……醜いな。自分でやっておいて、こんな気持ちになるなんて)

 自嘲気味に笑うと、この気持ちは奥底へ封じるのだと考えることをやめた。

(今は、まだ……)

 そのときではないから。いつかそのときがきたとき、それでも同じ気持ちでいられたらいいなと思う。思ってから、今度こそ完全に封じ込めた。

 二人の寝顔を眺めながら、フォルスをどうするかでも考えようと思えば、うんざりしてきてそれもやめる。

(全部後でいいか)

 妹溺愛の面倒な友人に、しばらく会わないのだから考えるのは帰りにしようとすら思う。

 輝きを失った腕輪に触れ、ゆっくり休めと願うだけにした。まだ、始まったばかりなのだからと。







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