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5部 よみがえる月神編
記憶の聖獣
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どこか懐かしいと感じさせる風景。知らない風景だが知っている風景を目にして、これは記憶だと理解するクオン。
魂に刻まれた記憶。七英雄、月神と呼ばれたリオン・アルヴァースの過去。
『チッ…お前が俺の主かよ』
目の前にいるのは、夢にもよく出てきた水色の小さな獣。額に小さな角があり、瞳は薄い赤。
真っ直ぐに見てくる獣は、月神の力から作られた聖獣。神の力ともなる存在であり、この当時は知らなかった力そのもの。
『お前ら双子に、力を与えてやる。だから、女神を救え』
言葉の意味がまったく違うなど、思いもしない。だから信じたのだ。
この獣は女神メルレールの聖獣であり、与えられた力は女神が悲しみで分かれたものだと。四つ集めれば、女神は戻り世界に光が戻る。
魔物が現れたこの世界は、元に戻るのだ。
『俺の名は…』
「リーザテイン」
名乗ろうとした水色の獣は、なんだ知ってるじゃないかと笑った。なぜ知っていたのか、このとき疑問にも思わなかったのが今では不思議なことだ。
よくわからないが、そういう名なのだと理解していた。本能ともいえるもので。
隣でピンク色の獣を抱いて、可愛いと喜ぶ兄がいる。生まれたときから常に一緒だった兄。マイペースで、のんびりした兄を引っ張るのが自分の役割。
「俺のはティアリーヌ。可愛いなぁ」
『えへへ。シオン、撫で撫でして』
うん、確かに可愛いと思った。あれなら可愛くていいかもしれないが、これは可愛くない。
どうしてこうも違うのかと思ったが、これは自分らしくていいかもしれないとも思えたのは、素直ではない辺りが似ていたからだろう。
『なんだ、あれ……』
「羨ましいなら、撫でてやろうか」
『誰がそんなこと言ったんだよ』
実に自分らしいと思った。これはこれでいいかもしれない。
(俺にはお似合いか)
そんなところにも意味があったが、当時は知らなかった。なにせ、自分達という存在自体を違う風に思っていたのだから。
根本的なところが違っていれば、考えもしないことだ。
「で、そっちは?」
「リーザテインだ」
ニコニコと笑いながら聞いてくるから、リオン・アルヴァースはぶっきらぼうに答えた。こんな風に言ったところで、彼は気にしないとわかっているのだ。
二匹の聖獣と出会い、二人の旅は劇的に変化した。それまでの旅は、突然いなくなった母親を捜す旅だったのだ。
(いつ、母親はいなくなったんだっけ)
思わずそんなことを考えていたクオン。そもそも、母親の姿が思いだせない。
霞がかかっていて、それが母親だとわかっているが思いだせないのだ。まるで、リオン・アルヴァースが母親という存在を嫌っているかのように。
(あぁ、だからか)
嫌っていたわけではないが、嫌いになった出来事があったのだ。ただそれだけのことだと、クオンは感じ取った。
自分ではないが自分だから、なんとなく感じ取ることはできる。
『これがお前の聖剣だ。俺の主なら、使いこなしてみせろよ』
出会いと同時に、聖獣から受け取った聖剣。目の前に差し出されたのは、光の塊でしかない。けれど剣に見える不思議な光。
手を伸ばした瞬間、見えていた通りの剣が手元に。自分で作り上げたのだと、知る由もないことだった。
さすがにクオンもわからない。だから、光の中に剣があったと思うことにする。それを引き抜いたのだろうと。
聖剣から強い力が流れ込む。否、流れ込むのではなく、奥底に封じられた力が溢れ出しているのだと、今のクオンはわかっていた。
あの頃、リオン・アルヴァースは聖獣から与えられた聖剣で、女神の力を得たと思っていたのだが、記憶を見ているだけのクオンは気付く。
自分の身にも起きていることだから、気付いたというのが正しいだろう。
(すげぇ力だ……)
身体の奥底から膨れ上がる力は、普通の人間じゃ絶対に持っていない。エルフでもこれほどの力はないだろうと言い切れた。
「繋がってるのか」
『そうだ。俺とお前は繋がってる。当然だろ』
聖剣を受け取ったリオン・アルヴァースは、目の前にいる小さな獣と繋がっていると感じて怪訝そうにしている。
ちゃんとした説明はされていないが、当然だろと言われて、そうだよなと思う。この繋がりは当然のことだと思っていた。
むしろ、欠けていたなにかが戻ってきたような感覚だ。
「まぁいいや。それで、俺らはどうするんだ」
「女神様を助ける!」
「……ハァ。ほんと、お前は女神様が好きだよな」
しょうがない兄だとため息をつく。仕方ないから、兄に付き合うかと思うのだった。
リオン・アルヴァースは、この時代にしては珍しく女神に興味がない。
この当時、誰もが女神を崇拝していた。空を見上げれば、女神の居城がどこからも見ることができ、運がよければ女神が空を飛ぶ姿も見られる。
感謝をするときも、祈りを捧げるときも、常に女神の名を出すほどだったが、彼だけはどうでもいいと思っていたのだ。
もちろん、嫌いとか思っていたわけではない。だが、彼にとっては女神よりも兄だったというだけのこと。
「母親捜しはどうするんだよ」
「もちろん、するさ。旅してればついでに捜せるだろ」
どこまでも真っ直ぐに信じているシオン・アルヴァースに対して、すべてを疑うことから始めるのがリオン・アルヴァース。
真逆の二人だが、同じ部分もある。一度決めたら、曲げることなく進んでいくというところだ。だからリオン・アルヴァースは、兄と行くと決めたままに動いていた。
「まっ、やってみるか」
シオンのために、と小さく呟く。女神のためではない。すべては兄であるシオン・アルヴァースのため。
彼にとっては、それ以外の気持ちは欠片もなかった。この当時はだが。
父親がいない状態で育った二人は、母親も早くに失っていた。ある日突然、どこかへ行ってしまったのだ。
以降、ずっと二人で生き抜いてきた。
女神が統治する時代だったこともあって、子供二人でもさほど苦労することなく生き抜けたのだが、それでもまったく苦労しなかったわけではない。
(だから恨んだのか)
母親に捨てられたとリオン・アルヴァースは恨み、母親はなにか事情があって帰ってこられないと心配したのがシオン・アルヴァース。
捜さなくてもいいと思っていたのだが、兄が捜したいなら仕方ない。
面倒だと思いながらも捜す旅をしていたのだが、目的が変わったことで少しばかりホッとしていたことに気付いていたのは、いたのだろうか。
『お前、兄のことしかねぇのな』
いたとしたら、この聖獣だけだろう。
「いいだろ、別に」
『あぁ、いいぜ。兄のために世界を救ってくれそうだからな』
どんな理由でも構わない。その結果として、世界が救われるなら。
聖獣の言葉に、リオン・アルヴァースは笑っていた。
・
魂に刻まれた記憶。七英雄、月神と呼ばれたリオン・アルヴァースの過去。
『チッ…お前が俺の主かよ』
目の前にいるのは、夢にもよく出てきた水色の小さな獣。額に小さな角があり、瞳は薄い赤。
真っ直ぐに見てくる獣は、月神の力から作られた聖獣。神の力ともなる存在であり、この当時は知らなかった力そのもの。
『お前ら双子に、力を与えてやる。だから、女神を救え』
言葉の意味がまったく違うなど、思いもしない。だから信じたのだ。
この獣は女神メルレールの聖獣であり、与えられた力は女神が悲しみで分かれたものだと。四つ集めれば、女神は戻り世界に光が戻る。
魔物が現れたこの世界は、元に戻るのだ。
『俺の名は…』
「リーザテイン」
名乗ろうとした水色の獣は、なんだ知ってるじゃないかと笑った。なぜ知っていたのか、このとき疑問にも思わなかったのが今では不思議なことだ。
よくわからないが、そういう名なのだと理解していた。本能ともいえるもので。
隣でピンク色の獣を抱いて、可愛いと喜ぶ兄がいる。生まれたときから常に一緒だった兄。マイペースで、のんびりした兄を引っ張るのが自分の役割。
「俺のはティアリーヌ。可愛いなぁ」
『えへへ。シオン、撫で撫でして』
うん、確かに可愛いと思った。あれなら可愛くていいかもしれないが、これは可愛くない。
どうしてこうも違うのかと思ったが、これは自分らしくていいかもしれないとも思えたのは、素直ではない辺りが似ていたからだろう。
『なんだ、あれ……』
「羨ましいなら、撫でてやろうか」
『誰がそんなこと言ったんだよ』
実に自分らしいと思った。これはこれでいいかもしれない。
(俺にはお似合いか)
そんなところにも意味があったが、当時は知らなかった。なにせ、自分達という存在自体を違う風に思っていたのだから。
根本的なところが違っていれば、考えもしないことだ。
「で、そっちは?」
「リーザテインだ」
ニコニコと笑いながら聞いてくるから、リオン・アルヴァースはぶっきらぼうに答えた。こんな風に言ったところで、彼は気にしないとわかっているのだ。
二匹の聖獣と出会い、二人の旅は劇的に変化した。それまでの旅は、突然いなくなった母親を捜す旅だったのだ。
(いつ、母親はいなくなったんだっけ)
思わずそんなことを考えていたクオン。そもそも、母親の姿が思いだせない。
霞がかかっていて、それが母親だとわかっているが思いだせないのだ。まるで、リオン・アルヴァースが母親という存在を嫌っているかのように。
(あぁ、だからか)
嫌っていたわけではないが、嫌いになった出来事があったのだ。ただそれだけのことだと、クオンは感じ取った。
自分ではないが自分だから、なんとなく感じ取ることはできる。
『これがお前の聖剣だ。俺の主なら、使いこなしてみせろよ』
出会いと同時に、聖獣から受け取った聖剣。目の前に差し出されたのは、光の塊でしかない。けれど剣に見える不思議な光。
手を伸ばした瞬間、見えていた通りの剣が手元に。自分で作り上げたのだと、知る由もないことだった。
さすがにクオンもわからない。だから、光の中に剣があったと思うことにする。それを引き抜いたのだろうと。
聖剣から強い力が流れ込む。否、流れ込むのではなく、奥底に封じられた力が溢れ出しているのだと、今のクオンはわかっていた。
あの頃、リオン・アルヴァースは聖獣から与えられた聖剣で、女神の力を得たと思っていたのだが、記憶を見ているだけのクオンは気付く。
自分の身にも起きていることだから、気付いたというのが正しいだろう。
(すげぇ力だ……)
身体の奥底から膨れ上がる力は、普通の人間じゃ絶対に持っていない。エルフでもこれほどの力はないだろうと言い切れた。
「繋がってるのか」
『そうだ。俺とお前は繋がってる。当然だろ』
聖剣を受け取ったリオン・アルヴァースは、目の前にいる小さな獣と繋がっていると感じて怪訝そうにしている。
ちゃんとした説明はされていないが、当然だろと言われて、そうだよなと思う。この繋がりは当然のことだと思っていた。
むしろ、欠けていたなにかが戻ってきたような感覚だ。
「まぁいいや。それで、俺らはどうするんだ」
「女神様を助ける!」
「……ハァ。ほんと、お前は女神様が好きだよな」
しょうがない兄だとため息をつく。仕方ないから、兄に付き合うかと思うのだった。
リオン・アルヴァースは、この時代にしては珍しく女神に興味がない。
この当時、誰もが女神を崇拝していた。空を見上げれば、女神の居城がどこからも見ることができ、運がよければ女神が空を飛ぶ姿も見られる。
感謝をするときも、祈りを捧げるときも、常に女神の名を出すほどだったが、彼だけはどうでもいいと思っていたのだ。
もちろん、嫌いとか思っていたわけではない。だが、彼にとっては女神よりも兄だったというだけのこと。
「母親捜しはどうするんだよ」
「もちろん、するさ。旅してればついでに捜せるだろ」
どこまでも真っ直ぐに信じているシオン・アルヴァースに対して、すべてを疑うことから始めるのがリオン・アルヴァース。
真逆の二人だが、同じ部分もある。一度決めたら、曲げることなく進んでいくというところだ。だからリオン・アルヴァースは、兄と行くと決めたままに動いていた。
「まっ、やってみるか」
シオンのために、と小さく呟く。女神のためではない。すべては兄であるシオン・アルヴァースのため。
彼にとっては、それ以外の気持ちは欠片もなかった。この当時はだが。
父親がいない状態で育った二人は、母親も早くに失っていた。ある日突然、どこかへ行ってしまったのだ。
以降、ずっと二人で生き抜いてきた。
女神が統治する時代だったこともあって、子供二人でもさほど苦労することなく生き抜けたのだが、それでもまったく苦労しなかったわけではない。
(だから恨んだのか)
母親に捨てられたとリオン・アルヴァースは恨み、母親はなにか事情があって帰ってこられないと心配したのがシオン・アルヴァース。
捜さなくてもいいと思っていたのだが、兄が捜したいなら仕方ない。
面倒だと思いながらも捜す旅をしていたのだが、目的が変わったことで少しばかりホッとしていたことに気付いていたのは、いたのだろうか。
『お前、兄のことしかねぇのな』
いたとしたら、この聖獣だけだろう。
「いいだろ、別に」
『あぁ、いいぜ。兄のために世界を救ってくれそうだからな』
どんな理由でも構わない。その結果として、世界が救われるなら。
聖獣の言葉に、リオン・アルヴァースは笑っていた。
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