上 下
146 / 276
4部 女神の末裔編

虹の女神

しおりを挟む
 異変が起きたのはいつ頃だっただろうか。月神の魂が転生した直後はそんな気配もなく、彼が見守る姿を微笑ましく見ていた。

 時折出かけたりしていたが、それは外へ行くのではない。月神の転生者をこっそりと見に行っていたのだ。

「イリティス、リオンみたいな子供だった。性格って似たりするのか?」

「私に聞かないでよ。シオンが私を見て、同じような部分があるって感じたら、そうなんじゃないの」

 転生してきた側であるイリティス。自分としては似ていると思っていないのだが、外から見れば似ているのかもしれない。

 同じく転生した星の女神は似ていたとも言うし、同じに育つ場合もあるのだろう。

「そっか……。エリルは同じだったもんな」

 個々によって違いはあるものかと納得するシオン・アルヴァースに、イリティスは笑ってばかりいた。

 それからも、定期的に精霊から情報を求めたり、ときには直接見に行ったりしていたのだが、ある日を境に行かなくなったのだ。

 ここが異変の始まりだったのかもしれない。

 少しずつ考え込むことが増えていったシオン。長い月日を共にし、昔よりは抱え込まなくなった彼だったが、それでも一人でどうにかしようとするところは変わらない。

 わかっているから、ある程度したら問いかければいいと思っていたイリティス。そうすれば、今の彼は話してくれると知っていたから。

「イリティス…」

 そんなことを思っていたある日、彼は自分から話しだした。

 珍しいものだと思ったのは忘れない。三千年を共に過ごしていても、彼が自分から話すのは数知れず。

「それであなたがいいなら、私は反対しないわ。グレンとアクアも、なにも言わないでしょ」

 彼は月神の転生者をそっとしておきたいと言ったのだ。今の生活を壊したくないと。

 見守ることで実感したのかもしれない。リオンと転生者は別人だということを。

「幸せそうだった。人間として、幸せに暮らせる方がいいよな」

 死ぬことのできない日々よりもいいに決まっている。

 シオンの口癖となった言葉は、本人が一番欲しいものではないのか。問いかけたくなった言葉は呑み込んだ。

 それからさらに数年経った頃、グレンが久しぶりに傭兵をしたいと出かけて行った。

 いつものことで、イリティスはあまり気にしていなかったのだが、今ならなにかを感じていたのかもと思う。

「少し出かけてもいいか?」

 突然言われた言葉。何度か聞いた言葉でもあって、特に気にかけるようなものでもない。

 シオンは普段と変わらず、どことなくぼんやりした眼差しで言うし、イリティスは行ってくればと答えた。

「長くなりそう?」

「わからない。とりあえず、呼ばれてる気がするんだ。またあの女神様だろ」

 呼ばれている、という感覚に関しては、イリティスにはまったくわからない。

 大地の女神が意図的にやっていることなのか。それとも自分の力が不足しているのだろうかと考えて、おそらく前者なのだろうと思うことにした。

 以前、大地の女神は直接的に接触してきたことがあったからだ。

「とりあえず、長くなるようなら、いつも通り戻るようにするよ。長く空けたくはないし」

 イリティスに会えないのは耐えられないと言われれば、彼らしいが呆れるしかない。

 どれだけ経っても変わらないものがある。だからこそ、この関係は成立しているのだろう。

「ちゃんと、グレンには自分から伝えておいてね」

 シオンとの関係だけではなく、共に長い年月を生きている二人とも関係が崩れないのは、変わらないものがあるからだとイリティスは思う。

 最初はどうなるかと思ったが、案外やっていけるものだ。もちろん、適度な距離を持っているから続いているのもあるのだろうが。

「わかってる。あとでなにを言われるかわからないからな。ほんと、フォーランみたいで嫌だ」

 ぶつぶつと言いだす姿を見て、クスリと笑うイリティス。これが嫌がっていないとわかっているからこそ、飽きることなく繰り返すのを見て笑えてしまう。

「フォーランって、そんな性格だったかしら」

 しかし、と彼女は思う。フォーランみたいが口癖になりすぎていて、実際と違うような気もしてくる。

「ん? 違ったか? もう、わけわかんない」

 二人が混ざりきってしまったと、頭を掻きながら苦笑いを浮かべたシオン。

 仕方ないかと笑いながら、イリティスは彼を送り出した。



 太陽神であるシオンが外へ出かけて二ヶ月。さすがに帰りが遅いと、三人が思いだした頃だった。

「シオンが最長で出かけたのは、どれぐらいだった?」

 真っ先に異変を感じ取ったのは、シオンとは多少なりとも繋がりを持つグレンだ。力の繋がりと長年の傭兵としての勘。

 外でなにかが起きているのではないかと、イリティスの元を訪ねた。

「確か……三ヶ月だったかしら。定期的に帰ってきてたから、特に気にしていなかったけど」

 イリティスに会えないのは耐えられない、と言って帰ってきては、そのまま一晩過ごして外へ行く。それを何度か繰り返しての三ヶ月だ。

 だからこそ、長期で留守にしていた実感がない。

「逆に言えば、今まで連絡もなく帰ってこないシオンは、おかしいってことだな」

「そ、そうね……」

 二ヶ月が長いかというと、その辺りはそうでもないことに思える。けれど、シオンの性格を考えればおかしい。

 彼が二ヶ月の間、一度も戻ってこないどころか連絡もないのだ。なにか起きているのかもしれない。

 外でなにかが起きている。それはすなわち、この世界を狙ってのこと。

「シオンは誘き出されたか……どちらにしても、目的はこの世界だろう」

 久しぶりに見たグレンの険しい表情が、再び外の神々と戦うことになると思い知らされた。

 イリティスにとっては、前回は留守を守るだけだったことから初めての戦い。

(このために、リオンは転生してきたということなの。彼を人間として暮らさせては、くれないのね)

 残酷な世界だと思う。どこまでも女神メルレールの子供に厳しい世界。

 これも女神の罪がいけないのか、本気で悩んだほどだ。

「とりあえず、私達にできることをしましょう。知恵を貸してくれるわよね、シャンルーン」

 それまで黙って聞いていた金色の小鳥へ問いかければ、当然と言うように頷く。

『ルーンはイリティスの頼み断らない。イリティスのためにいるんだから』

 任せろと言うように胸を張る姿に、頼りにしていると彼女は頭を撫でる。

『俺も手を貸すぜ』

「ヴェガ…」

 虹の女神の聖鳥であるシャンルーンと、月神の聖獣であったヴェガ。彼らがいてよかったと、心から思えた。







しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

処理中です...