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4部 女神の末裔編
虹の女神
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異変が起きたのはいつ頃だっただろうか。月神の魂が転生した直後はそんな気配もなく、彼が見守る姿を微笑ましく見ていた。
時折出かけたりしていたが、それは外へ行くのではない。月神の転生者をこっそりと見に行っていたのだ。
「イリティス、リオンみたいな子供だった。性格って似たりするのか?」
「私に聞かないでよ。シオンが私を見て、同じような部分があるって感じたら、そうなんじゃないの」
転生してきた側であるイリティス。自分としては似ていると思っていないのだが、外から見れば似ているのかもしれない。
同じく転生した星の女神は似ていたとも言うし、同じに育つ場合もあるのだろう。
「そっか……。エリルは同じだったもんな」
個々によって違いはあるものかと納得するシオン・アルヴァースに、イリティスは笑ってばかりいた。
それからも、定期的に精霊から情報を求めたり、ときには直接見に行ったりしていたのだが、ある日を境に行かなくなったのだ。
ここが異変の始まりだったのかもしれない。
少しずつ考え込むことが増えていったシオン。長い月日を共にし、昔よりは抱え込まなくなった彼だったが、それでも一人でどうにかしようとするところは変わらない。
わかっているから、ある程度したら問いかければいいと思っていたイリティス。そうすれば、今の彼は話してくれると知っていたから。
「イリティス…」
そんなことを思っていたある日、彼は自分から話しだした。
珍しいものだと思ったのは忘れない。三千年を共に過ごしていても、彼が自分から話すのは数知れず。
「それであなたがいいなら、私は反対しないわ。グレンとアクアも、なにも言わないでしょ」
彼は月神の転生者をそっとしておきたいと言ったのだ。今の生活を壊したくないと。
見守ることで実感したのかもしれない。リオンと転生者は別人だということを。
「幸せそうだった。人間として、幸せに暮らせる方がいいよな」
死ぬことのできない日々よりもいいに決まっている。
シオンの口癖となった言葉は、本人が一番欲しいものではないのか。問いかけたくなった言葉は呑み込んだ。
それからさらに数年経った頃、グレンが久しぶりに傭兵をしたいと出かけて行った。
いつものことで、イリティスはあまり気にしていなかったのだが、今ならなにかを感じていたのかもと思う。
「少し出かけてもいいか?」
突然言われた言葉。何度か聞いた言葉でもあって、特に気にかけるようなものでもない。
シオンは普段と変わらず、どことなくぼんやりした眼差しで言うし、イリティスは行ってくればと答えた。
「長くなりそう?」
「わからない。とりあえず、呼ばれてる気がするんだ。またあの女神様だろ」
呼ばれている、という感覚に関しては、イリティスにはまったくわからない。
大地の女神が意図的にやっていることなのか。それとも自分の力が不足しているのだろうかと考えて、おそらく前者なのだろうと思うことにした。
以前、大地の女神は直接的に接触してきたことがあったからだ。
「とりあえず、長くなるようなら、いつも通り戻るようにするよ。長く空けたくはないし」
イリティスに会えないのは耐えられないと言われれば、彼らしいが呆れるしかない。
どれだけ経っても変わらないものがある。だからこそ、この関係は成立しているのだろう。
「ちゃんと、グレンには自分から伝えておいてね」
シオンとの関係だけではなく、共に長い年月を生きている二人とも関係が崩れないのは、変わらないものがあるからだとイリティスは思う。
最初はどうなるかと思ったが、案外やっていけるものだ。もちろん、適度な距離を持っているから続いているのもあるのだろうが。
「わかってる。あとでなにを言われるかわからないからな。ほんと、フォーランみたいで嫌だ」
ぶつぶつと言いだす姿を見て、クスリと笑うイリティス。これが嫌がっていないとわかっているからこそ、飽きることなく繰り返すのを見て笑えてしまう。
「フォーランって、そんな性格だったかしら」
しかし、と彼女は思う。フォーランみたいが口癖になりすぎていて、実際と違うような気もしてくる。
「ん? 違ったか? もう、わけわかんない」
二人が混ざりきってしまったと、頭を掻きながら苦笑いを浮かべたシオン。
仕方ないかと笑いながら、イリティスは彼を送り出した。
太陽神であるシオンが外へ出かけて二ヶ月。さすがに帰りが遅いと、三人が思いだした頃だった。
「シオンが最長で出かけたのは、どれぐらいだった?」
真っ先に異変を感じ取ったのは、シオンとは多少なりとも繋がりを持つグレンだ。力の繋がりと長年の傭兵としての勘。
外でなにかが起きているのではないかと、イリティスの元を訪ねた。
「確か……三ヶ月だったかしら。定期的に帰ってきてたから、特に気にしていなかったけど」
イリティスに会えないのは耐えられない、と言って帰ってきては、そのまま一晩過ごして外へ行く。それを何度か繰り返しての三ヶ月だ。
だからこそ、長期で留守にしていた実感がない。
「逆に言えば、今まで連絡もなく帰ってこないシオンは、おかしいってことだな」
「そ、そうね……」
二ヶ月が長いかというと、その辺りはそうでもないことに思える。けれど、シオンの性格を考えればおかしい。
彼が二ヶ月の間、一度も戻ってこないどころか連絡もないのだ。なにか起きているのかもしれない。
外でなにかが起きている。それはすなわち、この世界を狙ってのこと。
「シオンは誘き出されたか……どちらにしても、目的はこの世界だろう」
久しぶりに見たグレンの険しい表情が、再び外の神々と戦うことになると思い知らされた。
イリティスにとっては、前回は留守を守るだけだったことから初めての戦い。
(このために、リオンは転生してきたということなの。彼を人間として暮らさせては、くれないのね)
残酷な世界だと思う。どこまでも女神メルレールの子供に厳しい世界。
これも女神の罪がいけないのか、本気で悩んだほどだ。
「とりあえず、私達にできることをしましょう。知恵を貸してくれるわよね、シャンルーン」
それまで黙って聞いていた金色の小鳥へ問いかければ、当然と言うように頷く。
『ルーンはイリティスの頼み断らない。イリティスのためにいるんだから』
任せろと言うように胸を張る姿に、頼りにしていると彼女は頭を撫でる。
『俺も手を貸すぜ』
「ヴェガ…」
虹の女神の聖鳥であるシャンルーンと、月神の聖獣であったヴェガ。彼らがいてよかったと、心から思えた。
・
時折出かけたりしていたが、それは外へ行くのではない。月神の転生者をこっそりと見に行っていたのだ。
「イリティス、リオンみたいな子供だった。性格って似たりするのか?」
「私に聞かないでよ。シオンが私を見て、同じような部分があるって感じたら、そうなんじゃないの」
転生してきた側であるイリティス。自分としては似ていると思っていないのだが、外から見れば似ているのかもしれない。
同じく転生した星の女神は似ていたとも言うし、同じに育つ場合もあるのだろう。
「そっか……。エリルは同じだったもんな」
個々によって違いはあるものかと納得するシオン・アルヴァースに、イリティスは笑ってばかりいた。
それからも、定期的に精霊から情報を求めたり、ときには直接見に行ったりしていたのだが、ある日を境に行かなくなったのだ。
ここが異変の始まりだったのかもしれない。
少しずつ考え込むことが増えていったシオン。長い月日を共にし、昔よりは抱え込まなくなった彼だったが、それでも一人でどうにかしようとするところは変わらない。
わかっているから、ある程度したら問いかければいいと思っていたイリティス。そうすれば、今の彼は話してくれると知っていたから。
「イリティス…」
そんなことを思っていたある日、彼は自分から話しだした。
珍しいものだと思ったのは忘れない。三千年を共に過ごしていても、彼が自分から話すのは数知れず。
「それであなたがいいなら、私は反対しないわ。グレンとアクアも、なにも言わないでしょ」
彼は月神の転生者をそっとしておきたいと言ったのだ。今の生活を壊したくないと。
見守ることで実感したのかもしれない。リオンと転生者は別人だということを。
「幸せそうだった。人間として、幸せに暮らせる方がいいよな」
死ぬことのできない日々よりもいいに決まっている。
シオンの口癖となった言葉は、本人が一番欲しいものではないのか。問いかけたくなった言葉は呑み込んだ。
それからさらに数年経った頃、グレンが久しぶりに傭兵をしたいと出かけて行った。
いつものことで、イリティスはあまり気にしていなかったのだが、今ならなにかを感じていたのかもと思う。
「少し出かけてもいいか?」
突然言われた言葉。何度か聞いた言葉でもあって、特に気にかけるようなものでもない。
シオンは普段と変わらず、どことなくぼんやりした眼差しで言うし、イリティスは行ってくればと答えた。
「長くなりそう?」
「わからない。とりあえず、呼ばれてる気がするんだ。またあの女神様だろ」
呼ばれている、という感覚に関しては、イリティスにはまったくわからない。
大地の女神が意図的にやっていることなのか。それとも自分の力が不足しているのだろうかと考えて、おそらく前者なのだろうと思うことにした。
以前、大地の女神は直接的に接触してきたことがあったからだ。
「とりあえず、長くなるようなら、いつも通り戻るようにするよ。長く空けたくはないし」
イリティスに会えないのは耐えられないと言われれば、彼らしいが呆れるしかない。
どれだけ経っても変わらないものがある。だからこそ、この関係は成立しているのだろう。
「ちゃんと、グレンには自分から伝えておいてね」
シオンとの関係だけではなく、共に長い年月を生きている二人とも関係が崩れないのは、変わらないものがあるからだとイリティスは思う。
最初はどうなるかと思ったが、案外やっていけるものだ。もちろん、適度な距離を持っているから続いているのもあるのだろうが。
「わかってる。あとでなにを言われるかわからないからな。ほんと、フォーランみたいで嫌だ」
ぶつぶつと言いだす姿を見て、クスリと笑うイリティス。これが嫌がっていないとわかっているからこそ、飽きることなく繰り返すのを見て笑えてしまう。
「フォーランって、そんな性格だったかしら」
しかし、と彼女は思う。フォーランみたいが口癖になりすぎていて、実際と違うような気もしてくる。
「ん? 違ったか? もう、わけわかんない」
二人が混ざりきってしまったと、頭を掻きながら苦笑いを浮かべたシオン。
仕方ないかと笑いながら、イリティスは彼を送り出した。
太陽神であるシオンが外へ出かけて二ヶ月。さすがに帰りが遅いと、三人が思いだした頃だった。
「シオンが最長で出かけたのは、どれぐらいだった?」
真っ先に異変を感じ取ったのは、シオンとは多少なりとも繋がりを持つグレンだ。力の繋がりと長年の傭兵としての勘。
外でなにかが起きているのではないかと、イリティスの元を訪ねた。
「確か……三ヶ月だったかしら。定期的に帰ってきてたから、特に気にしていなかったけど」
イリティスに会えないのは耐えられない、と言って帰ってきては、そのまま一晩過ごして外へ行く。それを何度か繰り返しての三ヶ月だ。
だからこそ、長期で留守にしていた実感がない。
「逆に言えば、今まで連絡もなく帰ってこないシオンは、おかしいってことだな」
「そ、そうね……」
二ヶ月が長いかというと、その辺りはそうでもないことに思える。けれど、シオンの性格を考えればおかしい。
彼が二ヶ月の間、一度も戻ってこないどころか連絡もないのだ。なにか起きているのかもしれない。
外でなにかが起きている。それはすなわち、この世界を狙ってのこと。
「シオンは誘き出されたか……どちらにしても、目的はこの世界だろう」
久しぶりに見たグレンの険しい表情が、再び外の神々と戦うことになると思い知らされた。
イリティスにとっては、前回は留守を守るだけだったことから初めての戦い。
(このために、リオンは転生してきたということなの。彼を人間として暮らさせては、くれないのね)
残酷な世界だと思う。どこまでも女神メルレールの子供に厳しい世界。
これも女神の罪がいけないのか、本気で悩んだほどだ。
「とりあえず、私達にできることをしましょう。知恵を貸してくれるわよね、シャンルーン」
それまで黙って聞いていた金色の小鳥へ問いかければ、当然と言うように頷く。
『ルーンはイリティスの頼み断らない。イリティスのためにいるんだから』
任せろと言うように胸を張る姿に、頼りにしていると彼女は頭を撫でる。
『俺も手を貸すぜ』
「ヴェガ…」
虹の女神の聖鳥であるシャンルーンと、月神の聖獣であったヴェガ。彼らがいてよかったと、心から思えた。
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