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4部 女神の末裔編

シュストの王子3

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 長老から滞在の許可をもらうと、二人は村の外れへと向かった。内緒話をするには、誰もいないところへ行くしかないからだ。

 誰にも聞かせるわけにはいかない。とは言っても、精霊達には筒抜けなのだが、これはどうすることもできないだけに諦める。

 精霊の巫女がいる村から、精霊を排除するようなことができるわけない。

「さてと……。今もここにいるんだろ。トレセスを入れてくれて助かった」

 呼びかけてみれば、一筋の風が頬を撫でていく。言葉を交わせないなりに、呼びかければ応えてくれる。

 それがわかったからか、トレセスも礼を述べるともう一度風が吹く。

(こんな交流の仕方があるなんて…)

 考えもしなかったと思う。わかっていれば、もう少し早く村へ入ることができたかもしれない。

 おそらく、これは村で暮らすうちに学んだことなのだろう。精霊達とうまくやっていくことは、巫女といるためにも必須だ。

 自分も気を付けようと心に誓う。この村は、精霊次第で簡単に追い出されてしまうところだ。機嫌を損ねてはいけない。

「で、精霊達に頼みがあるんだけど……ここでの会話をリーシュに黙っててくれ。無駄な心配はさせたくねぇし」

 聞いてくれるだろうか。二人共が思ったことだ。

 精霊達からすれば、自分達の言葉を聞く必要などない。主となるのは巫女なのだから、本来ならなんでも話すだろうし、止める権利もないのだ。

 しかし、しばらく悩むような感じでつむじ風が発生する。どうしようかと思っているのか、どれほどの精霊がいるかわからないが、精霊達が相談し合っているのか。

 結論が出るのを待っていると、了承の意味で風が頬を撫でる。

 主に心配をかけないため、だから渋々といったところだろう。

「もちろん、お前らの判断に任せるさ。とりあえずは、俺らに任せてくれ。自分のことだしさ」

 自分のことは自分でどうにかする。彼女の手を借りるつもりもなければ、村人の手を借りるつもりもない。

 ヴェルトの性格を理解しているからこそ、トレセスもここにいるのだ。力となるために。

「筆談のようなものはできるのでしょうか」

 そこでトレセスが問いかければ、その場にノートと羽ペンを置く。

 考えもしなかった提案に、驚いたのはヴェルトだ。

 しばらくして、羽ペンが動き出したときにはさらに驚いたのは言うまでもない。

「こんなこと、できたのかよ」

「魔力を使えば可能ではないか、と思っただけです」

「魔力なしの俺にはない発想だ」

 拗ねたように言えば、トレセスは笑った。彼は南の大陸生まれにしては珍しい、魔力持ちの人間なのだ。

 表向きは公表していないのだが、主となるヴェルトだけが知っていた。

『なにを望む』

 ノートに書かれた言葉を見て、二人は顔を見合わせる。

 口止めだけ頼めればいいと思っていたのだが、まさか問いかけてくるとは思わない。

「逆に問いかけると、どこまでの対応が可能なんだ?」

 二年見てきた精霊達だ。ヴェルトの性格は概ね理解していることだろう。それを知った上で、どこまで手を貸してくれるのか。

 その内容を聞いて考えようと思ったのだ。

『巫女に黙る。村に入れない。報告』

 並べられた言葉に、ヴェルトはよくわかっていると笑う。手出しはするなと思っていただけに、これは満足のいく内容だ。

「俺から頼むのは、第一に口止めだ。リーシュもだが、村の連中にも知られたくない」

 平和慣れした村では、どちらにしても対応などできるわけがないのだ。だったら、言ったところでどうにもできない。

 いっその事、知らない方がいいと思う。村が警戒するより、普段通りの方がいいと。

「次に、普段通り怪しいのは入れないこと。いつも通りのことをしてくれればいい」

「ちなみに、ヴェルト様には私以外の信頼がある者はいません。ヴェルト様を捜している等は、すべて暗殺目的でしょう」

 自分で言うのか、という視線を軽く受け流すと、本当でしょと言いたげに視線だけ向ける。

「さらに言うと、父上が死んだ今、両親が訪ねてきましたってこともねぇから。母上も死んでる」

 側室の子という意味で、下に妹はいるのだが交流はない。実質、自分の肉親と呼べるものはいないという認識だ。

 事情を聞けば、わかったと言うように風が頬を撫でる。了承に関しては、今まで通り風で応えるようだ。

「最後に、報告はほしい。それらしい奴らが来たら知らせだけでいい。状況だけは把握しておきたい。精霊達が守っているここに、入ることは出来ないと思ってる。思ってるが……」

 危惧しているのは、数人の暗殺者ではなく騎士団が動いたときだ。そのときばかりは、精霊でも防げないかもしれない。

 力任せに破ってくる可能性は十分にあるのだ。

 王族にはある物が伝わっている。精霊の巫女から力を借りたときの力ある代物だと。

(どんなものか知らないが、それなら破って入れるかもしれない)

 本気で自分を殺したいと思えば、やりかねないと思っていた。

 そうまでしなくても、長く国へ帰らない王子などに王位が回ってくるわけがない。最終的には第一王子が王となれるだろうにと、ため息をつく。

「俺は、リーシュの傍にいる方がいい。王位など興味もない」

 だが、と決意の眼差しを見せる。

「邪魔する者、リーシュを利用しようとする者はすべて排除する」

 今まで見せたことのない鋭い目付き。威厳すら感じるヴェルトに、トレセスは視線を伏せた。

 王になってもらいたい。トレセスの本音だったが、主はそれを求めてはいないともわかっている。

(あの方は、幼い頃から権力がお嫌いだったから)

 醜い争いを見て育ったからか、ヴェルトは権力というものを酷く嫌っていた。正式に護衛騎士となってからは、仕方ないと受け入れたのだが、家臣として接することも嫌がる王子だったほどだ。

 望まぬ王位を奪えとも言えないし、今の国だからこそ主が王として苦労する姿も正直見たくない。

 気持ちは複雑だった。

「とりあえず、精霊達に頼む重要なことって言えば口止めだけだな」

 確認するようにヴェルトが言えば、ハッとしたように思考が引き戻される。

「そうですね」

 今はこんなことを考えている場合ではない。暗殺者から主を守ることだけを考えるのだ。

『提案』

 終わりという雰囲気が流れたとき、ノートに文字が書かれた。精霊から提案と書かれ、二人は顔を見合わせる。

「ものによる」

 内容によると言えば、さらに書かれた単語を見てヴェルトは考えこむ。

 おそらく数十分は悩んでいただろう。彼がここまで悩むことは珍しいのだが、悩んだ結果は了承だった。ヴェルトは精霊の提案を受け入れたのだ。

 リーシュを守るために。






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