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4部 女神の末裔編

シュストの王子

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 精霊の巫女であるリーシュが役目を果たすため、自室へ戻ってしまったことでやることもないヴェルトは、散歩に行くかと家を出た。

 念のため鍵をかけたが、この家は精霊が守っているので勝手に侵入することはできない。

 わかっていながら鍵をしたのは、自分の行動がすべて見られているからだ。少しでも危険と思われれば、精霊達は容赦しないだろう。

(いい場所なんだよ。本当に)

 村の奥にある家からゆっくりと歩くヴェルト。穏やかな雰囲気を持つ村だからだろうか、散歩に出るといつもゆっくり歩きたくなる。

 緩い坂道を下ると、あまり発展していない大陸にある小さな村とは思えないほど、しっかりとした家が立ち並ぶ。

 これほどの家は、正直なところ生まれ故郷にもない。

 精霊の巫女がいるからなのかと思ったが、そうではないと知ったのは最近のこと。

 二年の月日で信頼を得たヴェルトが、試しに聞いてみたところ昔からだと、誰もが口をそろえて言ったのだ。

 どれだけ暮らしても、不思議な村だと思う。ここは別次元なのではないかとすら思ったほど。

 すべてが精霊の恩恵なのか。この村は魔物が襲ってくることもない。当然ながら、賊のような者もやってこないと言う。

 危険に晒されたことがないから、よそ者を警戒することはあっても、魔物や賊といったものへの警戒心は一切ない。

 天候も精霊の恩恵によって違いがある。嵐が起きたとしても、この村は適度な雨と風で済んでしまう。

(精霊の結界が張られてるからなんだろうが、わっかんねぇ)

 ヴェルトは魔法が使えない。だからこそ、精霊達もある程度は容認してくれている。なにかあったら、簡単に排除できるという思考だ。

(わかっちゃいるけどよ。力がないって……)

 けれど仕方ないことなのだ。南の大陸では、なぜか魔力を持つ人間が生まれにくい。

 大陸に与えられる加護が、ほとんどこの村と周辺に集まっているのかもしれないが、そんなことは言えるわけがなかった。

 この一帯は平和かもしれないが、他はそうでもない。精霊達が愛想尽かしてしまっても、文句の言いようがないのだ。

 すべて人間がやってしまったことである。精霊達の信頼を失ってしまったなら、どうすることもできない。

 村を歩けば、村人がすぐさま近寄ってきた。

「巫女様はお役目かい?」

 最初に声をかけてきたのは一人の男性。外から客が来ない村だが、それでも門番のような者はいる。

 この男性は、普段門番をしているのだが、どうやら本日はお休みのようだ。

(精霊が全部入れないなんて、思わないんだろうな)

 だから門番がいる。今日も平和だ、と会話しながら立っている二人は、誰も来ないと思いながらもさぼりはしない。理由を聞いたところ、精霊の巫女がいるからと言われて納得。

 知る者はここにいることを知っている。基本的には精霊が入れないようにしているのだが、今日連絡があったように緊急というものもあるのだ。

 直接来るかどうかはわからないが。まったくないわけではないらしい。

「君が一人なんだから、お役目か。当たり前なことを聞いて悪かった」

「いや。俺だって、リーシュが暇でも一人で散歩するかもしれないだろ」

「なるほどな。確かにそうかもしれない」

 この二年、常に一緒だっただけに考えもしなかったと声を上げて笑った。

 今は笑いながら話しているが、村へ来た当初は警戒心丸出しで話もまともにできなかった。

 それは彼に限ってではなく、村人全員だったのだが、害がないことを態度で示してきた結果、信頼を得たという経緯がある。

「君が来てどれぐらい経ったかな」

「二年だな」

「まだそんなものか」

 二年はそれなりの月日だと思う。そんなものと言い切る男性に、ヴェルトは苦笑いを浮かべた。

 これは感覚の違いなのだ。この村に暮らす住民は、誰よりも精霊の加護を強く持っている。その関係で普通の人間より長寿なのだ。

 だからといって、エルフやハーフエルフほどではない。普通の人間よりも少しばかり長く生きる、というレベルの話だ。

「馴染んだものだな。初めて会ったときはピリピリしてたが」

「そんなに酷かったか?」

 自覚はあるが、それほど酷かっただろうか。精霊達が通してくれたこともあって、問題ないと思っていたのだ。

 もしも酷かったなら、村人に警戒されるのも当たり前だと言える。

(殺しに来た、ぐらいは思われたか)

 それが巫女の知り合いと言われれば、簡単には納得しないかもしれない。

「まっ、巫女様が事情は聞かないでくれってことだったし、だからこそ警戒もしてたんだけどな」

 ケラケラと笑いながら言うから、あの警戒心はそっちだったのかと思い直すことに。

 二年経って、新しい発見でもあった。よそ者だからと思っていたが、そうではなかったということだ。

 男性とは他愛無い会話を続けた後、別れて散歩を続ける。次から次へと話しかけてくる村人達に同様のことを繰り返し、入り口で一騒動起きていることに気付く。

「誰かがやってきたのか……」

 つまり精霊が許可したということだろうが、そんなことがわからない村人からしたら侵入者でしかない。一悶着起きているのだろう。

 自分が来たときと同じだな、と思った彼は、関わる必要はないかと背を向けた。

 精霊が許可を出しているのだから、村人も最終的には認めてくれるだろうと思ってのこと。悪い人物ではないと、精霊達が証明しているのだから。

「ですから、人を訪ねて来ただけです!」

 次の瞬間、聞こえてきた声に慌てて振り返った。ヴェルトがよく知っている声だったのだ。

 急いで入り口まで走ると、そこに立っていたのはヴェルトのよく知る人物だった。

「トレセス!」

「ヴェルト……」

 普段通りに呼ぼうとした男性に、ヴェルトが一瞬睨みつける。ここではそう呼ぶなと言うように。

「なんだ、ヴェルトの知り合いか。知人って、こいつのことだったのか」

「なんだよ、もっと早く言えって」

 門番をしていた青年二人が、名前を言えば問題なく通したのにと愚痴る。

 知人としか言わないから、怪しい人と思ってしまったじゃないか、などとぶつぶつ言うからヴェルトは苦笑いを浮かべた。

 確かに名前を出せば問題なかったのかもしれないが、おそらく偽名を使っていた場合を考慮したのだろう。

(俺がそのままでいるとは思ってなかったんだな)

 可能性としてはあり得ただけに、これはなにも言えない。

 リーシュと知り合いでなければ、彼自身もここでは偽名で過ごそうと思っていただろうから。

 そもそも、ヴェルトは彼が自分を捜しにくるとは思っていなかったのだ。誰も自分を捜したりしないと、なぜか思っていた。







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