101 / 276
3部 永久の歌姫編
神殿への道のり
しおりを挟む
メリシル国からセレーネ神殿までは、徒歩で三日ほどかかる。セイレーン達が暮らす地ということもあって、西の大陸には馬がほとんどいない。
まったくいないわけではないが、セイレーン達は馬に乗るぐらいなら飛んで移動する。一昔前までは道すら整備されていなかったほど、西の大陸は空移動が当たり前。
「のんびりしていていいのですか?」
飛んで行けば、徒歩より早い一日半で行ける。むしろ、アクアは歩くことができない。
彼女が生まれた頃は、歩かないのが当たり前だったのだから仕方ないことではある。
「いいのー。グレン君もしばらく傭兵としてお仕事するって言ってたし」
そんなに急ぐ必要はないと思っているアクア。そもそも、自分に期待されていることは星視だ。
他のことは一切期待されていない。
「そ、そんなことは……」
聞いたソニアは、ないと言い切れなかった。彼女の性格を知れば知るほど、あり得ると思うほどだ。
「いいのいいの。気にしてないから」
色々と考えたり調べたりは苦手だと認識している。必要であればやるが、そうでないならやりたくないと思うほどに。
星視をする上で必要なことであれば調べるが、それ以外は基本的にグレン任せにしているのがアクアだ。
王として国を治めていただけではなく、傭兵としても各地を渡り歩いていたグレン。知り合った当時から知識の差は明らかだった。
嫁ぐ際には色々と頑張ったのだが、あくまでも頑張っただけ。なにか身に付いたのかと問われれば、わからないと答えただろう。
(うん、なにも身に付いてないかな)
結局のところ、王妃となったあともなにか特別なことをした記憶はない。
あくまでも、アクアの認識ではの話だ。
「そんなわけで、あたしがここでするのは星視だけ。まぁ、なにか視てほしいことがあれば、連絡がくるんじゃないかな」
他の仲間が自分を頼るほどのことが起きた、ということにもなるのだが。
そのことはあえて考えないようにする。今考えても仕方ないからだ。
ことが起きてからでもいいだろう、と考える辺りがアクアらしい。なるべく考えることを放棄していたいというのが、彼女の考え方だ。
考えるのが嫌いという理由だけではなく、一人ぐらいお気楽がいた方がいい、という考えがあるのを知る者はイリティスだけだ。
グレンは色々と考え込むタイプなだけに、これぐらいがちょうどいいと思っている。
「ソニアも、もうちょっと気楽にいこうよ。なんか固いんだよなぁ」
自分の護衛になる騎士は、大体がこうだと拗ねたように言う。
そもそも護衛などいらないと思っているのだが、言ったところで聞いてもらえないこともわかっている。
「いつ魔物に襲われるかわからないのですよ。外にいるからこそ、気を抜くわけにはいかないんです」
気楽になど行けるわけがないと言われれば、ムスッとしたように頬を膨らませるアクア。
三千年も生きているはずなのだが、その行動は子供のようで可愛いと思ってしまう。
「本来なら、もっと護衛を付けて行くべきだというのに」
アクアが嫌がるから、女王もルアナもソニア一人に任せている。彼女の実力なら、ある程度のことは一人で対応できるから。
けれど、絶対はない。彼女でも対応できないようなことが起きたときを考えれば、護衛を増やしたいというのが本音だ。
ソニアはわかっているからこそ、外へ出たときはさらに警戒するようにしていた。
彼女だけは絶対に守らなければいけないからだ。
「アクア様、私は職務中です」
「うん、でもさ、外に出てるときは誰も見てないじゃん」
だからもっと気楽にしてと上目遣いで言われてしまえば、心が揺らぐのがわかる。
簡単に揺さぶってくるのだが、それによってなにかあったらと思い振り払う。
「外にいるからこそ、ですよ。魔物がどこから来るかわからないんですから」
「それはそうなんだけどさぁ」
グレンからも、外へ行くなら気を付けろと言われているだけに、これは反論できない。自分は騎士でなければ傭兵でもないのだ。
なんとなく察知することはできるが、そのときには近づかれていて逃げるには遅い。
少数なら戦うことができるが、数が多くなればどこまで戦えるかはわからなかった。普段はグレンの後ろでサポートするだけだからだ。
長い月日でそれなりの訓練はしているが、前衛がいてこその訓練しかしていない。ソニアがいてこそ戦えることは、しっかりと自覚していた。
ソニアと軽く話せる関係を諦めたアクア。とりあえず外にいる間は無理と思ったのだ。
(ヴァルス君やリオ君みたいには、いかないんだなぁ)
北の大国で王妃をしていた頃、気さくだった騎士二人は珍しいのだと思う。それとも土地柄だろうかと思わずにはいられない。
自分の存在はたいしたものではないと思っているだけに、土地柄だと納得して進むことにだけ集中する。
「アクア様、セレーネ神殿へ行かれたことがあるんですか?」
迷うことなく道を進む姿に、歌姫だった彼女が舞姫のいた神殿へ行ったことがあるのかと不思議に思う。
本来なら神殿の行き来はない。移動するということもほとんどない。
当然と言えば当然だろう。それぞれ、素質に合わせて配属されていくのだから。
「あるよー。お姉ちゃんがセレーネ神殿だったから」
「お姉様が」
姉妹で神官も珍しいことではない。神官になることが当たり前に近いのだから、当然ながら姉妹で神官になるし、所属が違うこともある。
素質で決まるからだ。どちらかが歌で、どちらかが舞い。別の神殿へ配属されると、会うことは難しくなる。
神殿の位置が遠すぎるのだが、歌姫であったアクアのためなら奥の手を使って移動できただろう。
どのような仕組みなのかはわからないが、各神殿には魔法移動できる手段がある。
この世界では魔法の移動手段はない。瞬間移動のような魔法があればどれだけ便利だろうと思うが、なぜか使うことができないのだ。
長い月日の間、誰も試さなかったわけではないだろう。それなのに使えたという話はない。
「あれを使っていたのですか?」
ソニアも話で聞いた程度のもので、使ったことはなかった。おそらくソル神殿にあるのだと思っている。神官長が城と神殿を行き来するためのものだと。
「あれねー。エトワール神殿から城へ行くときは使ってたかな。陛下が使えって言ってたから」
神殿を繋ぐためにあると知っているのは、神官長と王族だけ。当時、王族と変わらない待遇を受けていたアクアだからこそ、それが使えたのだ。
「あれがなんなのかは、聞いてもいいことですか」
使う日がくるとは思っていないが、少しばかり気になってはいた。どのような技術なのだろうかと。
・
まったくいないわけではないが、セイレーン達は馬に乗るぐらいなら飛んで移動する。一昔前までは道すら整備されていなかったほど、西の大陸は空移動が当たり前。
「のんびりしていていいのですか?」
飛んで行けば、徒歩より早い一日半で行ける。むしろ、アクアは歩くことができない。
彼女が生まれた頃は、歩かないのが当たり前だったのだから仕方ないことではある。
「いいのー。グレン君もしばらく傭兵としてお仕事するって言ってたし」
そんなに急ぐ必要はないと思っているアクア。そもそも、自分に期待されていることは星視だ。
他のことは一切期待されていない。
「そ、そんなことは……」
聞いたソニアは、ないと言い切れなかった。彼女の性格を知れば知るほど、あり得ると思うほどだ。
「いいのいいの。気にしてないから」
色々と考えたり調べたりは苦手だと認識している。必要であればやるが、そうでないならやりたくないと思うほどに。
星視をする上で必要なことであれば調べるが、それ以外は基本的にグレン任せにしているのがアクアだ。
王として国を治めていただけではなく、傭兵としても各地を渡り歩いていたグレン。知り合った当時から知識の差は明らかだった。
嫁ぐ際には色々と頑張ったのだが、あくまでも頑張っただけ。なにか身に付いたのかと問われれば、わからないと答えただろう。
(うん、なにも身に付いてないかな)
結局のところ、王妃となったあともなにか特別なことをした記憶はない。
あくまでも、アクアの認識ではの話だ。
「そんなわけで、あたしがここでするのは星視だけ。まぁ、なにか視てほしいことがあれば、連絡がくるんじゃないかな」
他の仲間が自分を頼るほどのことが起きた、ということにもなるのだが。
そのことはあえて考えないようにする。今考えても仕方ないからだ。
ことが起きてからでもいいだろう、と考える辺りがアクアらしい。なるべく考えることを放棄していたいというのが、彼女の考え方だ。
考えるのが嫌いという理由だけではなく、一人ぐらいお気楽がいた方がいい、という考えがあるのを知る者はイリティスだけだ。
グレンは色々と考え込むタイプなだけに、これぐらいがちょうどいいと思っている。
「ソニアも、もうちょっと気楽にいこうよ。なんか固いんだよなぁ」
自分の護衛になる騎士は、大体がこうだと拗ねたように言う。
そもそも護衛などいらないと思っているのだが、言ったところで聞いてもらえないこともわかっている。
「いつ魔物に襲われるかわからないのですよ。外にいるからこそ、気を抜くわけにはいかないんです」
気楽になど行けるわけがないと言われれば、ムスッとしたように頬を膨らませるアクア。
三千年も生きているはずなのだが、その行動は子供のようで可愛いと思ってしまう。
「本来なら、もっと護衛を付けて行くべきだというのに」
アクアが嫌がるから、女王もルアナもソニア一人に任せている。彼女の実力なら、ある程度のことは一人で対応できるから。
けれど、絶対はない。彼女でも対応できないようなことが起きたときを考えれば、護衛を増やしたいというのが本音だ。
ソニアはわかっているからこそ、外へ出たときはさらに警戒するようにしていた。
彼女だけは絶対に守らなければいけないからだ。
「アクア様、私は職務中です」
「うん、でもさ、外に出てるときは誰も見てないじゃん」
だからもっと気楽にしてと上目遣いで言われてしまえば、心が揺らぐのがわかる。
簡単に揺さぶってくるのだが、それによってなにかあったらと思い振り払う。
「外にいるからこそ、ですよ。魔物がどこから来るかわからないんですから」
「それはそうなんだけどさぁ」
グレンからも、外へ行くなら気を付けろと言われているだけに、これは反論できない。自分は騎士でなければ傭兵でもないのだ。
なんとなく察知することはできるが、そのときには近づかれていて逃げるには遅い。
少数なら戦うことができるが、数が多くなればどこまで戦えるかはわからなかった。普段はグレンの後ろでサポートするだけだからだ。
長い月日でそれなりの訓練はしているが、前衛がいてこその訓練しかしていない。ソニアがいてこそ戦えることは、しっかりと自覚していた。
ソニアと軽く話せる関係を諦めたアクア。とりあえず外にいる間は無理と思ったのだ。
(ヴァルス君やリオ君みたいには、いかないんだなぁ)
北の大国で王妃をしていた頃、気さくだった騎士二人は珍しいのだと思う。それとも土地柄だろうかと思わずにはいられない。
自分の存在はたいしたものではないと思っているだけに、土地柄だと納得して進むことにだけ集中する。
「アクア様、セレーネ神殿へ行かれたことがあるんですか?」
迷うことなく道を進む姿に、歌姫だった彼女が舞姫のいた神殿へ行ったことがあるのかと不思議に思う。
本来なら神殿の行き来はない。移動するということもほとんどない。
当然と言えば当然だろう。それぞれ、素質に合わせて配属されていくのだから。
「あるよー。お姉ちゃんがセレーネ神殿だったから」
「お姉様が」
姉妹で神官も珍しいことではない。神官になることが当たり前に近いのだから、当然ながら姉妹で神官になるし、所属が違うこともある。
素質で決まるからだ。どちらかが歌で、どちらかが舞い。別の神殿へ配属されると、会うことは難しくなる。
神殿の位置が遠すぎるのだが、歌姫であったアクアのためなら奥の手を使って移動できただろう。
どのような仕組みなのかはわからないが、各神殿には魔法移動できる手段がある。
この世界では魔法の移動手段はない。瞬間移動のような魔法があればどれだけ便利だろうと思うが、なぜか使うことができないのだ。
長い月日の間、誰も試さなかったわけではないだろう。それなのに使えたという話はない。
「あれを使っていたのですか?」
ソニアも話で聞いた程度のもので、使ったことはなかった。おそらくソル神殿にあるのだと思っている。神官長が城と神殿を行き来するためのものだと。
「あれねー。エトワール神殿から城へ行くときは使ってたかな。陛下が使えって言ってたから」
神殿を繋ぐためにあると知っているのは、神官長と王族だけ。当時、王族と変わらない待遇を受けていたアクアだからこそ、それが使えたのだ。
「あれがなんなのかは、聞いてもいいことですか」
使う日がくるとは思っていないが、少しばかり気になってはいた。どのような技術なのだろうかと。
・
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
あらゆる属性の精霊と契約できない無能だからと追放された精霊術師、実は最高の無の精霊と契約できたので無双します
名無し
ファンタジー
レオンは自分が精霊術師であるにもかかわらず、どんな精霊とも仮契約すらできないことに負い目を感じていた。その代わりとして、所属しているS級パーティーに対して奴隷のように尽くしてきたが、ある日リーダーから無能は雑用係でも必要ないと追放を言い渡されてしまう。
彼は仕事を探すべく訪れたギルドで、冒険者同士の喧嘩を仲裁しようとして暴行されるも、全然痛みがなかったことに違和感を覚える。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
【完結】あなたの思い違いではありませんの?
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
複数の物語の登場人物が、一つの世界に混在しているなんて?!
「カレンデュラ・デルフィニューム! 貴様との婚約を破棄する」
お決まりの婚約破棄を叫ぶ王太子ローランドは、その晩、ただの王子に降格された。聖女ビオラの腰を抱き寄せるが、彼女は隙を見て逃げ出す。
婚約者ではないカレンデュラに一刀両断され、ローランド王子はうろたえた。近くにいたご令嬢に「お前か」と叫ぶも人違い、目立つ赤いドレスのご令嬢に絡むも、またもや否定される。呆れ返る周囲の貴族の冷たい視線の中で、当事者四人はお互いを認識した。
転生組と転移組、四人はそれぞれに前世の知識を持っている。全員が違う物語の世界だと思い込んだリクニス国の命運はいかに?!
ハッピーエンド確定、すれ違いと勘違い、複数の物語が交錯する。
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/19……完結
2024/08/13……エブリスタ ファンタジー 1位
2024/08/13……アルファポリス 女性向けHOT 36位
2024/08/12……連載開始
収容所生まれの転生幼女は、囚人達と楽しく暮らしたい
三園 七詩
ファンタジー
旧題:収容所生まれの転生幼女は囚人達に溺愛されてますので幸せです
無実の罪で幽閉されたメアリーから生まれた子供は不幸な生い立ちにも関わらず囚人達に溺愛されて幸せに過ごしていた…そんなある時ふとした拍子に前世の記憶を思い出す!
無実の罪で不幸な最後を迎えた母の為!優しくしてくれた囚人達の為に自分頑張ります!
レディース異世界満喫禄
日の丸
ファンタジー
〇城県のレディース輝夜の総長篠原連は18才で死んでしまう。
その死に方があまりな死に方だったので運命神の1人に異世界におくられることに。
その世界で出会う仲間と様々な体験をたのしむ!!
家に住み着いている妖精に愚痴ったら、国が滅びました
猿喰 森繁 (さるばみ もりしげ)
ファンタジー
【書籍化決定しました!】
11月中旬刊行予定です。
これも多くの方が、お気に入り登録してくださったおかげです
ありがとうございます。
【あらすじ】
精霊の加護なくして魔法は使えない。
私は、生まれながらにして、加護を受けることが出来なかった。
加護なしは、周りに不幸をもたらすと言われ、家族だけでなく、使用人たちからも虐げられていた。
王子からも婚約を破棄されてしまい、これからどうしたらいいのか、友人の屋敷妖精に愚痴ったら、隣の国に知り合いがいるということで、私は夜逃げをすることにした。
まさか、屋敷妖精の一声で、精霊の信頼がなくなり、国が滅ぶことになるとは、思いもしなかった。
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる