上 下
59 / 276
2部 二刀流の魔剣士編

船上の仕事3

しおりを挟む
 魔物との一戦を終えると、何事もないように食事をする三人。空気が変わったお陰か、二人の喧嘩も起きなかった。

「その子、不思議だよね」

「そうか?」

 食事を食べる三人のハーフエルフに、チョコを食べているヴェガ。

 どうにも甘党主と同じ食を求めるようで、とにかく甘いものを寄越せと言う。

 友人の連れている聖獣はリンゴを食べるだけに、この違いはなんなのかと思っていたこともある。

「チョコ食べる?」

「甘いものが好きらしいからな」

 預かっているだけだからなんでかなんて知らないと言えば、シュレがチラリとグレンを見た。

「ふーん。甘いのかぁ。あたいは好きじゃないんだよね」

 東の食文化として、あまり甘いものはない。エルフに傾いた文化だからかもしれないが、アイカはまた別問題だったりもする。

「辛党だもんな。俺には無理だ」

 辛党のハーフエルフも珍しい。他の大陸から入るようになった食材で、だいぶ変わったものだとグレンは思う。

 真っ赤な皿を見るとさすがにこれは理解できないなとも思うのだが、グレンは辛党に近い。

「辛党なら、ヴィルは北の出身だよね」

 そう、北には辛い料理が多いからだ。自然とそうなっていく。

 なっていくのだが、ここまで酷くはないと言いたい。

「どこが出身だっていいだろ」

「そうだけどさ。秘密主義なわけ」

 シュレがこれ以上突っ込まないように言えば、ムッとしたようにアイカが見る。

 また空気がやばくなってきたと思うが、シュレに喧嘩をしようという雰囲気がないのを見てグレンは触れるのをやめた。

 それに、出身を突っ込まれるのはさすがに困る。今の北は自分がいた頃とは違うとわかっていたからだ。

「組むからって、なんでも話す必要はない。俺達はあくまでも仕事上の関係だ。ずっと一緒じゃないんだからな」

 冷静にシュレが言えば、さすがにアイカも喧嘩へ持ち込むことはなかった。

「悪いな。俺にも話せないことぐらいあるんだ。北の出は間違ってないけど」

 話せないと言うよりは、わからないが正確だとは言えない。

 バルスデ王国のことは情報として仕入れているが、詳細はまったくわかっていないし、ウォルドだと誤魔化しているだけにそこの情報を聞かれると困る。

 だからこそ、出身地に関しては問われてもほとんど濁してきた状態だ。

(少し、仕入れとくか…)

 さすがになにも話せないと怪しい気もしてきた。以前とは状況が違うのだし。

(いや、昔の話し方は便利だったな……)

 あの喋り方は意識していたことではない。そのせいか、今はやろうと思ってもできないのだ。

「第一、相手に話させるなら自分も話すべきだ」

 シュレの一言に、そういえばアイカのことはなにも知らないとグレンも思う。

 グレンもシュレも、基本的には自分から聞き出そうというタイプではない。だから気にしなかったのだ。

 同じように、アイカも話したことはなかったと思いだす。食事を共にしたのは数えるほど。

 喧嘩になることからシュレと二人で食事もしなければ、グレンも基本的には誘いを受けてはくれない。

 仕事をするとき以外、一緒にいるのは手合わせをしているときぐらいだったのだ。

「あたいに隠すことなんてないよ」

「だろな。隠し事がありそうなタイプじゃない」

 すぐさまシュレに返されれば、うるさいというように睨み付ける。

「いいんじゃないか。普通の生活送れてるんだろ」

 隠し事をしなくてもいいほど、幸せな生活を送れているのではないか。そう思えばいいことのように思えた。

 グレンは隠すという行為が、それだけ辛い記憶があるからだと思っていたのだ。

「普通が一番だと思うが」

「普通がよかったのか?」

 彼を知っているシュレは、普通ではないことも知っている。

「俺は今がいい。楽しいからな」

 笑いながら言えば、アイカだけが不思議そうに見ていた。

 仕事中であり、さすがにアイカも酒を飲もうとは言わない。だからいいかと、グレンは付き合うように食事をしている。

 シュレが付き合っているのは、おそらくグレンへ変なことを聞かないように見張るため。

 それだけのことだとわかっているのだが、この雰囲気は嫌いではないとグレンは楽しんでいる。

 すべては今の選択があってこそで、こう生まれてきたからだ。

「辛いことがあっても、いつかはよかったと思える日がくるさ」

「だといいがな…」

 小さく呟かれた言葉に、グレンの表情が少しばかり曇った。

 なんとなくだが、彼は抱えるものがあるのだと感じていたのだ。アイカと喧嘩をするのも、その辺りが理由だろうと。

「さて、俺は先に寝させてもらうぞ」

 いい時間だとグレンが席を立てば、もうそんな時間かと二人も食堂に置かれている時計を確認する。

「解散だな」

 シュレも立ち上がればアイカも頷き、それぞれの部屋へと戻っていった。



 宛がわれた自室、そこで空を眺めるグレン。彼は異変を逃さないため、夜もほとんど起きていた。

『流れ星が気になるんだろ』

「まぁな」

 外からの干渉は流れ星となって現れる可能性が高い。だからこそ、夜は二人といるわけにはいかないのだ。

 なにかあったときに動けないから。

『俺が見ててやるから、寝ろよ。シオンがいない今、一番の戦力はお前なんだから』

 戦えるならヴェガも戦いたい。けれど、主がいないヴェガは戦うだけの力がないのだ。

 こればかりはどうすることもできない。だから、これぐらいなら自分でもできるから任せろと言いたいのだ。

「寝不足には慣れてるが、ここは任せるか」

『あぁ。つうか、寝不足に慣れてるなよ』

 呆れたように言えば、ヴェガはどうしようもないなとぼやく。この辺りは昔の癖が抜けないのだろう。

 王となっても変わらなかったらしいと聞いていただけに、いまさら変わるものではないとわかっている。

 横になって目を閉じるグレンを見ながら、本当に寝ているのかとヴェガは思わなくもない。

(フォーランによく似てるぜ…)

 同一人物ではないのに、よく似ている。グレンは生まれ変わりではないというのに不思議だと思わずにはいられない。

(リオン…)

 月を眺めながら思うのは、主であるリオン・アルヴァースのことだ。

 よくこうやって一緒に眺めていた。他にすることがなかったというのもあったが、人間見てるより景色がいいと思っていたのもある。

(それでも、結局はこの世界が好きだったよな)

 多くの争いを見てきたが、最終的には嫌いになれなかった。

 それもそうだろうと思う。大切な仲間と過ごしてきた思い出があるのだから。

(俺も、あいつの生活を壊したくねぇ…。俺を思いださなくても、消えてしまっても…)

 今の生活なら不死にもならない。普通の人間として過ごせるのだ。過ごさせてやりたい。

 ヴェガの偽りない気持ちだった。





.
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

処理中です...