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2部 二刀流の魔剣士編

シュレの訪問2

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「俺の名前はヴィル・アーギルではない。それは認めよう」

 彼がどこまで察しているのか。それを探ってみようとグレンは思った。

 フィフィリス・ペドランとの交流によって、彼が自分をある程度察している。それはどこまで察しているのか。

 シュレ本人に話させようと思ったのだ。

「本来の名は?」

「わかっているんだろ」

 フッと笑いながら言えば、嫌そうな表情を浮かべる。めんどくさいと言うように。

「グレン・バルスデ・フォーラン……時計の柄からして、そうだろ」

 最初に作られた時計は、与えられた人物に対して絵柄が違うのだ。

 とは言っても、種類は三種類だと聞いて知っていた。だからこそ、これは絶対の確証があって言っていることではない。

 かまをかけたのだ。英雄王と呼ばれる人物かもしれない相手へ。

「このやり取り、疲れそうだな」

「仕掛けたのはヴィルだろ」

 笑いながら言えば、それもそうだと認めたグレン。

 これほど厄介だと思った人物は、かつての仲間にもいなかった。試してみれば試し返してくるなど思いもしない。

「今の俺はグレン・フォーランだ。バルスデの肩書きはいらない」

「どんなからくりで生きているのか、不思議な奴だな」

 そこに関してはさすがにわからないかと思う。わかられても困るところだ。

「息子からもらった物でバレたんだから、仕方ない。これは手放せないしな」

 時計を取り出して見れば、思いだすのは息子のこと。これは大切な息子を思いだす品なのだ。

 彼が持つ時計は少しばかり特殊で、魔力装置がつけられている。

 いや、彼だけではない。グレンの妻や友人達が持つのもだ。

「英雄王に敬意を示したほうがいいか」

「やめろ。そういうのは嫌いなんだ」

 今まで通りの接し方でいいと言えば、シュレは笑いながら頷く。目の前にいる英雄はこう言うだろうと思っていたのだ。

「酒でも買っておけばよかったな」

 こうなってくると、さすがに飲みたくなるとぼやくように言う。

 普段お酒を飲まないグレンでも、酒の勢いが欲しくなるというもの。

「……酔うまで飲んだら、朝までかかるけどな」

「お前、飲むのか」

 本人が飲まないと言うから、飲めないのだと思っていた。思い込んでいたのだと気付く。

 実際はとてもお酒に強いらしいと新しいことを知ったシュレ。

「付き合いで飲んでたからな。一人では飲まない」

 あれがいないときなら付き合ってもいいと言われてしまえば、今度は声を上げて笑う。

「知ってたのか。アイカが飲むとやばいって」

「有名だと酒場でな」

 食事ぐらいなら付き合ってもいいかと思っていたが、酒はダメだと思っていた。

 組むことが決まったとき、二人の情報を酒場で集めていたのだ。どのよう人物なのか知りたくて。

 その結果の判断だ。暴れられると沈めるのが大変だと思って。

「ここは俺の運動場みたいなものだ。定期的に偽名使って、身体動かしに来てる」

 さすがにこのような言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。

 シュレがなんとも言えない表情でグレンを見れば、嘘ではないと視線は語りかける。

「じっとしていることは苦手でな。ここで傭兵をしながら、北の情報を得るようにしてた」

「やはり、北が気になるわけか」

 情報を集めるには傭兵組合は最適と言えた。各地の情報は組合に流れてくるだけではなく、裏道の情報屋も独自のやり方で集めてくるからだ。

 目の前にいる英雄が作り上げた傭兵組合。さすがだと思えたほど。

「ひとつ言うとな、俺がそうしたわけじゃないからな。カロルがやったことで」

「あんたをよく理解していたってことだろ」

 まぁ、と言葉を詰まらせるグレン。自分でやっていなくても、グレンのためにやってくれたなら同じことかと。

 彼がどこまで見越していたのかはわからないが、養い子の優秀さがあればそれなりに対策していてもおかしくない。



 一人になると、ふぅと息を吐く。名前を明かし、運動と情報収集のために傭兵をやっていると言えば、それで納得してくれたようだ。

 嘘はないだけに、疑われても困るところではある。

『なにかあったか?』

「ヴェガか…」

 突然現れた水色の小さな獣に、物好きがと思う。

「シュレにバレたぐらいだ」

『あぁ。あのハーフエルフか』

 聖獣のヴェガは、本来なら月神リオン・アルヴァースと一心同体の関係となる。三千年前に消えているはずだったが、消えずに残った。

 兄であるシオン・アルヴァースに託されたのだが、月神の力を持つグレンといることが多い。彼がシオンを支える存在だからだろう。

『いいんじゃね。あれは、味方にしたら心強いだろ』

「そうなんだが…」

 繋がりを強く持ちたくないのは別れが辛くなるからだ。

 三千年という月日、選んだ道に後悔はない。それでも別れは慣れるものでもなく、適度な距離を保つようにしてきたのだ。

 何度問いかけられたとしても、グレンの答えは変わることがない。後悔など欠片もないと言い切れた。

 仲間の死や息子の死を見届けることになったが、それすらも自分が選んだ結果のことだと思うことはできる。

 しかし、悲しみを慣れることはできない。何度体験しても、悲しいものは悲しいのだ。

 どうすればいいのかと思ったとき、結論は親しくならないだった。深い関係になれば絶対に悲しくなってしまうから。

『お前のそういうところはシオンみたいだ』

「俺は、あそこまで脆くない」

 同じにするなというように見れば、同じだとヴェガはあっさりと返す。

『少なくとも、リオンはこうではなかったぞ。あいつはシオンがすべてだったからだろうが』

 それはそれで問題だよなとぼやく姿に、違う意味での苦労があったのだろうと思う。

 ときどき懐かしむようにぼやくが、詳しい話をしたことはない。





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