隣国の姫は絶世の美姫、隣国の王は冷酷狼。〜(注、どちらも噂です。)

森ののか

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第22話 透き通りし石英

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「どういうことだ!」

宴まであと数日、となった日の朝。後宮に、陛下の怒鳴り声が響いて、私の頭は覚醒した。何!? どうしたの!? 何か重大なことがあったのかと焦って私は適当な上着を羽織り、ぱたぱたと部屋の外に出る。すると、そこにいたのは……

「青鋭様に月華さん?」

「「お妃様!?」」

なぜ彼らが。というかこの人たちなら私には関係ないわね、と思い踵を返すと、なぜか陛下に腕を掴まれ引き寄せられて彼の腕の中に抱え込まれてしまった。

「まったく、こんな格好でうろつくな」

おお……ごめんなさい……

「妃のおかげで幾分か冷静になれたな……」

「まったくです……」

はあ、と大きなため息をつきながら、陛下が天を仰ぐ。この二人が後宮まで来て、何があったの? 私にも教えてほしいわ。少し不満げにしつつ大人しくそこに収まっていたら。さらなる怒鳴り声が響いた。

「陛下!! 一体何をなされたんですかまったく!!」

素知らぬ顔して耳塞いでもだめですよ、陛下。やって来たのは樟石さん。当たり前だ。いつも陛下の行動で迷惑こうむってるのは樟石さんだもんね。

「さあ今すぐ話してください何があったんですかええ?」

「ぐ……」

にこにこと笑顔で圧力をかけてくる彼に、陛下が負ける。陛下弱くない?

「部屋で保管していた宴に関する書類が、な」

言い辛そうに重い口を開く。

「何者かに盗まれた」

「はあああああああ!?!?!?」

ええええええええ!?!? それはまず過ぎるのでは!? だって宴はもう目前で、かなり細かいところまで詰めて書類にまとめたって聞いてたのに! その書類がないんじゃあ宴ができないじゃない! いくら責任者だからって、二人は人間。記憶力にも限界があるわ。

「やはり……忌々しいですね……」

予想は出来ていたけれど、ここまでだと思っていなかったらしい樟石さんがうなる。

「はあ……まあおきてしまったことは仕方がありません。水晶」

その呼びかけに、黒ずくめの誰かが姿を現した。隠密かしら? 今日は玉蘭じゃないのね。呼ばれた名前に首を傾げる。いつもだったら玉蘭を呼ぶのに……と思って前を見れば、少し驚いたような表情の青鋭様が。あ、そっか。このひと玉蘭が隠密ってことを知らないんだっけ。なら秘密にしておかなきゃだもんね。

「王宮の隅々まで調べ上げ、犯人と書類の場所の特定を」

水晶、と呼ばれた隠密が小さくうなずき、地面を蹴る。瞬きするとそこにはもうその人の姿はなかった。見こなし軽くて羨ましいわ。

「さてお三方」

再び樟石さんの顔が笑顔になる。ああ、こわい、私まで圧をかけられてるみたいだわ。

「なぜすぐにこういった対応をなされなかったので?」

「……今知ったんだ……」

いや、うろたえて焦ってる時間かなりありましたけど。


「ただいま戻りましたわ」

一度解散して、ちょうどお昼時ごろになったころに、私と陛下と樟石さんの元に玉蘭が現れた。どこかに行ってたのかしら。いつもの偵察かな?

「首尾は?」

不機嫌そうに陛下が尋ねる。すると彼女は少し残念そうな顔をした。

「犯人は書類を持って王宮を出たようですわ。隅々まで探しましたけれど、書類は一枚も出てきませんでしたの」

「あれ、玉蘭が調べていたの?」

驚いて、私は思わずそう口に出してしまった。だってあの時任務を命令されたのは玉蘭じゃなくて、水晶って人だったもの。混乱しているところにくすくすと上品な笑い声が降ってくる。

「あのね、お妃様。あの時対応したのは水晶、という隠密でしたでしょう?」

そうよ。そうなの。

「その水晶、わたくしですのよ?」

……、……開いた口が塞がらないってこういうことなのね?

「そうだったの!? 全然気が付かなかったわ!」

「だってわたくし、本名が玉蘭ですのよ? わたくしのこと知らない方の前でわたくしのことを呼べないから、と水晶という別の名前があるのですわ。もっとも、隠密は本来知らない方の前で呼ぶような存在ではありませんから、青鋭様のいらっしゃるとき限定ですけれど」

確かに。玉蘭って呼べば即ばれるわ。というかそういうことなら、玉蘭って青鋭様と顔を合わせたことがあるってことなんじゃ? この前まるで初対面のような反応をしていたけれど……

「いつも自分の正体が分からないように青鋭様の前ではすべてを隠し、決して見上げることの無いようにしていたのです。ですからこの前は初めてしっかりとお顔を見てびっくりしたのですわ」

なるほど。

「お妃様、雑談はあとにしてください」

すいません。

「では捜索範囲を王宮の外に広げるしかありませんね。犯人の目星は?」

何事もなかったかのように脱線した話を元に戻した樟石さんが、玉蘭に問う。彼女はにやりと、不敵に笑った。

「もちろんですわ。わたくしを誰だと思っておいでですの?」

「やらかし組の愉快な実行犯です」

「ぐうの音も出ませんわ」

出ないんかい。さっきまでの威勢はどうしたのよ、とつっこみたくなった。と思ったら、彼女がはっとした表情を浮かべる。

「待ってくださいませ! いーはやらかし組ではありませんわ!」

いまさら弁解してもかなり無理があるよ……
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