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第8話 左遷
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「あら、またお会いしましたね」
「なぜここに……」
偶然遭遇した青鋭を見て私はにやりと笑った。あり得ないといった顔で彼は私を見つめている。
「なぜ妃のあなたが政務室にいるんだ!」
「そんなの私だって知りたいですよ!」
はあはあと荒く息をしながら私は青鋭を睨む。先程の青鋭の言葉の通り私は陛下の仕事場、つまり政務室に来ていた。私が来たいと言ったわけでもない。こんなところにいたくもない。陛下に連れてこられたのだ。
「陛下、なぜ連れてこられたのですか!」
「いや……」
手元の書類に視線を向けたまま陛下は答える。
「男ばかりではむさくるしいかと……せっかく妃も出来たことだしそこに女がいれば仕事が早く終わるのではないかと思い……」
「ちょっと意味が分かりません」
いや、ちょっとじゃなくてとてもか。一瞬あほですかって言いそうになった。危ない危ない。
「何だ、一人女性がいれば場の空気が和やかになるのではないのか?」
「誰に教えられたのかは存じ上げませんが今すぐお忘れになってください」
今回ばかりは青鋭の意見に賛成するわ。おかしいなあ、陛下ってこんなんだったかなあ……
まあ連れてこられたのなら仕方ないので私はそばにあった椅子に座って借りた巻物を読み始めた。
「国王陛下、企画書が出来上がりました」
一人の官吏が部屋に入ってきた。
「貸せ」
短い言葉だけで会話が終わる。それがさっきからずっと続いている。だが今回はちょっと違うらしい。その企画書を見た陛下は座っていた椅子から立ち上がった。
「これを書いたのはお前か?」
その声を聞いた瞬間私の背筋は凍り付いた。今まで見たことのない顔。それは確かにあらゆるところで噂されていた、冷酷な狼の顔。
「お前はずいぶん無能なようだ。こんなことも出来ぬとは。辺境の地で一から学びなおすがよい!」
怒鳴り声が響く。それって、左遷だよね。もうこの王宮で働く価値はない。たった一枚の企画書で失敗しただけなのにそんなのひどいんじゃ…… なんだかその官吏があまりにも可哀想だったので私は陛下に声をかけた。
「へ、陛下、それは流石に可哀想ではありませんか……?」
だがそれを聞いた彼はその顔のまま私のほうを向いて薄笑いを浮かべた。びくっと大きく私の体が跳ねる
。
「ほう、私に意見すると?」
「い、いやその……」
怖い。怖い、怖い。頭の中が怖いで埋め尽くされる。それ以外考えられない。
陛下が私の方に歩いてきた。そっと顔を私に近づけ彼は囁く。
「あの者が不正をしていたとしても同じことを言えるか?」
え…… ふせ……い……?
「どんな不正ですか……?」
「金品の横領、賄賂を押し付ける、書類の偽造、勝手な改竄……ほかにもいくつか」
は!? そんなにたくさん!?
「本来ならば重罪で投獄だ。優秀だったこともあったから慈悲として左遷としたが……」
それはそれは不満そうな顔をして私が一体何を、とぶつぶつ呟いている官吏。陛下が彼の方を振り返る。官吏が慌てて背筋を伸ばした。
「我が妃を煩わせたのだ。死刑でもよかろう。樟石、連れていけ」
私その、死刑にする理由おかしいと思うんですけどそこのところ詳しくお願いできますか。
「あ、あの……」
「気分を害しただろう。情けをかけた私が悪かったな」
本気で言っているのだろうか。いや、この目が嘘を言っている目なわけがない。ぞっとするようなこの場所から、なんだか今ものすごく逃げ出したい。
「陛下……死刑って、本当に本気でやるんですか……?」
一日の終わりに部屋にやって来た陛下に、私は思い切って聞いた。ああ、と彼はうっすら笑みを浮かべる。
「もちろんだ」
どうしてもこの人といると恐怖を感じてしまう。本能が怖がっている。
怯える私に気が付いたのだろうか。彼から殺気のような、そうではないような何かが消える。
「怖がらせたか? 悪かった」
「いえ、大丈夫、です……」
やっぱり陛下は、私に優しい。気がする。だってあんな顔私の前で見せたことがないし、私と話しているときはどこか口調も穏やかな気がする。気を使ってくれているのか、無意識にやっているのか。どちらかは分からないが、私があんな目を向けられることが一生ない事を願いたい。睨まれただけで倒れるもん。
「でも、陛下って本当に陛下だったんですね」
「何だその意味の分からない文は」
だって陛下は。
「陛下が即位する前から噂だけは知っていました。怖くて強くて、そして冷酷だと。やっぱり変わらずずっとそうなんだなって。私が今見ているのは、誰も知らない、私しか知らない陛下なんだろうなあ」
少しだけ笑いがこぼれる。怖くて強くて冷酷で、そして残忍な白蓮花国の国王陛下はちゃんと存在していて、でも私はそんな彼を滅多に見たことがない。私の目に映る陛下は確かに怖くて強くて冷酷だけど私のことを放置せずにちゃんと責任を負う人。みんなが見ているのは幻なんじゃないかと思うほどに。重い責任を背負い込んだ、強くて怖くて冷酷で残忍で、とてもとても頼れる人。
「なぜここに……」
偶然遭遇した青鋭を見て私はにやりと笑った。あり得ないといった顔で彼は私を見つめている。
「なぜ妃のあなたが政務室にいるんだ!」
「そんなの私だって知りたいですよ!」
はあはあと荒く息をしながら私は青鋭を睨む。先程の青鋭の言葉の通り私は陛下の仕事場、つまり政務室に来ていた。私が来たいと言ったわけでもない。こんなところにいたくもない。陛下に連れてこられたのだ。
「陛下、なぜ連れてこられたのですか!」
「いや……」
手元の書類に視線を向けたまま陛下は答える。
「男ばかりではむさくるしいかと……せっかく妃も出来たことだしそこに女がいれば仕事が早く終わるのではないかと思い……」
「ちょっと意味が分かりません」
いや、ちょっとじゃなくてとてもか。一瞬あほですかって言いそうになった。危ない危ない。
「何だ、一人女性がいれば場の空気が和やかになるのではないのか?」
「誰に教えられたのかは存じ上げませんが今すぐお忘れになってください」
今回ばかりは青鋭の意見に賛成するわ。おかしいなあ、陛下ってこんなんだったかなあ……
まあ連れてこられたのなら仕方ないので私はそばにあった椅子に座って借りた巻物を読み始めた。
「国王陛下、企画書が出来上がりました」
一人の官吏が部屋に入ってきた。
「貸せ」
短い言葉だけで会話が終わる。それがさっきからずっと続いている。だが今回はちょっと違うらしい。その企画書を見た陛下は座っていた椅子から立ち上がった。
「これを書いたのはお前か?」
その声を聞いた瞬間私の背筋は凍り付いた。今まで見たことのない顔。それは確かにあらゆるところで噂されていた、冷酷な狼の顔。
「お前はずいぶん無能なようだ。こんなことも出来ぬとは。辺境の地で一から学びなおすがよい!」
怒鳴り声が響く。それって、左遷だよね。もうこの王宮で働く価値はない。たった一枚の企画書で失敗しただけなのにそんなのひどいんじゃ…… なんだかその官吏があまりにも可哀想だったので私は陛下に声をかけた。
「へ、陛下、それは流石に可哀想ではありませんか……?」
だがそれを聞いた彼はその顔のまま私のほうを向いて薄笑いを浮かべた。びくっと大きく私の体が跳ねる
。
「ほう、私に意見すると?」
「い、いやその……」
怖い。怖い、怖い。頭の中が怖いで埋め尽くされる。それ以外考えられない。
陛下が私の方に歩いてきた。そっと顔を私に近づけ彼は囁く。
「あの者が不正をしていたとしても同じことを言えるか?」
え…… ふせ……い……?
「どんな不正ですか……?」
「金品の横領、賄賂を押し付ける、書類の偽造、勝手な改竄……ほかにもいくつか」
は!? そんなにたくさん!?
「本来ならば重罪で投獄だ。優秀だったこともあったから慈悲として左遷としたが……」
それはそれは不満そうな顔をして私が一体何を、とぶつぶつ呟いている官吏。陛下が彼の方を振り返る。官吏が慌てて背筋を伸ばした。
「我が妃を煩わせたのだ。死刑でもよかろう。樟石、連れていけ」
私その、死刑にする理由おかしいと思うんですけどそこのところ詳しくお願いできますか。
「あ、あの……」
「気分を害しただろう。情けをかけた私が悪かったな」
本気で言っているのだろうか。いや、この目が嘘を言っている目なわけがない。ぞっとするようなこの場所から、なんだか今ものすごく逃げ出したい。
「陛下……死刑って、本当に本気でやるんですか……?」
一日の終わりに部屋にやって来た陛下に、私は思い切って聞いた。ああ、と彼はうっすら笑みを浮かべる。
「もちろんだ」
どうしてもこの人といると恐怖を感じてしまう。本能が怖がっている。
怯える私に気が付いたのだろうか。彼から殺気のような、そうではないような何かが消える。
「怖がらせたか? 悪かった」
「いえ、大丈夫、です……」
やっぱり陛下は、私に優しい。気がする。だってあんな顔私の前で見せたことがないし、私と話しているときはどこか口調も穏やかな気がする。気を使ってくれているのか、無意識にやっているのか。どちらかは分からないが、私があんな目を向けられることが一生ない事を願いたい。睨まれただけで倒れるもん。
「でも、陛下って本当に陛下だったんですね」
「何だその意味の分からない文は」
だって陛下は。
「陛下が即位する前から噂だけは知っていました。怖くて強くて、そして冷酷だと。やっぱり変わらずずっとそうなんだなって。私が今見ているのは、誰も知らない、私しか知らない陛下なんだろうなあ」
少しだけ笑いがこぼれる。怖くて強くて冷酷で、そして残忍な白蓮花国の国王陛下はちゃんと存在していて、でも私はそんな彼を滅多に見たことがない。私の目に映る陛下は確かに怖くて強くて冷酷だけど私のことを放置せずにちゃんと責任を負う人。みんなが見ているのは幻なんじゃないかと思うほどに。重い責任を背負い込んだ、強くて怖くて冷酷で残忍で、とてもとても頼れる人。
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