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40・八極令嬢、竜騎士と踊る。

01八極拳。

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 私、キャロライン・エンデスヘルツはエンデスヘルツ公爵家の、いわゆる公爵令嬢である。

 と、いっても。
 数年前に婚約者だったこの国の第一王子であるプライデル・メルバリアをふくむ貴族の子息令嬢を数十名ほど八極拳はっきょくけんで叩き伏せてしまった為に国外追放されている身分だ。

 なので異国で道場を開いて、八極拳はっきょくけんを教えたり武術交流で様々な武術を学んだりしていた。

 だが、リングストンの弱虫お坊ちゃまマークが泣きついてきたので一時帰国し、勇者ダグラス・ヴィダルに出会ってからズルズルと滞在たいざいを続けている。

 ダグラスが勇者かどうかの真偽しんぎは置いておいて、私のさきを行く武術家であることは事実だ。

 ゆえに私はダグラスから武術を習っている。

 まあ稽古時けいこじには必ず口説くどかれるが、私はどちらかといえば別に抱かれても良いとは思っている程度ていどにダグラスには好意的なので別にそれは良い。

 ただ、恋をしないで生きる楽さと楽しさを知ってしまった私はあまり前のめりにはなれない。
 身体だけの付き合いをのぞむほどに私は好きものではない、だったら稽古けいこんでいた方が楽しい。

 まあ、そんな私の恋愛観はさておき。

 現在、この国の王族と主要貴族を狙って魔王軍とやらが襲来しゅうらいしてきている。

 私はダグラスと行動を共にしていたのと、エンデスヘルツ家も標的とされていたのでなし崩し的に魔王軍を打倒だとうする為に動いている。

「これだけは誰にも負けないというものを持ちなさい」

 これはエンデスヘルツ家の家訓でもあり、私も両親から日に一度は言われて育った。

 ゆえに私は、八極拳はっきょくけんみがいた。

 私はこれだけで誰にも負けない。
 それが、八極拳はっきょくけんだった。

 しかし、私は先日ウォール・バルカードに勝てなかった。

 まあ負けたわけじゃあない、敗北とはそれを認めた時に初めて成立する。
 だが勝ちの目がなかったことは事実だ。

 と、いうことでウォールを叩きせる為に。
 勇者ダグラス、自動人形スペアシェリー、さらってきたクーロフォード家執事のアーチボルトと共に城へとやってきた。

 王族と主要貴族がつどう会談を狙って、魔王軍が来るという。

 そして、勇者の剣を持つマリシュカ・ネビルは、姉のサンディと共に父上と行動しているはずなので、国家転覆こっかてんぷく目論もくろむ父上にとって四面楚歌しめんそかなこの会談には必ずマリシュカをぶつけてくるはずだ。

 あの父上があの力を利用しないわけがない。
 私だったらそうする、それがエンデスヘルツだ。

 なんて物思ものおもいにふけてアーチボルトの奇行……もとい着替えをながめたところで、魔王軍が現れた。

「……死にさらせやあああああぁぁぁああッ‼」

 ダグラスは品のない雄叫おたけびと共に一人に飛びかかる。

 あれが魔王ですね。

 ダグラスは魔王。
 スペアシェリーは竜の女王。
 アーチボルトはマリシュカ。

 そして私は。

「ウォール、貴方の相手はこの私です。この間の続きをいたしましょうか」

 そう言って、ウォールの前で構える。

「いや続きって、俺の勝ちだろ……。まあ来いよ、何回でも後悔させてやる」

 ウォールは私にそう返して、剣を抜く。

 それと同時に、ふところまで踏み込んで裡門頂肘りもんちょうちゅうで全開の発勁はっけいを通す。

 前回の私はウォールをあなどっていた。
 過去に一撃で吹き飛ばした、取るに足らない相手だと舐めていた。
 ダグラスの言う通り私は私自身の打への信頼を、過信して慢心まんしんし、私がにごらせた。

 私は足りていなかった。

 

 人の思いと想いの重さが事象に影響をおよぼす。
 私のけいは、体重移動や関節の可動かどうそろえ、慣性かんせい抗力こうりょく、遠心力や体幹たいかんをそのまま相手にぶつけて最小限の動きで全てのを助走をつけて全体重を乗せた体当たりにする。

 それだけではなく、意念いねんやイメージや感情を乗せることで威力いりょくを上げる。

 八極拳はっきょくけんは爆発である。
 相手の体内で発勁はっけいを爆発させるイメージを具体的に想像しながら、あらゆる感情をに乗せる。

 感情、私にはそれが足りなかった。
 相手の体内で爆発するような、怒りが足りていなかった。

 今の私は怒りに燃えている。

 おのれを過信してくもらせたさ不甲斐ふがいない私自身に、怒りを感じている。

 その怒りをこのに乗せて、打ち抜かれたウォールは一度も後ろに下がらなかった前回とは違い。

 壁まで弾き飛ばされた。

 間髪かんはつ入れずに二打三打と続ける。
 二の打要らず、八極拳はっきょくけんは一打で終わらせることに特化している。
 私はそれにもこだわり続けてしまっていた。

 何打かかろうが、しずめる。
 ウォール・バルカードは強者である。
 こだわりも油断も要らない、私が望むのは勝利だけだ。

 四打、五打、六打と叩き込んだところで、ウォールのまとう空気が変わる。

 するどく剣撃が舞う。
 細かく、コンパクトに、素早く、上手く回転させてくる。
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