上 下
149 / 165
37・お嬢様、説き伏せる。

06それでも。

しおりを挟む
 さらに言えばこれは、終戦後に待つエンデスヘルツ公爵の処遇しょぐうに大きく関わる。

 魔王打倒だとうに兵器開発という貢献こうけんを残せば、武装決起ぶそうけっき目論もくろんだことを不問ふもんには出来ないにしろ。かなり情状酌量じょうじょうしゃくりょう余地よちは生まれるだろう。

 頭の良いエンデスヘルツ公爵ならこの意図いとみ、この提案ていあんに乗ってくるだろう。

 なんせおろかな貴族たちを淘汰とうたする一歩目につながり、自身の地位も守られる。

 終戦後に中立派から返金を求められても、その時徴収ちょうしゅうを行った王はもう居ない。新体制は王妃に聖女をえている。
 無理を通して信仰を敵に回す馬鹿は、流石に居ないだろう。

 ここらが妥協点だきょうてん

 そして私は、バセット家がちても教会派トップとのつながりやこの会談での立ち振る舞いにより。

 

 アビゲイル・バセット男爵……、いやアビゲイル・ウィーバー男爵として爵位を得られれば私は、幸せを磐石ばんじゃくにすることがかなう。

 全てを踏み台に幸せになる。
 魔王だろうが国王だろうが、使えるものはなんでも使う。
 私は初めからそれで出来ている。

 さて、ここからは対魔王戦に向けての具体的な――。

「ふふふ……あっはっはっはっはっはっ!」

 場の雰囲気を切りくように、大きな高笑いがひびき渡る。

 笑い声の発信源はっしんげんは、エンデスヘルツ公爵であった。

「くっ、ふふ……、いや、すまない。素晴らしい、素晴らしいよアビゲイル・バセット。君の狡猾こうかつさ……、いや聡明そうめいさは、私の理想的なものだ。ジョーもそうだがやはり異世界の民というの基本的に我々の先にいるのだな。素晴らしいよ」

 ゆっくりと立ち上がりながら、エンデスヘルツ公爵はそうべる。

 どうやら私の提案ていあん大層たいそうお気にしたらしいけど……。



 空気を一気にこおらせるような冷たい声で、エンデスヘルツ公爵はそう言った。

「私は、我々はおろかすぎる。このメルバリアは二千年の歴史を重ねて何を成した? ぬるま湯に停滞ていたいし、土地の豊かさと一部の才覚さいかくのある人間に甘えて人口だけがふくれ上がり、無能が無能を育て、り返す」

 このエンデスヘルツ公爵の語りで、私は気づく。

 そうか、私の思うおろかな貴族とエンデスヘルツ公爵の想定するおろかな貴族は違うんだ。

 ずっと、そうだ、ずっと言っていた。

 エンデスヘルツ公爵はと。
 自身をふくめて、おろかなんだと確かに言っていた。

「ジョーの居た世界は、月にはたを立てることすら出来たという。信じられるか? 一体なんの為に? 同じ二千年の間にそれだけの文明が発展しているんだ。クーロフォードが鉱山を開拓かいたくし、潤沢じゅんたく資源しげんがあってもまだ我々は月を見上げるのみだ」

 続けてエンデスヘルツ公爵はそう語る。

 そうか、これが理由。

 ワタナベ男爵の知恵が起点きてんだとは思っていたけれども、この民主化を強行する起点きてんは異世界、渡辺丈や高田まりえが生まれ育ったあの世界との比較ひかく

 知ってしまったんだ。
 それが全ての始まりなんだ。

「私はえられない、エンデスヘルツがゆええられないのだ。

 めるように、言う。

 これだけは誰にも負けないというものを持て。

 確かエンデスヘルツ家の家訓だ。
 キャロライン嬢も、その言葉を体現して生きている。

「アビゲイル君、君の提案ていあんは素晴らしい。聖女の爆弾は無くなり、教会派の支援しえんたれ、もはや君の筋書すじがき通りだ……。――」

 エンデスヘルツ公爵は言いながら、ふところからゆっくりと拳銃を抜き。

「私は負けられんのだよ」

 そう言って、王妃様へと銃口を向ける。
しおりを挟む

処理中です...