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35・執事、会談を聞く。

04親愛なる我が主。

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「その思考にいたらぬように民から教養をうばっているのが、この国であり、我々貴族だと言っている」

 王妃の反論にエンデスヘルツ公爵は語気を強めて、やや大きな声で答え、続ける。

「誰かにおろかを強制きょうせい矯正きょうせいする我々が最もおろかなのだ、何かを下げて相対的そうたいてきに上げられた地位に意味などない。意図的に発展をとどこおらせる現体制を打破だはするにはそれなりに強行に出なけらばならないほどに、この国は動きを止めているのだよ」

 エンデスヘルツ公爵は真摯しんしに、語った。

 誰かにおろかを強制きょうせい矯正きょうせいする……か。
 その言葉に思い当たるふしは考える間もなく、思い当たる。

「……この国が民におろかさを強制している? 具体的にどの様なことを指すので――」



 エンデスヘルツ公爵は王妃の言葉にかぶせるように、とげのある強い口調で続く。

「王妃直属ちょくぞく部隊の工作員リーサ・フライアの暗躍あんやくと、第一王子プライデル・メルバリアと騎士見習いウォール・バルカードなどの協力により捏造ねつぞうされた悪行を並べられ、王族の意図いと通りに失脚しっきゃくさせられた。それにより次期王妃は聖女となり本来行われるはずだった発展派による政治改革かいかく頓挫とんざした。つまり王族は、この国は、意図的いとてきに発展をとどこおらせる道を選んだのだ。キャロラインが行おうとしていた平民への公的教育機関や職業訓練所などの設立、刑務作業指導員けいむさぎょうしどういん導入どうにゅうなどの平民が得るはずだった教養をうばったのだよ」

 落ち着いた口調と裏腹に、おさえきれずに溢れ出る怒気がぜてエンデスヘルツ公爵は語った。

 あの八極令嬢はっきょくれいじょうはそんなことしようとしていたのか……、武術家としての側面そくめんしか知らんから少々意外とも思えるがそもそも公爵家令嬢で第一王子の許嫁いいなずけだったのだからそんなこころざしを持っていても不思議じゃない。

「…………そうですね、キャロラインとプライデルの件は私の差し金です。すでに周知であるので認めましょう。しかし、私は民から教養を取り上げたのではありません。、プライデルは……親の私から見ても国をみちびけるほど成熟しておらず、このままではキャロラインによる政治統制が取られることを懸念けねんしてでのさくでした」

 あっけらかんと、王妃は自身の裏工作について認める。

 なるほど、確かに魔王軍がこの国をどうにかしようとしている現在、今更いまさら何を隠そうとかそれどころじゃあない。そのまま続ける。

「キャロラインのかかげる教育機関や訓練施設などの設立、これに対する予算の捻出先ねんしゅつさきはエンデスヘルツの言うところのおろかな貴族、つまるところ基本的には中立派貴族の富から捻出ねんしゅつするのでしょう。その時、突如とつじょとしてそれなりの数の貴族家が事実上の没落ぼつらくをすることになる。その没落ぼつらく貴族が不服ふふくを申し立て結託けったくし、なにか事を起こすことも予期できます。そして、それらの反抗勢力はんこうせいりょくをキャロラインならろんと王族の持つ騎士団やナンバーシリーズなどの武を持って確実に封殺ふうさつすることが出来るでしょう。さらに彼女は、いえ、貴方たちは

 王妃はまゆをひそめながら語りを続ける。

「事実キャロラインはあの時暴力を用いて状況を打破だはしプライデルをふくめたかなりの若者が再起不能の怪我を負いました。ティーンエイジャーの公爵令嬢がそんなことを起こしうるなど誰が想定できましょう、しかしこの一件によりキャロラインが物事の解決に暴力的に立ち向かうことを露呈ろていさせました。私はティーンエイジャーの愚かな群衆心理ぐんしゅうしんりを利用した倫理的に良いとは言えない行いをして、十年二十年後の政治体制を調整してきましたが。この国をべる王族としてキャロラインを失脚しっきゃくさせたことは間違いだとは思っておりません」

 堂々と王妃はエンデスヘルツ公爵へと語り終える。

 まあこれも確かに、あのキャロライン嬢はひかえめにいってヤバい。暴君ぼうくんとはいわないが、キャロライン嬢が間違えた場合に正せる人間がいないのは不味い。

 民主化を強要する独裁政治どくさいせいじを止めるすべは無い、個人としても勢力としてもキャロライン嬢に勝てるやつはいない。

「…………、正当防衛は成立している。そもそもエンデスヘルツをおとしいれようと行動しなければ、バルカードの嫡男ちゃくなんがキャロラインに暴力を振るわなければ、プライデルが工作員になびかなければ、貴族の子供たちがおろかでなければ、あんなことにはならなかったと言っているのだ。我々はそれがまかり通るこの国を変えたい、その為のエンデスヘルツだと何故なぜわからない」

 王妃の言葉に対して感情的にならぬように、腹に力を込めてエンデスヘルツ公爵もまた正論で返す。

 これも正しい、この国の貴族のガキ共はおろかだ。
 この数ヶ月あの学園で嫌というほど目の当たりにしてきた。確かにあれがそのままこの国の貴族になり、様々な管理を行っていったら……、まあおろか者の連鎖れんさは止まらないだろう。

 しかしこれじゃあ……。

「あのー、よろしいでしょうかあー」

 声。

 聖女から始まり王妃と公爵というこの国のトップたちのこの国のすえを決めるような討論とうろんに割り込む一つの声。

 この部屋に並ぶ全ての目が一斉いっせいに、声の方向を向く。

 視線の収束しゅうそく地点には、挙手きょしゅして、不適ふてき不敵ふてき微笑ほほえむ。

 親愛しんあいなる我があるじ
 アビゲイル・バセットお嬢様が、そこに居た。
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