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34・老婆、帰郷する。
03普通。
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さてさて。
私は納品を行う為の待ち合わせ場所である、街の広場に到着しました。
やたら大きい無愛想な男を目印にして欲しいとのことだったのですが……、そう思いながら広場を見渡すと。
「……あ。あれかしら」
私はあからさまに目印になりそうな、やたら大きい無愛想な男を見つけてそう呟く。
広場の真ん中に真っ黒なスーツで直立不動で立ち、真っ黒な日傘をさしている。
日傘は自分をさしているのではなく、隣に立つこれまた真っ黒でタイトなドレスを着た、やたら美人なレディを微動だにせず陽射しから守っています。
圧倒的に異質な雰囲気に、恐らく国で整備された公共の、みんなの広場のはずなのにまるであの二人の所有地かのように場を支配しているように思えます。
私が恐る恐る二人を見ていると、やたらに美人なレディがこちらに気づき近づいてくる。
「……どうも、私が依頼人のリリィでございます。御足労頂きましてありがとうございます」
やたらに美人なレディ、もといリリィさんはそう名乗った。
ああ、やっぱり依頼人の方でしたか。
この大陸の悪を統べる組織のボスであり、この大陸で最も悪い人間が今回の仕事の依頼人なのです。
私も笑顔で、名乗り返そうとした時に。
「自己紹介は不要ですよ。ミセスホープ、まさか貴女が仕事を引き受けてくださるなんて、光栄です」
リリィさんは私の言葉を先読みしたように、そう言って大きく真っ黒な瞳を細めて微笑んだ。
「いえいえ、こちらこそこんなお婆ちゃんに夫の代わりが務まるか不安だったけど届けられてよかったわ。はい、これ」
私も笑顔でそう返して、荷物を手渡す。
「ロバート」
リリィさんがそう言うと、大男が大きな手で荷物を受け取った。
ちなみにこのロバートさんという大男はこの間も日傘をピタリとリリィさんの上で固定するように持ち続けています。
「中を確認しても?」
リリィさんの問いに、ジェスチャーでどうぞどうぞと返すとロバートさんが片手で器用に包みを開いて中身を取り出す。
「……間違いない……これがかつてこの国の信仰を集約しゅうやくさせて作った黄金のロザリオですね」
静かに呟いてリリィさんは、邪悪な笑みを浮かべる。
そうです。
私が今回納品するのは、先々代の聖女まで受け継がれていた黄金のロザリオなのです。
それが今回の私の仕事、普通の仕事です。
誰もが聞いた事のある、ありふれた仕事。
「流石、伝説の大泥棒モルゲンシュタイン。素晴らしい」
私に向けてリリィさんはそう言う。
そう、私の仕事は泥棒でございます。
人様のものを盗んで売ったり使ったり使わなかったりする、まあ迷惑な不届きもので単純に悪いやつです。
夫と共に様々な国で盗みを働いてきましたが、どの国でももれなく盗みは犯罪行為でした。そりゃそうだ。
時には美術館から絵画を、店から宝石を、貴族から権利を、隣人から恋人を、世界から時間を、畑からスイカを。
盗んだり盗まなかったりしてきたのが私でございます。
普通。
夫曰く、普通とは様々な層ごとに周りと比較して相対的に生まれるものだと言います。
貴族には貴族の、平民には平民の、善人には善人の、そして悪人には悪人の普通があるのです。
私は私のいる層、つまり悪人の層の中では一般的で誰もが手を染めやすい普通の仕事といえるでしょう。
まあリリィさんのいう伝説の大泥棒というのは夫のポールのことです。
夫は自身を普通の泥棒と自称していましたが、それは嘘だったのです。だってほら、嘘つきは泥棒の始まりですから。
今回の仕事の標的であった黄金のロザリオは、六十年前にポールがあの教会から盗み出したものなのです。
当時、あの黄金のロザリオは代々聖女が神からの啓示を聞く為に祈りの力を強める装置として使われていました。
聖女によっては首から下げたり、身につけずに飾ったり。
時には胸を裂いてその身に埋め込んだり。
六十年前、この黄金のロザリオは先々代の聖女に埋め込まれていました。
そんな黄金のロザリオを、ポールは。
聖女もろとも、この国から盗み出したのです。
過去に聖女の中には暗殺未遂事件に巻き込まれたり、聖女自身が神託を受けて教会から脱走してしまったり、そんな背景から聖女の部屋は教会の一番上の階でやや過剰な程に隔離され閉ざされています。
そんな場所から、当たり前のようにドアから入って聖女ごと黄金のロザリオを盗み出したのです。
それはまあ伝説の大泥棒とも呼ばれるようにもなるでしょう、それでも夫は普通の泥棒を自称していましたし私もずっとそれを信じていました。まあ嘘つきですから、夫は。
私は納品を行う為の待ち合わせ場所である、街の広場に到着しました。
やたら大きい無愛想な男を目印にして欲しいとのことだったのですが……、そう思いながら広場を見渡すと。
「……あ。あれかしら」
私はあからさまに目印になりそうな、やたら大きい無愛想な男を見つけてそう呟く。
広場の真ん中に真っ黒なスーツで直立不動で立ち、真っ黒な日傘をさしている。
日傘は自分をさしているのではなく、隣に立つこれまた真っ黒でタイトなドレスを着た、やたら美人なレディを微動だにせず陽射しから守っています。
圧倒的に異質な雰囲気に、恐らく国で整備された公共の、みんなの広場のはずなのにまるであの二人の所有地かのように場を支配しているように思えます。
私が恐る恐る二人を見ていると、やたらに美人なレディがこちらに気づき近づいてくる。
「……どうも、私が依頼人のリリィでございます。御足労頂きましてありがとうございます」
やたらに美人なレディ、もといリリィさんはそう名乗った。
ああ、やっぱり依頼人の方でしたか。
この大陸の悪を統べる組織のボスであり、この大陸で最も悪い人間が今回の仕事の依頼人なのです。
私も笑顔で、名乗り返そうとした時に。
「自己紹介は不要ですよ。ミセスホープ、まさか貴女が仕事を引き受けてくださるなんて、光栄です」
リリィさんは私の言葉を先読みしたように、そう言って大きく真っ黒な瞳を細めて微笑んだ。
「いえいえ、こちらこそこんなお婆ちゃんに夫の代わりが務まるか不安だったけど届けられてよかったわ。はい、これ」
私も笑顔でそう返して、荷物を手渡す。
「ロバート」
リリィさんがそう言うと、大男が大きな手で荷物を受け取った。
ちなみにこのロバートさんという大男はこの間も日傘をピタリとリリィさんの上で固定するように持ち続けています。
「中を確認しても?」
リリィさんの問いに、ジェスチャーでどうぞどうぞと返すとロバートさんが片手で器用に包みを開いて中身を取り出す。
「……間違いない……これがかつてこの国の信仰を集約しゅうやくさせて作った黄金のロザリオですね」
静かに呟いてリリィさんは、邪悪な笑みを浮かべる。
そうです。
私が今回納品するのは、先々代の聖女まで受け継がれていた黄金のロザリオなのです。
それが今回の私の仕事、普通の仕事です。
誰もが聞いた事のある、ありふれた仕事。
「流石、伝説の大泥棒モルゲンシュタイン。素晴らしい」
私に向けてリリィさんはそう言う。
そう、私の仕事は泥棒でございます。
人様のものを盗んで売ったり使ったり使わなかったりする、まあ迷惑な不届きもので単純に悪いやつです。
夫と共に様々な国で盗みを働いてきましたが、どの国でももれなく盗みは犯罪行為でした。そりゃそうだ。
時には美術館から絵画を、店から宝石を、貴族から権利を、隣人から恋人を、世界から時間を、畑からスイカを。
盗んだり盗まなかったりしてきたのが私でございます。
普通。
夫曰く、普通とは様々な層ごとに周りと比較して相対的に生まれるものだと言います。
貴族には貴族の、平民には平民の、善人には善人の、そして悪人には悪人の普通があるのです。
私は私のいる層、つまり悪人の層の中では一般的で誰もが手を染めやすい普通の仕事といえるでしょう。
まあリリィさんのいう伝説の大泥棒というのは夫のポールのことです。
夫は自身を普通の泥棒と自称していましたが、それは嘘だったのです。だってほら、嘘つきは泥棒の始まりですから。
今回の仕事の標的であった黄金のロザリオは、六十年前にポールがあの教会から盗み出したものなのです。
当時、あの黄金のロザリオは代々聖女が神からの啓示を聞く為に祈りの力を強める装置として使われていました。
聖女によっては首から下げたり、身につけずに飾ったり。
時には胸を裂いてその身に埋め込んだり。
六十年前、この黄金のロザリオは先々代の聖女に埋め込まれていました。
そんな黄金のロザリオを、ポールは。
聖女もろとも、この国から盗み出したのです。
過去に聖女の中には暗殺未遂事件に巻き込まれたり、聖女自身が神託を受けて教会から脱走してしまったり、そんな背景から聖女の部屋は教会の一番上の階でやや過剰な程に隔離され閉ざされています。
そんな場所から、当たり前のようにドアから入って聖女ごと黄金のロザリオを盗み出したのです。
それはまあ伝説の大泥棒とも呼ばれるようにもなるでしょう、それでも夫は普通の泥棒を自称していましたし私もずっとそれを信じていました。まあ嘘つきですから、夫は。
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