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34・老婆、帰郷する。

02祈る。

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「いえいえ、大丈夫よ。そうなのね、私は外国人だからこの国では珍しいのかも」

 私はお嬢さんに笑顔でそう返す。

「異国の方でしたか、不躾ぶしつけに申し訳ございませんでした。私はアンジェラ・ステイモスと申します。観光ですか? えーっと……」

「モルゲンシュタインお婆ちゃんよ。まあそうねお仕事のついでに観光していこうと思って、久しぶりのメルバリア王国だったからせっかくだしね」

 丁寧な物腰ものごしのアンジェラちゃんに私も名乗って返す。

 とても育ちが良さそう、もしかすると貴族令嬢なのかもしれないけど私はあまりこの国の貴族家に明るくないのでわかりません。

「以前もこの教会にいらっしゃったことがあるのですか?」

「ええ、六十年前にね。夫と知り合ったのもこの教会だったのよ」

 ジェスチャーのみで、お隣よろしいですか? ええ、どうぞ。のやり取りを行い、アンジェラちゃんとお話を始める。

 私も若い子と話すのが好きな普通のお婆ちゃんなのです。

「素敵ですね、今日はご主人は?」

「ああもう死んじゃったのよ。歳上だったから、でも大往生だいおうじょうだったのよ」

 アンジェラちゃんの問いに明るく答える。

 いや本当に暗くなる話題じゃない、夫のポールは息を引き取る前の年まで仕事を続けて今の私よりも長く生きた。

 仕事を続けて大きな怪我もトラブルもなく、最期さいごは家族に看取みとられてきました。

 自身を普通の男と自称することの多かった夫でしたが、その生き方とき方は普通よりも良かったと思います。

 そこからアンジェラちゃんとたわいもないお話をしました。
 最近のこの国の流行りだったり、お友達の話だったり。

 どうにもアンジェラちゃんは歴史学を専攻している学生さんらしく、とても博識はくしきで楽しいお話を聞かせてくれました。

 特に信仰から見るこの国の歴史に関してはかなり詳しい、聖女史においてはお友達に聖女がいるのかと思うくらいに理解があるように思えました。

 

 色々と納得しました。
 アンジェラちゃんは普段からそういった歴史を学ぶに当たり高齢者からお話を聞くのにれているのです。

 ならば私も、様々な国を渡ったことから外国の女神信仰についてお話いたしました。

「あら、そろそろ待ち合わせの時間だから行かなくちゃごめんねえ」

「いえいえ! 私こそ話し込んでしまって申し訳ございません」

 そんな感じで、お話を楽しんだ私は席を立とうとすると。

「あ、モルゲンシュタイン夫人。よろしければお祈りを、お仕事の成功でもご家族の健康でもなんでも結構ですので」

 アンジェラちゃんはそう言って女神像の方をす。

 お祈りですか。
 本当にひさしく祈りをささげておりませんね。

 夫のポールと知り合った頃は私も熱心に神に様々なことを祈っておりましたが、夫は自身のお葬式にすら神父を呼ばず私たちにも祈りはらないと言っていたほどに、あまり信仰心のない人でしたので次第に私も信仰からは離れていきました。

 でも、せっかくの教会です。

 夫に対して祈ることは何一つありませんが、子供たちと孫たちの未来と安寧あんねいを祈っておきましょうか。

 私は荷物を降ろしてゆっくりと女神像の前に膝を付き、両手を胸の前で組んで、目をせる。

 神の是非ぜひについて、私はわかりません。

 真にその存在を信じていたこともありますが、うたがったからといって私は安寧あんねいを手にすることができました。

 でも祈ることは、何かを真摯しんしに願うことは力になるということだと思います。

 自分の思いや想いを再確認し、自身の中で明確めいかくにして行動の指針ししんとするのに良いと思います。

 と、そんなことは考えずに私は真摯しんしに祈りました。

「……よしっ、こんなとこでしょう。じゃあねアンジェラちゃん、楽しかったわよ」

 私は祈り終え、振り返って笑顔でアンジェラちゃんにそう言うと。

「……………………………………、あ、あの、貴女はやっぱり……」

 驚いた顔で私を見つめて、そんな声を漏らす。

 姿

「ふふっ、私は普通のお婆ちゃんよ」

 私はそう言って、驚いた顔のアンジェラちゃんを置いて教会を出ました。

 またいつかどこかで、それも祈っておきました。
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