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29・居候、再会する。

01サンディ・ネビル。

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 私、サンディ・ネビルはネビル子爵家のいわゆる子爵令嬢

 そう、過去形です。
 今はエンデスヘルツ公爵家に住まう居候いそうろうという身分です。

 少し前にとある事件により、一夜にしてネビル家は壊滅かいめつした。

 一家離散いっかりさんとかそういう話ではなく、父や母、近しい親戚一同、婚約者、婚約者の家族にいたるまで。

 

 それゆえに、私は遠縁とおえんであるエンデスヘルツ公爵家に厄介になることになりました。

 子爵家という五爵の中でも下の方の身分の私が公爵家に厄介になるのは気が引けましたが、エンデスヘルツ公爵は全く身分ということに関心かんしんはありませんでした。

 大切なのは身分などではなく、教養と知性そして意欲と向上心が求められました。

「これだけは誰にも負けないものを持ちなさい」

 これがエンデスヘルツ公爵家に伝わる家訓。
 発展派のトップである、エンデスヘルツ公爵家の考え方なのです。

 事実、エンデスヘルツ公爵家令嬢であるキャロライン・エンデスヘルツ様は学生時代の学業成績においても運動においても常に一番で、文武両道ぶんぶりょうどう才色兼備さいしょくけんびそれでいてだった。

 幼少より八極拳はっきょくけんと呼ばれる異国の武術をきわめ、その家訓の通り「これだけは誰にも負けないもの」を持っている淑女しゅくじょです。

 出来た妹にコンプレックスを感じて、ただ勉学を頑張って来ただけの私とは違ってなんというかがあるように思います。

 ただ少しでも妹より注目されようと、勉学やピアノに尽力じんりょくしてきた私とは違ったしんのある女性です。

 しかし、エンデスヘルツ公爵はそんな私をも受け入れてくださりました。

 私自身を評価して、仕事と暮らしをあたえてくださった公爵には感謝してもしきれません。
 私を認めてくれたエンデスヘルツ公爵にむくいるために、私は日々あたえられた仕事をこなすのでした。

 仕事。
 フィリップス伯爵家の工場で生産されている銃火器の生産数を管理する帳簿ちょうぼに付ける事務作業じむさぎょうなのですが。

 

 これから起こる、王族に対しての武装決起ぶそうけっきに向けて私は武器を集める役目をになっているのです。

 発展派は昔から民主化運動に積極的せっきょくてきで、様々な技術開発などでの産業革命を起こし優秀な人材が身分の差でもれないようにしたいというのが古くからの願いでした。

 それがいくつかの理由により、急激に、過激に加速した。

 一つはエンデスヘルツ公爵令嬢である、キャロライン様と第一王子プライデル・メルバリア様の婚約破棄。

 キャロライン様はかつて第一王子との婚姻が決まっていた、つまり次期王妃だったのです。
 次のこの国は実質、発展派がおさめることになるはずだったのですが王妃の裏工作により破綻はたんした。

 その際にキャロライン様はその才覚さいかく遺憾無いかんな発揮はっきして、その場に居た貴族の子息女や王子を壁や天井にめ込んだのですがそれにより国外追放されてしまいました。

 王子も再起不能の大怪我を負ったのは王妃も予想外だったようで、王位継承権おういけいしょうけんは聖女と婚約関係にある第二王子のジャレッド・メルバリア様にうつり、つまり次期王妃は聖女となる。そうなれば教会派が国をおさめることになり発展はとどこおってしまう。

 それを阻止そしするために、王妃が聖女制度の廃止はいし提案ていあんした。
 エンデスヘルツ公爵も教会派に力がかたむき過ぎないようにその流れに乗ったが。

 聖女は国中に爆弾を仕掛しかけ、国民を人質ひとじちに取り拒絶きょぜつをしたのです。

 もう一つは、聖女の異常性だ。
 公爵いわく、あれはこの国が産んだ化け物だったという。

 俗世ぞくせから徹底的てっていてき隔離かくりされ、人間ではなく聖女として育てられ、神に祈り安寧あんねいと幸福をもたらす自身の存在こそがこの国に、世界に必要だと本気で確信している。

 聖女制度の廃止はいしは世界をがいする行為であり、絶対に自信が正しいと思っている。

 その為に、民に安寧あんねいと幸福をもたらす為に、民を人質ひとじちに取る選択すらもいとわわない狂気を目の当たりにしたのです。

 さらにもう一つ。
 教会派貴族のトップのリングストン公爵が暗殺されたこと。

 前リングストン公爵とは教会派が力を持つことを前提ぜんてい密約みつやくが成されていた。

 発展や開発を行うことを異端いたんとしないことや、可能な限りそれを良しとする自由を信者に与えて欲しいと。

 金銭的なやり取りもあっただろう。
 息子である現リングストン公爵のマークが奇跡の鉱山を所有しょゆうする発展派のクーロフォード伯爵令嬢と婚約関係にあったことも大きいのだろう。

 前リングストン公爵はその提案を飲んだ。
 その矢先やさきに、王族とつながる闇の犯罪組織に暗殺されてしまいました。

 公爵位は息子のマークがぎ、若きリングストン公爵が誕生したのです。

 つまり。

 一人娘であるキャロライン様の婚約を破棄はきされ、政治的主導権をうばわれ。
 この国の歴史と文化が生み出した聖女という化け物を目の当たりにし。
 密約みつやくわした前リングストン公爵が王族の手引きにより殺され。
 影響力がない、若くてあやつりやすい教会派公爵が誕生したことにより。

 

 私がエンデスヘルツ家に住まわせてもらうことになって早々に、これらの話は全てエンデスヘルツ公爵から直々じきじきにお聞かせいただき、自ら協力することにしたのです。

 私が私として、私の力で私の為に、誰かに認められることで、私は私を認めたかったのです。

 妹だけが愛される環境から、あの日々から私はだっしたのだから。
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