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26・公爵、愛がゆえに。

04熱意に。

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「……全部飲み込みなさい、なんて馬鹿なことは言わないわよ」

 僕の漏れ出た言葉に、アビィ嬢はおだやかに答える。

「でもね、一番を叶えるためには踏み越えなくてはならないこともある。殺したいほど憎い奴らですら利用して、踏み台にしなくてはならないのよ」

 全ては幸せが為にね。

 アビィ嬢は少し力強くそう付け加えて、しゃがんで椅子ごと倒れる僕の顔をのぞき込むように再び。

「この国家転覆こっかてんぷくから手を引いて、まだ間に合うから王族との交渉こうしょうの席に着きなさい。それに対してなら協力をしみませんから」

 優しくさとすように、しかし目の奥からげ付くような熱意をちらつかせて、アビィ嬢は僕に要求を突きつけた。

 僕の目を通して彼女の熱意が流れ込んで目の裏の脳をじりじりと焼く。

 その刺激で父の遺言状の一文が、よみがる。

 『好きにやりなさい。』

 厳格げんかくで、規則と伝統にうるさく、責任感のかたまりであった父がのこした無責任な言葉。

 好き。

 その言葉で連想されるものは何時だって、僕の世界には一つしかない。

「…………イエス」

 僕はアビィ嬢の要求に対して、肯定こうていの言葉を返した。
 見事にアビィ嬢の宣言通り、イエスと言わされてしまった。

 心を折られたわけではなく、心を動かされてしまった。

 その狂気に、理不尽に、暴力に、決意に、そして熱意に敗北をきっしたのだった。

 そこからは迅速じんそくにアビィ嬢とナイン君は僕の拘束こうそくいて、怪我の手当を行った。

「それで……、ここは何処どこなんだい?」

 左腕にえ木をつけて包帯でぐるぐる巻きにされながら、今更すぎる疑問を拉致監禁傷害致傷犯らちかんきんしょうがいちしょうはんたちに問う。

「ああ、ここはバセット家の――」

 と、アビィ嬢が答えようとしたところで。

せろっ‼」

 ナイン君がそう叫びながら僕らを押し倒した。

 それとほぼ同時に。

 

 あまりの突然の出来事に理解が追いつかない。

 え、どういうことだ?

 天井も壁も無くなり月と星の明かりで視界が広がる。 

 辺りを見回すとここはバセット家のはなれ……、というか倉庫のような場所……だったのか? 跡形あとかたもなく吹き飛んでしまっていてもう断定だんていは出来ないのだけれど。

「いやはや、助かったぜ。リングストンの街で手を出すとあの魔女の姉ちゃんが面倒だったからな。おまえがリングストンの街から出てくれたのはラッキーだった」

 声。
 アビィ嬢とナイン君、無論僕のものでもない第三者の声が響き渡る。

 僕らは一斉いっせいに声の主の方へと顔を向ける。

「どうもリングストン公爵、俺は魔王だ。とりあえず死ね」

 魔王、そう名乗った宙に浮く男はにぶく光る手のひらをこちらに振り下ろした。

 いや、え?
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