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26・公爵、愛がゆえに。

02逃れる術。

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 グロリアの友人で狙撃から僕の命を救い、騎士からの追求に対して決闘を行ってまで跳ねけた。あのアビィ嬢だ。

 確かに協力に関しては断られたが、敵に回るような人間ではないはずだ。

 そもそも敵に回るのなら、狙撃から守る必要もなければ、騎士に僕を売ればいい。

 何故なぜこんなことを……?
 いや、目的は僕を国家転覆こっかてんぷくから手を引かせようってことなんだろうけど。

 頭の中はパニックだけど。
 僕は引けない、僕は僕でこれが正しいと思っている。
 この国の為、グロリアの為に、正しい方向にみちびかなくてはならない。

 アビィ嬢が犯人というのには驚いたけど、これはチャンスだ。
 彼女は理知的で話の通じる人だ、ちゃんと話して理解をしてもらえれば。

「あ、私が知り合いだから話が通じるとかは考えない方がいいですよ。私は今から貴方が『イエス』としか言えなくなるまで痛めつけますから。言ったでしょう、一方的に突きつけると。私はグロリアが幸せになってほしいと思うので貴方を殺めたりする気はありませんが、

 アビィ嬢は僕の考えに反して全く表情を変えずに恐ろしいことをのたまう。

 前言撤回ぜんげんてっかい、これは話が通じる相手じゃあない。

 嘘だろ、アビィ嬢ってこんなにぶっ飛んだ思考の持ち主だったのか。

銃火器じゅうかきの大量生産やナインを引き入れての武力行使ぶりょくこうしなんて野蛮やばんなことをせずともこの国は変わりますし変えられます。物事ものごとの解決に暴力を用いる限り、本質的な向上は得られないでしょう。まあ私は今から解決に暴力を用いるわけですけど、それは気にしないでください。私は別に正しくあろうとも思ってなければ善性をしめしたいとも思いませんので、私は悪で間違っていて私利私欲しりしよくの為に人を傷つけるおろか者です。そうですね反面教師はんめんきょうしくらいに思ってください」

 なんの感情の起伏きふくもなく、アビィ嬢はそう語り。

「じゃナイン、左から」

 さらりと、そう言うと。

 闇の中から突然、ぬるりとアビィ嬢の執事ナイン・ウィーバーが姿を現し。

「かしこまりました。お嬢様」

 そう言って、椅子の手すりにしばられた僕の左腕を踏みつけるようにかかとで打ちつけた。

「ぐ……ッ‼」

 あまりの激痛に、ふうじられた口から声が漏れて、しばられながらも身をよじり痛みから逃げようとする。

 が、裏拳でほほを打たれてだまらさせられ。
 続けてさらにかかとで左腕を打たれる。
 その際に左腕から、脳天に骨が折れる音が突き抜けて遅れてさらに激痛が走る。

 そこから、何度も何度も、左腕を打ちつけられる。

 痛みに涙が止まらない、身をよじるとほほを打たれ、痛みから逃れることは絶対に許されない。

 数秒が永遠に感じるほどの苦痛。
 逃れるすべはなく、ただただ執拗しつように痛めつけられる。

 ――いや。

 

「ナイン、一回止めて」

「かしこまりました。お嬢様」

 アビィ嬢は僕を観察かんさつするようにじっと見つめて、僕の心が折れるギリギリのラインでナイン君に静止せいしめいずる。

「……さて、マーク様。今一度お伝えいたします。この国家転覆こっかてんぷくから手を引いて、まだ間に合うから王族との交渉こうしょうの席に着いてくださいますか? お返事を」

 僕の目を見つめながらアビィ嬢は淡々とそう言って、ナイン君に目線を向ける。

 アビィ嬢の意をんだナイン君は、僕がその答えを発せられるように口の拘束こうそくを解く。
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