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25・聖女、愛がゆえに。

01仕事と私どっちが大事なのよ。

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 私、ジュリアナ・ロックハートはこの国を祈りで安寧あんねいと幸福にみちびく聖女です。

 この国はただ今、様々な思惑おもわく輻輳ふくそうからまっております。

 発展派と教会派の共謀きょうぼう暗躍あんやく
 王族、中立派の暗躍あんやく共謀きょうぼう

 それと私、

 もしかすると可視化かしかされてないだけで、まだ問題があるのかもしれませんが。

 この事態に私は行動を起こさなくてはならない。
 民を安寧あんねいと幸福にみちびくために、王族の不正を正す為に、動かなくてはならない。

 これは聖女が代々殉じてきた役割であり神託しんたくなのです。

「……ジュリアナ? どうかしたのかい?」

 と、私の膝を枕に寝転ぶ婚約者であるジャレッド・メルバリア王子が声をかける。

「いえ、少しぼうっとしていました」

 私はジャレッド王子の前髪をでながら答える。

「……よっ、眠いなら変わろうか? ほら、どうぞ」

 起き上がりながらジャレッド王子は自分の太ももを軽く叩いてそう言った。

 ジャレッド・メルバリア。

 この国、メルバリア王国の第二王子であり王位継承権を持つ次期国王です。

 兄であるプライデル・メルバリア第一王子がキャロライン・エンデスヘルツ公爵令嬢との婚約破棄の際に再起不能の大怪我を負わされて王位継承権おういけいしょうけんを失い、り上がりで王位継承権おういけいしょうけんを得ました。

 王家には誰かが聖女をめとるという決まりがあり、その決まりに則り今回は彼が聖女である私と婚姻こんいんむすぶことになっています。

 完全なる形式的な、恋も愛も情もない婚約でした。
 実際ほんの数ヶ月前まで私はジャレッド王子の顔もうろ覚えで私にとっても、ただ聖女としての役割を果たす為の婚約でした。

 しかし、アンジェラの厚意こうい……、いえ、ただのお節介せっかいにより私たちは本当に恋に落ちました。
 多分この国の歴史上、本当に王子と恋に落ちた聖女は私だけでしょう。

「……はい、ありがとうございます」

 そう言いながら私はジャレッド王子の提案ていあんに乗り、頭を王子の太ももに乗せて寝転ねころぶ。

 私は彼を愛してしまっている。
 これは聖女ではなく人間として、女として私は愛を語ってしまっています。

 どうしようもく、はしたない。

「最近色々と考えこんでいるけど、何か悩みがあるのかな」

 ジャレッド王子は私の心を見透みすかしたようにそう言いながら髪をでる。

 そう私は悩んでいる。

 聖女として王族の不正を正さなくてはならないのに、

 聖女となるべくして生まれ。
 聖女となるべくして育ち。
 聖女として完成し。
 聖女として完了するのが私です。

 しかし多くの民を幸せにみちびく聖女の私が、女としてたった一人の男性に幸せをあたえたいと思ってしまっている。

 この国の民と彼を天秤てんびんにかけて、王族の不正を正すことに迷ってしまっている。

「……ジャレッド王子、もし自身の役割と自身の思いが反する時、どちらを取るべきだと思いますか?」

 私の悩みをそのまま彼に問う。

 本来悩んだり、迷ったりするはずのない聖女である私は自身の問題に対して神の啓示けいじを受ける以外の方法を知らないのです。

 彼は私の髪をでる手を止めて、私の言葉を咀嚼そしゃくするように考え。

「………………うーん、どっちも全うすればいいんじゃないかな。世の中の相反あいはんする状況って結局順番に解決するしかない、極端きょくたんな例えだけど北と南の果てに同時に向かうことはできないけど北の果てに行ってから南の果てに行くことはできるだろ。それに意外と相反あいはんしてないこともあったりするし、世界は丸いからね北の果てに進み続けていれば南の果てにもたどり着く。重要なのは順番と道筋みちすじ、そして着地だよ」

 そう、答えた。

「どちらも全うする……、例えば私という個人とメルバリア八千万の国民を天秤てんびんにかけなくてはならない場合はどういたしますか?」

 私は彼の答えにさらに具体的な状況をえて質問をする。

「おお……、まさか君から仕事と私どっちが大事なのよみたいな話が出るとは…………、まあ答えは簡単だよ。国民を取る、というかこれこそ相反あいはんしていない問題じゃないか」

 彼の説明に頭を動かし見上げるように顔を見て続きを聞く。
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