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15・執事、怪人に教わる。

01そういう話。

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 俺、ナイン・ウィーバーはアビィにつかえる執事だ。

 失業し、ひょんなことからバセット家の使用人になろうとしたところ。

 すったもんだのだまされ劇で、しいたげられていたバセット家次女のアビゲイル・バセットことプッツンお嬢様アビィの執事となった。

 後は俺には生まれた時から前世である暗殺者の記憶があったり。
 アビィには前世である異世界での記憶があったり。
 それなりに色々あるがまあ誰だって色々あるからそんな特筆とくひつすることじゃあない。

 特筆とくひつするんなら数日前に出会った、あの化け物。
 八極令嬢はっきょくれいじょうキャロライン・エンデスヘルツの存在についてだろう。

 三百年前にもあの手の達人はいたが、あれにはまいった。

 多分殺すことは出来るだろうが相討あいうち想定になる、リスクが大きすぎる。

 俺は前世の記憶であらゆる生きとし生けるものを殺めることに関してはきわめてはいるが、自分を守ったり他人を守ったり、殺さないを目標にえた訓練を一度たりともしたことがない。

 ここまで何とか暗殺術を応用してのらりくらりやってきたが、またあんな超絶達人みたいなのが敵として現れた時に殺しの許可が得られなければ、俺は何も出来ない。

 その点においてだけいえば、あのグロリア嬢の怪人執事アーチの方が数段上だろう。めたくはないが、やつは優秀だ。

「場数が違えんだよ。僕は育ちが悪いから毎日殴られてきたし、その十倍は殴り返してきた。死なないようにするのも、死なせないようにするのも僕にとっちゃどっちも日常だったんだ。てめえも慣れろ馬鹿」

 と、グロリア嬢の怪人執事がうそぶく。

 腹が立つが言い返せない、確かに俺は経験がとぼしい。

 やつにしたがうのはしゃくだが、どこかで今一度、人を殺めずにせいする練習をしなくてはならない。

「……さて、と」

 そんなどうでも良いことを考えていたのを、一言つぶやいて切り替える。

 今はについて考えるべき場面だ。

「んー! ……んん! んー!」

「んー! んーんー!」

「…………」

 

 すなわち俺の目の前に吊るされた、バセット伯爵、夫人、アビィの姉君であるエミリーの三人について。

 その処遇しょぐうについて考えなくてはならない。

 なぜ吊るされているかと言えば、それは俺が吊るしたからなのだが。
 そこまでにいた経緯けいいを、説明しなくてはならないだろう。

 今回は、そういう話。
 
 本日は学園にてパーティーが行われる日だ。

 何のパーティーなのかはわからんが、何かあるごとに学園はパーティーを行うらしい。

 それなりに豪華な食事や、演奏家達による音楽やら、きらびやかで楽しげな貴族子息女たちの集い。

 まあ俺は執事なので食事には手をつけられないし、基本的に自分で作ったものしか口にしないし、音楽はあまりたしなまない。

 つまり退屈なのだ。

「ナイン! すごいわ! これ美味しいわよ!」

「お嬢様、こぼれてます。服を汚さないでください、洗濯が面倒です」

 嬉々としてパーティーを楽しむアビィを冷静に落ち着かせる。

「アビィ! こっちのお菓子も美味しいですわよ!」

「グロリア様、お召し物が汚れますのでこぼさないようにお召し上がりください」

 そこに、嬉々とするグロリア嬢と淡々と主人の口元をぬぐう怪人執事のアーチが現れる。

「今行きますグロリア! あれ、モーラとルーシィは?」

「ルーシィは先に行ってますわ! モーラは準備があるとかなんとか……、あ! それ美味しそうですわ!」

 きゃっきゃとお嬢様方はパーティーを楽しむ。

「……まあ慣れとけ、それと警戒しろ。学園パーティーの名物はトラブルだ。人目の多い場所で冤罪をふっかけて群集心理ぐんしゅうしんり糾弾きゅうだんして追放に追い込むなんてのは、ままある」

 お嬢様方をぼんやりながめていると、隣からアーチがなんか言い出す。

「……それって婚約破棄を狙ってくる冤罪裁判ってやつだろ? アビィは婚約者なんかいないしイカれててモテないから関係ないだろ」

 俺は表情一つ変えずに答える。

「甘い、甘えぞ。ここのガキどもは根本的に頭が悪くて稚拙ちせつ残酷ざんこくだ。適当な恨みつらみがかさなりゃ仕掛けてくるぞ、こっちも表はマーク様が牽制けんせいして、裏では僕が暴れてどうにかしてるが、アビィ嬢は大丈夫なのか? 言っちゃなんだがグロリア嬢とつるむんならある程度ていど自衛出来ねえとむぜマジに」

 ややうんざりするように、アーチが語る。
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