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4・執事、後悔する。

02朝食。

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「私がここにいるのは自分の家で、朝食をりにきたからですわよお姉様。あとこのナインは私の言うことしか聞きませんのでお母様にはしたがいません。問題ございませんよね、お父様」

 そうお嬢様が言ったタイミングで、伯爵に目を合わせる。

 これは事前に指示されていたことだ。
 伯爵の面前で、お嬢様が「お父様」と言ったら俺が伯爵をにらみつけろと言われている。

 にらみつけろってのがよく分からんので、目から殺意を飛ばしておく。

 これは暗殺時に、格闘戦へともつれた場合に行う牽制けんせいとかフェイントに用いるものだ。

 頭の中で今出来る全ての殺害方法を思い浮かべて、目で伝えるだけだ。多分暗殺者なら誰でも出来る。

「は、ひ、あの……、っあ、もんだ……、も、問題、ない」

 伯爵はひたいから滝のような汗を流して目を逸らして、えに答える。

 エミリー様と夫人、侍女たちも一斉いっせいに伯爵を見る。

「ですよね。では私も同じものを頂きましょうか」

 お嬢様はそう言いながら俺に椅子を引かせて座る。

 全員がお嬢様を唖然あぜんとした顔で凝視ぎょうしする。

「……っ、おい! なにしてる、朝食を用意しろ! 余計なことはするな! 私と同じものを用意しろ! 今すぐにだ‼」

 伯爵が侍女たちに怒鳴りつける。

 その様子をニヤニヤしながらお嬢様は見ている。

「なんなのですの? 何故なぜお父様はこいつに――」

「黙りなさいっ‼ ……、いいから、何も言わずに食べなさい」

 エミリー様の言葉をさえぎるように、伯爵は情緒不安定な様子で静止をうながす。

 エミリー様や夫人、侍女たちもかなり疑念ぎねんの表情を浮かべている。
 それはそうだろう、侍女長を含めて七人の使用人が姿を消して、手に大怪我を負ったと思ったらこの態度だ。

 まあ昨日のあれが凄まじいトラウマになったのだろう。
 なんかだまされていたとはいえ申し訳ないことをしたとは思うが、まあこれも仕事なので一切いっさい良心は痛まない。

 そこからお嬢様は優雅ゆうがに朝食を楽しんだ。

 目玉焼きやスープやパンをまるで生まれてから初めて食べたかのように嬉しそうに食べていた。

 そこまで迫害はくがいされ、劣悪れつあくな環境で育ったのか。
 だからこそ、ここまで狂ったことが出来るのだろう。

 これからどうする気なんだ?
 というか何をさせられるんだ、俺は。

 一家を事故死に見せかけて皆殺しにして遺産を貰うとか、このまま監禁して同じような目にあわせるとか。

 せっかく人間として生きてきたのに、これじゃあまた暗殺用自動人形に逆戻りじゃないか。

 畜生、貴族なんかに関わるんじゃなかった。
 俺も木材加工所の解雇通知に文句を言えば良かった、鉱山に労働に行けば良かった。

 後悔しかない。

「ご馳走様でした。とても美味しかったですわ。さてお父様、少々お話がございますの」

 お嬢様の言葉に、僕はまた伯爵に目を合わせる。

 ひとしきり伯爵があからさまに慌てふためき、周りからかなり怪しまれながらも伯爵の部屋へと場所をうつした。
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