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2・使用人、間違える。

04間違いはなかった。

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 現状殺すわけにはいかないのなら、拉致らちするしかない。
 行動を共にしていれば殺すことも守ることもできるのだ。
 お嬢様が目覚めてから確認してもらうまでの暫定ざんてい的な措置そちである。

 数秒の後、男が息を深めに吐いたのを聞き。
 続けて。

「ここから一番近いソファかベッドのある部屋へ案内しろ。途中少しでも不審ふしんな動きをしたら殺す、案内に無駄があった場合も殺す。理解出来たら一度息を吸え」

 それを聞き男は息を吸う。

「歩け。呼吸も許可するが声を出したら殺す」

 そう言うと男は恐る恐る歩みだした。

 一分も経たぬうちに男がドアの前で立ち止まる。

「開けろ」

 男は言う通りにドアノブをひねりドアを開いたのと同時に蹴りで押し込み、上着とベルトで手足を拘束して椅子に座らせる。

「暴れたり騒いだりしたら殺す、この程度の距離なら一秒でおまえの首を跳ねることが出来る。理解したら一度だけうなずけ」

 男はふるえながらしっかりとうなずく。
 そりゃ血濡ちぬれの奴がナイフを胸に押し当てたらふるえもするだろう。

 男が案内した部屋は客間のようで、来訪者らいほうしゃ用にベッドも備え付けられていた。

 ベッドにお嬢様を寝かせ、そなえ付けのタオルをボトルに汲んだ水で濡らしてひたいに乗せる。
 その様子に男はなにやら少し驚いた表情と同時にやや薄い殺意がチラついた。

 俺に向けたものなのだろうか、それともお嬢様に向けられていたものなのだろうか。どちらにしろやはりこいつは怪しい。

 さて。

 とりあえず拘束こうそくはしてみたはものの、俺は尋問やら拷問などの技能は多少の心得こころえがあるくらいで、身につけてはいない。

 拉致らち拘束こうそくくらいなら殺す場所を移すために行ったことはあるが基本的に暗殺は口封じや活動を止めるのが目的なのだ。生かして情報を得るなんてのは専門外も良いとこだ。

 もっというなら護衛と言うのも全くの専門外だ。

 専門外どころか護衛やら誰かを守るなんてのは苦手まである。
 なんせ俺はただの人間の小娘を守ろうとして刺し違えて死んだのだ。向いてないにもほどがある。

 襲撃犯の目的や人数などを聞き出したいがこの男が玄人くろうと刺客しきゃくならまず口を割ることはないだろう。それにもし本物の伯爵ならそんなこと聞いても仕方がない。

 本物の伯爵かどうかを見極める為に、ここを拠点きょてんにお嬢様が目覚めるのを待つ他ない。

 椅子に腰掛け、五感をます。

 間もなく夜明けだ。
 目撃者が増える前に撤退てったいするのがセオリーだろう。
 バセット家の人間の安否が気になるところではあるが、お嬢様を殺意を持つ男と一緒に置いていくのは危険すぎる。

 夜が明けてからお嬢様の安全を確保出来次第、確認するしかない。

 そして三十分ほど経った頃。

「…………ん……んー……」

 お嬢様が目を覚ました。
 
「おはようございますお嬢様。ご機嫌はいかがでしょうか?」

「………………最高」

 仮眠により多少体調も戻られたようだ。
 顔色も気持ちばかり先程さきほどよりも良い。

 早速俺は問う。

「お嬢様、あちらの方はお嬢様の御家族でしょうか?」

 手で視線を男の方に向けるように誘導し、お嬢様に確認を願う。

 お嬢様はまだ少し眠そうな目をこすり、男に目を向けじっと見つめて。

「……………………誰それ?」

 俺はその返事を聞き終わると同時に、ナイフを抜いて男の首元へと振った。

 なるほど。
 俺の判断に、やはり間違いは無かったようだ。
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