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32・恋人に棄てられたお嬢様は、凍える聖夜に暖かさを求める。【全6話】
05かっこいい。
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その様子にどうしてそうなったのかはあんまり詳しくは聞かないようにしようと思った。
酔ってはいるけど配慮はあるのだ。ここで語りきることじゃあない気がするしね。いえーい。
しかし輪廻転生ってクリスマスにえらく仏教的な話を……、まあ今の私にはありがたい。
「それでこの世界でも執事をやってるってこと? 再びお嬢様の生まれ変わりに会うために、色々な家に仕えているの?」
私はワインをちびちび飲みのながら聞いてみる。
「いや全然そんなんじゃない、これは別に俺が他に出来ることがないから似たようなこと仕事にしてるだけだ。そもそもお嬢様に手を出すなんてコンプライアンス的にも職業倫理に反することはしねえよ。あの世界でも本来貴族令嬢と恋仲になるなんて有り得ねえことだったけど、まあ特殊なお嬢様だったんだ。探すのは探すので別でやってる」
彼はそう言って私の手からワインボトルを奪って一口煽ってすぐに返す。
彼も少しお酒が入ってやや饒舌になってきた。
「へーどんなお嬢様だったの? 可愛かった?」
私もなかなかにご機嫌な状態なのでそんな質問をしてみる。
「容姿はまあ可愛らしい感じだったけど、中身は狡猾で打算的で利己主義で大胆不敵。おまけに倫理観や道徳心が足りていないプッツンなお嬢様だった」
優しい顔で彼はとんでもない人物像を述べる。
「ええ……、すんごい悪い子なんじゃないのそれ……」
私は怪訝な表情でそう漏らす。
「あー、まあ善悪で行動する人間ではなかったな。如何に自身の幸せに繋がるかってのが行動原理だから悪い子ってのともまた別だった。実際、学業にも前のめりで好奇心がかなり旺盛でアクティブで勤勉という側面を切り取れば真面目な良い子って見方も出来るしな」
彼は私の感想にそう返して、お嬢様について語り出す。
とんでもエピソードの数々。
彼を騙して逆境を乗り越えたり。
自身の脅威ですら踏み台にして利益を得たり。
友達を作るために大立ち回りしたり。
友達を守るために王様や他の貴族相手にディスカッションしたり。
そんな話を、嬉々として、楽しそうに語った。
「はー、すっごいわねその子。活力というか謳歌する能力というか……、あーあ、私ももっとエゴを通すというか……、漢気を見せるというか……失敗しても私が食わせてやる! とか、ちゃんと私と一緒に生きて! とか言えてたら良かったのかなぁ……」
私は彼のお嬢様の話を聞いて、そんなことを言ってしまう。
まさか二十九にもなってこんなティーンエイジャーのような悩み方をするとは思ってなかった。
ティーンエイジャーの頃に考えていた二十九の私は、もっと落ち着いていて、きっと割り切れる大人になっていると思っていた。
傷つく前に、見切りをつけられるような大人になるんだと思っていた。
酒に酔ってるのもあるし、異世界浪漫譚によって厨二病疾患を刺激されてるのもあるけれど、やっぱり人間は本質的にはティーンエイジャーの頃から変わらないのかもしれない。
それを表に出さなくなるだけ、傷ついてないフリと割り切ったんだと自分を騙して正当化できるようになるだけなんだ。
「いや、無理してもしょうがないんじゃないか。不安だったっていうあんたの素直な思いはその男にちゃんと伝わったから、その男はあんたを安心させるために身を引いたんだろうからさ」
彼は生娘のポエムのようなことを考えて酒にも感傷にも浸って酔ってる私に、さらりとそんなことを言う。
「……え? どゆこと?」
私は彼の言葉に、間抜け面で問う。
「あー、あんまり主語を大きくすんのは好きじゃないんだけど……、野郎ってのは如何にかっこつけて死ぬかを考える傾向にあるんだよ。少なくとも俺は何回生きてもそうだったし、出会ってきた野郎たちもかなりそういう傾向にあった」
彼の興味深い話に、思わず身を乗り出して聞き入る。
「これは誰かにかっこつけたいってよりも、自分の中のかっこよさに従うってのが近いかもな。大人になればなるほどわかって貰えなくても良いと思うようになるんだけどな。それを美学と呼ぶ輩もいるけどそんな立派なもんじゃなくて……、なんつーんだろ、大体あるんだよ自分の中の自分に対する理想となる自分が」
彼は感覚を上手く言語化できるように考えながら続ける。
「まあとにかくその男も自分の中のかっこいいに従ったんだよ。あんたを安心させるために、幸せにするために、不安材料である自分自身を遠ざけることにしたんだろうよ。その感覚は正直すげえわかる」
私は異世界転生執事の説明を聞き、アルコールで鈍る頭で考えてみた。
私を安心させるため、幸せにするため。
きっとそれは当初、独立して成功することがそれに繋がっていたんだ。
でも私は不安を示した。
彼は優秀だ、もちろん勝ち目のある可能な限りリスクの少ない勝負として計画しているはずだ。
でも、決して絶対ではない。
私の不安に関しても理解ができたはずだ。
成功が幸せに繋がり、失敗は不安通りに私を幸せからは遠ざけることだと彼は考えた。
だから彼は私を巻き込むことをやめた。
共有することを、諦めた。
理責めで私を無理やり納得させることも出来ただろう、そのまま成功したら私も手のひらを返して応援しただろう。
でも、それは彼のかっこいいに反することだったんだ。
彼のかっこいいは、私を幸せにするために自分の思いや想いすらも棄ててしまえることだったんだ。
酔ってはいるけど配慮はあるのだ。ここで語りきることじゃあない気がするしね。いえーい。
しかし輪廻転生ってクリスマスにえらく仏教的な話を……、まあ今の私にはありがたい。
「それでこの世界でも執事をやってるってこと? 再びお嬢様の生まれ変わりに会うために、色々な家に仕えているの?」
私はワインをちびちび飲みのながら聞いてみる。
「いや全然そんなんじゃない、これは別に俺が他に出来ることがないから似たようなこと仕事にしてるだけだ。そもそもお嬢様に手を出すなんてコンプライアンス的にも職業倫理に反することはしねえよ。あの世界でも本来貴族令嬢と恋仲になるなんて有り得ねえことだったけど、まあ特殊なお嬢様だったんだ。探すのは探すので別でやってる」
彼はそう言って私の手からワインボトルを奪って一口煽ってすぐに返す。
彼も少しお酒が入ってやや饒舌になってきた。
「へーどんなお嬢様だったの? 可愛かった?」
私もなかなかにご機嫌な状態なのでそんな質問をしてみる。
「容姿はまあ可愛らしい感じだったけど、中身は狡猾で打算的で利己主義で大胆不敵。おまけに倫理観や道徳心が足りていないプッツンなお嬢様だった」
優しい顔で彼はとんでもない人物像を述べる。
「ええ……、すんごい悪い子なんじゃないのそれ……」
私は怪訝な表情でそう漏らす。
「あー、まあ善悪で行動する人間ではなかったな。如何に自身の幸せに繋がるかってのが行動原理だから悪い子ってのともまた別だった。実際、学業にも前のめりで好奇心がかなり旺盛でアクティブで勤勉という側面を切り取れば真面目な良い子って見方も出来るしな」
彼は私の感想にそう返して、お嬢様について語り出す。
とんでもエピソードの数々。
彼を騙して逆境を乗り越えたり。
自身の脅威ですら踏み台にして利益を得たり。
友達を作るために大立ち回りしたり。
友達を守るために王様や他の貴族相手にディスカッションしたり。
そんな話を、嬉々として、楽しそうに語った。
「はー、すっごいわねその子。活力というか謳歌する能力というか……、あーあ、私ももっとエゴを通すというか……、漢気を見せるというか……失敗しても私が食わせてやる! とか、ちゃんと私と一緒に生きて! とか言えてたら良かったのかなぁ……」
私は彼のお嬢様の話を聞いて、そんなことを言ってしまう。
まさか二十九にもなってこんなティーンエイジャーのような悩み方をするとは思ってなかった。
ティーンエイジャーの頃に考えていた二十九の私は、もっと落ち着いていて、きっと割り切れる大人になっていると思っていた。
傷つく前に、見切りをつけられるような大人になるんだと思っていた。
酒に酔ってるのもあるし、異世界浪漫譚によって厨二病疾患を刺激されてるのもあるけれど、やっぱり人間は本質的にはティーンエイジャーの頃から変わらないのかもしれない。
それを表に出さなくなるだけ、傷ついてないフリと割り切ったんだと自分を騙して正当化できるようになるだけなんだ。
「いや、無理してもしょうがないんじゃないか。不安だったっていうあんたの素直な思いはその男にちゃんと伝わったから、その男はあんたを安心させるために身を引いたんだろうからさ」
彼は生娘のポエムのようなことを考えて酒にも感傷にも浸って酔ってる私に、さらりとそんなことを言う。
「……え? どゆこと?」
私は彼の言葉に、間抜け面で問う。
「あー、あんまり主語を大きくすんのは好きじゃないんだけど……、野郎ってのは如何にかっこつけて死ぬかを考える傾向にあるんだよ。少なくとも俺は何回生きてもそうだったし、出会ってきた野郎たちもかなりそういう傾向にあった」
彼の興味深い話に、思わず身を乗り出して聞き入る。
「これは誰かにかっこつけたいってよりも、自分の中のかっこよさに従うってのが近いかもな。大人になればなるほどわかって貰えなくても良いと思うようになるんだけどな。それを美学と呼ぶ輩もいるけどそんな立派なもんじゃなくて……、なんつーんだろ、大体あるんだよ自分の中の自分に対する理想となる自分が」
彼は感覚を上手く言語化できるように考えながら続ける。
「まあとにかくその男も自分の中のかっこいいに従ったんだよ。あんたを安心させるために、幸せにするために、不安材料である自分自身を遠ざけることにしたんだろうよ。その感覚は正直すげえわかる」
私は異世界転生執事の説明を聞き、アルコールで鈍る頭で考えてみた。
私を安心させるため、幸せにするため。
きっとそれは当初、独立して成功することがそれに繋がっていたんだ。
でも私は不安を示した。
彼は優秀だ、もちろん勝ち目のある可能な限りリスクの少ない勝負として計画しているはずだ。
でも、決して絶対ではない。
私の不安に関しても理解ができたはずだ。
成功が幸せに繋がり、失敗は不安通りに私を幸せからは遠ざけることだと彼は考えた。
だから彼は私を巻き込むことをやめた。
共有することを、諦めた。
理責めで私を無理やり納得させることも出来ただろう、そのまま成功したら私も手のひらを返して応援しただろう。
でも、それは彼のかっこいいに反することだったんだ。
彼のかっこいいは、私を幸せにするために自分の思いや想いすらも棄ててしまえることだったんだ。
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