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まゐに手を引かれるかたちで、おうちへと向かった。
子供を見逃している時点で犯人グループは素人だ。
故に捉えたお母さんをすぐにバラしても処理に困るだけだ。馬鹿の集まりじゃなきゃおそらく命は無事だ。
「ここ」
「ここか」
歩くのもしんどくなってきた頃、木香原という表札の前で止まる。
どうやら彼女は木香原まゐと言うらしい。
過激派の言う「異形の月の夜の見せしめ」とやらが何を指すのかは不明だがとりあえず月には今俺の手形がガッツリ残ってるのでいくらでも好きなように異形の月にできちゃうわけだけど。
とりあえず夜までは平気ってことだ。現在時刻16時48分……あれ? 案外時間なくね?
「中入るの?」
「いや入口だけで充分」
彼女の問いかけにさらりと答えて入口を観察する。
普通に足跡も残っている。
土のへこみ具合と、歩き方の癖から情報を得る。
三人……、いや車で来ている運転手合わせて四人か。
体重が137……、いや86.3、65.2、65.1キログラム。
身長が187、170、173センチメートル。
全員右利きで男性、一番大きい奴は格闘経験がありお母さんを担いでいる。
一番小さいやつが銃を左脇のホルスターに入れている……よしまだ頭回る見えてる大丈夫。
「次、車ぁ……っと」
三人とお母さんと車の匂いを追う、ちょっと頑張るぞ……いけるか集中……集中……。
「しゅぅぅ――――うっっちゅうッ‼」
匂いを可視化して道路に車の軌跡が見る。
「よし見える。いける。行こう」
目が充血し、うさぎよろしく真っ赤になったのが分かる。
「あ……」
かくん、と片膝が抜ける。
あ、やべぇこのまま歩けねぇ無理したら死ぬ。ボーダーのスレスレだぞこれどうしよやっべぇ。
ふらふらな俺を見かねてか、まゐが。
「これ乗る!」
と、150ccスクータータイプオートバイの鍵を出し、指をさして言った。
「……うん乗る」
まゐを前に抱えるように、シートに乗せて二人乗りで痕跡を辿る。
いやー楽だこれ、俺もオートバイ買おう自分で跳んだ方が速いとか亜光速跳躍とか俺が馬鹿だった。これは買おう、貯金あるし。
「…………」
俺からは不安な頭しか見えないが、頭だけでもまゐが不安な顔をしているのが見てとれた。
「安心しろもう会える。俺は誰かを助けられなかったことがない」
謙遜ではなく事実を伝える。
「……わたしは助けられなかった」
と、風に消えそうな声でまゐは呟く。
「あのときにね、わたしがやめてって言えたらお母さんいなくならなかったかもしれない。声が大きいって良く褒められてたのに怖くて声が出なくて……、わたしはヒーローみたいにはなれない、勇気がない」
なるほど、それで落ち込んでいるのか。
確かに大きな泣き声だったけど、結果から見たら声を出さない方が良かったんだけどな。
ちゃんと説明してやるか。
「今まで99人ヒーローがいて100個の凄まじい技能があったけど勇気って技能は無かった」
全部使える俺が言うのだから間違いはない。
「あの勇敢なヒーロー達だって勇気なんてものはない。ただただ自分に出来る一番善い行いを必死にこなしてきただけさ」
史上最強のヒーローである俺にだってそんなものはない。
「最善を尽くせ、その時に声を出していたらおまえも捕まっていた。そしたらお母さんを助けることも出来なかった。だからそんな気にすんなそれは最善だ」
「…………」
まゐは黙って聞く。
「ただ反省することも助けたい気持ちを持ち続けるのも最善だ。その大きな声は必要な時に役に立てろ最善を考えるんだ。おまえは基本的に間違ってないよ」
なにせ俺に助けを求めるんだからなそれ以上の最善はねえわな。
「俺が今からそれを証明するのよね」
結果論にはなるし、結果が全てとも言わないが、大事なことだ。
「よし着いた」
可視化した匂いが途絶える少し手前にオートバイを停める。
「ここ⁉」
「ここ」
オートバイから降りて、飛び降りたまゐを捕まえてシートに座らせ直し。
「さーておまえはこの素晴らしいオートバイで待ってろ」
と、言って両頬をむにっと摘んで寄せる。
「わたひも行ふっ!」
「それは最善ではない。お母さん連れてくるからそれまでおまえはこのかっこいいオートバイを守っていてくれ」
オートバイの鍵をまゐに渡して頭を撫でる。
「うん……」
「すぐ戻るよ。もし………………、いやなんでもねえ」
「もし俺が戻らなかったら」と言いかけたがそんなことは有り得ないので言うのをやめた。
無駄な不安は与えない方がいい。
まさか俺がこんな事を言いかけるとは、ホントに疲れてるな
「さて」
とりあえず物陰から建物を覗いてみる。
正直隠密行動は出来なくはないがやったことが無い。
史上最強絶対無敵究極超人の俺はいつだって正面突破をしてきたので逃げ隠れしたことが無いのだ。
今回は救出ミッション。
お母さんを助けて逃がす。
故に犯人グループを殲滅する必要はない、忍び込んで連れ去りゃ終わりだ。
したらば帰って寝る。
んでそのうち本部が特別警戒態勢を解いて警察も動く、万事解決だ。
この辺でいいか……? わっかんねぇけど。
建物の裏手に回り、外壁を触る。
90番目の技能……、生身でコレを編み出したヒーローはマジで天才だな、これ覚えんの大変だった。
「スゥ――――……」
呼吸を整え、技を繰り出す。
粉砕。
手を置いた壁が、綺麗に砕ける。
「ガフッ……!」
やっべ血ぃ吐いちゃったよ、崩壊王戦のダメージが残りすぎてるな……。
ん?
「…………は?」
「…………こんにちは」
砕いた壁の先に複数の、おそらく過激派教徒がいてばっちりと目撃される。
「お、おまえ何し……ッ?」
顎先に柔らかく掌底を合わせて、喋りきる前に意識を断ち切る。
教訓、慣れない事はするものでは無い。
「なっ」
「!」
続けて同じ要領で優しく二人の意識を刈り取る。
目的は殲滅では無い。
せっかく救った人類を減らしたくないから細心の注意を払って優しく丁寧に丸一日目が覚めない程度に無力化をする。
気を使うのがマジに疲れる。
「ひっ」
「か」
もう二人倒す。
「お、おい! ありったけ人数集めて取り押さえるぞ‼ 先生も呼っ」
仲間を呼ばれてしまった。
急ぐと手加減が出来なくなるのでこんな隙を与えてしまうことが歯がゆい。
すぐにぞろぞろと、お仲間がやってくる。
「な」
「か」
「ばっ」
「ちょ」
「!」
さくっと五人片付ける、あーしんどい。建物ごと吹き飛ばしてしまった方が絶対に楽だ。
「なんなんだ誰だコイツ強すぎてやべぇ!」
「囲め囲め‼ フクロにすんっ」
「なっ⁉」
「一斉に行けぇええ」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
一斉に飛びかかってくるのを、できる限り優しく全員畳んだ。
「フ――――ッ……」
「何落ち着いてんだてめぇ! 調子乗んなよ‼ まだまだいるぞオラァ‼」
さらに二十余名が押し寄せてくる。
「…………」
一分程度も時間をかけてゆっくりと、全員を寝かしつけた。
「一億五千万人以上連れてこい」
崩壊王を見習え。
「お兄ちゃんはしゃいでるねぇ、でもはしゃぎすぎだぜ自分が強いと思うのは勝手だが……、ま、俺にやられて後悔しな」
刀を抜きながら、今までの教徒の方々とは少し雰囲気の違うやつが入ってくる。
「第四形態まで強くなれ」
三秒も時間をかけて、倒した。
「ぐっ……」
ふらついて壁に手をつく。
やべぇホントに限界スレスレだ……、脳みそが沸騰しそうだ。
粗方無力化したろ……、もうひと踏ん張りだ……、もう膝ガックガクだ。
へろへろになりながら建物内を這いずり回りお母さんを探す。この疲労度じゃあ匂いの可視化も気配察知も確定予測も使えない、使った瞬間に目玉が飛び出る。
しらみ潰しにドアを開け、椅子に縛られて猿ぐつわをされるお母さんらしき人物を見つける。
「あんたがまゐの母親か?」
大きくうなづく、これがまゐのお母さんか。
「助けに来た。表に娘も待ってる。さっさと出るぞ」
帰れる寝れる疲れた眠りたい帰れる寝たい終わりだ眠る疲れた眠りたい帰る終わった眠りたい。
頭の中が布団でいっぱいになる。
そのままお母さんを縛る縄を解こうとすると。
「んー! んー!」
「あ?」
お母さんが何かを訴えてることに気づいた時には俺の後頭部に銃口が突きつけられていた。
あ、やべぇ全然気づけなかった。
おいこの気配このまま引くだろコイツ引金。
避け、いやダメだお母さんに当たる。
無力化。
銃を、いや。
焦るな。
そうか拳銃持ってるやつまだ。
振り向いて、銃を。
ダメだ時間が。
今は即時回復不可。
0.2秒あれば。
考えている時間も。
嘘だろ?。
焦るな。
ここで詰むのか?
時間も体力も集中力も。
技能使用不可。
焦るな。いやダメだろもう詰んだマジかよ。
ここなのか? ここで終わりなのか?
0.15秒も使って、何も思いつかないのか?
終わ――――――。
「やめてえええええ――――っ‼」
「⁉」
突然発せられた子供の大声により、振り向いたようで銃口が一瞬俺から離れる。
視線の先には、ヒーローなりきりフードを被って立つまゐがいた。
俺は小さなヒーローが作った隙に、回し蹴りで銃を弾き飛ばすと銃が空中分解して、パーツが宙に散らばる。
さらに回し蹴りで銃口突きつけていたやつの頭を優しく揺らす。
「ハ――――――――ッ………………」
ま、マジに危なかった……。
「お母さあぁあん!」
まゐは大泣きしながら、お母さんに駆け寄る。
いーや、助けられちまった。
この小さなヒーローは、世界で誰にも出来ないことをしでかしたのだ。すげぇな。
そこで空中分解した銃の部品がリモコンに当たってテレビが点き、ニュース速報が流れる。
「ただいま速報が入りました! 暗黒崩壊魔王軍にヒーローが勝利した模様です!」
「気づくのおせーよ……」
そう言いいつつ、テレビを視聴する。
「地球平和維持軍からの緊急会見です」
画面が切り替わり、馴染みの女科学者が会見を行っていた。
「えー単刀直入に言うとヒーローが勝ちました。完全勝利です。完全に脅威は去りました」
髪ボッサボサだなこいつ、ちゃんと寝てねーな。
「ヒーローの信号がロストした為消息は不明、しかし亜光速跳躍を観測し日本に着地した模様です」
ああ、バレてんのかやっぱり、流石に優秀だ。
「もしヒーローがこの放送を見ているのなら警察などの公的機関に貴方の所属と姓名を周知してあるので帰還報告をお願いします」
だからおせーって。
帰還報告か、帰還したって言ったらヒーロー続けなきゃならなくなるよなぁ……。
「あとコレは個人的なメッセージになりますが」
帰還報告をするか迷う俺に向けて、女科学者は言った。
「疲れてるのもわかるし貴方がこのまま姿を消そうと考える気持ちもわかるけど、ただ心配している私達の為に、お願い連絡をちょうだい。おかえりを言わせて」
「………………」
俺は無言でそれを聞いた。
「では続きまして現時点で観測出来ている戦闘記録についてですが――」
「…………はぁ」
会見の視聴はそこそこに、ため息をひとつついて、お母さんの縄を解く。
「ちょっとだけ待ってくださいね」
そう伝え、部屋の電話で警察に架ける。
「はい警察です。事故ですか? 事件ですか?」
「あら偶然さっきのお姉さんか」
警察組織にはあまり詳しくないが、どのくらいの確率なんだろうか。
「世界平和維持特別連合軍特殊実戦部直属特秘S級戦闘隊所属対崩魔決戦用万能戦闘超人、織田牧九十九です。所属と姓名の周知は来ていますか?」
「えっ、あ! やっぱりさっきの本物だったんですか!」
驚きの声が帰ってくる、覚えてくれていたようだ。
これなら話が早い。
「はい本物だったんです。んでさっきの新興宗教に拉致された少女の母の救出に成功、建物内の脅威については完全に無力化したので少女と少女の母の保護を要請します。住所は確認出来ていないのでこの電話の発番から調べて貰っていいですか?」
「は、はい! かしこまりました!」
「あー、あと本部に伝言頼みます」
少し考えたが、こう答えることにした。
「俺は無事ですが死ぬほど疲れているので帰って寝ます。起きたらまた連絡するので心配せずに待っててください。ただいまは直接言います」
はあ、現役続行である。
正直女科学者の言うことなんか無視してもバチは当たらないんだろうけど、そんなん無視できたらそもそもヒーローなんてやってないわけで。
「てな感じでお願いします」
電話口のお姉さんに伝えて、切電しようとした時に。
「かしこまりました……あのホントに世界をありがとうございました」
なんて、お礼を言われてしまう。
「最善を尽くしただけだよ。じゃ、なる早で出動お願いします」
俺はそう返して電話を切った。
そこからすぐに、まゐとお母さんをビルの入口まで連れていく。
「すぐに警察が来るのでもう大丈夫です」
外に二人を連れ出して、伝える。
「本当になんてお礼を言ったら……」
「いやむしろこちらこそ娘さんに、命を救われちゃったから」
そう言ってしゃがみ、まゐの頭に手を置く。
「マジに助かったこれは誰にだって出来ることじゃないんだぞ。本当にありがとうな」
「こっちのセリフだしぃー! こっちの方がもっとありがとうだしぃー!」
「お、おう」
さっきまでべそかいてたくせに、えらいご機嫌だ。
「わたしもヒーローみたいになれたかな!」
その一言に目を丸くしてしまう。
なんだよ、そんなの決まってるじゃないか。
「もし万が一いや億が一またこの世界に脅威がやってきた時それをまたヒーローが救ったとしても、それは事実上、まゐが世界を救ったことになるってくらいにおまえはヒーローだよ」
「?」
いまいち刺さらなかったみたいで、頭に疑問符が浮かんだのが見える。
「いやすまん全然頭が回ってねぇから上手く言えねぇや」
そう言ってちょっと笑ってから。
「じゃあもうすぐお巡りさんくるから、それまでお母さん守ってやれヒーロー」
「うん‼」
わしゃわしゃと頭を撫でて、去り際に。
「じゃあなおやすみ」
後ろを振り向かず手を振って、俺は家路についた。
何でも来い、何からだって、何回でも救ってやるさ。
「フ――――ッ」
ヘトヘトになりながら階段を上り、アパートのドアを開けて。
布団に倒れ込む。
ああ、何回でも救ってやる。
ただ今は、ただただ今この時は。
兎に角眠りたい。
おしまい。
子供を見逃している時点で犯人グループは素人だ。
故に捉えたお母さんをすぐにバラしても処理に困るだけだ。馬鹿の集まりじゃなきゃおそらく命は無事だ。
「ここ」
「ここか」
歩くのもしんどくなってきた頃、木香原という表札の前で止まる。
どうやら彼女は木香原まゐと言うらしい。
過激派の言う「異形の月の夜の見せしめ」とやらが何を指すのかは不明だがとりあえず月には今俺の手形がガッツリ残ってるのでいくらでも好きなように異形の月にできちゃうわけだけど。
とりあえず夜までは平気ってことだ。現在時刻16時48分……あれ? 案外時間なくね?
「中入るの?」
「いや入口だけで充分」
彼女の問いかけにさらりと答えて入口を観察する。
普通に足跡も残っている。
土のへこみ具合と、歩き方の癖から情報を得る。
三人……、いや車で来ている運転手合わせて四人か。
体重が137……、いや86.3、65.2、65.1キログラム。
身長が187、170、173センチメートル。
全員右利きで男性、一番大きい奴は格闘経験がありお母さんを担いでいる。
一番小さいやつが銃を左脇のホルスターに入れている……よしまだ頭回る見えてる大丈夫。
「次、車ぁ……っと」
三人とお母さんと車の匂いを追う、ちょっと頑張るぞ……いけるか集中……集中……。
「しゅぅぅ――――うっっちゅうッ‼」
匂いを可視化して道路に車の軌跡が見る。
「よし見える。いける。行こう」
目が充血し、うさぎよろしく真っ赤になったのが分かる。
「あ……」
かくん、と片膝が抜ける。
あ、やべぇこのまま歩けねぇ無理したら死ぬ。ボーダーのスレスレだぞこれどうしよやっべぇ。
ふらふらな俺を見かねてか、まゐが。
「これ乗る!」
と、150ccスクータータイプオートバイの鍵を出し、指をさして言った。
「……うん乗る」
まゐを前に抱えるように、シートに乗せて二人乗りで痕跡を辿る。
いやー楽だこれ、俺もオートバイ買おう自分で跳んだ方が速いとか亜光速跳躍とか俺が馬鹿だった。これは買おう、貯金あるし。
「…………」
俺からは不安な頭しか見えないが、頭だけでもまゐが不安な顔をしているのが見てとれた。
「安心しろもう会える。俺は誰かを助けられなかったことがない」
謙遜ではなく事実を伝える。
「……わたしは助けられなかった」
と、風に消えそうな声でまゐは呟く。
「あのときにね、わたしがやめてって言えたらお母さんいなくならなかったかもしれない。声が大きいって良く褒められてたのに怖くて声が出なくて……、わたしはヒーローみたいにはなれない、勇気がない」
なるほど、それで落ち込んでいるのか。
確かに大きな泣き声だったけど、結果から見たら声を出さない方が良かったんだけどな。
ちゃんと説明してやるか。
「今まで99人ヒーローがいて100個の凄まじい技能があったけど勇気って技能は無かった」
全部使える俺が言うのだから間違いはない。
「あの勇敢なヒーロー達だって勇気なんてものはない。ただただ自分に出来る一番善い行いを必死にこなしてきただけさ」
史上最強のヒーローである俺にだってそんなものはない。
「最善を尽くせ、その時に声を出していたらおまえも捕まっていた。そしたらお母さんを助けることも出来なかった。だからそんな気にすんなそれは最善だ」
「…………」
まゐは黙って聞く。
「ただ反省することも助けたい気持ちを持ち続けるのも最善だ。その大きな声は必要な時に役に立てろ最善を考えるんだ。おまえは基本的に間違ってないよ」
なにせ俺に助けを求めるんだからなそれ以上の最善はねえわな。
「俺が今からそれを証明するのよね」
結果論にはなるし、結果が全てとも言わないが、大事なことだ。
「よし着いた」
可視化した匂いが途絶える少し手前にオートバイを停める。
「ここ⁉」
「ここ」
オートバイから降りて、飛び降りたまゐを捕まえてシートに座らせ直し。
「さーておまえはこの素晴らしいオートバイで待ってろ」
と、言って両頬をむにっと摘んで寄せる。
「わたひも行ふっ!」
「それは最善ではない。お母さん連れてくるからそれまでおまえはこのかっこいいオートバイを守っていてくれ」
オートバイの鍵をまゐに渡して頭を撫でる。
「うん……」
「すぐ戻るよ。もし………………、いやなんでもねえ」
「もし俺が戻らなかったら」と言いかけたがそんなことは有り得ないので言うのをやめた。
無駄な不安は与えない方がいい。
まさか俺がこんな事を言いかけるとは、ホントに疲れてるな
「さて」
とりあえず物陰から建物を覗いてみる。
正直隠密行動は出来なくはないがやったことが無い。
史上最強絶対無敵究極超人の俺はいつだって正面突破をしてきたので逃げ隠れしたことが無いのだ。
今回は救出ミッション。
お母さんを助けて逃がす。
故に犯人グループを殲滅する必要はない、忍び込んで連れ去りゃ終わりだ。
したらば帰って寝る。
んでそのうち本部が特別警戒態勢を解いて警察も動く、万事解決だ。
この辺でいいか……? わっかんねぇけど。
建物の裏手に回り、外壁を触る。
90番目の技能……、生身でコレを編み出したヒーローはマジで天才だな、これ覚えんの大変だった。
「スゥ――――……」
呼吸を整え、技を繰り出す。
粉砕。
手を置いた壁が、綺麗に砕ける。
「ガフッ……!」
やっべ血ぃ吐いちゃったよ、崩壊王戦のダメージが残りすぎてるな……。
ん?
「…………は?」
「…………こんにちは」
砕いた壁の先に複数の、おそらく過激派教徒がいてばっちりと目撃される。
「お、おまえ何し……ッ?」
顎先に柔らかく掌底を合わせて、喋りきる前に意識を断ち切る。
教訓、慣れない事はするものでは無い。
「なっ」
「!」
続けて同じ要領で優しく二人の意識を刈り取る。
目的は殲滅では無い。
せっかく救った人類を減らしたくないから細心の注意を払って優しく丁寧に丸一日目が覚めない程度に無力化をする。
気を使うのがマジに疲れる。
「ひっ」
「か」
もう二人倒す。
「お、おい! ありったけ人数集めて取り押さえるぞ‼ 先生も呼っ」
仲間を呼ばれてしまった。
急ぐと手加減が出来なくなるのでこんな隙を与えてしまうことが歯がゆい。
すぐにぞろぞろと、お仲間がやってくる。
「な」
「か」
「ばっ」
「ちょ」
「!」
さくっと五人片付ける、あーしんどい。建物ごと吹き飛ばしてしまった方が絶対に楽だ。
「なんなんだ誰だコイツ強すぎてやべぇ!」
「囲め囲め‼ フクロにすんっ」
「なっ⁉」
「一斉に行けぇええ」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
一斉に飛びかかってくるのを、できる限り優しく全員畳んだ。
「フ――――ッ……」
「何落ち着いてんだてめぇ! 調子乗んなよ‼ まだまだいるぞオラァ‼」
さらに二十余名が押し寄せてくる。
「…………」
一分程度も時間をかけてゆっくりと、全員を寝かしつけた。
「一億五千万人以上連れてこい」
崩壊王を見習え。
「お兄ちゃんはしゃいでるねぇ、でもはしゃぎすぎだぜ自分が強いと思うのは勝手だが……、ま、俺にやられて後悔しな」
刀を抜きながら、今までの教徒の方々とは少し雰囲気の違うやつが入ってくる。
「第四形態まで強くなれ」
三秒も時間をかけて、倒した。
「ぐっ……」
ふらついて壁に手をつく。
やべぇホントに限界スレスレだ……、脳みそが沸騰しそうだ。
粗方無力化したろ……、もうひと踏ん張りだ……、もう膝ガックガクだ。
へろへろになりながら建物内を這いずり回りお母さんを探す。この疲労度じゃあ匂いの可視化も気配察知も確定予測も使えない、使った瞬間に目玉が飛び出る。
しらみ潰しにドアを開け、椅子に縛られて猿ぐつわをされるお母さんらしき人物を見つける。
「あんたがまゐの母親か?」
大きくうなづく、これがまゐのお母さんか。
「助けに来た。表に娘も待ってる。さっさと出るぞ」
帰れる寝れる疲れた眠りたい帰れる寝たい終わりだ眠る疲れた眠りたい帰る終わった眠りたい。
頭の中が布団でいっぱいになる。
そのままお母さんを縛る縄を解こうとすると。
「んー! んー!」
「あ?」
お母さんが何かを訴えてることに気づいた時には俺の後頭部に銃口が突きつけられていた。
あ、やべぇ全然気づけなかった。
おいこの気配このまま引くだろコイツ引金。
避け、いやダメだお母さんに当たる。
無力化。
銃を、いや。
焦るな。
そうか拳銃持ってるやつまだ。
振り向いて、銃を。
ダメだ時間が。
今は即時回復不可。
0.2秒あれば。
考えている時間も。
嘘だろ?。
焦るな。
ここで詰むのか?
時間も体力も集中力も。
技能使用不可。
焦るな。いやダメだろもう詰んだマジかよ。
ここなのか? ここで終わりなのか?
0.15秒も使って、何も思いつかないのか?
終わ――――――。
「やめてえええええ――――っ‼」
「⁉」
突然発せられた子供の大声により、振り向いたようで銃口が一瞬俺から離れる。
視線の先には、ヒーローなりきりフードを被って立つまゐがいた。
俺は小さなヒーローが作った隙に、回し蹴りで銃を弾き飛ばすと銃が空中分解して、パーツが宙に散らばる。
さらに回し蹴りで銃口突きつけていたやつの頭を優しく揺らす。
「ハ――――――――ッ………………」
ま、マジに危なかった……。
「お母さあぁあん!」
まゐは大泣きしながら、お母さんに駆け寄る。
いーや、助けられちまった。
この小さなヒーローは、世界で誰にも出来ないことをしでかしたのだ。すげぇな。
そこで空中分解した銃の部品がリモコンに当たってテレビが点き、ニュース速報が流れる。
「ただいま速報が入りました! 暗黒崩壊魔王軍にヒーローが勝利した模様です!」
「気づくのおせーよ……」
そう言いいつつ、テレビを視聴する。
「地球平和維持軍からの緊急会見です」
画面が切り替わり、馴染みの女科学者が会見を行っていた。
「えー単刀直入に言うとヒーローが勝ちました。完全勝利です。完全に脅威は去りました」
髪ボッサボサだなこいつ、ちゃんと寝てねーな。
「ヒーローの信号がロストした為消息は不明、しかし亜光速跳躍を観測し日本に着地した模様です」
ああ、バレてんのかやっぱり、流石に優秀だ。
「もしヒーローがこの放送を見ているのなら警察などの公的機関に貴方の所属と姓名を周知してあるので帰還報告をお願いします」
だからおせーって。
帰還報告か、帰還したって言ったらヒーロー続けなきゃならなくなるよなぁ……。
「あとコレは個人的なメッセージになりますが」
帰還報告をするか迷う俺に向けて、女科学者は言った。
「疲れてるのもわかるし貴方がこのまま姿を消そうと考える気持ちもわかるけど、ただ心配している私達の為に、お願い連絡をちょうだい。おかえりを言わせて」
「………………」
俺は無言でそれを聞いた。
「では続きまして現時点で観測出来ている戦闘記録についてですが――」
「…………はぁ」
会見の視聴はそこそこに、ため息をひとつついて、お母さんの縄を解く。
「ちょっとだけ待ってくださいね」
そう伝え、部屋の電話で警察に架ける。
「はい警察です。事故ですか? 事件ですか?」
「あら偶然さっきのお姉さんか」
警察組織にはあまり詳しくないが、どのくらいの確率なんだろうか。
「世界平和維持特別連合軍特殊実戦部直属特秘S級戦闘隊所属対崩魔決戦用万能戦闘超人、織田牧九十九です。所属と姓名の周知は来ていますか?」
「えっ、あ! やっぱりさっきの本物だったんですか!」
驚きの声が帰ってくる、覚えてくれていたようだ。
これなら話が早い。
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「あー、あと本部に伝言頼みます」
少し考えたが、こう答えることにした。
「俺は無事ですが死ぬほど疲れているので帰って寝ます。起きたらまた連絡するので心配せずに待っててください。ただいまは直接言います」
はあ、現役続行である。
正直女科学者の言うことなんか無視してもバチは当たらないんだろうけど、そんなん無視できたらそもそもヒーローなんてやってないわけで。
「てな感じでお願いします」
電話口のお姉さんに伝えて、切電しようとした時に。
「かしこまりました……あのホントに世界をありがとうございました」
なんて、お礼を言われてしまう。
「最善を尽くしただけだよ。じゃ、なる早で出動お願いします」
俺はそう返して電話を切った。
そこからすぐに、まゐとお母さんをビルの入口まで連れていく。
「すぐに警察が来るのでもう大丈夫です」
外に二人を連れ出して、伝える。
「本当になんてお礼を言ったら……」
「いやむしろこちらこそ娘さんに、命を救われちゃったから」
そう言ってしゃがみ、まゐの頭に手を置く。
「マジに助かったこれは誰にだって出来ることじゃないんだぞ。本当にありがとうな」
「こっちのセリフだしぃー! こっちの方がもっとありがとうだしぃー!」
「お、おう」
さっきまでべそかいてたくせに、えらいご機嫌だ。
「わたしもヒーローみたいになれたかな!」
その一言に目を丸くしてしまう。
なんだよ、そんなの決まってるじゃないか。
「もし万が一いや億が一またこの世界に脅威がやってきた時それをまたヒーローが救ったとしても、それは事実上、まゐが世界を救ったことになるってくらいにおまえはヒーローだよ」
「?」
いまいち刺さらなかったみたいで、頭に疑問符が浮かんだのが見える。
「いやすまん全然頭が回ってねぇから上手く言えねぇや」
そう言ってちょっと笑ってから。
「じゃあもうすぐお巡りさんくるから、それまでお母さん守ってやれヒーロー」
「うん‼」
わしゃわしゃと頭を撫でて、去り際に。
「じゃあなおやすみ」
後ろを振り向かず手を振って、俺は家路についた。
何でも来い、何からだって、何回でも救ってやるさ。
「フ――――ッ」
ヘトヘトになりながら階段を上り、アパートのドアを開けて。
布団に倒れ込む。
ああ、何回でも救ってやる。
ただ今は、ただただ今この時は。
兎に角眠りたい。
おしまい。
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