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椿の花~人柱になるさだめを背負った悲劇の女性と彼女の笑顔が見たい喜劇の男性~
第4話「新たな道」
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椿が目を覚ましたのは災害から三日後のことだった。
「巧…さん?」か細い声で名前を呼ぶ椿の手を俺は強く握りしめた。
「よく頑張りましたね」
神社の一室で、村人たちが交代で椿の看病をしていた。誰もが彼女の意思による献身を目の当たりにし、人柱についての考えが少しずつ変わり始めていた。
「申し訳ありません」長老が深々と頭を下げる。
「私たちは長年、伝統という名の下に大切なものを見失っていました」
椿は弱々しく首を振った。
「いいえ…私も含め、皆が正しいと信じていたことです」
「しかし、真の献身とは命を捨てることではないとあなたが教えてくれた」
長老の声に深い悔悟の色が滲んでいる。
「これからは…」椿が言葉を探すように間を置く。
「これからは生きることで村に貢献したいと思います」
その言葉に部屋中が温かな空気に包まれた。
回復には時間がかかったが、椿は少しずつ元気を取り戻していった。そして村も変わり始めた。
古い風習を見直す会議が開かれ、人柱の儀式は<村のために尽くす象徴的な存在>として新しい形に生まれ変わることになった。命を捧げるのではなく、生涯をかけて村の平和を祈り導く役目として。
「巧さん」
ある夕暮れ、椿が俺を神社の裏手に呼んだ。初めて言葉を交わした場所だ。
「私、村の外に行ってみたいんです」
「えっ?」思わず声が上ずる。
「でも、すぐに戻ってきます。だってここは私の大切な場所だから」
椿の瞳が優しく輝いていた。
「その…できれば、巧さんと一緒に」
頬を染める椿に胸が高鳴る。
「喜んで。街の夜景やお祭りや、美味しいものも全部お供させていただきます」
椿が嬉しそうに微笑む。かつての陰りを帯びた表情はもうどこにも見当たらない。
「ねぇ、椿さん。最後の最後で、なぜ俺の元に戻ってきてくれたんですか?」
「…巧さんが教えてくれたんです。生きることの素晴らしさを。そして…」椿が恥ずかしそうに俯く。
「そして?」
「誰かを想う気持ちの温かさを」
その言葉に俺は椿を抱きしめていた。彼女の体が小さく震えるのを感じる。でもそれは恐れからではなく、喜びに震えているのだと分かった。
「これからは笑顔で生きていこう」
「はい」 椿の返事が夕暮れの空に溶けていく。
.
.
.
それから一年が経った。 椿は相変わらず神官の務めを果たしながら、時々俺と一緒に村の外へ出かける。村人たちも彼女の姿を温かく見守ってくれている。
今日も椿は白い着物姿で祈りを捧げている。でもその姿はもう悲しみに満ちてはいない。清らかで、凛として、そして何より自分の意思を持って生きている。
「巧、今日も手品を見せてくれる?」 祈りを終えた椿が柔らかな笑顔を向けてくる。
「もちろん。今日は特別な手品だよ」 そう言って、背後に隠していた花束を取り出した。
「これは…」
「椿の花。君のように凛として、温かい花」 プロポーズの言葉を続けようとした時、椿は静かに頷いた。
言葉は要らなかった。二人の心はもう通じ合っていたから。
空には夕陽が沈みかけ、遠くで鐘の音が響く。かつて悲しみに満ちていたこの場所で新しい物語が始まろうとしていた。
運命は変えられる。 それを俺たちは身をもって証明したのだから。
「巧…さん?」か細い声で名前を呼ぶ椿の手を俺は強く握りしめた。
「よく頑張りましたね」
神社の一室で、村人たちが交代で椿の看病をしていた。誰もが彼女の意思による献身を目の当たりにし、人柱についての考えが少しずつ変わり始めていた。
「申し訳ありません」長老が深々と頭を下げる。
「私たちは長年、伝統という名の下に大切なものを見失っていました」
椿は弱々しく首を振った。
「いいえ…私も含め、皆が正しいと信じていたことです」
「しかし、真の献身とは命を捨てることではないとあなたが教えてくれた」
長老の声に深い悔悟の色が滲んでいる。
「これからは…」椿が言葉を探すように間を置く。
「これからは生きることで村に貢献したいと思います」
その言葉に部屋中が温かな空気に包まれた。
回復には時間がかかったが、椿は少しずつ元気を取り戻していった。そして村も変わり始めた。
古い風習を見直す会議が開かれ、人柱の儀式は<村のために尽くす象徴的な存在>として新しい形に生まれ変わることになった。命を捧げるのではなく、生涯をかけて村の平和を祈り導く役目として。
「巧さん」
ある夕暮れ、椿が俺を神社の裏手に呼んだ。初めて言葉を交わした場所だ。
「私、村の外に行ってみたいんです」
「えっ?」思わず声が上ずる。
「でも、すぐに戻ってきます。だってここは私の大切な場所だから」
椿の瞳が優しく輝いていた。
「その…できれば、巧さんと一緒に」
頬を染める椿に胸が高鳴る。
「喜んで。街の夜景やお祭りや、美味しいものも全部お供させていただきます」
椿が嬉しそうに微笑む。かつての陰りを帯びた表情はもうどこにも見当たらない。
「ねぇ、椿さん。最後の最後で、なぜ俺の元に戻ってきてくれたんですか?」
「…巧さんが教えてくれたんです。生きることの素晴らしさを。そして…」椿が恥ずかしそうに俯く。
「そして?」
「誰かを想う気持ちの温かさを」
その言葉に俺は椿を抱きしめていた。彼女の体が小さく震えるのを感じる。でもそれは恐れからではなく、喜びに震えているのだと分かった。
「これからは笑顔で生きていこう」
「はい」 椿の返事が夕暮れの空に溶けていく。
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それから一年が経った。 椿は相変わらず神官の務めを果たしながら、時々俺と一緒に村の外へ出かける。村人たちも彼女の姿を温かく見守ってくれている。
今日も椿は白い着物姿で祈りを捧げている。でもその姿はもう悲しみに満ちてはいない。清らかで、凛として、そして何より自分の意思を持って生きている。
「巧、今日も手品を見せてくれる?」 祈りを終えた椿が柔らかな笑顔を向けてくる。
「もちろん。今日は特別な手品だよ」 そう言って、背後に隠していた花束を取り出した。
「これは…」
「椿の花。君のように凛として、温かい花」 プロポーズの言葉を続けようとした時、椿は静かに頷いた。
言葉は要らなかった。二人の心はもう通じ合っていたから。
空には夕陽が沈みかけ、遠くで鐘の音が響く。かつて悲しみに満ちていたこの場所で新しい物語が始まろうとしていた。
運命は変えられる。 それを俺たちは身をもって証明したのだから。
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