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2話
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私は深い森の中を進みながら、心の中の痛みを振り払おうと必死になっていた。
全ての始まりはあの残酷な言葉だった。
ティナ。君との婚約をこの場で破棄する。
レオルグ王子の冷たい声が耳に残響する。愛を誓い合ったはずの彼の口からそんな言葉が出てくるとは想像すらしていなかった。彼のその言葉が心の底に突き刺さり、どんどん深くへと沈んでいくのを感じる。だからこそ私はここに来た。全てを忘れるために。
記憶を消せる魔法使い。
本当かどうか分からないけれど、藁にもすがる思いで探し始めたのだ。
うわさによればこの森の奥には記憶を消す力を持つ魔法使いが住んでいるという。その名をシオンというらしい。私は案内役を探し当て、地図を書いてもらいこの深い森に足を踏み入れたのだ。
周囲は薄暗く、木々が生い茂っていて、道なき道を進むのは容易ではない。足元の苔がしっとりと湿って滑りやすく何度も転びそうになりながらも、どうにか彼に会わなければならないという思いが私を支えている。
木々の間から差し込む光が地面に模様を描き、鳥のさえずりが静寂を破る。でも私の心には何の響きもない。
胸の中で何かがはち切れそうな衝動に抗いながら私は一歩一歩を重ねる。すると突然目の前が開け、小さな小屋が姿を現した。
「ここなのかしら…」私は呟くように問うた。
木造の小屋は長い年月を経ているようだったがどこか温かみが感じられた。
屋根には緑の苔が生え壁には蔦が絡みついている。まるで森の一部のような佇まい。
不安が頭をよぎる。でももう引き返すわけにはいかない。前に進むしかないのだ。
私は深呼吸をして少し震える手で扉をノックした。
「…どなたですか?」中から低い男性の声が聞こえる。
「あの、シオン様でしょうか。私は…記憶を消していただきたくて参りました」
声が震え思わず目を閉じた。心の奥でどうか受け入れてほしいと願った。
しばらくの沈黙の後、ゆっくりと扉が開いた。
目の前に現れたのは、予想以上に若い男性だった。長い黒髪を後ろで束ね、深い緑の瞳が私を見つめている。シンプルな黒いローブを身にまとい、首には奇妙な形の水晶のペンダントが下がっていた。
「あなたが記憶を消したいと?」彼の声には驚きと…少しの悲しみが混ざっているように感じた。
「はい…お願いします」私は震える声で答えた。
シオンは少し考え込むような表情を見せた後に
「中へどうぞ。話を聞かせてください」
彼に導かれるまま私は家の中へ入った。内部は意外にも整然としていて、壁一面に本棚が並び、机の上には不思議な形をした器具が並んでいる。
「座ってください」シオンは椅子を指さした。
私が腰を下ろすと彼は向かいに座り、真剣な眼差しで私を見つめた。私はここへたどり着いた理由を説明した。
「噂で聞いたんです。深い森の奥に記憶を消す魔法使いがいるって。その人に会ってみたくてまずは案内人を探してました。彼は森の道を熟知していて、私に詳しい地図を書いてくれました。その地図を見ながら何時間もかけてここまで来ました」
「なるほど」シオンは続けて
「まず、あなたのお名前を」
「ティナと申します」
「ティナさん。記憶を消すというのはとても重大な決断です。本当にそれでいいのですか?記憶とは生きるための糧でもあるのです。本当に忘れたいのか少し考えてみてください。そのうえであなたの選択を尊重します」
その言葉に、私は一瞬たじろいだ。記憶を消すということがどれほどの影響を及ぼすのか心の奥でざわめく。だけど痛みが押し寄せてくるのを感じ私は決意を新たにした。
「はい。どうしても忘れたいのです。この痛みから逃れたいんです」
シオンは深くため息をついた。彼の瞳の中に浮かぶ悲しみを私は思わず目をそらしたくなった。
「わかりました。でもその前に話を聞かせてください。なぜそこまでして記憶を消したいのか」
私は躊躇した。でも彼の真摯な眼差しに少しずつ心を開いていく自分がいた。
全ての始まりはあの残酷な言葉だった。
ティナ。君との婚約をこの場で破棄する。
レオルグ王子の冷たい声が耳に残響する。愛を誓い合ったはずの彼の口からそんな言葉が出てくるとは想像すらしていなかった。彼のその言葉が心の底に突き刺さり、どんどん深くへと沈んでいくのを感じる。だからこそ私はここに来た。全てを忘れるために。
記憶を消せる魔法使い。
本当かどうか分からないけれど、藁にもすがる思いで探し始めたのだ。
うわさによればこの森の奥には記憶を消す力を持つ魔法使いが住んでいるという。その名をシオンというらしい。私は案内役を探し当て、地図を書いてもらいこの深い森に足を踏み入れたのだ。
周囲は薄暗く、木々が生い茂っていて、道なき道を進むのは容易ではない。足元の苔がしっとりと湿って滑りやすく何度も転びそうになりながらも、どうにか彼に会わなければならないという思いが私を支えている。
木々の間から差し込む光が地面に模様を描き、鳥のさえずりが静寂を破る。でも私の心には何の響きもない。
胸の中で何かがはち切れそうな衝動に抗いながら私は一歩一歩を重ねる。すると突然目の前が開け、小さな小屋が姿を現した。
「ここなのかしら…」私は呟くように問うた。
木造の小屋は長い年月を経ているようだったがどこか温かみが感じられた。
屋根には緑の苔が生え壁には蔦が絡みついている。まるで森の一部のような佇まい。
不安が頭をよぎる。でももう引き返すわけにはいかない。前に進むしかないのだ。
私は深呼吸をして少し震える手で扉をノックした。
「…どなたですか?」中から低い男性の声が聞こえる。
「あの、シオン様でしょうか。私は…記憶を消していただきたくて参りました」
声が震え思わず目を閉じた。心の奥でどうか受け入れてほしいと願った。
しばらくの沈黙の後、ゆっくりと扉が開いた。
目の前に現れたのは、予想以上に若い男性だった。長い黒髪を後ろで束ね、深い緑の瞳が私を見つめている。シンプルな黒いローブを身にまとい、首には奇妙な形の水晶のペンダントが下がっていた。
「あなたが記憶を消したいと?」彼の声には驚きと…少しの悲しみが混ざっているように感じた。
「はい…お願いします」私は震える声で答えた。
シオンは少し考え込むような表情を見せた後に
「中へどうぞ。話を聞かせてください」
彼に導かれるまま私は家の中へ入った。内部は意外にも整然としていて、壁一面に本棚が並び、机の上には不思議な形をした器具が並んでいる。
「座ってください」シオンは椅子を指さした。
私が腰を下ろすと彼は向かいに座り、真剣な眼差しで私を見つめた。私はここへたどり着いた理由を説明した。
「噂で聞いたんです。深い森の奥に記憶を消す魔法使いがいるって。その人に会ってみたくてまずは案内人を探してました。彼は森の道を熟知していて、私に詳しい地図を書いてくれました。その地図を見ながら何時間もかけてここまで来ました」
「なるほど」シオンは続けて
「まず、あなたのお名前を」
「ティナと申します」
「ティナさん。記憶を消すというのはとても重大な決断です。本当にそれでいいのですか?記憶とは生きるための糧でもあるのです。本当に忘れたいのか少し考えてみてください。そのうえであなたの選択を尊重します」
その言葉に、私は一瞬たじろいだ。記憶を消すということがどれほどの影響を及ぼすのか心の奥でざわめく。だけど痛みが押し寄せてくるのを感じ私は決意を新たにした。
「はい。どうしても忘れたいのです。この痛みから逃れたいんです」
シオンは深くため息をついた。彼の瞳の中に浮かぶ悲しみを私は思わず目をそらしたくなった。
「わかりました。でもその前に話を聞かせてください。なぜそこまでして記憶を消したいのか」
私は躊躇した。でも彼の真摯な眼差しに少しずつ心を開いていく自分がいた。
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