上 下
57 / 68

第57話 家出少女 その三

しおりを挟む
 松濤しょうとうの我が家に午前様で帰宅した俺だが、取り敢えず孝子にあおい嬢を委ねた。
 着ている物をどうにかしなければならないし、おそらくは色々なことがいっぺんに起きてしまって茫然自失している葵嬢を寝かせつけるにしても俺では役不足だからだ。

 孝子も見知らぬ娘を預けられて困っているとは思うのだが、一応、俺の居候なんかにも手伝ってもらって、着替えを済ませた彼女を客間に寝かせつけたわけだ。
 うちにはメイドも居るんだが、流石に丑三つ時にたたき起こすわけにも行かないから女房の孝子に迷惑をかけている。

 着替えと言うか、もう寝る時間なので、孝子の古着の寝間着をを出してもらったよ。
 幸いにして少し大き目かもしれないが着られるようだったので、そのまま着替えて寝てもらったわけだ。

 葵嬢が寝付いた後も、孝子に事情説明をしなければならなかったから、俺の睡眠時間はもっと遅くなるな。
 孝子にも迷惑をかけている。

 そうかと言って、せっかく助け出した娘を外に放り出すわけにも行くまい。
 明日の午後には、野木町に送り返すつもりではいるんだが、さてさて葵嬢が納得するかいな?
 
 もしも彼女がぐずるようならば、最悪、俺の居候達を使って荒療治も考えているんだが、正直言って無理をすると後遺症が残る場合もあるから余り使いたくは無いんだ。
 その辺は明日になってからだな。

 孝子に一応の事情説明をして、俺達は寝たよ。
 万が一、葵嬢が夜中に抜け出しても困るから俺の居候に見張りはさせている。

 できればゆっくりと俺も寝たいよな。
 だが俺の寝ている間に、安全装置が二つも発動しやがった。

 一つは放置しておいてもちゃんとやってくれたので俺は事後報告を受けるだけで良かったのだが、もう一つは俺が起きねばならない面倒ごとだった。
 俺がたたき起こされたのは朝の8時半だ。

 まぁ、普通の人が起きている時間だから、起こされても仕方がないっちゃそうなんだがな。
 俺が寝たのは朝の4時半過ぎ頃だぜ。

 まだ眠いんだがなぁ。
 然しながら、仕方がねぇよな。

 葵嬢がこっそりと部屋を抜け出して邸から出ようとしているらしい。
 ウチの家は防犯設備がしっかりしているからな。

 外部から侵入する時も、内部から出る時も手続きを踏まなければ、防犯装置が作動する仕組みになっている。
 もし作動すれば家の警報が鳴るし、「何とかコム」にも通知が行くようになっている。

 だから、その装置が作動する前に葵嬢を止めなければならない。
 幸い、屋敷が広くってまごついていたようなので防犯装置が作動する前に止められたけどな。

「おいおい、そんな恰好でどこへ行くつもりだ?」

 俺がそう呼びかけると、葵嬢の動きが凍り付いたように止まり、ギギギっと音がしそうな動きで振り返ったな。
 葵嬢は孝子の寝間着を着ているんだが、なおかつ、サンダル履きで屋敷の外に出ようとしていたんだ。

 そんな恰好で松濤地区をほっつき歩いたら絶対に警察に捕まるぞ。
 俺もそのまま寝室から飛び出して来たからパジャマ姿なんだがな。

 まぁ、ヒトってのは、少々おかしな状況に陥った時には、突拍子もない行動に出る奴もいるけどな。
 それにしても、女ならば身だしなみを整えてからじゃないと普通は動かないものだろう。

 葵嬢も寝たのは午前3時過ぎのはずだから、それほどしっかりとは寝ていないはずなんだがなぁ。
 いずれにしろ、葵嬢を連れて応接室へ入ったよ。

 少々早すぎる嫌いはあるんだが、そこで事情を聴くことにした。
 その前に、事務所に電話を入れて荒井弓香嬢に今日は臨時休業にしておいてくれと連絡しておいた。

 これから葵嬢を話をし、その上で場合によっては野木町まで送り届けにゃならんからな。
 他の仕事を受ける余裕はないぜ。

 もう一つの安全装置は、葵嬢の先輩にあたる奥山美由嬢に万が一の保険でかけておいたものだが・・・。
 昨日の連れ込みホテルで葵嬢を襲おうとしていた二人が揃って、美由嬢のマンションに押し込もうとしていたんだ。

 こっちの方は最初からダイモンに任せていた。
 この二人がおかしな動きに出たら、ダイモンの判断で止めてくれと頼んでいたんだ。

 この二人、美由嬢の紹介で雇った葵嬢が未成年であったこと、住所や氏名が偽であったことなどに頭にきて、朝から美由嬢にちょっとしたを施そうとしていたのだった。
 ダイモンはこの二人に張り付いていたから、動き出した時点でそれを物理的に止めたのだ。

 具体的には、運転する車にちょいと細工をして電信柱と鉢合わせをさせたんだ。
 俺もダイモンに任せた手前、文句も言えないんだが、かなり手荒な止め方だよな。

 おまけにこの二人の血液に相応のアルコールを注入し、なおかつポッケにパケを仕込んでいた。
 パケと言うのは、健全な青少年(大人もだけどな)が絶対に手を出しちゃいけない「ヤク」と呼ばれるものが入った袋のことだよ。

 因みにこのパケには、二人の指紋がついている奴で、彼らの部屋からとって来たモノだ。
 車は相当な速度で電柱にぶつかり、二人ともに怪我をしたので警察が出張って調べられているわけだ。

 警察が出張った時点で即御用になるわいな。
 通行人の事故通報で、すぐに救急車が出動、最寄りの救急病院に運ばれたが、そこへ現れた警官がアルコール臭を嗅ぎつければ、事情を聴くと同時にアルコールチェッカーで検査することになる。

 限度を超えた数値が出れば、即座に現行犯で逮捕だわなぁ。
 逮捕ってのは、署に行ってから、留置場に入れる前に着ている物を全部脱がせてチェックをするんだ。

 そこでヤクが見つかれば、道交法違反よりも重い容疑で捕まるわなぁ。
 少なくともこの二人は、最低でも二十日間程度は身柄を拘束されることになるだろう。

 後で、奥山美由嬢には今の仕事を辞めて、ズラかるようにアドバイスをしておくつもりだ。
 少なくとも捕まった連中と関わっていたらろくなことにならないだろう。

 その話はさておいて、葵嬢のことだが、やっぱり人間不信に陥ったようだ。
 彼女を襲ったあの二人、随分と優しい男だと思っていたのだそうだ。

 それが豹変して自分を襲い、なおかつ相当な力で頬を殴られたので、すっかり抵抗する力を失ったのだそうだ。
 だから、俺が助けに入らねばあの場で二人に強姦されていただろう。

 その所為せいで、男に対する恐怖心が増して、助けた俺に対しても恐怖心が先に立って、この屋敷から一刻も早く逃げようと思ったらしい。
 俺がそんなことはしないと言っても、この娘は簡単には信用はすまいな。

 俺はスマホを渡して言った。

「お前さんのご両親が心配している。
 できれば電話をしてやれ。
 俺は、ご両親に頼まれてあんたを探していたんだ。
 俺の名前は、明石大吾。
 渋谷で探偵をやっている男だ。
 お父さんかお母さんに俺の名前を出せば、俺のことは知っているはずだ。」

 彼女は俺の目の前で電話をしていた。
 話している間に、涙がこぼれ始めていたな。

 一人にするわけにも行かないからそのまま俺は応接室に居たけどな。
 家族と話して落ち着いたみたいだ。

 メイドのメリッサが起きていたようで、朝食の用意を始めていたよ。
 今日の当番はメリッサのようで、ソフィアは遅番のようだ。

 このメイド二人、もうすっかり日本にも慣れて来たし、日本語も上手になっている。
 家の仕事は何でも任せて大丈夫だ。

 彼女達が知らない間に俺が若い女を屋敷に連れ込んでいたので、ちょっと心配していたようだが、仕事の上での関係だと言うとすぐに信じてくれたみたいだ。
 彼女たちの場合、俺に対する忠誠心よりも、普段いつも接している孝子に対する忠誠心が物凄く高いのが特徴的なんだ。

 あれ、ひょっとすると、ウチはカカア天下なのかな?
 まぁ、家の中が安泰であればそれでもかまわない。

 メリッサには、孝子が今朝四時過ぎ頃まで起きていたのでもう少し寝かせておいてくれとお願いしておいた。
 妊婦にはあまり無理をさせられないからな。

 メリッサの用意してくれた朝食を食べながら、葵嬢と今後の話をしたよ。
 最終的に今日の午後には野木町へ送り届けることで話はついた。

 衣服の方は10時頃には起きてきた孝子と話をして、孝子の古着を貸してもらい、それを着て一旦は彼女のアパートに向かうことにした。
 そこに彼女の着替えが有るそうだし荷物もあるそうだ。

 アパートの賃貸契約の打ち切りなど手続きもあるが、それらに立ち会って、野木町に向かったのは午後4時近かった。
 メイドカフェのアルバイトの方は週給でもらっていたらしく、二日分ほどは未払いらしいが、そっちはもう諦めると言っていた。

 どうやら昨日の男たちに遭うのが怖いらしい。
 まぁ無理も無いが、今職場に行ってもあいつらは豚箱の中に入っているから会えないし、雇用契約の解除もできないだろうな。

 あいつらの店では、時折女の子たちが突然消えるのは普通みたいなんだ。
 別に事件絡みで消されていると言う訳じゃなくって、良い男が見つかるとそいつと一緒に駆け落ちじみた真似をしているようで、一々店の方には断らずに消えるんだそうだ。

 少なくとも直近三件については、事件性が無いのを確認はしており、それ以上は突っ込んでいない。
 まぁ、葵嬢の件については偽名を使っていたし、放置しておいても差し支えは無いだろう。

 その日の午後6時少し前に栃木県野木町の片桐さんの家に葵嬢を送り届けた。
 車の中での1時間半余り、一応俺なりの人生訓のようなお説教はしておいたんだが、どこまで葵嬢の心に触れたかはわからない。

 それでも、今回は無事に彼女を待っている人達の下へ無事に送り届けられてよかったと思う。
 その日の夜、久しぶりに幼い頃に見たはずの姉の笑顔が夢に出て来たな。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 新作の投稿を始めました。

 ① 「二つのR ~ 守護霊にResistanceとReactionを与えられた」
  https://www.alphapolis.co.jp/novel/792488792/263902401

 ② 「仇討ちの娘」
  https://www.alphapolis.co.jp/novel/792488792/604902385

 ご一読くださると幸いです。

  By サクラ近衛将監
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

仮想戦記:蒼穹のレブナント ~ 如何にして空襲を免れるか

サクラ近衛将監
ファンタジー
 レブナントとは、フランス語で「帰る」、「戻る」、「再び来る」という意味のレヴニール(Revenir)に由来し、ここでは「死から戻って来たりし者」のこと。  昭和11年、広島市内で瀬戸物店を営む中年のオヤジが、唐突に転生者の記憶を呼び覚ます。  記憶のひとつは、百年も未来の科学者であり、無謀な者が引き起こした自動車事故により唐突に三十代の半ばで死んだ男の記憶だが、今ひとつは、その未来の男が異世界屈指の錬金術師に転生して百有余年を生きた記憶だった。  二つの記憶は、中年男の中で覚醒し、自分の住む日本が、この町が、空襲に遭って焦土に変わる未来を知っってしまった。  男はその未来を変えるべく立ち上がる。  この物語は、戦前に生きたオヤジが自ら持つ知識と能力を最大限に駆使して、焦土と化す未来を変えようとする物語である。  この物語は飽くまで仮想戦記であり、登場する人物や団体・組織によく似た人物や団体が過去にあったにしても、当該実在の人物もしくは団体とは関りが無いことをご承知おきください。    投稿は不定期ですが、一応毎週火曜日午後8時を予定しており、「アルファポリス」様、「カクヨム」様、「小説を読もう」様に同時投稿します。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

アンリレインの存在証明

黒文鳥
ファンタジー
かつて「怪異」と呼ばれた現象が解明され対処法が確立して百二十年。 その対処を目的とする組織に所属する研究員であるレン。 発動すれば『必ず』自身を守る能力を持つ彼は、とある事情から大変難ありの少女アルエットの相方として仕事を任されることとなる。 知識0の勉強嫌い挙句常識欠如した美少女改め猛犬アルエットと、そんな彼女に懐かれてしまったレン。 期間限定の相棒との仕事は果たして混迷を極めてーー。 「それでも私は、レンがいればそれで良い」 これは奇跡のような矛盾で手を繋ぐことになった二人の、存在証明の物語。

処理中です...