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第37話 占い師 その三

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 行き掛かり上での話とはいえ、ずいぶんと面倒な仕事を請け負ってしまったよ。
 俺の頼りになってくれるはずの霊二体が揃って手を出したがらない案件だ。

 そのくせ、俺にならできるかもしれんと言っている。
 どんな無理ゲーだっちゅうの。

 コンちゃんにしろ、ダイモンにしろ、霊界の中ではかなり位階の高い存在なんだぜ。
 それこそ下手な悪霊なんぞ左程力を籠めずに一発で消し飛ばせるぐらいの力がある存在だ。

 その二体が口を揃えて言うのは、彼らの知らない魔方陣が機能していて周囲の空間に認識疎外と念話阻害をかけているらしい。
 更に困ったことには、下手にいじると物理的に周辺が吹き飛ぶ恐れもあるかもしれんと脅かしてくれてるぜ。

 そんな導火線に火のついた爆薬みたいなものに普通人ただびとの俺が手を出せると思うか?
 いやまぁ、そりゃぁな、霊と色々と意思疎通ができるという点では普通の人とはちょっと違っているかもしれんが、俺自身は陰陽師でもないし、どこやらのスーパーマンでもない。

 当然のことながら、俺には無理な仕事だと思うんだが、この二体面白がっているのか、盛んに俺にやってみろとけしかけて来るんだ。
 俺のできることなんてほとんどないんだぜ。

 まぁ、ちょっとした怨霊の調伏ぐらいならできないこともないが、俺自身は除霊祈祷師の真似事はしたくないと思っている。
 除霊という奴は、そのほとんどが呪術の分野であって、失敗すると祈祷師に跳ね返ってくるからな。

 俺が単身でやるとしたら、どうしても緊急避難的にやらざるを得ない場合か、余程安全パイじゃなければやらないぜ。
 それ以外なら、俺の守護霊や居候にお願いした方が無難なんだ。

 まぁ、そうは言いながらも、一旦引き受けた以上はそれなりの体裁を整えなけりゃぁならんよな。
 霊二体が、一応、俺の守護に回ってくれるようだから覚悟を決めて土蔵の中に踏み込んだぜ。

 案内してくれた大本の依頼人さんは、もう還暦を過ぎたあたりの男性だが、何の躊躇もなく土蔵の中へ足を踏み入れていたよ。
 少なくとも、普通の人が足を踏み入れても大丈夫ではあるみたいだな。

 まぁ、この土蔵も目当ての掛け軸を見つけようと、さんざん探し回ったのだろうと思うよ。
 だから、これまでの経験上、危険性がないとわかっているので躊躇いも無いわけだ。

 だけど、俺の方はそうはいかねぇよな。
 魔法陣か何かに弾かれたら、俺が外へ放り出されるか、焼き殺されたり、消滅したりするって恐れも無いないわけじゃない。

 その辺はすごく心配ではあるんだが、一応コンちゃんとダイモンをあてにはしている。
 だが、俺の予想とは違った事件が起きた。

 足を踏み入れて数瞬後、何事も起きないことを確認してから新ためて歩(あゆみ)を進めようとしたその時、俺はどこか異次元に取り込まれたよ。
 音もなく一瞬で周囲の景色が変わるのはさすがに心臓に悪いぜ。

 おまけに頼りにしているコンちゃんとダイモンとのつながりが断たれた。
 さて、ある意味で緊急事態なんだが俺にできることは少ない。

 あたりを見渡すと、周囲は暗く、床に魔法陣がぼんやりと光っている。
 『エロイムエッサイム』だったっけか?

 古い某漫画の主人公がそんな呪文を唱える時に出現する魔法陣は、確かダビデの星が中央にあってその周囲に円が複数描かれ、その中に所謂魔法文字が多数刻まれているようなものだったはずだが、俺が見ているこいつは中心に二つ円があって、その外に正方形を二つ、45度ずつずらしたような八方陣がある。
 更にその周囲に三重の円があって、円の外縁部には曼荼羅のような大小八個の円が配置されている。

 生憎と俺もこれまでこんな魔法陣は見たことがない。
 その円や方陣のいたるところに見たこともない文字が多数描かれているんだが、さすがに俺には読めん。

 で、俺はその内包されている円の中心に立っているわけで、あるいはこいつが転移陣もしくは召喚陣なのかもしれない。
 転移や召喚であるならば、元に戻す方法もあるのだろうとは思うのだが、それを知っている者が果たしてここに居るのか?

 『一方通行です。』とか言われた日には、目も当てられねぇよな。
 特に関わっているのが、ダイモンの言うように古代の遺物であるとするならば、余計に心配ではある。

 つい先日にも、異界に二月近くも囚われていた女性ひとを見つけたばかりだしな。
 もしかすると俺もその仲間入りかよ?

 もう一度目を凝らしながら周囲を見ると右手120度方向に気配を感じたよ。
 この感覚は言葉に表すのがかなり難しいんだが、今まで何もなかったところに『にょきっ』とタケノコでも生えてきた感じ?

 しかもどことなく冷気を感じるんだ。
 そうしてその存在感がなんだか俺の意識に働きかけるんだ。

 こいつは危ねぇかもしれん。
 そう思った途端、ふっとその冷気のような感覚が薄れたよ。

 やがて闇に慣れた俺の目が見出したのは、・・・・。
 うん、何と言ったらいいのかわからないが、赤い派手な色の腰布をまとい、目立つ首飾りをつけ、上半身裸のやたら筋骨たくましい『猿』だった。

 その背後には左右に揺れるしっぽが見える。
 俺のつたない知識から言えば、もしかするとヒンズー教の神様の一つであるハヌマーンじゃないかと思うんだが、あるいはその眷属なのかもしれない。

 ハヌマーンは、孫悟空の元祖みたいな神様であり、変幻自在の身体はその大きさや姿を自在に変えられ、空も飛ぶ事ができるとされている。
 それが何でこんなところに居るのかはわからないが、確かに巨躯と言えるような大きな身体の持ち主だ。

 体毛が薄いので人と似ているが、長いしっぽがある時点で人とは言えんだろうな。
 ラノベなら間違いなく『獣人』と言うべきところか?

 顔は間違いなく猿に似ているし、これで全身に毛が生えていたらゴリラと間違えても不思議ではないんだが、ゴリラや猿のように足が短いわけじゃない。
 むしろ平均的な日本人よりも足が長いだろうな。

 猿顔をした2m30センチぐらいの身長を有する筋肉もりもりのボディビルダーを思い起こしてもらえば、俺の目の前に居る存在に近いよ。
 それが念話で話しかけてきた。

『おぬしは何者じゃ?
 なにゆえにこの封印結界の中に入っておる?』

 封印結界?
 何、それ?

 俺は封印結界を破った覚えはないぜ。
 そんなもの感じとる暇もなく、この異空間に飛ばされたからな。

『いや、あの、私はダイゴ・アカシという者で、とある人物の依頼により、失せ物を探すつもりで倉庫内に入ったら、なぜか倉庫ではなくここに居るんですけれど。
 一体、ここはどこですか?』

『ふむ、・・・・。
 迷い人か。
 それにしても、この封印結界がよもや人の手で破られようとは思わなんだ。
 おぬし、何か神から授かった力でもあるのか?』

『いいえ、そんなもの大それたものは特にないと思いますよ。
 ただ、まぁ、霊や妖精と少し話ができることはできます。
 但し、私が調べようとしていた倉庫の周囲ではその能力が封じられていましたので、その原因を調べようとは思っていましたが・・・。』

『ふむ、おぬしは地上人に間違いないようだのぉ。
 そうして封印結界の一部が地上界に溢れているということか・・・・。
 そうして、この床にある魔方陣は、ブラフマンの魔方陣だったはず・・・。
 とすれば、・・・。』

 猿顔の叔父さん少し考えこんでから言った。

『この床にこの陣が現れるということは、ここと対になる蔵に保管してあるシィライに織り込まれた魔方陣が、ほつれてその力が漏れ出しておるのやもしれぬな。
 確か向かいの蔵にブラフマンを中心に描いたマンデイルがあったはず。
 しかし面妖なことじゃ。
 わしが戦士を引退してここの管理を任されてから早二千年を過ぎたが、これまで一度としてこのようなことは起きなかったぞ。
 やはりお主が関わっているのでは無いのか?』

『いいえ、絶対に私の所為ではないと思いますよ。
 結界を破った覚えもありませんし、少なくとも私の元居たところでは、あったはずの品が二つほど見えなくなっているというのが少なくとも一月も前に起きています。
 私が関わったのは向こうの時間で精々二日前のことです。
 何か異変が起きていたなら、少なくとも一月以上も前の事のはずです。』

『時の流れなど、あまり意味を持たぬのじゃよ。
 関りがあるのは因果律じゃ。
 おぬしは、そもそもここに来るべくして来たのじゃろうて。
 但し、おぬしが地上人であるならば、ここではそう長くは生きられぬ。
 食べる物がないでな。
 更には、ここに保管してある遺物・宝物の秘めたる力がおぬしの体に害を与えるでな。
 長くはおらぬ方が良い。
 で、おぬし、自力でここから出られるか?』

『無理です。
 ここに来た時もいきなりここに飛ばされただけで、どうやって来たものか皆目わかりませんし、帰る方法もわかりません。』

『やはりそうか・・・。
 止むを得んな。
 では、儂の力でおぬしを結界の外に押し出す。
 その後フラフマンのマンデイルを修復しよう。
 そうさな・・・。
 おぬしのいた地上での時間にすれば一刻ほどの時間で元の状態に戻るはずじゃ。
 失せ物が漏れた力によって隠されていたものならば、その時点でありかがわかるじゃろう。』

『ありがとうございます。
 因みにあなた様のお名前を教えてはいただけませんか?』

『おう、そういえばまだ名乗っていなかったか。
 もう会うことはないと思うがな。
 儂の名はナトゥカトラジャじゃ。
 そういえば引退する頃には、ハヌマーンと呼ばれることもあったな。
 おぬし、儂のいずれかの名を知っておるか?』

『はい、後者のハヌマーンと言う御名であれば、とある地域の古代世界で活躍した神の名で残されているようです。
 生憎と私の住むところから離れた場所の伝承なので、ハヌマーン様の業績についての詳細は知りません。』

 目の前のハヌマーンはにやりと笑った。
 その顔が一番人間臭い顔だった。

『そうか、時を超えて儂の名が残ったか。
 それが聞けただけでも今日は良き日じゃ。
 さて、おぬしを元に戻すが、覚悟せよ。
 少々手荒なことになるでな。』

 そう言って右手を掲げると、空中から柄の先に球形のヘッドが付いた打撃武器を取り出した。
 『一体何を?』と思っていると、それを俺の方に横ざまに振りやがった。

 直径50センチ以上もある球形の金属製ヘッドが猛烈な勢いで俺の左わき腹に食い込んだところまでは、激しい痛みとともに覚えている。
 暗転して、次に気づいた時には、俺は土蔵の入り口で倒れていて、大本の依頼人である木村何某さんと占い師の鳴海さんが心配そうな顔つきで俺を見下ろしていた。
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