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第27話 誘拐とご近所付き合い

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 小児糖尿病の小学生(10歳)が誘拐された。
 今のところ毎日インシュリン注射を打たねばならないほど病状は悪くなってはいないのだが、1週間に一度はインシュリン注射を打たねばならない状況であり、本来であれば二日後に打たねばならない児童が、昨日夕刻に誘拐されてしまったんだ。

 あるいは犯人が子供から子供の事情を聞いたかもしれないが、注射を打たねばすぐに死亡するという訳でもないために無視される可能性もある。
 だが放置すれば糖尿病が悪化する恐れがある上に、最悪そのまま放置すると死に至る可能性だってある。

 そのために早急な救助が必要と判断されて、俺への依頼が警視庁の神山さんから舞い込んだ。
 俺は、即刻、EVバイクで現場に飛び出したよ。

 ある意味で時間との競争だから、小回りの利くバイクの方が便利なんだ。
 高額なバイクなんだが、最悪の場合は、道路等に放置する覚悟もしている。

 多分、現場で何らかの手掛かりは見つけられるとは思っているんだが、絶対の確証はない。
 学校からの帰宅途中で拉致されたらしく、黒いバンタイプの車に乗せられているのを同じ学校の生徒が目撃していたようだ。

 拉致現場は、世田谷区立きぬた小学校の近くだ。
 昨日の段階では、監視カメラから車両ナンバー等が特定されて、簡単に犯人に結び付くと思われていたのだが、そもそも盗難車であったことと、当該車両が昨夕のうちに燃やされたために警察は手掛かりを失ったようだ。

 車を焼毀しょうきした場所は、多摩川の河川敷であり、どうやらタイマーとガソリンを組み合わせた時限式発火装置で燃やしたらしい。
 俺は拉致されたと思われる現場で早速聞き込みを始め、犯人の男二人の顔をイメージで捉え、特定した。

 その上で車両が燃やされた現場に赴き、周辺の霊からの聞き込みで当該犯人の一人が車の焼毀に関わったことを確認した。
 そこから再度当該関係者の追跡を開始、多摩市関戸6丁目にある農家にまで辿り着いた。

 生憎とこの農家は一軒家に近く、道路から接近すると丸見えになる上に、当該家が道路のどん詰まりであるために、歩いて行くにしても用事が無ければ接近もできない。
 下手に近づけば感づかれて人質の子の命が危ないからね。

 従って、道を外れ、大きく東へ迂回して、北側にある丘陵の林から家に接近した。
 近隣の木立等の霊から有効な情報を仕入れることができた。

 その上で、犯人達に見つからないよう壁や塀の部分を伝って、家の内部状況を霊から確認、犯人二人と被害者の小学生男児の存在が確認できたので、一旦、家から離れて、スマホで警視庁の神山さんに通報した。
 詳しい住所戸番を伝え、道路から家に接近すると犯人達に気づかれるだろうこと、北側の裏山からならば、かなりの確率で気づかれずに家のすぐそばまで接近できること等を教えて、俺は手を引いた。

 神山さんから依頼があったのが午前9時半頃、神山さんに奴らのヤサを通報したのが午後6時頃で、1月も半ばのこの季節はとっくに陽が落ちて周囲は暗闇だな。
 だが俺がこれ以上関わるのはやめておく。

 誘拐された児童の命が危ない場合は、俺も即時介入しただろうが、今のところはその危険性は少ない。
 尤も警察が突入するような事態で犯人が逆上したりすれば、誘拐児童の命の危険もあるだろうが、その危険性まで見通して今の段階で俺が動くのは、警察の処理能力を見下していることになる。

 任せられるところは任せよう。
 後は警察の領分だ。

 俺が松濤しょうとうの自宅へ戻ったのは、その日の7時過ぎだったが、午後10時過ぎにはスマホに連絡が入ったよ。
 犯人二人を確保し、被害者の児童を無事に保護したとの神山さんからの連絡だった。

 当然のように神山さんから感謝の言葉があったが、俺にとっては被害者の無事が何よりの朗報だったことは間違いない。

 ◇◇◇◇

 1月も何やかやと雑多な人探しの依頼があって結構忙しい思いをしたが、2月半ばの土曜日に自宅で小パーティを催すことにした。
 広尾のマンションに住んでいた時の元ご近所さん一家三家族と、松濤に住み始めて向こう三軒両隣では無いけれど転居のご挨拶に伺って、親しくなりパーティにも呼ばれるようになったお隣さん二家族を招いての小パーティだ。

 手作りの料理もあるけれど、メインはケイタリングに頼るのは仕方がない。
 何せ人数が多いからね。

 広尾のお隣さん組が10人、松濤のお隣さん組が10名、我が家の住人(俺、加奈、小室さん)と従業員一名(藤田さん)で4名だから、合計24名。
 流石にこれだけの大人数では我が家の素人料理人では能力的に無理だ。

 従ってケイタリングと共に、出張料理人を頼んで我が家の大きなエキストラホールで握りずしと天ぷらの屋台コーナーを設けてもらったよ。
 広尾の元お隣さん組は、三家族の内クルマン家が四人。

 家長のアルベールさんはベルギー王国大使館の参事官をしていらっしゃる。
 奥さんは専業主婦のマドレーヌさん、息子さんのミシェル君(12歳)と娘さんのシルヴェーヌ嬢(10歳)は、港区にあるインターナショナルスクールに通っている。

 豪州の食品企業の日本駐在員であるフェアクロフ一家の家長は、マイルズさん。
 奥さんは、チェルシーさんでこちらも専業主婦だね。

 お子さんはデイビッド君(9歳)とニコラス君(7歳)、どちらも港区のインターナショナルスクールに通っている。
 米国IT企業の社員であるラッセル・ベインズさんとその奥さんであるフランシーズさんは、同じ会社に勤務している新婚さんで、今のところ子供さんはいない。

 松濤地区の現お隣さんは、我が家の西隣に住んでいるジェームズさんご一家で、旦那さんがハリソンさんで日英合弁企業のCEOをしている。
 奥様はクレアさんで専業主婦、子供さんは娘さんのエレノア嬢(13歳)と息子さんのディック君(11歳)、どちらも渋谷区のインターナショナルスクールに通っている。

 もう一軒ご招待しているのは、道路を挟んでお向いさんに当たる仁科さんご一家。
 大手製薬会社の社長さんが仁科良一さん、奥様が景子さん。

 良一さんのご尊父様が公男さんで、ご母堂様が祥子さん。
 良一さんの息子さんが大学一年の晃君、高校二年生の洋子さんの6人家族だ。

 東隣は会社組織の家で事務所兼用の住宅みたいなので、ご招待は遠慮した。
 我が家の一角には、北側にも邸宅が三つ連なっているけれど、塀で囲われていて南側の敷地とは仕切られている上に道路も違うので、挨拶にだけは伺ったけれども、パーティへの招待はしていない。

 そのうちにどこかの時点でお付き合いがあるやもしれないとは思っている。
 同じ町内会ではあるしね。

 但し、こういう高級住宅街というのは交友が意外と希薄なんだよね。
 プライバシーを重視しているからあまり踏み込めないところもあるんだ。

 その辺が田舎と違う面倒なところだよね。
 パーティは盛況だったね。

 家の中で寿司と天ぷらの屋台を開いてもらうという趣向は招待客に大いに受けた、
 但し、費用を聞いて流石にしり込みはしていたけれどね。

 職人さんと屋台にネタも持参してもらう訳なので、寿司屋さんと天ぷら屋さんを貸し切りにしたようなものだ。
 都内の一流どころを抱え込んだら結構なお値段はするよね。

 但し、某CEOさんや某社長さんは、宴会などで呼べるかどうかを聞いていた様だった。
 因みに、家の中では英語と日本語が飛び交っていた。

 英語が7割、日本語が3割ほどかな。
 大人たちが酒なんぞを飲みながら談笑している間に、子供さん達には、日本のベンチャー企業が昨年末に発売したばかりのVRMMOで遊んでもらっている。

 この機械はまゆ型の機器に入って仮想空間を楽しむもので、二人が同時に遊べる優れものだ。
 Fantasmeファファンタスメ Du Débutディ・デビュという新たなネットアプリソフトで楽しめるようになっている。

 因みに、70インチのモニターで、傍にいる人もゲームの進行を見て楽しめちゃう代物だ。
 ウチに設置して以来、加奈がかなりはまっているんだが、お子さんたちも大はしゃぎでやっている。

 こいつは日本語版だけじゃなくって、英語、スペイン語、フランス語版もあるんだ。
 使用言語(説明書きやヘルプなどを含む)は、ワンタッチで切り替えられる。

 面白いのは、中国語版が無いこと。
 某中華国ではすぐに無断で模倣するから、敢えて中国語版は造らなかったということを噂では聞いている。

 この機器は大型なうえに高価だから家庭には左程普及がしないかもしれないが、ゲームセンターなどには置かれるかもしれないな。
 特に二人同時に使用出来るので対戦型ゲームには最適だ。

 使用しているCPUチップは純日本製で、従来の米国製CPUに比べて四倍の高密度にできており、内蔵GPUも従来製品の6倍以上の画像性能を誇る。
 どちらも日本国内で特許を取っているが、重要なコア部分と関連制御基板は完全なブラックボックスになっており、カバーを外したりすれば完ぺきに破壊されるようになっているために複製が極めて難しいそうだ。

 まぁ、俺がVRMMOの宣伝なんぞしても仕方が無いから省略するけれど、映像は限りなくきれいだとだけ言っておこう。
 流石にVirtual Realityを名乗るだけのことはあるぜ。

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