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第三章 始動

3-8 騒動の合間を縫って

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 フォーリーブスとその同行者は、それぞれに分かれて仕事を始め、あるいは、遊びの準備を始めた。
 サラ達四人は支度をしてアイス・スケート場に行く前にフロントに言って警備員二名を頼んだ。

 フロントではすぐに警備員をつけてくれた。
 アイス・スケート場は朝も早いうちとあって左程の人は来ていない。

 リンクで6人ほどが滑っているだけであり、他はリンク外に10名ほど。
 内、5名は報道記者である。

 だが、警備員がついているので当然取材はできない。
 アイス・スケートは全員が初心者である。

 だがリンクに立って5分も立たないうちに、マイケルとメリンダは上手に滑れるようになり、マイケルはサラを、メリンダはヘンリーを指導し始めた。
 互いにコンタクトを取りながら行うので上達も早く、サラもヘンリーもそれから5分ほどで上手に滑れるようになった。

 休憩しているうちに徐々にリンクにも人が増えだし、ハイスクールの女子生徒と思われる三人が練習用のタイツに身を包んでリンク中央で練習を始めた。
 それを暫く四人で観察し、動きをみていたが、やがて四人が少し離れた場所で同じように滑り始めた。

 最初はぎこちなかったが、徐々に動きが滑らかになってゆく。
 そのうち女生徒三人が気づいて、中央から外れ、リンクの片隅で四人の動きをじっとみている。

 やがて、四人の動きは大胆になり、ジャンプしたり、男女ペアでのスケーティングをするようになった。
 それまで静かだったリンクにバックミュージックが流れ始めると一旦動きを止めて、中央に集まり、やがて音楽に合わせて一斉に動き出した。

 四人がぴったり同じ動きをしている。
 リンクに入っていた者は徐々にリンクから外れ、四人だけのリンクになった。

 アイス・スケート場は時ならぬアイスショーに変わっていた。
 観客は50名ほどだが、少しずつ増えてきている。

 四人は離れたり、接近したり渦を巻いたりしながら、見事にスケーティングを披露している。
 男女ペアが二組出来上がり、リフティングをしたり回転しながら放り投げたり高度な技を繰り出し、時折、そのペアが分かれて別のペアとなって組みなおす。

 滅多に見られない見事なスケーティングにスケート場に集まった人々は驚き、見入っていた。
 やがて音楽の終焉と共に、四人は動きを止めた。

 観客は、皆が拍手を送った。
 リンクから上がるとすぐに、先ほどの女生徒三人がやって来た。

「あの、皆さんとってもお上手でした。
 私達、感激しちゃって。
 あの、できたら、私達に指導していただけないかなと思って来たのですけれど、お願いできますか。」

 四人は顔を見合わせて頷いた。
「ええ、いいわよ。
 でも、正直言うと、私達は音楽家なの。
 だから、見よう見まねでやっているだけで、正式な指導は受けていないのよ。
 それでも構わないかしら。」

「はい、構いません。
 だって、あんなに上手なんですもの。
 私達プロのプレイヤーかなと思っちゃいました。」

「そう、ありがとう。
 私はメリンダ、こちらはマイケル、私の兄よ。
 それから・・・。」

「私はサラ、こちらは私の兄でヘンリーよ。
 あなた達ハイスクールの生徒さん?」

「はい、そうです。
 私は、イスメル、三年生です。」

「私は、カトリーヌ、同じく三年生です。」

「私は、モイラ、二年生です。」

「私も、カレック連邦だけれどハイスクールの三年生なの。
 宜しくね。」

 三人の女生徒は揃って元気に返事をした。

「「「はい、宜しくお願いしまーす。」」」

 こうして四人は女生徒三人の俄か教師になって1時間ほど付き合った。
 イスメルは余り上手になれそうにないが、カトリーヌは僅かの間に上達した。

 モイラも上達したが少し体力が足りないようだった。
 最初は、四人で三人をみていたが、それぞれのレベルが異なるから個人指導の方がよさそうなので、イスメルにはヘンリーとサラが、カトリーヌにはマイケルが、モイラにはメリンダがついて指導を始めた。

 個人指導は40分ほどで終えたが、身体のバランス、踏み出し、スケーティング、止めのタイミングなど、個人の体力と技能に合わせた個人指導は功を奏し、三人とも1時間後には見違えるような動きができるようになっていた。
 三人の娘達は四人に心からお礼を言い、もしできれば明日も指導をお願いできないかと申し出た。

 理由は地区大会が三日後に控えており、そこで上位に残れれば、ヒュイスの全国大会に出られるのだそうである。
 ただ、指導をしてくれている先生が風邪をこじらせて寝込んでおり、明日も指導者がないままに練習をしなければならないそうである。

 学校は、部活動で午前中は休んでもいいことになっているらしい。
 四人は承諾し、翌日9時から二時間の約束で指導してあげることにした。

 三人はその後もリンクの中央で練習を続けていた。
 娘達は自分達を指導してくれた四人がフォーリーブスとは知らなかったし、フォーリーブスがロペンズ連合圏内で最も有名な音楽家になりつつあるのを全く知らなかった。

 彼女達はわき目も振らずに今はアイス・ダンスに集中していたからである。
 四人は暫くその練習を眺めていたが、やがて引き上げた。

 その様子を最初からじっと眺めていた記者がいた。
 カーナイル新聞の記者、ジェフリー・マイヤーである。

 彼自身はスポーツ関係記者であり、芸能関係には詳しくはない。
 だから、ボーカルグループのフォーリーブスの取材で取り敢えずホテルを張ってくれと言われても余り気乗りはしなかったのだが、来てみてよかったと思っていた。

 フォーリーブスの写真は見ていたので、四人がその人物であることはすぐにわかった。
 少なくとも取材をしなくても自分なりの記事は書ける。

 仮に取材ができたとしても音楽の話はちんぷんかんぷんであり、先ず無理だとわかっていたからである。
 ジェフリーは、そのままホテルに暫くは居たが、夕刻には社に戻って原稿を書き始めた。

 一方、マイケルたちは、昼食後、支配人に話しをし、アイス・スケート場を明日9時から11時までの間、有償で貸切にできないか交渉していた。
 支配人は、事情を聞いて無償で貸切にすると言ってくれた。

 地元ハイスクールの生徒のためならば協力を惜しまないからであり、現実に女生徒三人の練習は無料で行わせているのだった。
 午後4時までに、ホテル側で色々手配した結果、グランドポラノック一つ、ヴァロン一つ、アレリュート一つ、タイロス一つ、サロフォス一つ、クリコレット一つ、電子ポラノック一つが何とか時間までに手配できることがわかったらしい。

 支配人は担当者任せにしていたこともあるが、担当者もボーカルグループと聞いていたのであの程度の品物でも十分と考えていた節があるようだ。
 支配人は平謝りに謝っており、今朝の朝刊を見た担当者が真っ青になり慌てて、朝からグランドポラノック、アレリュート、クリコレット、ヴァロンを新たに手配しているところだったようである。

 但し、どうしても、グランドポラノック一つ、ヴァロン一つ、クリコレット一つ、ラッター二つについては明日まで待ってもらっても手配は無理だと言う。
 レンタル大手にも特にプロ用のものはそれほど多数置いてはいないのである。

 ベアトリスには、グランドポラノック一つ、ヴァロン一つ、クリコレット一つ、ラッター二つを手配するように言った。
 ベアトリスからは、それらは入手可能であり、明日午後二時ぐらいにはホテルに到着できること、調律師一名が同行することを伝えてきた。

 ベアトリスから、フォーリーブスの名前を出して事情を説明すると、店の責任者は暫く待って欲しいといった上で、店の奥に引っ込み、暫くしてから出てきて、最終的にカレックに持ち帰るなら別だが、そうでなければ代金はレンタル料、調律師派遣料、往復輸送費、会場設置費用込みで5万ドレルという。
 その代わり、戻った品物にはフォーリーブスが演奏に使った品として表示したいと申し出たようである。

 MLSとの契約条項にはそうした部分を制限する項目はないのでそのまま承諾したいと言ってきた。
 マイケルはその旨了承し、支配人に明日午後二時に不足の楽器が到着するので宜しくと伝えた。

 支配人は事情を聞きたがり、ベアトリスの話をすると、その料金はホテルで支払うと申し出た。
 結局、ベアトリスが持ち帰るであろう請求書又は領収書をそのまま、ホテルに引き渡し、別途指定する口座にホテルから振り込んでもらうことになった。

 既に大ホールでの会場設営は終わっており、600人の座席を用意し、希望者には立見席も用意してあった。
 ホテル側は、保険経費だけでは赤字になることから、A席50ドレル、B席30ドレル、C席20ドレル、立見席10ドレルを徴収することにしていた。

 マギーとオリヴァーはトランク四個分の楽譜を大量に買い込んできていた。
 午後三時から、四人でリンクをしながら片端から読んでおり、途中休憩を挟んで、午後5時までには何とか終了し、進行スケジュールを含めて出し物も決定した。

 今夜の分と明日の分はまた趣向を変えるようにしてある。
 舞台衣装もそれぞれが二着を取りに戻って用意してある。

 これで何とか今日と明日のステージは形になりそうだった。
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