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第二章 契約と要員確保
2-7 レイチェル
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その日、レイチェル・ブレクストンは何時になく機嫌が良かった。
周囲にいるアシスタントも秘書も首を傾げていた。
今日の予定では特にレイチェルの喜びそうなスケジュールは入っていない筈なのだ。
コーマの摩天楼ビルの一角にレイチェルのアパレル・オフィスがある。
ここから毎年最新モードが発信され、世界中で賞賛を受けるのだった。
服飾デザイナーとして注目を浴び始めたのがレイチェル35歳の時である。
それから3年の間にトップに上り詰め、10年以上もその座に君臨し続けている。
追随してくる若手デザイナーもいないわけではないが、レイチェルは数段上のレベルにいたのである。
アシスタントと秘書が気づかなかったレイチェルの上機嫌は、マイケルとメリンダと言う息子と娘のような若者に会う約束があったからである。
レイチェルは束の間、思い出に浸っていた。
昨年末のレタリアンでのモードショーの最中、二人は天使のように現れ、レイチェルの生涯最大の危機を救ってくれたのである。
世界中の有名デザイナーが一同に介して、5年に一度開かれるレタリアン・フリューは、以降5年間の販売動向を占う指針ともなる大事なショーである。
レイチェルはオオトリに出番が決まっていた。
残すところ三人のデザイナーの出品が終われば、レイチェルの作品と言うところになって、目玉としていた男女二人のモデルが失踪しているのが発覚した。
しかも、この二人のモデルの出番が一番多いのである。
この二人のモデル用に裁断した生地で他のモデルは着られなかった。
イメージが異なりすぎるのである。
アシスタントを総動員して探したが見つからなかった。
レイチェル自身も会場を念のため探し回った。
レイチェルの出番の一つ前が始まり、もう駄目かと諦めかけた。
その時、レイチェルはステージのある会場入り口から入ってきたカップルたまたま目にした。
一瞬失踪したモデル二人ではないかと思ったが違っていた。
だが、カップルは背景の明かりに映えて神々しくさえ思えた。
体型が良く似ており背格好も同じぐらいのそのカップルに唯一の光明を見出し、二人に声をかけた。
慌てていたレイチェルは事情も説明せずに、つたないレタリアン語でどうかモデルになって欲しいと頼み込んだ。
二人の天使は驚きの表情を浮かべながらも頷いてくれた。
すぐにアシスタントを呼び集め、二人に試着させると、計ったようにぴったりと寸法が合っていた。
しかも、この二人は失踪したモデルを凌ぐ容姿と美貌を兼ね備えていた。
後は素人であるこの二人に歩き方さえ教えればと思って歩かせると、5年以上もモデルをやっているかのように優雅な歩き方を披露した。
モデルをやったことがあるのかと尋ねると、見よう見まねですと返事が帰ってきた。
レイチェルもさすがに驚き、神様も粋な計らいをしてくれるものだと感謝した。
すぐにレイチェルの作品の出番となり、この二人の天使は、レイチェルが予期した以上の成果を上げてくれた。
会場中の注目を一身に浴び、軽快な音楽のリズムに合わせて歩き、レイチェルが思い描いたポーズを要所要所で連発してくれた。
失踪したモデルがどうしてもできなかった爪先立っての華麗なターンも優雅にこなし、天使が二人揃って歩いたフィナーレでは、優雅な踊りもパーフェクトにこなしてくれたのである。
レイチェルが後で確認したところ、担当のアシスタントが一回簡単な説明をする時間しかなく細かい説明などしていないと返事があった。
二人がどうやってレイチェルの想いを実現できたのか今でもよくわからない部分があるが、二人のお陰でレイチェルはこのモードショーで最大の成果を得たのである。
二人の天使がいなければ決して今年のレイチェルはなかったであろう。
モードショーの翌日、失踪した二人のモデルは会場近くの森で射殺体となって発見された。
レイチェルの失脚を企んだ者の仕業と推測されたが、真犯人は未だに上がっていない。
ショーが終わって、二人の天使にキスをしまくっているときに、漸く、二人が同じカレック連邦からの旅人と知って驚いた。
レイチェルもアシスタントも一生懸命にレタリアン語で頼み、説明していたのだが、何のことは無い、カレック人であったのだ。
彼らが余りに流暢にレタリアン語を話していたので、当然にレタリアン人と思い込んでいたのだ。
二人は、あの忙しい喧騒の中では、レタリアン語で話しかけてくる相手に何人ですかとは聞けなかったという。
だが、ショーが終わって初めて周囲の人が話している言葉がカレック語と気づいたようだ。
無理もない話である。
いきなり外国人と思われる女性に声をかけられモデルになって欲しいと頼まれ、行った先ではいきなり衣服を脱がされ、衣装を着せられて歩けと言われ、その後は衣装をとっかえ、ひっかえして、短い説明だけでステージに出なければならない。
出番の多い二人は、説明に集中して聞いているだけで、ほとんど話などする余裕などなかったはずだ。
式典の後、二人が滞在していたホテルに行って、二人を無理にも連れ出し、レタリアン随一のレストランで食事をしながらステージの動きがどうしてわかったのか聞いたところ、アシスタントの説明を聴いた上で、アシスタントが持っていたモデルの移動要領を図で描いたペーパーを覗き、自分の判断で衣装に合わせて色々な演出をしたそうである。
二人の感性たるやレイチェルも感心した。
ほとんど時間がない中でそれほどの頭が回り、応用できるモデルは非常に少ない。
まして、二人はモデルの経験は一度もないのだ。
正しく天啓としか言うほかは無い。
レイチェルは、別れ際に自分の名前と住所を教え、いつでも来なさいと言ったのである。
その二人が、今日レイチェルを尋ねてくる。
既に電話で用件は聞いているし、了承も与えた。
だが、律儀にも、二人の天使は正式に会ってお願いをしたいと先日電話があった。
その心根が嬉しくてレイチェルは朝から機嫌がいいのだ。
レイチェルがあと15歳若ければ、有無を言わせずマイケルをベッドに引きずりこんでいるだろう。
それだけが残念でならないレイチェルであった。
レイチェルは予定通り車で、レストラン・ビージーズに着いた。
いつもは込み合っているサラモ通りもこの日はたまたま空いており、時間よりも早くついたのだが、天使二人を待たせるよりはいい。
車はそのまま駐車場で待機するように指示した。
店内に入って驚いたのは既に二人が待っていたことである。
「あら、時間を間違えたかしら?」
マイケルは挨拶をしながら笑って言った。
「いいえ、そうではありません。
多分レイチェルさんと一緒で普段のコーマの混み具合から少し早めに出たら、予想外に空いていて本当に早く着いてしまったんです。
でも、レイチェルさんより早く着いていて良かったですよ。
今日は、僕がホスト、メリンダがホステスで、レイチェルさんがゲストですから。
ホスト、ホステスがゲストよりも遅れて着いたのでは洒落にもなりません。」
「そんなことはないわよ。
私は二人の天使を待たせるよりは先についておこうと思ったのに。」
三人は店員の案内で予約席に向かった。
席に座って、マイケルがレイチェルの注文を聞き、ウェイターに頼んだ。
レイチェルが何気なく聞いていると、マイケルは料理に合わせて細かくワインの注文をしていた。
「マイケル、それにメリンダ、あなた達は本当に何者なのかしらね。
昨年末の即席モデルといい、年頭に出た所得番付といい、只者じゃないと言う感じがするわね。
今のワインの注文の仕方だって、随分と細かい指示をしていたでしょう。
ルーランドのグルメだって、それほどにはしないわよ。
あなた方の年でそんなことを知っているなんて信じられないわ。
私は、貴方方の歳にはまだお針子さんをやっていたわ。
少なくともこんな高級レストランでワインを細かく指示できるほどの知識もなかった。」
「たまたま幸運がついて回った俄か成金にしか過ぎません。
レイチェルさんにお会いした時も、マスコミが煩わしくて、海外に逃げていただけなんです。
たまたまレタリアン・フリューの看板を見かけて中に入ったら途端にレイチェルさんにレタリアン語で話しかけられ、何が何だかわからないうちにモデルをする羽目になっただけです。
ファッションショーはメリンダが好きなので何度かお付き合いで行きましたけれど、まさか自分がステージに立つとは思ってもいませんでした。
あ、それよりもこのたびは電話でのお願いにも関わらず事前のご了承を頂きまして本当にありがとうございます。
でも、本当に私達のボーカルグループの専属デザイナーになっていただいても宜しいのですか。
僕達は断られるのを覚悟でお願いをしたのですが。」
「何を言ってるの。
私が息の根を止められそうになったときに、あなたたち二人に助けられたのよ。
二人がいなければ今頃は店を畳んでいなければならなかった。
だから、あなた方二人のお願いなら何でも聞いてあげるわ。
でも残念なことが一つだけあるの。
何だかわかるかな。」
マイケルとメリンダは二人顔を見合わせていたが、二人揃って首を振った。
「うーん、私が後20歳、いや15歳でもいいのだけれど、それだけ若かったら、きっとマイケルをベッドに引きずりこんでいたのにと思ってね。
それだけが残念なの。」
「え。
あの、僕を・・ですか。」
「そうよ。
マイケルは素敵な男性よ。
そうしてメリンダは素敵な女性。
マイケルは若い女性が放っては置かないだろうし、メリンダは逆に若い男性が放っては置かない。
二人とも気をつけなさい。」
笑っていたマイケルとメリンダの顔が突然険しくなった。
「レイチェルさん、気をつけて。
殺気がある。」
「え、殺気ってどういうこと?」
突然二人がレイチェルの視界から消えた。
次の瞬間、ダーンという一発の銃声が轟いた。
慌ててそちらを見ると、少し離れた通路にマイケルとメリンダが倒れている二人の男の背中に片膝をついて乗っていた。
マイケルが叫んだ。
「警察を呼んでください。」
たちまち店内は大騒ぎになった。
間もなく警察がやってきて、二人の男を運んで行った。
苦笑いしながらマイケルが戻って来て言った。
「レイチェルさん、今日の夕食会は難しいかも知れませんね。
明日の空いている時間はありますか?」
その後ろに警察官が立っている。
確かにこの状況では難しいかもしれない。
気づいて見れば席についているのはレイチェルただ一人で、あとの客は全員店内から逃げ去っていた。
レイチェルは止む無く席を立った。
そうして近くにいたウェイターに聞いた。
「この状況じゃ、食事は無理のようね、どうかしら?」
ウェイターは目を白黒させて返事ができないでいた。
知らぬは当人ばかりなりであるが、犯人はレイチェルを狙って銃を構えた瞬間、銃を持った手が突然跳ね上げられ、続いて頭を蹴られて昏倒していた。
もう一人は懐の銃を出す暇もなく、同じく頭を蹴られて昏倒したのである。
どちらもブレディ兄妹が一瞬のうちに倒したのである。
警察が目撃証言からレイチェル女史を狙ったものとして背後関係を調べたが、犯人は依頼主をしゃべらなかった。
警察の事情聴取もあって、マイケルとメリンダは予定を一日延ばさねばならなかった。
その夜、コーマで二人の死亡者が出た。
一人は服飾デザイナーとして有名なベオルート・カイノ、今一人はマフィアのボスとして知られるレジーノ・ボッサリオである。
どちらも鋭利なナイフで胸を一突きされて絶命していた。
ベオルートは以前からマフィアとの繋がりを噂されており、或いは何かの抗争に巻き込まれたのではないかとマスコミを賑わした。
マイケルとメリンダは、翌日午後にジャクソンとファラに会い、表装のイラストデザインと写真撮影について専属契約の確約を取り付け、その夕刻に、再度、レイチェルと食事をし、その翌日の早い便でニューベリントンに戻ったのである。
レイチェルの暗殺指令は、依頼人が死んだこと、さらにはマフィアのボスが何者かに殺されたことから自然消滅し、レイチェルに危害が及ぶ事はなくなっていた。
周囲にいるアシスタントも秘書も首を傾げていた。
今日の予定では特にレイチェルの喜びそうなスケジュールは入っていない筈なのだ。
コーマの摩天楼ビルの一角にレイチェルのアパレル・オフィスがある。
ここから毎年最新モードが発信され、世界中で賞賛を受けるのだった。
服飾デザイナーとして注目を浴び始めたのがレイチェル35歳の時である。
それから3年の間にトップに上り詰め、10年以上もその座に君臨し続けている。
追随してくる若手デザイナーもいないわけではないが、レイチェルは数段上のレベルにいたのである。
アシスタントと秘書が気づかなかったレイチェルの上機嫌は、マイケルとメリンダと言う息子と娘のような若者に会う約束があったからである。
レイチェルは束の間、思い出に浸っていた。
昨年末のレタリアンでのモードショーの最中、二人は天使のように現れ、レイチェルの生涯最大の危機を救ってくれたのである。
世界中の有名デザイナーが一同に介して、5年に一度開かれるレタリアン・フリューは、以降5年間の販売動向を占う指針ともなる大事なショーである。
レイチェルはオオトリに出番が決まっていた。
残すところ三人のデザイナーの出品が終われば、レイチェルの作品と言うところになって、目玉としていた男女二人のモデルが失踪しているのが発覚した。
しかも、この二人のモデルの出番が一番多いのである。
この二人のモデル用に裁断した生地で他のモデルは着られなかった。
イメージが異なりすぎるのである。
アシスタントを総動員して探したが見つからなかった。
レイチェル自身も会場を念のため探し回った。
レイチェルの出番の一つ前が始まり、もう駄目かと諦めかけた。
その時、レイチェルはステージのある会場入り口から入ってきたカップルたまたま目にした。
一瞬失踪したモデル二人ではないかと思ったが違っていた。
だが、カップルは背景の明かりに映えて神々しくさえ思えた。
体型が良く似ており背格好も同じぐらいのそのカップルに唯一の光明を見出し、二人に声をかけた。
慌てていたレイチェルは事情も説明せずに、つたないレタリアン語でどうかモデルになって欲しいと頼み込んだ。
二人の天使は驚きの表情を浮かべながらも頷いてくれた。
すぐにアシスタントを呼び集め、二人に試着させると、計ったようにぴったりと寸法が合っていた。
しかも、この二人は失踪したモデルを凌ぐ容姿と美貌を兼ね備えていた。
後は素人であるこの二人に歩き方さえ教えればと思って歩かせると、5年以上もモデルをやっているかのように優雅な歩き方を披露した。
モデルをやったことがあるのかと尋ねると、見よう見まねですと返事が帰ってきた。
レイチェルもさすがに驚き、神様も粋な計らいをしてくれるものだと感謝した。
すぐにレイチェルの作品の出番となり、この二人の天使は、レイチェルが予期した以上の成果を上げてくれた。
会場中の注目を一身に浴び、軽快な音楽のリズムに合わせて歩き、レイチェルが思い描いたポーズを要所要所で連発してくれた。
失踪したモデルがどうしてもできなかった爪先立っての華麗なターンも優雅にこなし、天使が二人揃って歩いたフィナーレでは、優雅な踊りもパーフェクトにこなしてくれたのである。
レイチェルが後で確認したところ、担当のアシスタントが一回簡単な説明をする時間しかなく細かい説明などしていないと返事があった。
二人がどうやってレイチェルの想いを実現できたのか今でもよくわからない部分があるが、二人のお陰でレイチェルはこのモードショーで最大の成果を得たのである。
二人の天使がいなければ決して今年のレイチェルはなかったであろう。
モードショーの翌日、失踪した二人のモデルは会場近くの森で射殺体となって発見された。
レイチェルの失脚を企んだ者の仕業と推測されたが、真犯人は未だに上がっていない。
ショーが終わって、二人の天使にキスをしまくっているときに、漸く、二人が同じカレック連邦からの旅人と知って驚いた。
レイチェルもアシスタントも一生懸命にレタリアン語で頼み、説明していたのだが、何のことは無い、カレック人であったのだ。
彼らが余りに流暢にレタリアン語を話していたので、当然にレタリアン人と思い込んでいたのだ。
二人は、あの忙しい喧騒の中では、レタリアン語で話しかけてくる相手に何人ですかとは聞けなかったという。
だが、ショーが終わって初めて周囲の人が話している言葉がカレック語と気づいたようだ。
無理もない話である。
いきなり外国人と思われる女性に声をかけられモデルになって欲しいと頼まれ、行った先ではいきなり衣服を脱がされ、衣装を着せられて歩けと言われ、その後は衣装をとっかえ、ひっかえして、短い説明だけでステージに出なければならない。
出番の多い二人は、説明に集中して聞いているだけで、ほとんど話などする余裕などなかったはずだ。
式典の後、二人が滞在していたホテルに行って、二人を無理にも連れ出し、レタリアン随一のレストランで食事をしながらステージの動きがどうしてわかったのか聞いたところ、アシスタントの説明を聴いた上で、アシスタントが持っていたモデルの移動要領を図で描いたペーパーを覗き、自分の判断で衣装に合わせて色々な演出をしたそうである。
二人の感性たるやレイチェルも感心した。
ほとんど時間がない中でそれほどの頭が回り、応用できるモデルは非常に少ない。
まして、二人はモデルの経験は一度もないのだ。
正しく天啓としか言うほかは無い。
レイチェルは、別れ際に自分の名前と住所を教え、いつでも来なさいと言ったのである。
その二人が、今日レイチェルを尋ねてくる。
既に電話で用件は聞いているし、了承も与えた。
だが、律儀にも、二人の天使は正式に会ってお願いをしたいと先日電話があった。
その心根が嬉しくてレイチェルは朝から機嫌がいいのだ。
レイチェルがあと15歳若ければ、有無を言わせずマイケルをベッドに引きずりこんでいるだろう。
それだけが残念でならないレイチェルであった。
レイチェルは予定通り車で、レストラン・ビージーズに着いた。
いつもは込み合っているサラモ通りもこの日はたまたま空いており、時間よりも早くついたのだが、天使二人を待たせるよりはいい。
車はそのまま駐車場で待機するように指示した。
店内に入って驚いたのは既に二人が待っていたことである。
「あら、時間を間違えたかしら?」
マイケルは挨拶をしながら笑って言った。
「いいえ、そうではありません。
多分レイチェルさんと一緒で普段のコーマの混み具合から少し早めに出たら、予想外に空いていて本当に早く着いてしまったんです。
でも、レイチェルさんより早く着いていて良かったですよ。
今日は、僕がホスト、メリンダがホステスで、レイチェルさんがゲストですから。
ホスト、ホステスがゲストよりも遅れて着いたのでは洒落にもなりません。」
「そんなことはないわよ。
私は二人の天使を待たせるよりは先についておこうと思ったのに。」
三人は店員の案内で予約席に向かった。
席に座って、マイケルがレイチェルの注文を聞き、ウェイターに頼んだ。
レイチェルが何気なく聞いていると、マイケルは料理に合わせて細かくワインの注文をしていた。
「マイケル、それにメリンダ、あなた達は本当に何者なのかしらね。
昨年末の即席モデルといい、年頭に出た所得番付といい、只者じゃないと言う感じがするわね。
今のワインの注文の仕方だって、随分と細かい指示をしていたでしょう。
ルーランドのグルメだって、それほどにはしないわよ。
あなた方の年でそんなことを知っているなんて信じられないわ。
私は、貴方方の歳にはまだお針子さんをやっていたわ。
少なくともこんな高級レストランでワインを細かく指示できるほどの知識もなかった。」
「たまたま幸運がついて回った俄か成金にしか過ぎません。
レイチェルさんにお会いした時も、マスコミが煩わしくて、海外に逃げていただけなんです。
たまたまレタリアン・フリューの看板を見かけて中に入ったら途端にレイチェルさんにレタリアン語で話しかけられ、何が何だかわからないうちにモデルをする羽目になっただけです。
ファッションショーはメリンダが好きなので何度かお付き合いで行きましたけれど、まさか自分がステージに立つとは思ってもいませんでした。
あ、それよりもこのたびは電話でのお願いにも関わらず事前のご了承を頂きまして本当にありがとうございます。
でも、本当に私達のボーカルグループの専属デザイナーになっていただいても宜しいのですか。
僕達は断られるのを覚悟でお願いをしたのですが。」
「何を言ってるの。
私が息の根を止められそうになったときに、あなたたち二人に助けられたのよ。
二人がいなければ今頃は店を畳んでいなければならなかった。
だから、あなた方二人のお願いなら何でも聞いてあげるわ。
でも残念なことが一つだけあるの。
何だかわかるかな。」
マイケルとメリンダは二人顔を見合わせていたが、二人揃って首を振った。
「うーん、私が後20歳、いや15歳でもいいのだけれど、それだけ若かったら、きっとマイケルをベッドに引きずりこんでいたのにと思ってね。
それだけが残念なの。」
「え。
あの、僕を・・ですか。」
「そうよ。
マイケルは素敵な男性よ。
そうしてメリンダは素敵な女性。
マイケルは若い女性が放っては置かないだろうし、メリンダは逆に若い男性が放っては置かない。
二人とも気をつけなさい。」
笑っていたマイケルとメリンダの顔が突然険しくなった。
「レイチェルさん、気をつけて。
殺気がある。」
「え、殺気ってどういうこと?」
突然二人がレイチェルの視界から消えた。
次の瞬間、ダーンという一発の銃声が轟いた。
慌ててそちらを見ると、少し離れた通路にマイケルとメリンダが倒れている二人の男の背中に片膝をついて乗っていた。
マイケルが叫んだ。
「警察を呼んでください。」
たちまち店内は大騒ぎになった。
間もなく警察がやってきて、二人の男を運んで行った。
苦笑いしながらマイケルが戻って来て言った。
「レイチェルさん、今日の夕食会は難しいかも知れませんね。
明日の空いている時間はありますか?」
その後ろに警察官が立っている。
確かにこの状況では難しいかもしれない。
気づいて見れば席についているのはレイチェルただ一人で、あとの客は全員店内から逃げ去っていた。
レイチェルは止む無く席を立った。
そうして近くにいたウェイターに聞いた。
「この状況じゃ、食事は無理のようね、どうかしら?」
ウェイターは目を白黒させて返事ができないでいた。
知らぬは当人ばかりなりであるが、犯人はレイチェルを狙って銃を構えた瞬間、銃を持った手が突然跳ね上げられ、続いて頭を蹴られて昏倒していた。
もう一人は懐の銃を出す暇もなく、同じく頭を蹴られて昏倒したのである。
どちらもブレディ兄妹が一瞬のうちに倒したのである。
警察が目撃証言からレイチェル女史を狙ったものとして背後関係を調べたが、犯人は依頼主をしゃべらなかった。
警察の事情聴取もあって、マイケルとメリンダは予定を一日延ばさねばならなかった。
その夜、コーマで二人の死亡者が出た。
一人は服飾デザイナーとして有名なベオルート・カイノ、今一人はマフィアのボスとして知られるレジーノ・ボッサリオである。
どちらも鋭利なナイフで胸を一突きされて絶命していた。
ベオルートは以前からマフィアとの繋がりを噂されており、或いは何かの抗争に巻き込まれたのではないかとマスコミを賑わした。
マイケルとメリンダは、翌日午後にジャクソンとファラに会い、表装のイラストデザインと写真撮影について専属契約の確約を取り付け、その夕刻に、再度、レイチェルと食事をし、その翌日の早い便でニューベリントンに戻ったのである。
レイチェルの暗殺指令は、依頼人が死んだこと、さらにはマフィアのボスが何者かに殺されたことから自然消滅し、レイチェルに危害が及ぶ事はなくなっていた。
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