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第一章 出逢い

1-1 素晴らしき四重唱

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 サラ・ウォーレンはハイスクールの三年生で17歳。
 兄ヘンリー19歳とともにMLSミュージックに所属し、デュエットシンガー「アローフェリス」としてデビューしたが、半年経ってもなかなかヒットが生まれずプロデュース・マネージャーもそろそろ見限っている雰囲気があるので、少々焦っている。

 二人の歌は、決して悪いわけではない。
 数年前から流行り出したバロットのビートに乗せた二人の歌は、ヒットチャート上位の同じ男女デュエットシンガー「マンデラーズ」などよりは余程上手だし、プロ好みのデュエットなのであるが、如何せん、売れないのである。
17歳にしては、サラの雰囲気が少し大人びた美人であり、ヘンリーが歳の割に幼く見え、サラとほぼ同じような顔立ちなので、髪型を変えて女物の衣装を着れば、双子の姉妹といってもいいほどである。

 アイドル界ではよくあることだが、美男美女の取り合わせが返って客離れの原因かもしれないとプロデューサーが呟いたこともある。
 10月に入って休日のイベントでMLSミュージック主催の音楽フェスティバルがあり、サラとヘンリーの「アローフェリス」も出演したが、集まった聴衆のお目当ては、ヒットチャート10位以内に入っている男子4人組の「ガイザー」や女性二人組みの「キャロッツ」であり、アローフェリスの二人が歌ってもほとんど反応らしきものが無かった。

 屈辱の思いで、ほかのタレントが聴衆にキャーキャーと騒がれているのを舞台の袖で見ているしかなかった。
 後半にファンとの集いがあり、そこで声がかかればもう一曲を歌うことになるが、単なる余興である。

 会場に集まった聴衆の中から抽選で当たった人が「アローフェリス」を指名すれば、その客と一緒に歌うことになるのである。
 歌は必ずしも持ち歌とは限らず、客の要望に応えることになる。

 場合によっては舞台で立ち往生するような事例もこれまでままあるが、それもご愛嬌である。
 その時点で声がかからなければ、今日の仕事は終わりである。

 会場に集まった聴衆は若い男女を中心に5千人ほどもいるが、その中から選ばれるのはわずかに3人若しくは3組だけであり、ほとんどの場合、売れている歌手が名指しされることになる。
 抽選が始まって、最初の1名は若い女性で、「ガイザー」を指名した。

 舞台に連れと思われる三人のハイスクールの制服を着た女の子が上がって、わいわい騒ぎながら「ガイザー」と一緒にヒットソングの一曲を歌った。
 二人目は何故か中年のおじさんが当たってしまい、「キャロッツ」に古いバキールリズムの歌をリクエストした。

 「キャロッツ」は18歳の娘二人のデュエットである。
 30年以上も前の曲など知る由も無く、バンドも演奏が出来ずに困っていた。

 結局はドラムとベース・ラッターの伴奏だけでおじさんが一人歌い、「キャロッツ」は手拍子で応援する形となった。
 三人目は若い男性が当たった。

 隣に座っていた若い女性と一緒に通路を歩いて舞台に向かって来る。
 サラはその男性の顔を見た途端、胸がときめいた。

 とてもハンサムなのである。
 だが、一方で一緒に歩いてくる女性の顔を見て、ある意味でがっかりした。

 この女性も凄い美人なのである。
 おそらくは友達か恋人同士、サラのはかない想いは文字通り敢え無く消えそうである。

 舞台に上がると司会者が、名前を聞いた。
 男性はマイケル・ブレディと名乗り、女性のほうは妹のメリンダだという。

 サラは、未だ淡い一目惚れが成就する可能性が残っていることを知った。

「はい、それでは、ご一緒に歌いたい歌手はどなたでしょうか。
 曲名と一緒に言ってください。」

 司会者がそう言うと、男性が答えた。

「では、アローフェリスのお二人で、『恋の予感』をお願いします。」

 サラとヘンリーは、目を見張り、そうして一瞬互いに目を合わせた。
 まさか自分たちが呼ばれるとは思ってもいなかったのだ。

 しかも、『恋の予感』は、持ち歌ではないが、デビューのきっかけとなったオーディションで歌った思い出深い歌である。
 二人で何度もハーモニーを練習したバロット・ビートの走りの曲である。

「はーい、それではアローフェリスのお二人、どうぞ出て来てください。
 歌は『恋の予感』。
 アローフェリスの持ち歌では無いのですが、果たしてうまく歌えるでしょうかぁ。」

 司会者の呼び声で、二人は舞台の袖から早足で舞台中央に出て行った。
 二人の客に感謝しながら握手を求めた。

 握手を交わしながら、マイケルという男が小声でささやいた。

「サラにヘンリー、この歌を君たちが歌えることは知っている。
 でも僕らも歌うから惑わされずに、音程を外さずにしっかり歌ってね。」

 とてもプロに向かってど素人が言う言葉ではない。
 多少腹も立ったが、今日ばかりはお客を立ててやるのがこのイベントの趣旨でもある。

 むかっとはしたもののサラは、ぐっと我慢した。
 4本のマイクが四人に手渡され、バンドの伴奏が始まった。

 この曲は最初の出だしのハーモニーが大切だ。
 サラとヘンリーは、二人のど素人はどうあれ、自分たちの歌を歌うつもりで、顔を見合わせ、出だしを計った。

 そうして二人が二つの和音を奏でるつもりで声を出した途端、マイケルとメリンダも同時に声を出していた。
 その瞬間にサラもヘンリーもこの兄妹が並々ならぬ実力を持っていることを知った。

 二人の音程は寸分たがわずウォーレン兄妹と同じ音程であったし、驚くほどのハーモニーを奏でた。
 それが次の瞬間には4つに分かれてまったく別のきれいなハーモニーを奏でている。

 マイケルが「惑わされないで」と言った言葉の意味がようやくわかった。
 少なくとも原曲にある音階ではない。

 だが、ウォーレン兄妹の歌声を決して邪魔するものではなく、バンド演奏の足りない音階がそれで補われているのである。
 元歌がどんな感じの曲であったかがわからないほど、違った印象がサラの感覚を揺さぶり、大きな感銘が沸き起こった。

 サラとヘンリーは、戸惑いながらも自分の持てる力を最大限に発揮して歌っていた。
 最後にサラとメリンダの声がハーモニーを奏でながら静かに消え入ったとき、5千人収容の大ホールは奇妙なまでに静まり返っていた。

 次の瞬間、割れんばかりの歓声と拍手の嵐が巻き起こった。
 それまでの「ガイザー」や「キャロッツ」のステージに送られた声援よりもはるかに大きなものであった。

 そうしてすぐその後で、ホールの片隅で「アンコール」、「アンコール」が沸き起こり、その声が次第に会場全体を埋め尽くしていった。
 司会者は会場の雰囲気に敏感であった。

「はい、はい、はーいっ。
 こーれは、これは、驚きましたねぇ。
 実に見事な歌でした。
 皆さんのアンコールを無視するほど私も馬鹿ではありません。
 急遽編成されたグループだけど、どっかの上手な歌手でも絶対にこれほどの反響は得られなぁい。
 さぁて、四人の彼女彼氏、もう一曲だけお願いっ。
 お客さんの期待を無視しちゃいけませんよぉっ。」

 ステージの中央で四人が顔を見合わせた。
 ウォーレン兄妹が全く予期しなかった嬉しいハプニングであり、このチャンスを逃してはならないと思ったサラが口走った。

「マイケル、それにメリンダ。
 呼び捨てにしてごめん。
 でも、貴方たち、とってもイカしてる。
 私たちからもお願い、何を歌う?」

 マイケルとメリンダが、苦笑した。

「いいよ、君たちのデビュー曲のうち、B面の歌でどうだい。
 少なくともA面の歌よりは、君たちの声に合っているはずだ。」

 デビュー曲は『甘い罠』であり、B面は『トワイライト・パープル』という静かな曲である。
 無論バロット・ビートではない。

 二人のハーモニーを強調した作品であり、二人も好きな歌のひとつであるが、プロデュース・マネージャーのお気には召さなかったようで、ほとんど宣伝には乗らなかった曲でもある。
 サラがバンドに向かって聞いた。

「『トワイライト・パープル』って曲、知っている?」

 バンドマンが一斉に顔を横に振った。
 それを見て、マイケルが言った。

「じゃぁ、すみませんが・・・。
 メインとベースのラッターだけ僕たちに貸してくれませんか。」

 バンドマンが、不承不承ながらもラッター二つを貸してくれた。
 サラがベースを、マイケルがメインを受け持つようだ。

 マイケルとメリンダはマイクをスタンドにさしている。
 準備ができると、やおら、マイケルがバンドに振り返って言った。

「ドラマーさん、悪いけれど、カーナレットのビートでゆっくりドラムを叩いてくれませんか。
 後は雰囲気に任せてお願いします。」

 ドラマーは苦笑しながらも頷いた。

「じゃあ、いくぜ。」

 ドラマーが背後から声をかける。
 ドラマーのスティックの音が三つ鳴って、ドラムがスローテンポを叩き始め、二つのラッターが音を奏ではじめた。

 きれいなラッターの音が響きわたった。
 驚いたことにピックではなく、二人は爪で弾き、正確な音を出している。

 マイケルの目の合図で、サラが歌い始め、その後をヘンリーが続く。
 すぐにメリンダがサラに合わせてハーモニーを形作る。

 その後をさらにマイケルの歌声が響く。
 ブレディ兄妹二人はかなり高度な楽器演奏を行っているにもかかわらず、透き通ったきれいな歌声を出しており、正確なハーモニーを形作っている。

 ウォーレン兄妹の声だけでは何となくものたりないものを感じていた曲が、ブレディ兄妹が加わっただけで全く別なものに姿を変えた。
 ドラマーが乗ってきて、適宜、シンバルや合いの手を変えている。

 ラッターの音は大きすぎず、小さすぎず、四人の歌声を最後まで引き立てていた。
 今度の曲の最後は、伴奏なしで、四人がハーモニーを奏でたままで、びたっと止めた。

 四人の息はこれ以上望めないほどにぴたりと合っていた。
 歌い終わって四人が互いに笑顔を見せた。

 サラは、そのマイケルの笑顔に本当に惚れ込んでしまっていた。
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