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第四章 日米戦争
4-12 長距離爆撃機構想
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吉崎には明確なプランがある。
それは本土空襲を防ぎ、米国のマンハッタン計画を潰すという目標だ。
無論、現状の戦力では帝国本土空襲を守り抜くこと可能であっても、米本土の空襲は難しいと思われる。
高性能爆薬を使ったメガネ爆弾もあるので、高々度からの爆撃による破壊もできるが、生憎と米国の内陸部までの距離をこなすことのできる航空機が現状では手元に無いのである。
無人の爆撃機やミサイルによる攻撃は、将来的にはあり得るのだが、いずれも誤爆した場合の問題が残る。
戦争自体、全ての民間人を傷つけないようにすることは不可能なのだが、それでも率先して無辜の民を傷つけることには抵抗があるのだ。
マンハッタン計画に携わる人々の多くは全体像が見えないまま、言われた通りの作業をしているだけなのだが、それらの人全てが残っていれば、施設は破壊してもいずれ原爆製造ができてしまう。
それでは拙いので、非情なようではあるが、共産主義に共鳴している親ソ派のスパイ諸共原爆開発に関与している全員を、吉崎は抹殺するつもりである。
前世の被爆地である広島に生まれた私としては、原爆を生み出させないために色々足掻くしかないのだ。
ウェーク島を占領したことで、「B―52」或いは「Tu―95」程度の航続距離があれば、ホノルルとミッドウェイを爆撃しても余裕でウェークまでは戻れるはずだ。
ウェーク島からなら、少なくともカリフォルニア州の西岸地帯は何とか爆撃できることにもなるだろう。
但し、ロスアラモスやその他のマンハッタン計画関連施設には届かない可能性が高い。
仮に、空中給油機を使った場合でも、東海岸に近いオークリッジまでは1万キロを超えるから、気象条件によってはぎりぎりになる可能性がある。
それと米軍の防空体制の問題もある。
今後の戦闘結果如何にはなるものの、恐らくは超高空からのピンポイント爆撃に対抗する手段を米国の技術者は短期間で生み出すはずだ。
最も可能性が高いのはジェット機なんだが、いくら米国の技術力が高いとは言っても1944年(昭和19年)には間に合わない可能性が高い。
近接信管が実用化されたのは1943年1月頃で、大々的に使用されたのはマリアナ沖海戦の際だな。
依田の記憶では1944年6月の話だ。
VT信管の話はさておき、レシプロ高性能機やミサイルが産みだされた場合は、「B―52」や「Tu―95」タイプでも亜音速機なので撃墜される可能性は高くなる。
ハワイの太平洋艦隊が出撃して来た場合、海軍はおそらく新型攻撃機による超高々度爆撃によって殲滅を図ることになるだろう。
わざわざ敵の迎撃機や対空砲火が待ち構えている低空に侵入することなく、米国の10インチ高射砲では当たらない高々度から500キロ追尾爆弾(1.5トンの爆弾相当)を落とせば、一撃で戦艦でも空母でも撃沈できるからだ。
ウチで造った爆弾は、命中精度が高いから取り扱いさえ間違いなければ、狙いを外すことはあり得ない。
その意味では、米国の太平洋艦隊は出撃してきた時点で、壊滅させられることになるだろう。
それで米国政府や米軍が日本との戦争を止めるかどうかは不明だ。
何しろ、東海岸では航空母艦の建艦ラッシュがもう始まっているはずだ。
日本に対して宣戦布告を為してから太平洋に増強配備された7隻の空母(レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、ホーネット、ボーグ、カード、コパヒー)が全滅しても、建造中のエセックス級やインディペンデンス級が目白押しなので、ルーズベルトならば強気の姿勢を崩さないかもしれない。
緒戦で負けていてもいずれはひっくり返せるという自信がある限り、講和の話は流れるだろう。
尤も、原爆完成までの中継ぎで一時的な休戦に応じる可能性はある。
むしろそっちの方が厄介だがな。
原爆が出来上がってからだと、ソ連のスパイによって情報がソ連等にも漏れる可能性があるし、英国や仏国も同じ情報を共有する可能性が非常に高い。
すると戦後の核兵器でにらみ合う冷戦構造が始まることになる。
日本は仁階博士や湯川博士辺りがほそぼそと理論研究を続けてはいるが、原子炉もウラン燃料もできない状態では研究が進むはずもない。
私(吉崎)が動かない限りは、日本が核兵器を持つことは当分無いだろう。
取り敢えず、米国で開発途中に関連施設と技術者を失うことになれば、暫くの空白は生じるだろうと考えている。
そのまま米国が諦めてくれれば一番良いのだが、既に知識としてあるものは消えることは無いように思う。
先駆者が倒れても、後に続く者が居る限り、核兵器は生まれるのだろうと思う。
だが、日本には絶対に落とさせない。
その為に超長距離爆撃機を製造し、関連施設を完膚なきまでに叩き潰すのが私の役割だ。
超長距離爆撃機については、出来ればB2爆撃機のような全翼機でステルス性を高め、なおかつ音速超えの速度が望ましい。
セラカーボンを多用して軽量化を図れば、航続距離を増やし、速度を向上させることができるやもしれない。
少なくとも巡航速力で千キロ越えとし、最大速度はマッハ1.6辺りにしたいものだな。
航続距離は最低でも1万5千キロ、可能であれば1万8千キロ超にしたい。
1万8千キロの航続距離があれば、東海岸のニューヨークやボストンも空中給油機を使えば十分に射程圏内に入ることになる。
都市の爆撃は、最後の手段ではあるんだが、少なくとも脅しには使えるだろう。
◇◇◇◇
私は仲嶋築平、元海軍工廠の飛行機開発員だったが、一念発起して航空機の製造会社を造り上げた男だ。
仲嶋飛行機株式会社に優秀な技術者を集め、優秀な機体を作るために日夜努力をしているところではあるが、とんでもないダークホースが現れた。
千葉の田舎にできた吉崎航空機製作所だ。
まぁ、うちも今でこそ東京府豊多摩郡井荻町に工場を構えているが、そもそもは群馬県の片田舎の研究所から出発した会社だから、吉崎某を田舎者とそしるわけにも行かんよな。
ウチでは秘かに2500馬力のエンジンの製造を企画しておって、ゆくゆくは長距離爆撃機を製造しようと思っていたんだが、米国では1934年5月に超長距離大型爆撃機開発計画「プロジェクトA」を発足させており、これは1トンの爆弾を積んで8,000km以上を飛ぶことができる爆撃機の計画なんだが、儂は帝国でも超長距離爆撃機を持たねば米国には勝てぬと思うようになった。
しかしながら、2500馬力の大型星形エンジンの開発は目下暗礁に乗り上げておる。
エンジン馬力が大きくなればなるほどエンジンの冷却効率が問題になるのだ。
空冷エンジンは、構造は簡単ながら、馬力が大きくなるほどエンジン冷却が難しくなるのが欠点だ。
その点、液冷エンジンは構造が複雑にはなるんだが、冷却効率が上がるので冷却方式としては望ましい。
但し、構造が複雑なのと、整備が難しくすぐに故障となりやすいのが欠点だ。
ウチでもドイツのダイムラー・ベンツ社製DB 601エンジンのライセンス生産を行っているんだが、どうしても本家本元のエンジンの劣化版しか作れんのじゃ。
おまけに整備が難しいので製造時の性能を維持するのがかなり難しいと来ている。
一応、千馬力の液冷エンジンを搭載した試作機も昭和16年末には試験飛行に漕ぎつけてはいるんじゃが、本来の性能が発揮できていないように思う。
もう一つ、我が国が製造する燃料と潤滑油の性能が宜しくない。
航空機というものは、夏の暑い盛りには気温40度に近い環境でも動かねばならんし、その夏場に高々度にあがると一気に氷点下の気温に下がることになる。
特に潤滑油については、そうした環境の変化に対応できる良質の油ができていないとならないが、それができていないところに大きな問題がある。
無い物ねだりをしても始まらんのじゃが、そういう不利な条件であってもできるだけ高性能の機体を作るのがウチの使命じゃと思っとる。
ところが吉崎では過給機タービンを採用した2400馬力の小型エンジンを生み出したんじゃ。
ウチが海軍に収めている寿42型に比べると全長がやや長く、直径がやや小さい。
排気量が多い所為か重量は重いんだが、全体で3割増しの大きさしか無い筈なのに、馬力は4倍じゃぁ。
まさか、単発戦闘機に搭載できるエンジンが2400馬力を出せるとは思わなんだぞ。
これならもしかすると儂が思い描いよった、長距離爆撃機が作れるかもしれんと思った。
単純に言って5千馬力以上のエンジン四基が作れれば、航続距離1万キロを超える航空機ができるかもしれんのだ。
儂は早速に吉崎航空機製作所の代表取締役である吉崎博司氏に面会を求めた。
彼は経営者だろうから必ずしも航空機の技術に詳しいとは限らないのだが、彼が知らなければ知っている技術者を紹介してもらえればええ。
儂としては超重爆の可能性を追い求めたいので、5千馬力を超えるエンジンの開発が可能かどうか、また、1万キロを超える長距離を飛べる大型航空機の製造が可能かどうか、それを確かめたかったのじゃ。
会ってみて驚いたことに、彼は経営者ではあるものの一流の技術者でもあった。
今後の航空機の発展について、色々と彼から教わった。
端的に言えばわしの疑問は解消されたと思う。
1万五千馬力のエンジン(7500馬力のエンジンが直列になったもの)が4基ならば、最大15トンの爆弾を搭載し、1万5千キロほどを飛ぶことのできる爆撃機はできるそうだ。
但し、エンジンは普通のエンジンでは無理だそうでターボプロップエンジンという特殊な代物になるそうだ。
おまけに二重反転プロペラで、時速900キロを超える速度で飛ぶこともできるらしい。
機体の全長50m弱、全幅50m強、高さは12m超の化け物のような機体になるだろうという。
更にドイツで研究中のジェットエンジンを採用した場合、大きさはあまり変わらないが、速度は時速千キロを超えることもできるそうだ。
爆弾搭載量や航続距離はあまり変わらないだろうという。
仮に、吉崎航空で造るとすればどのぐらいの開発期間で出来るかと聞いたら、あっさりと1年くらいだろうと答えおった。
費用はと聞くと、一機当たり200万ぐらいにはなるだろうと言っていた。
海軍で造ったという新型戦艦が1億5千万円を超えているらしいと海軍工廠の友人から内々に聞いておるから、戦艦一隻を作る費用があれば、70機以上の超重爆が作れるかもしれんのじゃ。
主砲がいくらでかくても砲弾の届く距離は精々50キロ程度じゃろう。
少なくとも7000キロも先に10トンを超える爆弾を落とすことができるなら戦艦以上の戦果が期待できるはずじゃ。
しかも、しかもじゃ、吉崎氏の言うことには、空中給油をすれば距離が延びるというのじゃ。
この空中給油という発想は儂には無かったから、正しく目に鱗の話じゃった。
地球儀を見ながら概略の距離を測ったら、千島列島の北端にある幌筵島からなら、アラスカのアンカレッジまで3500キロ、シアトルまでなら5600キロ、サンディエゴまでなら7400キロじゃ。
途中給油無しでサンディエゴまで爆撃するのは難しかろうが、空中給油ができるならば悠々と幌筵まで戻れるじゃろう。
ついでに、シカゴまでなら8000キロ、ニューヨークでも8800キロじゃ。
空中給油が可能ならば間違いなく米国東海岸までが爆撃範囲に入ることになる。
幌筵よりも更に西にあるアリューシャン列島のアダック島辺りなら片道8千キロでニューヨークに到達できるじゃろう。
儂は、それを確認して、初めて、海軍や陸軍のお偉方に超重爆の話を勧めようと思った。
人のふんどしで相撲を取ることになるかもしれんが、吉崎社長なら後を任せられると思うたわい。
1942年4月のことじゃった。
これ以後、仲嶋飛行機は吉崎航空機製作所との連携を深め、エンジン、防弾設備、航空機の搭載兵器から航海計器まで可能な範囲で融通をしてもらって新型航空機の開発に務めたのである。
それは本土空襲を防ぎ、米国のマンハッタン計画を潰すという目標だ。
無論、現状の戦力では帝国本土空襲を守り抜くこと可能であっても、米本土の空襲は難しいと思われる。
高性能爆薬を使ったメガネ爆弾もあるので、高々度からの爆撃による破壊もできるが、生憎と米国の内陸部までの距離をこなすことのできる航空機が現状では手元に無いのである。
無人の爆撃機やミサイルによる攻撃は、将来的にはあり得るのだが、いずれも誤爆した場合の問題が残る。
戦争自体、全ての民間人を傷つけないようにすることは不可能なのだが、それでも率先して無辜の民を傷つけることには抵抗があるのだ。
マンハッタン計画に携わる人々の多くは全体像が見えないまま、言われた通りの作業をしているだけなのだが、それらの人全てが残っていれば、施設は破壊してもいずれ原爆製造ができてしまう。
それでは拙いので、非情なようではあるが、共産主義に共鳴している親ソ派のスパイ諸共原爆開発に関与している全員を、吉崎は抹殺するつもりである。
前世の被爆地である広島に生まれた私としては、原爆を生み出させないために色々足掻くしかないのだ。
ウェーク島を占領したことで、「B―52」或いは「Tu―95」程度の航続距離があれば、ホノルルとミッドウェイを爆撃しても余裕でウェークまでは戻れるはずだ。
ウェーク島からなら、少なくともカリフォルニア州の西岸地帯は何とか爆撃できることにもなるだろう。
但し、ロスアラモスやその他のマンハッタン計画関連施設には届かない可能性が高い。
仮に、空中給油機を使った場合でも、東海岸に近いオークリッジまでは1万キロを超えるから、気象条件によってはぎりぎりになる可能性がある。
それと米軍の防空体制の問題もある。
今後の戦闘結果如何にはなるものの、恐らくは超高空からのピンポイント爆撃に対抗する手段を米国の技術者は短期間で生み出すはずだ。
最も可能性が高いのはジェット機なんだが、いくら米国の技術力が高いとは言っても1944年(昭和19年)には間に合わない可能性が高い。
近接信管が実用化されたのは1943年1月頃で、大々的に使用されたのはマリアナ沖海戦の際だな。
依田の記憶では1944年6月の話だ。
VT信管の話はさておき、レシプロ高性能機やミサイルが産みだされた場合は、「B―52」や「Tu―95」タイプでも亜音速機なので撃墜される可能性は高くなる。
ハワイの太平洋艦隊が出撃して来た場合、海軍はおそらく新型攻撃機による超高々度爆撃によって殲滅を図ることになるだろう。
わざわざ敵の迎撃機や対空砲火が待ち構えている低空に侵入することなく、米国の10インチ高射砲では当たらない高々度から500キロ追尾爆弾(1.5トンの爆弾相当)を落とせば、一撃で戦艦でも空母でも撃沈できるからだ。
ウチで造った爆弾は、命中精度が高いから取り扱いさえ間違いなければ、狙いを外すことはあり得ない。
その意味では、米国の太平洋艦隊は出撃してきた時点で、壊滅させられることになるだろう。
それで米国政府や米軍が日本との戦争を止めるかどうかは不明だ。
何しろ、東海岸では航空母艦の建艦ラッシュがもう始まっているはずだ。
日本に対して宣戦布告を為してから太平洋に増強配備された7隻の空母(レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、ホーネット、ボーグ、カード、コパヒー)が全滅しても、建造中のエセックス級やインディペンデンス級が目白押しなので、ルーズベルトならば強気の姿勢を崩さないかもしれない。
緒戦で負けていてもいずれはひっくり返せるという自信がある限り、講和の話は流れるだろう。
尤も、原爆完成までの中継ぎで一時的な休戦に応じる可能性はある。
むしろそっちの方が厄介だがな。
原爆が出来上がってからだと、ソ連のスパイによって情報がソ連等にも漏れる可能性があるし、英国や仏国も同じ情報を共有する可能性が非常に高い。
すると戦後の核兵器でにらみ合う冷戦構造が始まることになる。
日本は仁階博士や湯川博士辺りがほそぼそと理論研究を続けてはいるが、原子炉もウラン燃料もできない状態では研究が進むはずもない。
私(吉崎)が動かない限りは、日本が核兵器を持つことは当分無いだろう。
取り敢えず、米国で開発途中に関連施設と技術者を失うことになれば、暫くの空白は生じるだろうと考えている。
そのまま米国が諦めてくれれば一番良いのだが、既に知識としてあるものは消えることは無いように思う。
先駆者が倒れても、後に続く者が居る限り、核兵器は生まれるのだろうと思う。
だが、日本には絶対に落とさせない。
その為に超長距離爆撃機を製造し、関連施設を完膚なきまでに叩き潰すのが私の役割だ。
超長距離爆撃機については、出来ればB2爆撃機のような全翼機でステルス性を高め、なおかつ音速超えの速度が望ましい。
セラカーボンを多用して軽量化を図れば、航続距離を増やし、速度を向上させることができるやもしれない。
少なくとも巡航速力で千キロ越えとし、最大速度はマッハ1.6辺りにしたいものだな。
航続距離は最低でも1万5千キロ、可能であれば1万8千キロ超にしたい。
1万8千キロの航続距離があれば、東海岸のニューヨークやボストンも空中給油機を使えば十分に射程圏内に入ることになる。
都市の爆撃は、最後の手段ではあるんだが、少なくとも脅しには使えるだろう。
◇◇◇◇
私は仲嶋築平、元海軍工廠の飛行機開発員だったが、一念発起して航空機の製造会社を造り上げた男だ。
仲嶋飛行機株式会社に優秀な技術者を集め、優秀な機体を作るために日夜努力をしているところではあるが、とんでもないダークホースが現れた。
千葉の田舎にできた吉崎航空機製作所だ。
まぁ、うちも今でこそ東京府豊多摩郡井荻町に工場を構えているが、そもそもは群馬県の片田舎の研究所から出発した会社だから、吉崎某を田舎者とそしるわけにも行かんよな。
ウチでは秘かに2500馬力のエンジンの製造を企画しておって、ゆくゆくは長距離爆撃機を製造しようと思っていたんだが、米国では1934年5月に超長距離大型爆撃機開発計画「プロジェクトA」を発足させており、これは1トンの爆弾を積んで8,000km以上を飛ぶことができる爆撃機の計画なんだが、儂は帝国でも超長距離爆撃機を持たねば米国には勝てぬと思うようになった。
しかしながら、2500馬力の大型星形エンジンの開発は目下暗礁に乗り上げておる。
エンジン馬力が大きくなればなるほどエンジンの冷却効率が問題になるのだ。
空冷エンジンは、構造は簡単ながら、馬力が大きくなるほどエンジン冷却が難しくなるのが欠点だ。
その点、液冷エンジンは構造が複雑にはなるんだが、冷却効率が上がるので冷却方式としては望ましい。
但し、構造が複雑なのと、整備が難しくすぐに故障となりやすいのが欠点だ。
ウチでもドイツのダイムラー・ベンツ社製DB 601エンジンのライセンス生産を行っているんだが、どうしても本家本元のエンジンの劣化版しか作れんのじゃ。
おまけに整備が難しいので製造時の性能を維持するのがかなり難しいと来ている。
一応、千馬力の液冷エンジンを搭載した試作機も昭和16年末には試験飛行に漕ぎつけてはいるんじゃが、本来の性能が発揮できていないように思う。
もう一つ、我が国が製造する燃料と潤滑油の性能が宜しくない。
航空機というものは、夏の暑い盛りには気温40度に近い環境でも動かねばならんし、その夏場に高々度にあがると一気に氷点下の気温に下がることになる。
特に潤滑油については、そうした環境の変化に対応できる良質の油ができていないとならないが、それができていないところに大きな問題がある。
無い物ねだりをしても始まらんのじゃが、そういう不利な条件であってもできるだけ高性能の機体を作るのがウチの使命じゃと思っとる。
ところが吉崎では過給機タービンを採用した2400馬力の小型エンジンを生み出したんじゃ。
ウチが海軍に収めている寿42型に比べると全長がやや長く、直径がやや小さい。
排気量が多い所為か重量は重いんだが、全体で3割増しの大きさしか無い筈なのに、馬力は4倍じゃぁ。
まさか、単発戦闘機に搭載できるエンジンが2400馬力を出せるとは思わなんだぞ。
これならもしかすると儂が思い描いよった、長距離爆撃機が作れるかもしれんと思った。
単純に言って5千馬力以上のエンジン四基が作れれば、航続距離1万キロを超える航空機ができるかもしれんのだ。
儂は早速に吉崎航空機製作所の代表取締役である吉崎博司氏に面会を求めた。
彼は経営者だろうから必ずしも航空機の技術に詳しいとは限らないのだが、彼が知らなければ知っている技術者を紹介してもらえればええ。
儂としては超重爆の可能性を追い求めたいので、5千馬力を超えるエンジンの開発が可能かどうか、また、1万キロを超える長距離を飛べる大型航空機の製造が可能かどうか、それを確かめたかったのじゃ。
会ってみて驚いたことに、彼は経営者ではあるものの一流の技術者でもあった。
今後の航空機の発展について、色々と彼から教わった。
端的に言えばわしの疑問は解消されたと思う。
1万五千馬力のエンジン(7500馬力のエンジンが直列になったもの)が4基ならば、最大15トンの爆弾を搭載し、1万5千キロほどを飛ぶことのできる爆撃機はできるそうだ。
但し、エンジンは普通のエンジンでは無理だそうでターボプロップエンジンという特殊な代物になるそうだ。
おまけに二重反転プロペラで、時速900キロを超える速度で飛ぶこともできるらしい。
機体の全長50m弱、全幅50m強、高さは12m超の化け物のような機体になるだろうという。
更にドイツで研究中のジェットエンジンを採用した場合、大きさはあまり変わらないが、速度は時速千キロを超えることもできるそうだ。
爆弾搭載量や航続距離はあまり変わらないだろうという。
仮に、吉崎航空で造るとすればどのぐらいの開発期間で出来るかと聞いたら、あっさりと1年くらいだろうと答えおった。
費用はと聞くと、一機当たり200万ぐらいにはなるだろうと言っていた。
海軍で造ったという新型戦艦が1億5千万円を超えているらしいと海軍工廠の友人から内々に聞いておるから、戦艦一隻を作る費用があれば、70機以上の超重爆が作れるかもしれんのじゃ。
主砲がいくらでかくても砲弾の届く距離は精々50キロ程度じゃろう。
少なくとも7000キロも先に10トンを超える爆弾を落とすことができるなら戦艦以上の戦果が期待できるはずじゃ。
しかも、しかもじゃ、吉崎氏の言うことには、空中給油をすれば距離が延びるというのじゃ。
この空中給油という発想は儂には無かったから、正しく目に鱗の話じゃった。
地球儀を見ながら概略の距離を測ったら、千島列島の北端にある幌筵島からなら、アラスカのアンカレッジまで3500キロ、シアトルまでなら5600キロ、サンディエゴまでなら7400キロじゃ。
途中給油無しでサンディエゴまで爆撃するのは難しかろうが、空中給油ができるならば悠々と幌筵まで戻れるじゃろう。
ついでに、シカゴまでなら8000キロ、ニューヨークでも8800キロじゃ。
空中給油が可能ならば間違いなく米国東海岸までが爆撃範囲に入ることになる。
幌筵よりも更に西にあるアリューシャン列島のアダック島辺りなら片道8千キロでニューヨークに到達できるじゃろう。
儂は、それを確認して、初めて、海軍や陸軍のお偉方に超重爆の話を勧めようと思った。
人のふんどしで相撲を取ることになるかもしれんが、吉崎社長なら後を任せられると思うたわい。
1942年4月のことじゃった。
これ以後、仲嶋飛行機は吉崎航空機製作所との連携を深め、エンジン、防弾設備、航空機の搭載兵器から航海計器まで可能な範囲で融通をしてもらって新型航空機の開発に務めたのである。
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