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第八章 対独参戦
8-7 スターリンの行く末 ~ エピローグ
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三日後、モスクワでモロトフが記者会見を開いた。
「英国で協議中の戦後処理会議で日本側代表団から指摘のあった案件について、ソ連政府の見解を申し上げる。
調査した結果、第一に、ポーランドでの捕虜虐殺行為は確かに存在したようだ。
現地司令官の独断専行によるものであり、同時に司令部担当者の誤謬もあって、あってはならないことが起きたようである。
独断で銃殺刑に処せられたポーランド兵士は数万人に及ぶと見込まれるが、この件に関わった関係者の大多数がドイツ軍との戦闘で戦死しており、正確な数は掴めていない。
ソ連政府はただちにそれら責任者を捕縛し、尋問の上、当人が罪を認めたので昨日ソ連陸軍法典に基づき銃殺刑に処した。
銃殺刑に処せられた当該責任者は第20軍司令官クレーゴール・プーシキンほか36人に及ぶ。
戦の中で発生する狂気が第20軍を支配していたものと思われるが、今後、同様な事件が起きぬよう訓令を発し、軍には末端に至るまで周知させたところである。
第二に、シベリア抑留中の政治犯についてであるが、いずれも裁判開始時期を待つ間の勾留であった者であるが、担当者の怠慢で放置されていたものであり、罪状軽微な訴追者で二年以上の長期抑留を強いられていた者12019名は、恩赦により直ちに釈放されることになった。
重罪を犯したとして訴追された者5302名については、速やかに特別法廷を開設してその真偽を判定することになり、有罪と判定されればシベリア抑留期間を考慮の上妥当な刑に処することになった。
特別法廷の審議は今後二カ月以内に終了させることとしている。
全ては我が国特有の広大な領域に跨る通信設備の不備及び誤謬からその処理が遅れていたものであり、同志スターリンは今後このような事件が発生しないよう10か年計画ですべての行政組織の見直しとソ連領域全てに対する通信網の拡大整備を図ることを決意されている。
また、ドイツ軍捕虜については、戦後処理が終了していないことから直ちに釈放することはできないが、英国で開催中の戦後処理会議が終了次第、その結果如何に関わらず、全員を釈放する予定である。
ポーランド及び政治犯長期抑留の一件は、いずれもソ連中枢部に正確な情報が伝わっていなかったものであり、ソ連政府としては誠に遺憾と考えている。」
ソ連政府はこの記者会見で幕を引き、国際社会の非難をかわそうとしたのである。
だが復興を開始したばかりのポーランドが国際司法裁判所にソ連を提訴した。
国際法に反して不当に処刑したポーランド捕虜の損害賠償を求めたのである。
ソ連政府はその提訴を無視した。
国際司法裁判所は、訴訟関係者の同意がなければ開廷できない仕組みになっており、ソ連政府がこの提訴に応じない限り、俎上に乗らないものだったからである。
だが、国際世論は激しくソ連を批判した。
犯罪行為を行ったソ連軍の責任者のみを罰しただけで逃れようとしたソ連政府及びその最高責任者であるスターリンを弾劾したのである。
さらには釈放された政治犯のうちかなりの者が他国へ亡命し、そこでソ連批判を始めたのである。
スターリンはモロトフともども善後策を検討したが静観しか方法が無かったのである。
ソ連は一切の反論もせずに実質的な鎖国状態に陥ったのである。
自由主義陣営からソ連に対して手を差し伸べる国は無かった。
日本からはドイツの侵攻に際して未曾有の被害を受けた国々に救済の手が差し伸べられ始めていたが、ソ連に対しては何らの連絡も無かった。
それゆえにソ連は全ての国々との交渉を一切絶って鎖国状態になったのである。
ドイツの無条件降伏から3ヵ月後、11月10日を期して日本軍は欧州から全ての軍事力を引き上げさせた。
但し、その間にソ連と国境を接する欧州各国と東欧各国とは秘密協定を取り付けていた。
対ソ連に対する安全保障条約であり、自ら仕掛けた戦争で無い限り、日本がそれらの国々をソ連の侵攻から守るという片務条約であり、いずれの国家も喜んで調印に応じたのである。
そうした秘密協定の存在を知らぬまま、翌年4月ソ連は再度ポーランドとルーマニアに侵攻を開始した。
日本軍が去った今それらの国々が無防備であることを見越して大規模な軍団を繰り出したのである。
それぞれの戦線に戦車5万両、兵員50万からなる軍団をあて、三日以内にポーランドとルーマニアを占領する作戦であった。
だが、侵攻開始後わずかに二時間で軍団の侵攻が阻まれたのである。
日本からのラジオ放送により宣戦布告がなされると同時に、前線に大規模な日本軍の投入が空からなされ、10万両の戦車はわずかに1時間でただの鉄屑になったのである。
戦車軍団に追随していたソ連兵は我先にと逃げ出し始めていた。
無理も無い話しである。
目の前で戦車が巨人戦士により素手で破壊されたのである。
この巨人戦士には如何なる攻撃も歯が立たなかった。
雪崩を打って退却するソ連軍兵士には目も向けず、巨人兵士はソ連軍をポーランドとルーマニアから追い散らしただけであったが、本当の恐怖はその翌日に始まった。
日本軍はソ連領域内全てに存在する軍事拠点と軍需工場を予告してから爆撃したのである。
ドイツ国内の軍需工場を壊滅させた日本軍の空爆が開始されると、全ての目標が徹底的に叩かれた。
あわてたソ連政府首脳が日本軍との講和を模索したが全ての外交チャンネルは閉ざされていた。
やむを得ず、ラジオで日本と戦争をする意図は無い旨を繰り返して放送させたが、日本軍からは何らの返答も無かった。
同じ日の夜半、モスクワ赤の広場に巨大な航空機が降り立ち、無敵の巨人戦士多数がクレムリン宮殿へと押しかけたのである。
如何なる抵抗もむなしく、この巨人戦士を押しとどめることはできなかった。
通報で秘密の地下通路を抜けて脱出を図ったスターリンは、出口で待ち構えていた巨人戦士の一団に眠らされて拉致されたのである。
同様にソ連政府の要人、将軍と呼ばれる将官の全てが基地から戦線からあるいは自宅から拉致されていた。
その数総勢で1200名余に達していた。
また、その際にクレムリンや各省庁にあった秘密文書が一切合財持ち去られていたのである。
スターリンが目覚めたとき、自分が鉄格子の部屋に入っていることを知った。
驚いて跳ね起き喚いたが、側近の誰も来てはくれなかった。
その代わりに若い東洋系の女が出てきて冷たく言った。
「あなたは日本軍の捕虜となった。
今日の午後にはポーランドに送還されて軍事法廷で裁かれるだろう。
今は、ほかの房でも他の者が寝ている時間だからおとなしくなさい。
さもなければ、強制的に黙らせるがそれでもいいですか?」
スターリンは驚きながらも反論した。
「私は仮にも国家元首だ。
国家元首にこのような扱いは許されないはずだ。
すぐにこの牢から出すことを正式に要求する。」
「あなたの申し出は記録しておきましょう。
だがその要請はかなえられない。
これ以上あなたと話すことは無い。
おやすみなさい。」
なおも食い下がろうとするスターリンの目の前で、不意に天井から壁が下がってきて鉄格子の前を完全に遮断した。
その中で叫ぼうが喚こうが一切遮音されてしまう特殊な防音壁であった。
スターリンはその中で1時間ほど喚き続けたが、やがて疲れてベッドに横たわっていた。
何時間経ったのかは不明であったが、スターリンが目覚めたときには、手錠を嵌められて、座席に座っていた。
大きな室内であるが、両隣の座席には小柄な東洋人の男二名が座っている。
座席一つを空けて隣には同じように両脇に東洋人の男が座った状態でモロトフが座らされていた。
「モロトフ、これは一体どういうことだ。」
モロトフは苦笑いしながら答えた。
「閣下、我々は犯罪人として捕らえられたようです。
ここは、日本軍の輸送機の中です。
後ろには同志多数が同じように捕らえられております。
先ほどのアナウンスでは、ポーランドのワルシャワに向かっているようですな。
後一時間ほどで到着するとか・・・。
どうやらこれが年貢の納め時かもしれません。」
「馬鹿なことを、何でこのわしがポーランドなどで裁かれねばならないのだ。
そんな理由は何も無い。」
「日本軍はそうは思っていないようです。
各省庁にあった機密文書も一緒に運ばれているようです。
全てを公開されたならば、我々に反論する余地はほとんど無いでしょうな。
まぁ、同志スターリン、せいぜい言い訳を考えておくことです。
時間は余り無いようですから・・・。
それと、もう一つ、この機内での会話は全て録音されていると聞かされています。
無用の発言は控えたほうがいいでしょう。」
「録音?
一体、どうやって・・・。」
「さぁ、私にはわかりません。
だが、日本人ならばできるのでしょう。」
それっきり、モロトフは黙り込んだ。
スターリンもそれ以上の発言は控えたのである。
ポーランドのワルシャワに運ばれた総勢1200名余りのソ連人は、そのまま6箇所の収容所に厳重な監視付で投獄されたのである。
看守は日本人とポーランド人からなる混成であったが、日本人は比較的公正な立場を保っていたがポーランド人看守はいずれも反感を抱いており、日本人が見えないところでは熾烈ないじめをなす者もいた。
自然とソ連人は日本人看守を頼りにするようになっていた。
日本人がいなければ闇の中で殺される可能性すらあったのである。
裁判は12箇所の法廷で順次始められることになっていたが、最初の開廷までに1ヶ月を要した。
ソ連から押収された書類の整理に時間がかかったためである。
ワルシャワで開廷された法廷では三つの案件について審議された。
すなわちドイツ軍との秘密協定でポーランド分割を図った案件とそれに付随するポーランド兵士の虐殺行為、ソ連領域内におけるユダヤ人虐殺の嫌疑、今回のポーランド及びルーマニア侵攻の一件である。
そのいずれもが各省庁から押収された機密文書により正確に暴かれていったのである。
特に今回の侵攻作戦に如何なる国家の大義名分も存在しなかった。
ポーランドとルーマニアの二つの国家の間にソ連との何らの問題も存在しなかったのであり、単なる領土拡張のための戦争であることが立証された。
幸いにしてポーランド、ルーマニアとも人的被害はさほど大きくは無かった。
50万もの兵力に抵抗できる軍備が無かった性もあって、正面から抵抗した者が少なかったからである。
それでも空爆とソ連軍の侵攻に際して数百人の死亡者が発生し、その数十倍のポーランド人とルーマニア人が負傷していた。
ソ連領域内でのユダヤ人虐殺については、生き残ったユダヤ人証人を含め多数の証拠書類が法廷に提出され、プレスにも公開された。
さらに、先の大戦におけるポーランド侵攻における捕虜の虐殺に関しても膨大な証拠書類が提出され、その全てが明らかとなった。
このソ連側書類によって捕虜の虐殺場所が特定され、ポーランド領域内で数万体に及ぶ人骨が発見されてソ連軍の暴虐が白日の下に晒されたのである。
かなりの書類にスターリン自らの署名がなされており、モロトフも含めた全ての側近も庇い立てができる状況ではなかった。
こうして半年間をかけて審議されたワルシャワ裁判で1200余名の捕虜に対する判決が下された。
スターリンを含む半数の者に無期禁固刑が下され、半数の者には3年から15年の有期禁固刑が課されたのである。
ユダヤ人やポーランド人の多くが望んだ死刑判決は終に下されなかった。
この陰には日本政府からの強い申し出があったのであり、ポーランドもルーマニアもその要請に応じざるを得なかった側面がある。
こうして欧州を巻き込んだ世界大戦は終に幕を閉じた。
ソ連は政府要人を拉致された段階で臨時政府が擁立され、日本軍に対して無条件降伏を申し入れており、即座に戦闘は終結していた。
ソ連の全ての軍事拠点は壊滅し、兵器工場も全てが壊滅していたのである。
わずかに三日でソ連は日本軍に屈したのである。
日本は無条件降伏をしたソ連に寛大な措置を講じた。
ソ連を6つの領域に分けてそれぞれの自治を委ねたのである。
広大なソ連は消滅し、その代わりに西ロシア自治共和国、南ロシア自治共和国、東ロシア自治共和国、キルギスタン自治共和国、正ロシア教自治共和国、中央ロシア自治共和国の6カ国が誕生した。
それぞれの国家体制はそれぞれの住民が選挙で選んだ暫定政府に委ねた。
その上で、日本政府が種々の経済協力を行ったのである。
だが、これら自治政府に以後50年にわたって軍事力の保持は認められなかった。
自治に必要な限度での警察力は認められたが、それ以上の軍備を保有することは認められなかったのである。
その代わりに、日本がこれら自治政府との間で安全保障条約を締結し、領土保全は日本が保障することとなった。
日本政府は、これらの安全保障条約締結に際してそれぞれの自治政府の領域を緯度経度で明確に示し、周辺各国にも同意を取ったのである。
これにより自治共和国6カ国が領土問題で他国と争うことは無くなった。
日本のこうした離れ業に脅威を感じたのは英仏であった。
ドイツとの戦争で驚異的な軍事力を目にした両国であったが、敵国の首都にまで一気に攻め込んで政府首脳を拉致するなどは考えもしなかったことである。
この突出した軍事力があれば世界の如何なる国でも短時間で征服できるだろうことは明白であった。
英仏は5年という期限を与えられていたが本腰を入れて植民地の清算に乗り出し始めたのである。
それまで遅々として進まなかった民間企業も率先して動き出していた。
目をつけられたが最後、容赦なくたたき伏せられるという実感が関係者に浸透したのである。
だが、日本政府はそうした軍事力を背景に持ちながらも国際的に無理な主張は一切行わなかった。
国際社会では普通の国家として富める国も貧しい国も平等に扱ったのである。
こうした日本の態度は多くの国々に尊敬されていた。
今まで優位に立っていた欧米各国の頑迷な指導者や経営者からは何かと揶揄され異端視されてはいたものの、彼らとて実質的に歯向かう理由は何一つ存在しなかった。
戦前と比べ確かに生活は向上していったのである。
ありとあらゆる先進的な技術の恩恵が日本という狭い国土から生まれ、海外にも浸透していったからである。
自動車は、これまでの不経済なガソリン車から電気自動車に駆逐されていった。
高いばかりで性能の劣る自動車を買う消費者は存在しない。
遠い日本から輸入しても国内生産の自動車よりも安く、快適で、しかも高性能の自動車があれば皆そちらに乗り換えてしまうのである。
日本製の航空機は安全で快適であり、その実績から導入するならば日本製と誰もが信じた。
米国のロッキード社、ボーイング社、マグダネル・ダグラス社などはどうしても同じ性能の機体を製造することができなかった。
米国政府すらも軍用機の導入を飛鳥航空社製品に乗り換えてから、終に米国の航空三大メーカーは倒産したのである。
米国はレシプロ機の最高傑作と言われた闘竜を大量発注したのである。
本来はジェット戦闘攻撃機である紅竜を導入したかったのだが、日本政府の輸出規制で紅竜は10年間の輸出規制となっていたのである。
同様に日本軍が保有する各種弾道弾は輸出規制がかけられていた。
航空母艦と潜水艦のノウハウは享受できたが、飛鳥造船で建造することは断られたのである。
無論、その構造材となる新型合金については一切が機密とされていた。
闘竜にその合金が使用されているのはわかっていたが、同じものを作ることはできなかった。
民生用としても多数の優秀な製品が日本から輸出されていた。
特に電気製品については、小型、高性能な製品が続出し、欧米の製品を駆逐していた。
日本はその代わりに多くの農産品を輸入し、中国、米国、豪州はその主たる輸出国になっていた。
また、民族、国籍を問わず多くの頭脳労働者を受け入れていた。
単なる肉体労働者は、余程のことが無い限り受け入れられてはいない。
さらに飛鳥総業は世界各地に美術館を建設し、そこに多くの美術工芸品を展示していた。
各地域の芸術を奨励し、そのための資金もふんだんに使ったのである。
ために、諸国家では、知識人が日本での就職を望み、あるいはアーティストとなって飛鳥総業のプロデューサーに認められることを望んだのです。
1948年5月15日、サキは夫である沼田兵庫とともに富士宮元帥のお付きとして独立したパプアニューギニアのラバウルを訪れていました。
富士宮宏禎殿下は、大戦の終了と共に紅兵団総帥の職を辞しました。
しかしながら、日本が、そして世界が、宏禎王殿下の隠遁など許すはずもありません。
紅兵団総帥の職を辞されると同時に、日本国陸軍、海軍、空軍の三軍を束ねる元帥府長官に任ぜられ、同時に新たに発足した国際連合会議付属治安維持軍の元帥にもなったのです。
父君の富士宮宏恭王殿下はいまだ健在であるため、宏禎王殿下は富士宮の家督を継いだわけではありませんが、富士宮家よりも大きな大日本帝国や国際連合会議の屋台骨として尽力されているのです。
宏禎王殿下ご夫妻の媒酌により、サキなどの兵団隊員はその9割が紅兵団を寿退団し、人妻となっていますが、一方で有能な女性を役立てようとする風潮もあってそのうちの8割方が何らかの職に就いています。
紅兵団自体の規模は縮小したものの、新たな人員を投入して特殊部隊として存続していますが、主役は元帥府の元に統率された三軍が担っています。
ラバウルを訪れた理由は、このラバウルに国際連合会議付属治安維持軍の太平洋基地が設営されその開所式に立ち会うためです。
ここには太平洋に面する各国からは毛慣れた国際治安維持軍が駐留し、国際連合会議で指名された幹部軍人の指揮の下で太平洋地域の治安維持にあたること居なるのです。
サキは、実のところおめでたで、ようやく悪阻が終わったところなので同行できました。
出産は10月ごろになるでしょう。
非接触式の検査で既に男の子と言うことが解かっており、夫である兵庫と共に子供お名前まで決めているのです。
紅兵団に採用されて入団した時には緊張感で押しつぶされそうな気持になり、数々の作戦で困難を乗り切ったことが夢のように思い出されます。
宏禎王殿下が居てこその今の平和だと思っていますが、同時にその一部に携われたことを光栄に思っています。
おなかにいる子供には平和で安全な生活を送ってもらいたいと願っているサキでした。
その傍らで色鮮やかなブーゲンビリアの花が風に揺れていました。
= 完 =
永らくお読みいただきありがとうございました。
また別の小説でお会いできることを願っております。
By サクラ近衛将監
「英国で協議中の戦後処理会議で日本側代表団から指摘のあった案件について、ソ連政府の見解を申し上げる。
調査した結果、第一に、ポーランドでの捕虜虐殺行為は確かに存在したようだ。
現地司令官の独断専行によるものであり、同時に司令部担当者の誤謬もあって、あってはならないことが起きたようである。
独断で銃殺刑に処せられたポーランド兵士は数万人に及ぶと見込まれるが、この件に関わった関係者の大多数がドイツ軍との戦闘で戦死しており、正確な数は掴めていない。
ソ連政府はただちにそれら責任者を捕縛し、尋問の上、当人が罪を認めたので昨日ソ連陸軍法典に基づき銃殺刑に処した。
銃殺刑に処せられた当該責任者は第20軍司令官クレーゴール・プーシキンほか36人に及ぶ。
戦の中で発生する狂気が第20軍を支配していたものと思われるが、今後、同様な事件が起きぬよう訓令を発し、軍には末端に至るまで周知させたところである。
第二に、シベリア抑留中の政治犯についてであるが、いずれも裁判開始時期を待つ間の勾留であった者であるが、担当者の怠慢で放置されていたものであり、罪状軽微な訴追者で二年以上の長期抑留を強いられていた者12019名は、恩赦により直ちに釈放されることになった。
重罪を犯したとして訴追された者5302名については、速やかに特別法廷を開設してその真偽を判定することになり、有罪と判定されればシベリア抑留期間を考慮の上妥当な刑に処することになった。
特別法廷の審議は今後二カ月以内に終了させることとしている。
全ては我が国特有の広大な領域に跨る通信設備の不備及び誤謬からその処理が遅れていたものであり、同志スターリンは今後このような事件が発生しないよう10か年計画ですべての行政組織の見直しとソ連領域全てに対する通信網の拡大整備を図ることを決意されている。
また、ドイツ軍捕虜については、戦後処理が終了していないことから直ちに釈放することはできないが、英国で開催中の戦後処理会議が終了次第、その結果如何に関わらず、全員を釈放する予定である。
ポーランド及び政治犯長期抑留の一件は、いずれもソ連中枢部に正確な情報が伝わっていなかったものであり、ソ連政府としては誠に遺憾と考えている。」
ソ連政府はこの記者会見で幕を引き、国際社会の非難をかわそうとしたのである。
だが復興を開始したばかりのポーランドが国際司法裁判所にソ連を提訴した。
国際法に反して不当に処刑したポーランド捕虜の損害賠償を求めたのである。
ソ連政府はその提訴を無視した。
国際司法裁判所は、訴訟関係者の同意がなければ開廷できない仕組みになっており、ソ連政府がこの提訴に応じない限り、俎上に乗らないものだったからである。
だが、国際世論は激しくソ連を批判した。
犯罪行為を行ったソ連軍の責任者のみを罰しただけで逃れようとしたソ連政府及びその最高責任者であるスターリンを弾劾したのである。
さらには釈放された政治犯のうちかなりの者が他国へ亡命し、そこでソ連批判を始めたのである。
スターリンはモロトフともども善後策を検討したが静観しか方法が無かったのである。
ソ連は一切の反論もせずに実質的な鎖国状態に陥ったのである。
自由主義陣営からソ連に対して手を差し伸べる国は無かった。
日本からはドイツの侵攻に際して未曾有の被害を受けた国々に救済の手が差し伸べられ始めていたが、ソ連に対しては何らの連絡も無かった。
それゆえにソ連は全ての国々との交渉を一切絶って鎖国状態になったのである。
ドイツの無条件降伏から3ヵ月後、11月10日を期して日本軍は欧州から全ての軍事力を引き上げさせた。
但し、その間にソ連と国境を接する欧州各国と東欧各国とは秘密協定を取り付けていた。
対ソ連に対する安全保障条約であり、自ら仕掛けた戦争で無い限り、日本がそれらの国々をソ連の侵攻から守るという片務条約であり、いずれの国家も喜んで調印に応じたのである。
そうした秘密協定の存在を知らぬまま、翌年4月ソ連は再度ポーランドとルーマニアに侵攻を開始した。
日本軍が去った今それらの国々が無防備であることを見越して大規模な軍団を繰り出したのである。
それぞれの戦線に戦車5万両、兵員50万からなる軍団をあて、三日以内にポーランドとルーマニアを占領する作戦であった。
だが、侵攻開始後わずかに二時間で軍団の侵攻が阻まれたのである。
日本からのラジオ放送により宣戦布告がなされると同時に、前線に大規模な日本軍の投入が空からなされ、10万両の戦車はわずかに1時間でただの鉄屑になったのである。
戦車軍団に追随していたソ連兵は我先にと逃げ出し始めていた。
無理も無い話しである。
目の前で戦車が巨人戦士により素手で破壊されたのである。
この巨人戦士には如何なる攻撃も歯が立たなかった。
雪崩を打って退却するソ連軍兵士には目も向けず、巨人兵士はソ連軍をポーランドとルーマニアから追い散らしただけであったが、本当の恐怖はその翌日に始まった。
日本軍はソ連領域内全てに存在する軍事拠点と軍需工場を予告してから爆撃したのである。
ドイツ国内の軍需工場を壊滅させた日本軍の空爆が開始されると、全ての目標が徹底的に叩かれた。
あわてたソ連政府首脳が日本軍との講和を模索したが全ての外交チャンネルは閉ざされていた。
やむを得ず、ラジオで日本と戦争をする意図は無い旨を繰り返して放送させたが、日本軍からは何らの返答も無かった。
同じ日の夜半、モスクワ赤の広場に巨大な航空機が降り立ち、無敵の巨人戦士多数がクレムリン宮殿へと押しかけたのである。
如何なる抵抗もむなしく、この巨人戦士を押しとどめることはできなかった。
通報で秘密の地下通路を抜けて脱出を図ったスターリンは、出口で待ち構えていた巨人戦士の一団に眠らされて拉致されたのである。
同様にソ連政府の要人、将軍と呼ばれる将官の全てが基地から戦線からあるいは自宅から拉致されていた。
その数総勢で1200名余に達していた。
また、その際にクレムリンや各省庁にあった秘密文書が一切合財持ち去られていたのである。
スターリンが目覚めたとき、自分が鉄格子の部屋に入っていることを知った。
驚いて跳ね起き喚いたが、側近の誰も来てはくれなかった。
その代わりに若い東洋系の女が出てきて冷たく言った。
「あなたは日本軍の捕虜となった。
今日の午後にはポーランドに送還されて軍事法廷で裁かれるだろう。
今は、ほかの房でも他の者が寝ている時間だからおとなしくなさい。
さもなければ、強制的に黙らせるがそれでもいいですか?」
スターリンは驚きながらも反論した。
「私は仮にも国家元首だ。
国家元首にこのような扱いは許されないはずだ。
すぐにこの牢から出すことを正式に要求する。」
「あなたの申し出は記録しておきましょう。
だがその要請はかなえられない。
これ以上あなたと話すことは無い。
おやすみなさい。」
なおも食い下がろうとするスターリンの目の前で、不意に天井から壁が下がってきて鉄格子の前を完全に遮断した。
その中で叫ぼうが喚こうが一切遮音されてしまう特殊な防音壁であった。
スターリンはその中で1時間ほど喚き続けたが、やがて疲れてベッドに横たわっていた。
何時間経ったのかは不明であったが、スターリンが目覚めたときには、手錠を嵌められて、座席に座っていた。
大きな室内であるが、両隣の座席には小柄な東洋人の男二名が座っている。
座席一つを空けて隣には同じように両脇に東洋人の男が座った状態でモロトフが座らされていた。
「モロトフ、これは一体どういうことだ。」
モロトフは苦笑いしながら答えた。
「閣下、我々は犯罪人として捕らえられたようです。
ここは、日本軍の輸送機の中です。
後ろには同志多数が同じように捕らえられております。
先ほどのアナウンスでは、ポーランドのワルシャワに向かっているようですな。
後一時間ほどで到着するとか・・・。
どうやらこれが年貢の納め時かもしれません。」
「馬鹿なことを、何でこのわしがポーランドなどで裁かれねばならないのだ。
そんな理由は何も無い。」
「日本軍はそうは思っていないようです。
各省庁にあった機密文書も一緒に運ばれているようです。
全てを公開されたならば、我々に反論する余地はほとんど無いでしょうな。
まぁ、同志スターリン、せいぜい言い訳を考えておくことです。
時間は余り無いようですから・・・。
それと、もう一つ、この機内での会話は全て録音されていると聞かされています。
無用の発言は控えたほうがいいでしょう。」
「録音?
一体、どうやって・・・。」
「さぁ、私にはわかりません。
だが、日本人ならばできるのでしょう。」
それっきり、モロトフは黙り込んだ。
スターリンもそれ以上の発言は控えたのである。
ポーランドのワルシャワに運ばれた総勢1200名余りのソ連人は、そのまま6箇所の収容所に厳重な監視付で投獄されたのである。
看守は日本人とポーランド人からなる混成であったが、日本人は比較的公正な立場を保っていたがポーランド人看守はいずれも反感を抱いており、日本人が見えないところでは熾烈ないじめをなす者もいた。
自然とソ連人は日本人看守を頼りにするようになっていた。
日本人がいなければ闇の中で殺される可能性すらあったのである。
裁判は12箇所の法廷で順次始められることになっていたが、最初の開廷までに1ヶ月を要した。
ソ連から押収された書類の整理に時間がかかったためである。
ワルシャワで開廷された法廷では三つの案件について審議された。
すなわちドイツ軍との秘密協定でポーランド分割を図った案件とそれに付随するポーランド兵士の虐殺行為、ソ連領域内におけるユダヤ人虐殺の嫌疑、今回のポーランド及びルーマニア侵攻の一件である。
そのいずれもが各省庁から押収された機密文書により正確に暴かれていったのである。
特に今回の侵攻作戦に如何なる国家の大義名分も存在しなかった。
ポーランドとルーマニアの二つの国家の間にソ連との何らの問題も存在しなかったのであり、単なる領土拡張のための戦争であることが立証された。
幸いにしてポーランド、ルーマニアとも人的被害はさほど大きくは無かった。
50万もの兵力に抵抗できる軍備が無かった性もあって、正面から抵抗した者が少なかったからである。
それでも空爆とソ連軍の侵攻に際して数百人の死亡者が発生し、その数十倍のポーランド人とルーマニア人が負傷していた。
ソ連領域内でのユダヤ人虐殺については、生き残ったユダヤ人証人を含め多数の証拠書類が法廷に提出され、プレスにも公開された。
さらに、先の大戦におけるポーランド侵攻における捕虜の虐殺に関しても膨大な証拠書類が提出され、その全てが明らかとなった。
このソ連側書類によって捕虜の虐殺場所が特定され、ポーランド領域内で数万体に及ぶ人骨が発見されてソ連軍の暴虐が白日の下に晒されたのである。
かなりの書類にスターリン自らの署名がなされており、モロトフも含めた全ての側近も庇い立てができる状況ではなかった。
こうして半年間をかけて審議されたワルシャワ裁判で1200余名の捕虜に対する判決が下された。
スターリンを含む半数の者に無期禁固刑が下され、半数の者には3年から15年の有期禁固刑が課されたのである。
ユダヤ人やポーランド人の多くが望んだ死刑判決は終に下されなかった。
この陰には日本政府からの強い申し出があったのであり、ポーランドもルーマニアもその要請に応じざるを得なかった側面がある。
こうして欧州を巻き込んだ世界大戦は終に幕を閉じた。
ソ連は政府要人を拉致された段階で臨時政府が擁立され、日本軍に対して無条件降伏を申し入れており、即座に戦闘は終結していた。
ソ連の全ての軍事拠点は壊滅し、兵器工場も全てが壊滅していたのである。
わずかに三日でソ連は日本軍に屈したのである。
日本は無条件降伏をしたソ連に寛大な措置を講じた。
ソ連を6つの領域に分けてそれぞれの自治を委ねたのである。
広大なソ連は消滅し、その代わりに西ロシア自治共和国、南ロシア自治共和国、東ロシア自治共和国、キルギスタン自治共和国、正ロシア教自治共和国、中央ロシア自治共和国の6カ国が誕生した。
それぞれの国家体制はそれぞれの住民が選挙で選んだ暫定政府に委ねた。
その上で、日本政府が種々の経済協力を行ったのである。
だが、これら自治政府に以後50年にわたって軍事力の保持は認められなかった。
自治に必要な限度での警察力は認められたが、それ以上の軍備を保有することは認められなかったのである。
その代わりに、日本がこれら自治政府との間で安全保障条約を締結し、領土保全は日本が保障することとなった。
日本政府は、これらの安全保障条約締結に際してそれぞれの自治政府の領域を緯度経度で明確に示し、周辺各国にも同意を取ったのである。
これにより自治共和国6カ国が領土問題で他国と争うことは無くなった。
日本のこうした離れ業に脅威を感じたのは英仏であった。
ドイツとの戦争で驚異的な軍事力を目にした両国であったが、敵国の首都にまで一気に攻め込んで政府首脳を拉致するなどは考えもしなかったことである。
この突出した軍事力があれば世界の如何なる国でも短時間で征服できるだろうことは明白であった。
英仏は5年という期限を与えられていたが本腰を入れて植民地の清算に乗り出し始めたのである。
それまで遅々として進まなかった民間企業も率先して動き出していた。
目をつけられたが最後、容赦なくたたき伏せられるという実感が関係者に浸透したのである。
だが、日本政府はそうした軍事力を背景に持ちながらも国際的に無理な主張は一切行わなかった。
国際社会では普通の国家として富める国も貧しい国も平等に扱ったのである。
こうした日本の態度は多くの国々に尊敬されていた。
今まで優位に立っていた欧米各国の頑迷な指導者や経営者からは何かと揶揄され異端視されてはいたものの、彼らとて実質的に歯向かう理由は何一つ存在しなかった。
戦前と比べ確かに生活は向上していったのである。
ありとあらゆる先進的な技術の恩恵が日本という狭い国土から生まれ、海外にも浸透していったからである。
自動車は、これまでの不経済なガソリン車から電気自動車に駆逐されていった。
高いばかりで性能の劣る自動車を買う消費者は存在しない。
遠い日本から輸入しても国内生産の自動車よりも安く、快適で、しかも高性能の自動車があれば皆そちらに乗り換えてしまうのである。
日本製の航空機は安全で快適であり、その実績から導入するならば日本製と誰もが信じた。
米国のロッキード社、ボーイング社、マグダネル・ダグラス社などはどうしても同じ性能の機体を製造することができなかった。
米国政府すらも軍用機の導入を飛鳥航空社製品に乗り換えてから、終に米国の航空三大メーカーは倒産したのである。
米国はレシプロ機の最高傑作と言われた闘竜を大量発注したのである。
本来はジェット戦闘攻撃機である紅竜を導入したかったのだが、日本政府の輸出規制で紅竜は10年間の輸出規制となっていたのである。
同様に日本軍が保有する各種弾道弾は輸出規制がかけられていた。
航空母艦と潜水艦のノウハウは享受できたが、飛鳥造船で建造することは断られたのである。
無論、その構造材となる新型合金については一切が機密とされていた。
闘竜にその合金が使用されているのはわかっていたが、同じものを作ることはできなかった。
民生用としても多数の優秀な製品が日本から輸出されていた。
特に電気製品については、小型、高性能な製品が続出し、欧米の製品を駆逐していた。
日本はその代わりに多くの農産品を輸入し、中国、米国、豪州はその主たる輸出国になっていた。
また、民族、国籍を問わず多くの頭脳労働者を受け入れていた。
単なる肉体労働者は、余程のことが無い限り受け入れられてはいない。
さらに飛鳥総業は世界各地に美術館を建設し、そこに多くの美術工芸品を展示していた。
各地域の芸術を奨励し、そのための資金もふんだんに使ったのである。
ために、諸国家では、知識人が日本での就職を望み、あるいはアーティストとなって飛鳥総業のプロデューサーに認められることを望んだのです。
1948年5月15日、サキは夫である沼田兵庫とともに富士宮元帥のお付きとして独立したパプアニューギニアのラバウルを訪れていました。
富士宮宏禎殿下は、大戦の終了と共に紅兵団総帥の職を辞しました。
しかしながら、日本が、そして世界が、宏禎王殿下の隠遁など許すはずもありません。
紅兵団総帥の職を辞されると同時に、日本国陸軍、海軍、空軍の三軍を束ねる元帥府長官に任ぜられ、同時に新たに発足した国際連合会議付属治安維持軍の元帥にもなったのです。
父君の富士宮宏恭王殿下はいまだ健在であるため、宏禎王殿下は富士宮の家督を継いだわけではありませんが、富士宮家よりも大きな大日本帝国や国際連合会議の屋台骨として尽力されているのです。
宏禎王殿下ご夫妻の媒酌により、サキなどの兵団隊員はその9割が紅兵団を寿退団し、人妻となっていますが、一方で有能な女性を役立てようとする風潮もあってそのうちの8割方が何らかの職に就いています。
紅兵団自体の規模は縮小したものの、新たな人員を投入して特殊部隊として存続していますが、主役は元帥府の元に統率された三軍が担っています。
ラバウルを訪れた理由は、このラバウルに国際連合会議付属治安維持軍の太平洋基地が設営されその開所式に立ち会うためです。
ここには太平洋に面する各国からは毛慣れた国際治安維持軍が駐留し、国際連合会議で指名された幹部軍人の指揮の下で太平洋地域の治安維持にあたること居なるのです。
サキは、実のところおめでたで、ようやく悪阻が終わったところなので同行できました。
出産は10月ごろになるでしょう。
非接触式の検査で既に男の子と言うことが解かっており、夫である兵庫と共に子供お名前まで決めているのです。
紅兵団に採用されて入団した時には緊張感で押しつぶされそうな気持になり、数々の作戦で困難を乗り切ったことが夢のように思い出されます。
宏禎王殿下が居てこその今の平和だと思っていますが、同時にその一部に携われたことを光栄に思っています。
おなかにいる子供には平和で安全な生活を送ってもらいたいと願っているサキでした。
その傍らで色鮮やかなブーゲンビリアの花が風に揺れていました。
= 完 =
永らくお読みいただきありがとうございました。
また別の小説でお会いできることを願っております。
By サクラ近衛将監
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