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第七章 英国との交渉
7-12 チャーチルの決断
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三日後、完膚無きなまでに英国主張を叩かれたロブソン全権大使は、チャーチルに遠距離電話をかけた。
「首相閣下、申し訳ないが私は全権大使の任を解かれるべきであると思います。
理由は、これ以上日本側の追求に耐えられないからであります。
我々の論拠は全て論破されました。
特に若い女性達の追及は驚くほどに要点をついており、彼らの情報量も目を見張るものがあります。
精一杯の努力はいたしましたが、これ以上日本側の譲歩を引き出す事は、私では到底無理と考えております。
日本側は、予想以上に英国現政権の維持に配慮してくれており、最終的に欧州での戦争終結後5年以内に全ての海外領と植民地を解放することまで譲歩してくれましたが、これ以上は無理です。
協定を不調として蹴るか、日本側提案を受け入れるか二つに一つの方策となりました。
日本側は、結論を出すのに、5日間の有余をくれましたが、それ以上長引く場合は、協議を打ち切ると最終的に通告してきました。
これまでの交渉状況は首相閣下が新聞をみてご承知のとおりであり、彼らは1日の交渉概要を見事なまでにまとめて広報しています。
広報は例の二人の娘が担当しておりますが、掛け値なしに日本側の立場に立った広報ではなく、公平な立場に立った者の見方から発表をしており、我々に不利な発言をしている様子は一切ありません。
逆に我々に不利な状況については故意に発表しないなど、私の目から見ても極めて適切と思われる裁量を多岐に渡って行っております。
女性があれほどの能力を発揮するとは誠に信じがたいことです。」
チャーチルは、全権大使の労をねぎらい、二日の有余を貰って結論の即答を避けた。
丸1日の間、チャーチルは書斎に篭り、翌日バッキンガム宮殿に姿を現した。
女王陛下に目通りを願い、異例の相談をしたのである。
小柄なチャーチルの姿が普段より小さく見えた。
「女王陛下に申し上げます。
陛下の宰相として政治を預かる身で、遺憾なことながら、この国の行く末を非常に案じております。
既に陛下もご承知のことと存じますが、フォークランドでの協議が最終的に煮詰まり、我が国の大幅譲歩を求められている状況にあります。
この譲歩を認めますと我が大英帝国にとって極めて不利な状況が生じます。
政権の維持はおろか、経済的にも大打撃を受ける可能性がございます。
交渉を拒否する事は可能ですが、先般、来英したサキ・カワイが申したとおり、その場合日本は単独で動き、植民地解放と隷属住民の解放を宣言して、我が大英帝国に宣戦布告する計画をも用意しているようであります。
この件に関しては一切広報されてはいませんが、その旨を全権大使ヨシダの口から確認しております。
植民地を放棄せずに未知の兵器を有する日本と戦うか、あるいは植民地を放棄して没落の可能性のある道を辿るか二者択一を迫られており、正直申し上げて、・・・甚だ苦悩しております。
陛下にこのようなことを申し上げるのは不本意ながら、陛下に何らかのご教示をいただければと参上いたしました。」
話を聞いた女王陛下は玉座から立ち上がり、暫く、ゆっくりと室内を歩き始めた。
それから、頭を垂れているチャーチルの正面に来た。
「わらわは政治に口を出すつもりは無い。
君臨すれど統治せず。
これが英国王室のあり方じゃ。
今後も変わることは無いだろう。
だから、そなたが如何に苦労をし、困ろうと、わらわからそなたに指示をするようなことは何も無い。
だが、一つだけわらわの覚悟を言うておこう。
わらわは、どのような事態に陥っても、国民と共に喜びと悲しみを分かち合い、耐え忍ぶつもりでいる。
そなたが英国と国民にとって一番適切と思う決定をなすが良い。」
チャーチルは、その言葉で救われた。
決断の評価は後世の者に委ね、茨の道であろうと自分の信ずる道を進むしかないと確信した瞬間である。
チャーチルは、宮殿に来たときとは一転して晴れ晴れとした気持ちで退室したのである。
1942年(昭和17年)4月29日、日英同盟条約が調印された。
この条約は、ナチスドイツへの参戦目的だけに適用される時限的な性格を持っているが、一方で両国の植民地政策に重要な変化をもたらす内容の議定書が付属しており、その意味で革新的な内容を持つものであった。
条約の効果は両国議会での批准を待って発効することになっており、日本での批准は直ちになされたが、英国議会での批准はことのほか難航した。
5月中旬を過ぎても議会での勢力は二分され拮抗していた。
そこへ、英国女王が特別声明を出したのである。
「如何様な結論が出ようと、王室は国民と共にあって、その決定に従い、如何なる労苦も厭わないであろう。
ただ、いたずらに時を消費すれば、協定の意味合いは薄れる事になる。
同盟の対象である日本は、ナチスドイツの非道な行いを早期に正そうとし、また、そのための救いを我が国に求めてきたのである。
我が国がドイツと戦っているのはまさにそのためであって欧州の覇権を狙うドイツとは全く異なるはずである。
私は、日本を実質的に率いる者と会ったことは無いが、五年前の日本ならばこの話は間違いなく俎上にも載らなかっただろう。
だが、この2月に宮殿を訪れた若い二人の日本人女性は信ずるに値する友であり、この二人の話を聞いた限りでは、今の日本は信用できるものと判断している。」
非常に短い声明であったが、絶大な効果があった。
議会での大勢が一挙に批准へと変化したのである。
英国議会は、5月16日、日英同盟条約とその議定書を批准した。
「首相閣下、申し訳ないが私は全権大使の任を解かれるべきであると思います。
理由は、これ以上日本側の追求に耐えられないからであります。
我々の論拠は全て論破されました。
特に若い女性達の追及は驚くほどに要点をついており、彼らの情報量も目を見張るものがあります。
精一杯の努力はいたしましたが、これ以上日本側の譲歩を引き出す事は、私では到底無理と考えております。
日本側は、予想以上に英国現政権の維持に配慮してくれており、最終的に欧州での戦争終結後5年以内に全ての海外領と植民地を解放することまで譲歩してくれましたが、これ以上は無理です。
協定を不調として蹴るか、日本側提案を受け入れるか二つに一つの方策となりました。
日本側は、結論を出すのに、5日間の有余をくれましたが、それ以上長引く場合は、協議を打ち切ると最終的に通告してきました。
これまでの交渉状況は首相閣下が新聞をみてご承知のとおりであり、彼らは1日の交渉概要を見事なまでにまとめて広報しています。
広報は例の二人の娘が担当しておりますが、掛け値なしに日本側の立場に立った広報ではなく、公平な立場に立った者の見方から発表をしており、我々に不利な発言をしている様子は一切ありません。
逆に我々に不利な状況については故意に発表しないなど、私の目から見ても極めて適切と思われる裁量を多岐に渡って行っております。
女性があれほどの能力を発揮するとは誠に信じがたいことです。」
チャーチルは、全権大使の労をねぎらい、二日の有余を貰って結論の即答を避けた。
丸1日の間、チャーチルは書斎に篭り、翌日バッキンガム宮殿に姿を現した。
女王陛下に目通りを願い、異例の相談をしたのである。
小柄なチャーチルの姿が普段より小さく見えた。
「女王陛下に申し上げます。
陛下の宰相として政治を預かる身で、遺憾なことながら、この国の行く末を非常に案じております。
既に陛下もご承知のことと存じますが、フォークランドでの協議が最終的に煮詰まり、我が国の大幅譲歩を求められている状況にあります。
この譲歩を認めますと我が大英帝国にとって極めて不利な状況が生じます。
政権の維持はおろか、経済的にも大打撃を受ける可能性がございます。
交渉を拒否する事は可能ですが、先般、来英したサキ・カワイが申したとおり、その場合日本は単独で動き、植民地解放と隷属住民の解放を宣言して、我が大英帝国に宣戦布告する計画をも用意しているようであります。
この件に関しては一切広報されてはいませんが、その旨を全権大使ヨシダの口から確認しております。
植民地を放棄せずに未知の兵器を有する日本と戦うか、あるいは植民地を放棄して没落の可能性のある道を辿るか二者択一を迫られており、正直申し上げて、・・・甚だ苦悩しております。
陛下にこのようなことを申し上げるのは不本意ながら、陛下に何らかのご教示をいただければと参上いたしました。」
話を聞いた女王陛下は玉座から立ち上がり、暫く、ゆっくりと室内を歩き始めた。
それから、頭を垂れているチャーチルの正面に来た。
「わらわは政治に口を出すつもりは無い。
君臨すれど統治せず。
これが英国王室のあり方じゃ。
今後も変わることは無いだろう。
だから、そなたが如何に苦労をし、困ろうと、わらわからそなたに指示をするようなことは何も無い。
だが、一つだけわらわの覚悟を言うておこう。
わらわは、どのような事態に陥っても、国民と共に喜びと悲しみを分かち合い、耐え忍ぶつもりでいる。
そなたが英国と国民にとって一番適切と思う決定をなすが良い。」
チャーチルは、その言葉で救われた。
決断の評価は後世の者に委ね、茨の道であろうと自分の信ずる道を進むしかないと確信した瞬間である。
チャーチルは、宮殿に来たときとは一転して晴れ晴れとした気持ちで退室したのである。
1942年(昭和17年)4月29日、日英同盟条約が調印された。
この条約は、ナチスドイツへの参戦目的だけに適用される時限的な性格を持っているが、一方で両国の植民地政策に重要な変化をもたらす内容の議定書が付属しており、その意味で革新的な内容を持つものであった。
条約の効果は両国議会での批准を待って発効することになっており、日本での批准は直ちになされたが、英国議会での批准はことのほか難航した。
5月中旬を過ぎても議会での勢力は二分され拮抗していた。
そこへ、英国女王が特別声明を出したのである。
「如何様な結論が出ようと、王室は国民と共にあって、その決定に従い、如何なる労苦も厭わないであろう。
ただ、いたずらに時を消費すれば、協定の意味合いは薄れる事になる。
同盟の対象である日本は、ナチスドイツの非道な行いを早期に正そうとし、また、そのための救いを我が国に求めてきたのである。
我が国がドイツと戦っているのはまさにそのためであって欧州の覇権を狙うドイツとは全く異なるはずである。
私は、日本を実質的に率いる者と会ったことは無いが、五年前の日本ならばこの話は間違いなく俎上にも載らなかっただろう。
だが、この2月に宮殿を訪れた若い二人の日本人女性は信ずるに値する友であり、この二人の話を聞いた限りでは、今の日本は信用できるものと判断している。」
非常に短い声明であったが、絶大な効果があった。
議会での大勢が一挙に批准へと変化したのである。
英国議会は、5月16日、日英同盟条約とその議定書を批准した。
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