親王様は元大魔法師~明治の宮様に転生した男の物語~戦は避けられるのか?

サクラ近衛将監

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第七章 英国との交渉

7-4 大英帝国を訪れし者 その二

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 夕方、待ち合わせの場所で迎えの車を待っていると、そこでもう一つの事件が起きた。
 初老の婦人が突然胸を押さえてしゃがみ込み、歩道に倒れ込んだのである。

 二人はすぐ近くにいたので、駆け寄って介抱をする。
 サキは脈を測る。

 エリコは胸の回りを圧迫する衣類を緩めた。
 口をこじあけるようにして咽喉をみるが舌を巻き込んでいる様子は無かった。

 心臓はまだ動いているが、呼吸が止まっている。
 サキが英語で叫んだ。

「医者を呼んでください。」

 それからエリコに日本語で言う。

「呼吸停止。
 意識レベル300
 人工呼吸を始めるわ。」

「了解。
 でも原因は?
 それを除去しないと人工呼吸だけでは難しいわ。」

「そう、でも瞳孔が広がり始めている。
 人工呼吸をしないと3分しか持たない。
 おそらくは、心不全による血行障害。
 もしかするとニトロを持っているかもしれない。
 バッグの中を捜して。」

「判った。」
 
 サキが気道確保しながらマウス・トゥ・マウスの人工呼吸を繰り返す
 その内にバッグの中をかき回していたエリコが叫んだ。

「あった。」

 小さな舌下錠である。
 老女の口をこじ開けて中にいれるが、溶けなければ駄目だ。

 サキは口付けをしながら、唾を送り込んだ。
 それから人工呼吸を繰り返す。

 婦人が咳き込みながら息を吹き返した
 頬に少し赤みが出てきている。

 後は医者に任せるしかない。
 今意識が戻ったばかりで起こすのは難しいから、そのまま寝かしておく。

 頭の下に枕代わりにバッグを入れた。
 そうしている間に医者と看護婦が駆けて来た。

 後ろから担架を抱えた男二人もついてきている。
 サキは駆けつけた医師に症状と応急措置を説明した。

 頷いて医師はすぐに婦人を担架に乗せて病院まで運ぶように指示をした。
 それからサキ達に向き直った。

「申し訳ないが、君達も一緒にきて欲しい。
 万が一、このご婦人が亡くなったりすると警察がうるさいのでね。」

「ええ、それは差し支えないのですが、・・・・。
 ここで迎えの車の待ち合わせをしていますので、二人ともいなくなると後でまた困ります。
 病院へは私一人で宜しいでしょうか。」
 
「ああ、では、行く先はマクベイン記念病院だ。
 其処の角を曲がって2ブロックほど南へ行くと左手にある総合病院だ。
 車が来たらもう一人の方も病院まできて欲しい。
 僕は、救急医療のエドワード。
 それじゃお願いするよ。」

 結局サキが病院へ先行し、エリコは車を待って後から病院へ行くことにした。
 サキが病院まで行き、待合室で待っていると、やがてエリコが合流した。

 そこへエドワード医師がやってきた。

「やあ、迷惑を掛けたね。
 ご婦人に確認したら、やはり狭心症の持病があってニトロを持ち歩いていたようだった。
 さっきは突然の発作ですぐに気が遠くなってニトロを取り出す暇が無かったそうなんだ。
 君達が機転を利かしてくれなかったら、今ごろ彼女は天国だったろう。
 家族にも連絡がついたので彼女には迎えが来るまで今少し病院で静養してもらうつもりだ。
 医療措置に詳しいようだが、看護婦か何かの経験があるのかな?」

「ええ、医者でも看護婦でも有りませんが、少ししだけ医学を勉強したことがありまして、・・。」

「フーン、なるほど・・・。
 で、君達は外国の人のようだが、中国人かな。」

「日本人です。」

「ほう、いずれにしろ随分と遠くから・・。
 それじゃ、一応、英国での連絡先と名前を教えてくれる?」

 医師はメモを用意していた。
 サキとエリコは苦笑しながら、名前と滞在先、それに日本大使館を教えた。

「ありがとう。
 じゃ、これでいいよ。
 本当にご苦労さん。」

 ようやく開放されて二人がヘストン卿の別邸に戻ったのは暗くなる直前であった。
 翌日は英国の女王陛下と面会する予定である。

 だが、その夜、更に予想外の訪問客が訪れた。
 食事のテーブルに就こうとした時に来たのはスコットランドヤードであり、今日起きた二件の人命救助の確認であった。

 次に追いかけるように来たのはロンドンの新聞社デイリータイムズであった。
 どこで聞きつけてきたか二件の話を取材に来たのである。

 新聞記者の方は、仕方が無いので食事が終わるまで待ってもらい、そうして居間で質問に答え、写真を撮った。
 デイリータイムズの翌日の朝刊見出しは、「SEエンジェルズ・フロム・ファー・イースト」であった。

『英国人でも1日のうちに赤ん坊と老女の二人を助けることはあるかもしれないが、日本からきた若い女性がロンドンでそうすることは今後も先ず起こりえないと思われるし、彼女達がいなければ、確実に二人は死んでいたのである。
 ドイツ軍のロンドン空襲で階段が壊れ、火災が起きたアパート3階の部屋に赤ん坊が残されていた。
 たまたま近くに居合わせた彼女達の一人が有り合せのロープ一本で3階へよじ登って侵入し、ベビーを背負って脱出した途端、火炎が窓から噴出したのを大勢が目撃している。
 本当に際どい救出劇だったにも関わらず、その後、二人は何事も無かったようにレストランでゆっくりとランチを楽しんでいる。
 さらに、その数時間後、迎えの車と落ち合うために待っていた街角で、狭心症の持病を持つ老女が倒れた。
 無論、通行人やその場に居合わせた者に、狭心症で倒れたなどとそんなことが判るわけは無い。
 だが、彼女達は極めて的確に対応した。
 倒れた老女に駆け寄り、呼吸が止まっているものの心臓が動いていることを確認し、人工呼吸を開始すると同時に、医者を呼ぶように周囲の者に英語で叫んだ。
 それから一人が老女のバッグの中を捜し、狭心症の特効薬を見つけた。
 この薬は老女の口の中で溶かすことによって効果がある。
 だが、老女の身体はほとんど反応していない。
 彼女は、老女に口付けをして錠剤を溶かしたのである。
 現場に駆けつけたマクベイン記念病院のエドワード医師はこう述べている。
 『彼女達の適切な措置があと2分も遅れていれば、倒れたご婦人の命は無かっただろう。
 我々が駆けつけたのは、事件が発生してから十分ほど経っていた。
 仮にその時点で同じことが出来たとしても、ご婦人の命を救うことは無理だったと思う。
 彼女達は正しく天使だよ。
 二人とも可愛いしね。
 天使が黒髪というのは知らなかったな。』
 二人は日本のエンペラーの親書を携えて遥々はるばる極東からやってきた。
 本日女王陛下にお目通りする予定になっているという。
 彼女達がどのような役割を担って英国に来ているかは確認していないが、少なくともその一つは間違いなく達成しているのではないだろうか。
 それは日本と英国の親善である。
 火事場から救助された赤ん坊はメアリーという7ヶ月の女の子であるが、自分の命が日本のエンジェル達によって助けられたことを母親から聞いて育つだろう。
 狭心症で倒れたご婦人は、62歳のキャサリンさんであるが、3人の息子と2人の娘の母親である。
 その子ども達全てが結婚し、配偶者がいて孫も居る。
 それらの親族一同は総計で23名。
 考えようによっては少ない数字だが、少なくとも最愛の娘を、そうして母親あるいはお婆ちゃんを救ってくれた二人の若いご婦人が日本人と知って、間違いなく日本に対するイメージを変えるだろう。
 極東が地球の裏側ではなく、より身近に感じられる国になったに違いない。
 実際に恩恵を受けた者が少なくても、より長い目ではその人たちから大きな輪が広がって行くはずだ。
 彼女達は極東と英国をつなぐ掛け橋になったのだ。
 今はとてもとっても細いかもしれないが、その絆は徐々に広がるだろう。
 彼女達の名前はサキとエリコ。
 二人の名前を文字ってSEエンジェルズ。
 筆者が勝手に名づけたネーミングだ。
 二人とも本当に可愛い日本娘だ。
 だが何も支えの無いところをロープ一本で30フィートも登れる女性がいるだろうか。
 恥ずかしながら、筆者は男であるが垂直のロープにぶら下がるだけでも精一杯である。
 SEエンジェルズの今後の活動に注目したい。』

 大きな写真入りの記事は人目を引いた。
 多くの人たちにSEエンジェルズの顔が知れ渡ったのである。

 しかしながら、ヘストン卿の別邸ではロンドン・タイムズを取っていたので、サキとエリコはその記事を知らなかった。

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