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第七章 英国との交渉

7-2 日英同盟の可能性

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『英国は、イングランドを中心とする周辺英国領以外の海外領土のうち、大西洋にある島嶼を除き、全ての英国領土、租借地、植民地及び英国の信託統治領を条約締結後5年以内に放棄しなければならず、その帰属については当該領域の住民投票に委ねなければならない。
 投票結果として、住民が英領に属する事を希望する場合は、英国は当該領域において英国本土と同じ法規を適用し、住民を英国人として扱う事が義務付けられる。
 また、投票結果によって、住民が独立を望む場合は、英国は当該領域における純粋な支援以外一切の干渉を行ってはならない。
 住民が信託統治領を望む事は許されず、投票に際しては独立か英領かのいずれかの選択をしなければならない。
 投票の権利は、性別を問わず18歳以上の男女全てに与えられ、投票結果は有効投票の過半数をもって決する事とする。
 また、当該投票は、英国の放棄決定後速やかに実施し、同盟締結後3年以内に、投票の実施、結果の公表、独立宣言又は英領帰属宣言の手続き全てを終了しなければならない。』

 つまりは、日本と同盟を結ぶ代わりに全ての植民地を放棄しろといっているのである。
 これでは、仮に戦争に勝利しても英国に死ねといっているのに等しい。

 チャーチルは激怒し、非公式交渉の打ち切りを指示したのである。
 太平洋の島嶼の一部であれば無条件で渡したし、香港でさえも渡したはずだ。

 だが、インドとシンガポールは英国の生命線である。
 絶対に譲れないものもあるのである。

 ◇◇◇◇

 1942年1月下旬、駐英米国大使館のサミエル大使がチャーチルを訪ねてきた。
 大使は、ハル国務長官の親書を携えていた。

 親書は至極私的な依頼であった。
 貴族に所縁のある日本人の娘二人がエンペラーの親書を持参し、女王陛下に目通りしたいと言うことで、チャーチルにその後押しを頼むものであった。

 ハル国務長官も日本の吉田茂に口添えを頼まれたのである。
 日本からの新鋭貨客船『ひなげし』に乗船し、インド洋、アフリカ喜望峰回りで2月5日には、リバプールに到着し、英国には2週間ほどの滞在になるという。

 この面倒な時期に何故に日本娘などに関わらなければならないのかと、チャーチルは少々機嫌が悪かったが、それでも米国大使がわざわざ足を運んだ話であり、ハル国務長官とは邯鄲相照らす仲でもある。
 無碍に断るわけにも行かない。

 本来、女王陛下に直接お会いできるのは国賓クラスに限られる。
 英国人ですら中々拝謁できないのに、いきなりやってきて逢わせろなどとは無礼にもほどがある。

 しかも、たかが日本娘が二人、新興国日本では貴族の家柄でも英国では何の格付けもないに等しい。
 しかしながら、日本の天皇の親書を持参となると、単なるクーリエであっても女王陛下に目通りさせるのが一応の国際慣例である。

 止むを得ず、首相補佐事務官の一人ハリントンに命じて、王室との調整を図らせたのである。
 リバプールからバッキンガムまでは陸路で概ね1日、日本の貨客船がUボートに狙われることもないだろうが、船旅は時間がかかる。

 おそらく日本から3ヶ月から4ヶ月ほども掛かってくるはずである。
 予定自体が正確であればよいのだが、1週間後のことなど今から確定するのは難しい。

 まして、ロンドンはたびたびドイツ軍の空襲を受けている。
 バッキンガム宮殿にもかなりの被害が生じていて、一時期エリザベス女王がバーミンガムまで避難したこともあるのである。

 このような時期に、そもそもまともな会見などできるわけが無い。
 いずれにしろ早めに済ませてしまうに越したことは無い。

 日本の娘は、一人は佐々木公爵の娘佐々木絵里子。
 それにもう一人は、佐々木絵里子の友人河合サキという娘である。

 佐々木家は千年以上も続く系図をもち、日本の古都京都に居を構える。
 江戸時代には天皇の側近として左大臣まで務めたことのある家柄である。

 その子孫にあたる佐々木絵里子は26歳、その友人の河合サキは22歳。
 佐々木絵里子は、特に働いているわけではないようで、今回外務省事務官として特別に任命されたようであるが、河合サキは元々内務省の事務官であるらしい。

 サキと言う名前に漠然と知っているような記憶があったが勘違いかもしれない。
 いずれにしろチャーチルはその後ハリントンに言われるまですっかり忘れていた。

 2月6日午前中にハリントンから

「日本のエンペラーの親書については、昨日予定通り、リバプールに貨客船が入りました。
 日本の娘二人は、今日、ロンドン郊外のヘストン卿別邸へ移動する予定です。
 爆撃の怖れのあるロンドン市内よりは、郊外のヘストン邸の方がまだマシかと思います。」

「ん、・・・・おお、すっかり忘れておった。
 で、女王陛下との面会は何時になったのかな?」

「はい、予定では、一応2月9日を予定しております。
 閣下もその前にお会いになりますか。」

「いや、わしには東洋娘などに興味がない。
 お前に任せる。」

「そうですか。
 私もまだ逢っていないので確かな所はわかりませんが、佐々木絵里子の方はともかく、河合サキの方はオリエンタル・ウィッチの一人スマート&キュートじゃないかと思うのです。
 日本の内務省に同じ名前で同じ年齢の女性職員がもう一人いるとは思えないのですが、・・・。」

「なに?
 あのNYタイムズのか。」

 驚きを見せたのは一瞬で、すぐにチャーチルは考え込んだ。
 ハルが娘達の支援を買って出たのも判る。

 彼らはホノルルで会っているのだ。
 まぁ、どれほど親しいかは別であるが、英国大使を務めたこともある吉田が日米協議の全権大使だったはず。

 その縁で、吉田が二人の娘の件をハルに託したというところだろう。
 NYタイムズの記事はチャーチルも読んだが、日本の若い女性三名の能力を誉める記事であった。

 講和会議の後に、ハルも、娘達が御付きではなく、百選練磨の外交官と渡り合える実質的な戦力として来ていたよとチャーチルに素直に自身の驚きを手紙の中で表明していた。
 その一人が随行しているというのは只の偶然なのだろうか。

 講和会議は10月26日に調印されたから、仮にサキなる娘が11月始めに日本に戻り、それからすぐに英国に向かったのならば計算は合うことになる。
 だが、実際にこれほど忙しい動きをする人物も極めて珍しい。

 何か裏があるのだろうか。
 今回の日本との非公式折衝は12月に入ってから始めたことである。

 おそらくはその件では無いだろうと思うが、この時期にエンペラーからの親書も気になるところである。

「特にわしへの面会を求めているわけではないのだから、今の所は逢う必要は無いだろう。
 但し、君の目でしっかりと人物なりを見極めてくれ。
 下手な者を女王陛下に逢わせるだけでもわしの首が飛びかねない。」

「判りました。
 今日の夕刻にでもヘストン卿の別邸に行き、確認作業と打ち合わせを行って参ります。」

「ああ、頼む。
 そのときに、・・・。
 もし、私との面会の話が出るようなことがあれば、・・・。
 取り敢えずは保留をしておいて欲しい。」

「は、・・?
 あの、ノーでもイエスでもなく、保留ですか?
 予め予期されていて、なおかつ、対応を保留するなど閣下らしくもありませんが。」

「そうかな?
 だが、わしでも迷うことはあるし、逢っていいものか、逢わずにいいものか今はわからない。
 だから保留してくれ。」

「はい、判りました。」

 ハリントンは、英国貴族でも生え抜きの名家に生まれ、オックスフォードを卒業した前途有望な若者である。
 一昨年、ウェールズ家の次女を嫁に貰っており、生まれたばかりの幼い娘を持つ28歳なのである。

 チャーチルが年齢的にも相応な人物と思って、この役を命じたのである。


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