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第六章 日米の戦いと紅兵団の役割
6-3 米軍の撤退?
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5月5日、日本軍は、蘭印に対して6月以降米軍に対する支援を一切行わないように通告をしてきた。
蘭印の仮政府は困惑した。
母国オランダは既にドイツによって占領されている。
ハワイの太平洋艦隊が姿の見えない敵の攻撃によって戦艦を含む9隻の戦闘艦を失い、すごすごと引き返したとの情報は蘭印政府にも届いていた。
ここはオーストラリアと英領シンガポールの経済圏に属しているから、とりあえずは安全圏と思われるが、フィリピンの米軍をわずか1ヶ月で降伏に追い込んだ日本軍は侮れない。
しかも、蘭印の正規軍は極めて少ないのである。
ポートモレスビーを基地とする米軍前遣艦隊は頼りにならないかもしれない。
巡洋艦を主軸とした艦隊であるからである。
カリフォルニア、ネバダは旧式艦とは言えども戦艦である。
その戦艦を姿も見せずに一撃で沈めるなど通常では考えられない話である。
それに比べて如何に新型艦であろうと巡洋艦など余り頼りには出来ない。
蘭印は米軍に対する直接支援を放棄することとした。
蘭印が直接支援を行わずとも、オーストラリア、英国などが支援を行うから、必要ならばこれらの国に物資の提供を行えばいいのである。
蘭印は日本軍に応諾の通報を行ったのである。
5月6日、日本政府からオーストラリア政府に対しても、米軍支援を止める様に勧告がなされた。
豪州政府は英連邦の一つである。
同盟国の一環としてそれは出来ないと公式に断った。
「それならば日本軍はポートモレスビーの米国籍軍艦及び当該豪州委任統治領にある米国軍用機と米軍軍事基地を攻撃することになるが、それでも貴国は構わないか。」
と尋ねられた。
「あくまでポートモレスビーは我が国委任統治領の一部であり、その他の委任統治領についても同様である。
従って、そこへの攻撃は如何なる場合も我が国に対する攻撃と看做される。」
と答えた。
「貴国は我が国と交戦中の敵国であるアメリカ合衆国に便宜を与えているが、これは我が国に対する敵対行為に他ならない。
中立国家への寄港自体は国際法上も認められるが、それ以上の便宜を図る事は我が国を敵視した証拠と捉えられる。
特に軍事物資の供与、基地の敷地提供、駐留軍の許可などがそれに当たる。
貴国は、我が国との戦争を望んでおられるのか。」
と畳み込まれたのである。
豪州政府は困った立場に置かれた。
蘭印政府が既に米軍支援を放棄した旨の通知は受けていた。
日本に対して宣戦布告を行うことは容易いが、現状では勝ち目の無い戦のように思われるのだ。
聞くところによるとハワイの太平洋艦隊は日付変更線を超えることが出来ないらしい。
このことは、米国に応援を頼んでも米海軍の支援は受けられない事を意味している。
米国はグアムに続き、フィリピンを失ってアジアへの足がかりを失っている。
米国政府でも思案の最中であるが、日本軍への対策が見当たらないのが現状なのだ。
一方の日本軍は守りに徹しているのか、積極的な攻撃には出ていない。
但し、米国本土及びハワイなどからの援軍は、一切が豪州には届いていない。
補給船ですら日付変更線を越えることができず、米軍は中立国の輸送船で物資を運んでいる現状である。
日本軍は中立国の船には寛容である。
米国の港に入って豪州まで輸送する荷物を満載していてもそれらの船舶は攻撃されない。
だが、兵員輸送や武器輸送などは駄目であった。
メキシコ国籍の船に将兵を乗せて輸送しようとしたところ、日付変更線間近で警告を受けたのである。
しかも、恐るべき事に搭乗している兵員の具体的な数まで挙げて、攻撃を予告したのである。
メキシコ船はそれ以上の進出はできず引き返したのである。
明らかに国際法違反を行っている船には、中立国に関する保護の適用がされないのである。
理屈上は極めて整然としている。
日本は米国の中国駐留を理由に、米国只一国に対して宣戦布告をなした。
そうして、アジア地域の軍事拠点となるグアム及びフィリピンを攻略した。
太平洋域で日付変更線以西にある米国信託統治領の米軍軍事基地はウェーキ島だけである。
ウェーキ島の駐留軍は二千名足らずだが、それも何時まで持つかは不明である。
ウェーキ島への補給が4月20日以降は全くなされておらず、ウェーキ島では物資不足が顕在化しているという。
残るは、豪州信託統治領であるニューギニア、ボルネオなどの地域にある軍事基地なのである。
これを維持するには、米軍は何としても豪州政府の後ろ盾が必要であった。
しかしながら、豪州政府も日本軍の矛先を向けられては適わない。
取り敢えずは引き延ばし戦術で、はぐらかしているが、それにも限界がある。
日本軍が最後通告を行ってきたのである。
「7月以降も米軍に対する軍事物資の供与、米軍駐留基地の提供を引き続き行う場合には、貴国政府が中立国であるとの主張が正当ではないと判断し、貴国に宣戦布告する。」
そう言って豪州駐在の日本大使は引揚げたのである。
豪州政府は決断を迫られた。
米国政府は、なおも豪州に対して協力依頼を強く迫ってくる。
豪州の貿易相手は米国がかなりの割合を占めている。
羊毛や肉類などがその主たる輸出産品である。
仮に米国の機嫌を損ねると、これら輸出にも跳ね返ることが予測される。
豪州政府は、米国を相手に協議を続けた。
だが、米国は如何なる犠牲を払っても豪州を守るという約束が出来なかった。
太平洋における戦闘はこう着状態に陥っていた。
日本軍からは積極的な動きは見せていないが、米軍から動きたくても動けない状況にあったのである。
5月に入って、米軍は島嶼の飛び石で航空機の増強を図ったが、実はそれも阻止されていた。
日付変更線を超えた航空機は、全て消息を絶っていたのである。
輸送機、戦闘機、爆撃機、偵察機の如何を問わず、一切の米軍機と米国籍航空機が消息を絶ったのである。
さすがの米軍も損害が100機を超えると計画を断念した。
いくらかでも到達する可能性があるならともかく、100%の損害であり、見えない日本軍の攻撃に違いないと判断するしかなかった。
逆に米国内ではハワイを守れとの意見も多くなっていた。
日付変更線まではわずかに1000海里足らずの位置にハワイ諸島はある。
ミッドウェイに至ってはわずかに400海里足らずである。
北太平洋から南太平洋全域にわたって暗躍する日本軍の秘密戦隊が、そのわずかな距離を移動できないはずはないのである。
豪州政府は、期限の三日前になって米国政府に妥協案を提示した。
米軍駐留軍の引揚げである。
「ポートモレスビーに存在する米艦隊は今のところ攻撃を受けていない。
豪州の信託統治領に存在する駐留軍も同様である。
駐留軍の撤退ならば、日本軍も受け入れる可能性がある。
米国が受け入れなければ、中立国である豪州政府としては、国際法に乗っ取り交戦国との軍事供与を回避する義務を負う事になる。
豪州が単独で日本軍と交戦状態に入ることは将来的にはともかく、現状では米軍でさえ梃子摺っている相手であるので論外だ。
米国があくまで豪州に対日参戦を望むならば、少なくとも太平洋艦隊の半分をポートモレスビーに派遣することを要求する。
それが可能ならば、豪州政府も参戦することとする。」
米国は逆に下駄を預けられた。
米国としては太平洋艦隊の派遣を決定する事は可能だが、実行が伴わないことを知っていた。
いまだに何一つ方策が見つからないでいる。
大西洋を横断、インド洋を経由してアジアに到達する方法もあるが、地球の四分の三ほどの距離を踏破しての補給は論外である。
しかも大西洋地域には未だにUボートが暗躍しているのである。
インド洋は今のところ英軍の聖域であるが、それとてどれほど持つかはわからない。
万が一にでも英軍に対して日本軍が矛先を向ければ英軍とて只ではすまないだろう。
だが、太平洋進出の方策が見つからない以上、一時的な撤退に応じるしかなかった。
ポートモレスビーにある前遣艦隊だけで日本海軍に挑ませるのは余りにも無謀な話であった。
情報によればトラック環礁に日本軍の連合艦隊司令部が移転したらしい。
其処には見たことも無いほど巨大な戦艦と航空母艦が存在しているとのことである。
それと比べるとかなり小型のカタマランタイプの空母が2隻、それに戦闘艦多数が常駐している。
フィリピンのスービック海軍基地も施設整備がなされたほか、やはりカタマランタイプの空母が2隻と戦闘艦が存在している。
またグアムもかなりの施設整備が行われ、大規模な飛行場が出来上がり、環礁にはやはりカタマランタイプの空母が2隻常駐しているらしい。
戦前から存在した6隻の小型空母についてはいずれも所在が不明である。
米軍は知らなかったが、小型空母6隻はいずれもフィリピン攻略戦に参加した後、元の配置に引き上げていたのである。
その代わりに、カタマラン型空母6隻が新たに海軍に提供され、試験運転を兼ねて各地に配備されているのである。
なお、戦前から内密に配備されていた小型空母群32隻は、それまでの偽装を外してフル装備で出撃、現在は三分の二の24隻が帝国東方千海里沖で拠点配備を行っており、残り8隻が日本海及びオホーツク海域での哨戒任務に当たっているところである。
新たに配備されたカタマラン型空母は、全長320m、最大幅72mで、中央に艦橋を備える異形の巨大空母である。
これにより飛行甲板は二つあってそれぞれが320mの長さを有し、艦載機搭載量も従来の軽空母の6倍以上になった。
艦上戦闘機「電征」100機、急降下爆撃も雷撃もこなせる艦上攻撃機「天山」200機を搭載する強力な空母となっていた。
フィリピンに常駐するのは飛龍、蒼龍、グアムに駐在するのは瑞鳳、翔鳳、トラックに駐在するのは瑞鶴と翔鶴と命名されている。
トラック駐在の巨大艦は、宏禎王が海軍に提供した超巨大空母と超巨大戦艦であり、空母は「海王」、戦艦は「武蔵」とそれぞれ命名されていた。
旧式の偽装用潜水艦は順次沼津の造船所に回航されて廃棄され、乗員はそのまま新型潜水艦に搭乗したのである。
新型潜水艦は、地脈発電機とパラチウム電池を搭載、潜航深度500m、水中速力35ノット、空気浄化装置を装備し、食料さえ持てば1年でも潜航が可能である。
「逆鱗」と名づけられていた。
開戦当初8隻ほどあった対デモンストレーション用特型潜水艦はこうして全てが消え去った。
新型潜水艦は、搭乗員が従来型の三分の二ほどで済むため、潜水艦の総数は150隻になっていた。
これまでドン亀と呼ばれた潜水艦は、長い航続距離と速い水中速力から逆にシャチとあだ名されるようにまでなっている。
海がどんなに時化ていても水深20mまで潜ると至って静かである。
ために、ドン亀を敬遠していた海軍兵士に潜水艦搭乗員の希望が増えたのもこの新型潜水艦の秘匿配置が始まった時期からである。
船酔いに弱い体質の者が転属希望を出したのである。
潜水艦基地は、当初、高知県の宿毛湾にあったのだが、秘匿のために小笠原諸島の母島に新たに移設されていた。
母島にはこのための大規模港湾と飛行艇基地が既に建設されていた。
飛行艇は主として物資輸送に使われるが、休暇の乗員を本土横須賀に運ぶためにも使われる。
川西製作所が作った二式大艇は傑作機であるが、福井県小松に技師達が集められて、更なる改造を要求された。
加給機付き新型エンジンの装着、補助ブースターの装着、耐圧コクピットの製造、それに対波能力の向上である。
エンジンとブースターは既に飛鳥総業が開発していた。
その組み立てラインを立案することと対波能力の向上策を考えることは各社の技師が混在した二つの班で別々に検討された。
飛鳥総業から派遣されている技師が種々の場面で適切なアドバイスを出してくれ、有効に機能した。
昭和16年1月に小松にある試験飛行場で試験飛行に成功したのが二式大艇改である。
新型エンジンの採用で、最高速力は360キロから倍以上の680キロまで上がった。
ブースターを使うと一気に900キロ近くまでの増速も可能である。
ブースターでの加速は5分が限界である。
しかしながら、その力で高度を1万m以上に取れることが最大のメリットである。
四千メートルからの試験では1万五千メートルまで一気に上昇する事が可能である。
その後はグライダー滑空を行うことで敵から離脱できるのである。
高度八千メートルでは、地上の半分以下の気圧であるため、呼吸が困難となり短時間で意識が混濁する。
そのまま放置すれば酸欠で搭乗員は死に至ることになる。
そのために、二式大艇改には気密コクピットが必要だったのである。
今のところ戦線への投入は必要ないものの、その航続距離の故に捜索救助用の航空機としては大きな期待を寄せられており、トラック、スービック、グアムには各20機が常駐している。
いずれにしろ、米軍にとって日本軍は戦前の前評判と異なって侮れない存在であった。
◇◇◇◇
最終的に米軍は、安全が保証されるならば、一時的撤退に応じる旨を豪州政府に伝えた。
同時に日付変更線以西の太平洋海域に散らばる駐留部隊の引き上げをも豪州政府に依頼したのである。
6月29日、豪州政府は日本大使館に米軍の安全な撤退を条件に米軍駐在を全て取りやめる事を伝えた。
日本大使からは、米軍の安全を保証する事はできないが、少なくとも米軍将兵の撤退に際して豪州船籍の船を使う限り、日本側から攻撃する事はしない旨表明があった。
米海軍艦艇をポートモレスビーに置いてゆくわけには行かない旨を告げると、輸送船等で曳航するならば攻撃は控えるという表明がなされた。
======================
時系列に間違いがありましたので修正しました。
蘭印の仮政府は困惑した。
母国オランダは既にドイツによって占領されている。
ハワイの太平洋艦隊が姿の見えない敵の攻撃によって戦艦を含む9隻の戦闘艦を失い、すごすごと引き返したとの情報は蘭印政府にも届いていた。
ここはオーストラリアと英領シンガポールの経済圏に属しているから、とりあえずは安全圏と思われるが、フィリピンの米軍をわずか1ヶ月で降伏に追い込んだ日本軍は侮れない。
しかも、蘭印の正規軍は極めて少ないのである。
ポートモレスビーを基地とする米軍前遣艦隊は頼りにならないかもしれない。
巡洋艦を主軸とした艦隊であるからである。
カリフォルニア、ネバダは旧式艦とは言えども戦艦である。
その戦艦を姿も見せずに一撃で沈めるなど通常では考えられない話である。
それに比べて如何に新型艦であろうと巡洋艦など余り頼りには出来ない。
蘭印は米軍に対する直接支援を放棄することとした。
蘭印が直接支援を行わずとも、オーストラリア、英国などが支援を行うから、必要ならばこれらの国に物資の提供を行えばいいのである。
蘭印は日本軍に応諾の通報を行ったのである。
5月6日、日本政府からオーストラリア政府に対しても、米軍支援を止める様に勧告がなされた。
豪州政府は英連邦の一つである。
同盟国の一環としてそれは出来ないと公式に断った。
「それならば日本軍はポートモレスビーの米国籍軍艦及び当該豪州委任統治領にある米国軍用機と米軍軍事基地を攻撃することになるが、それでも貴国は構わないか。」
と尋ねられた。
「あくまでポートモレスビーは我が国委任統治領の一部であり、その他の委任統治領についても同様である。
従って、そこへの攻撃は如何なる場合も我が国に対する攻撃と看做される。」
と答えた。
「貴国は我が国と交戦中の敵国であるアメリカ合衆国に便宜を与えているが、これは我が国に対する敵対行為に他ならない。
中立国家への寄港自体は国際法上も認められるが、それ以上の便宜を図る事は我が国を敵視した証拠と捉えられる。
特に軍事物資の供与、基地の敷地提供、駐留軍の許可などがそれに当たる。
貴国は、我が国との戦争を望んでおられるのか。」
と畳み込まれたのである。
豪州政府は困った立場に置かれた。
蘭印政府が既に米軍支援を放棄した旨の通知は受けていた。
日本に対して宣戦布告を行うことは容易いが、現状では勝ち目の無い戦のように思われるのだ。
聞くところによるとハワイの太平洋艦隊は日付変更線を超えることが出来ないらしい。
このことは、米国に応援を頼んでも米海軍の支援は受けられない事を意味している。
米国はグアムに続き、フィリピンを失ってアジアへの足がかりを失っている。
米国政府でも思案の最中であるが、日本軍への対策が見当たらないのが現状なのだ。
一方の日本軍は守りに徹しているのか、積極的な攻撃には出ていない。
但し、米国本土及びハワイなどからの援軍は、一切が豪州には届いていない。
補給船ですら日付変更線を越えることができず、米軍は中立国の輸送船で物資を運んでいる現状である。
日本軍は中立国の船には寛容である。
米国の港に入って豪州まで輸送する荷物を満載していてもそれらの船舶は攻撃されない。
だが、兵員輸送や武器輸送などは駄目であった。
メキシコ国籍の船に将兵を乗せて輸送しようとしたところ、日付変更線間近で警告を受けたのである。
しかも、恐るべき事に搭乗している兵員の具体的な数まで挙げて、攻撃を予告したのである。
メキシコ船はそれ以上の進出はできず引き返したのである。
明らかに国際法違反を行っている船には、中立国に関する保護の適用がされないのである。
理屈上は極めて整然としている。
日本は米国の中国駐留を理由に、米国只一国に対して宣戦布告をなした。
そうして、アジア地域の軍事拠点となるグアム及びフィリピンを攻略した。
太平洋域で日付変更線以西にある米国信託統治領の米軍軍事基地はウェーキ島だけである。
ウェーキ島の駐留軍は二千名足らずだが、それも何時まで持つかは不明である。
ウェーキ島への補給が4月20日以降は全くなされておらず、ウェーキ島では物資不足が顕在化しているという。
残るは、豪州信託統治領であるニューギニア、ボルネオなどの地域にある軍事基地なのである。
これを維持するには、米軍は何としても豪州政府の後ろ盾が必要であった。
しかしながら、豪州政府も日本軍の矛先を向けられては適わない。
取り敢えずは引き延ばし戦術で、はぐらかしているが、それにも限界がある。
日本軍が最後通告を行ってきたのである。
「7月以降も米軍に対する軍事物資の供与、米軍駐留基地の提供を引き続き行う場合には、貴国政府が中立国であるとの主張が正当ではないと判断し、貴国に宣戦布告する。」
そう言って豪州駐在の日本大使は引揚げたのである。
豪州政府は決断を迫られた。
米国政府は、なおも豪州に対して協力依頼を強く迫ってくる。
豪州の貿易相手は米国がかなりの割合を占めている。
羊毛や肉類などがその主たる輸出産品である。
仮に米国の機嫌を損ねると、これら輸出にも跳ね返ることが予測される。
豪州政府は、米国を相手に協議を続けた。
だが、米国は如何なる犠牲を払っても豪州を守るという約束が出来なかった。
太平洋における戦闘はこう着状態に陥っていた。
日本軍からは積極的な動きは見せていないが、米軍から動きたくても動けない状況にあったのである。
5月に入って、米軍は島嶼の飛び石で航空機の増強を図ったが、実はそれも阻止されていた。
日付変更線を超えた航空機は、全て消息を絶っていたのである。
輸送機、戦闘機、爆撃機、偵察機の如何を問わず、一切の米軍機と米国籍航空機が消息を絶ったのである。
さすがの米軍も損害が100機を超えると計画を断念した。
いくらかでも到達する可能性があるならともかく、100%の損害であり、見えない日本軍の攻撃に違いないと判断するしかなかった。
逆に米国内ではハワイを守れとの意見も多くなっていた。
日付変更線まではわずかに1000海里足らずの位置にハワイ諸島はある。
ミッドウェイに至ってはわずかに400海里足らずである。
北太平洋から南太平洋全域にわたって暗躍する日本軍の秘密戦隊が、そのわずかな距離を移動できないはずはないのである。
豪州政府は、期限の三日前になって米国政府に妥協案を提示した。
米軍駐留軍の引揚げである。
「ポートモレスビーに存在する米艦隊は今のところ攻撃を受けていない。
豪州の信託統治領に存在する駐留軍も同様である。
駐留軍の撤退ならば、日本軍も受け入れる可能性がある。
米国が受け入れなければ、中立国である豪州政府としては、国際法に乗っ取り交戦国との軍事供与を回避する義務を負う事になる。
豪州が単独で日本軍と交戦状態に入ることは将来的にはともかく、現状では米軍でさえ梃子摺っている相手であるので論外だ。
米国があくまで豪州に対日参戦を望むならば、少なくとも太平洋艦隊の半分をポートモレスビーに派遣することを要求する。
それが可能ならば、豪州政府も参戦することとする。」
米国は逆に下駄を預けられた。
米国としては太平洋艦隊の派遣を決定する事は可能だが、実行が伴わないことを知っていた。
いまだに何一つ方策が見つからないでいる。
大西洋を横断、インド洋を経由してアジアに到達する方法もあるが、地球の四分の三ほどの距離を踏破しての補給は論外である。
しかも大西洋地域には未だにUボートが暗躍しているのである。
インド洋は今のところ英軍の聖域であるが、それとてどれほど持つかはわからない。
万が一にでも英軍に対して日本軍が矛先を向ければ英軍とて只ではすまないだろう。
だが、太平洋進出の方策が見つからない以上、一時的な撤退に応じるしかなかった。
ポートモレスビーにある前遣艦隊だけで日本海軍に挑ませるのは余りにも無謀な話であった。
情報によればトラック環礁に日本軍の連合艦隊司令部が移転したらしい。
其処には見たことも無いほど巨大な戦艦と航空母艦が存在しているとのことである。
それと比べるとかなり小型のカタマランタイプの空母が2隻、それに戦闘艦多数が常駐している。
フィリピンのスービック海軍基地も施設整備がなされたほか、やはりカタマランタイプの空母が2隻と戦闘艦が存在している。
またグアムもかなりの施設整備が行われ、大規模な飛行場が出来上がり、環礁にはやはりカタマランタイプの空母が2隻常駐しているらしい。
戦前から存在した6隻の小型空母についてはいずれも所在が不明である。
米軍は知らなかったが、小型空母6隻はいずれもフィリピン攻略戦に参加した後、元の配置に引き上げていたのである。
その代わりに、カタマラン型空母6隻が新たに海軍に提供され、試験運転を兼ねて各地に配備されているのである。
なお、戦前から内密に配備されていた小型空母群32隻は、それまでの偽装を外してフル装備で出撃、現在は三分の二の24隻が帝国東方千海里沖で拠点配備を行っており、残り8隻が日本海及びオホーツク海域での哨戒任務に当たっているところである。
新たに配備されたカタマラン型空母は、全長320m、最大幅72mで、中央に艦橋を備える異形の巨大空母である。
これにより飛行甲板は二つあってそれぞれが320mの長さを有し、艦載機搭載量も従来の軽空母の6倍以上になった。
艦上戦闘機「電征」100機、急降下爆撃も雷撃もこなせる艦上攻撃機「天山」200機を搭載する強力な空母となっていた。
フィリピンに常駐するのは飛龍、蒼龍、グアムに駐在するのは瑞鳳、翔鳳、トラックに駐在するのは瑞鶴と翔鶴と命名されている。
トラック駐在の巨大艦は、宏禎王が海軍に提供した超巨大空母と超巨大戦艦であり、空母は「海王」、戦艦は「武蔵」とそれぞれ命名されていた。
旧式の偽装用潜水艦は順次沼津の造船所に回航されて廃棄され、乗員はそのまま新型潜水艦に搭乗したのである。
新型潜水艦は、地脈発電機とパラチウム電池を搭載、潜航深度500m、水中速力35ノット、空気浄化装置を装備し、食料さえ持てば1年でも潜航が可能である。
「逆鱗」と名づけられていた。
開戦当初8隻ほどあった対デモンストレーション用特型潜水艦はこうして全てが消え去った。
新型潜水艦は、搭乗員が従来型の三分の二ほどで済むため、潜水艦の総数は150隻になっていた。
これまでドン亀と呼ばれた潜水艦は、長い航続距離と速い水中速力から逆にシャチとあだ名されるようにまでなっている。
海がどんなに時化ていても水深20mまで潜ると至って静かである。
ために、ドン亀を敬遠していた海軍兵士に潜水艦搭乗員の希望が増えたのもこの新型潜水艦の秘匿配置が始まった時期からである。
船酔いに弱い体質の者が転属希望を出したのである。
潜水艦基地は、当初、高知県の宿毛湾にあったのだが、秘匿のために小笠原諸島の母島に新たに移設されていた。
母島にはこのための大規模港湾と飛行艇基地が既に建設されていた。
飛行艇は主として物資輸送に使われるが、休暇の乗員を本土横須賀に運ぶためにも使われる。
川西製作所が作った二式大艇は傑作機であるが、福井県小松に技師達が集められて、更なる改造を要求された。
加給機付き新型エンジンの装着、補助ブースターの装着、耐圧コクピットの製造、それに対波能力の向上である。
エンジンとブースターは既に飛鳥総業が開発していた。
その組み立てラインを立案することと対波能力の向上策を考えることは各社の技師が混在した二つの班で別々に検討された。
飛鳥総業から派遣されている技師が種々の場面で適切なアドバイスを出してくれ、有効に機能した。
昭和16年1月に小松にある試験飛行場で試験飛行に成功したのが二式大艇改である。
新型エンジンの採用で、最高速力は360キロから倍以上の680キロまで上がった。
ブースターを使うと一気に900キロ近くまでの増速も可能である。
ブースターでの加速は5分が限界である。
しかしながら、その力で高度を1万m以上に取れることが最大のメリットである。
四千メートルからの試験では1万五千メートルまで一気に上昇する事が可能である。
その後はグライダー滑空を行うことで敵から離脱できるのである。
高度八千メートルでは、地上の半分以下の気圧であるため、呼吸が困難となり短時間で意識が混濁する。
そのまま放置すれば酸欠で搭乗員は死に至ることになる。
そのために、二式大艇改には気密コクピットが必要だったのである。
今のところ戦線への投入は必要ないものの、その航続距離の故に捜索救助用の航空機としては大きな期待を寄せられており、トラック、スービック、グアムには各20機が常駐している。
いずれにしろ、米軍にとって日本軍は戦前の前評判と異なって侮れない存在であった。
◇◇◇◇
最終的に米軍は、安全が保証されるならば、一時的撤退に応じる旨を豪州政府に伝えた。
同時に日付変更線以西の太平洋海域に散らばる駐留部隊の引き上げをも豪州政府に依頼したのである。
6月29日、豪州政府は日本大使館に米軍の安全な撤退を条件に米軍駐在を全て取りやめる事を伝えた。
日本大使からは、米軍の安全を保証する事はできないが、少なくとも米軍将兵の撤退に際して豪州船籍の船を使う限り、日本側から攻撃する事はしない旨表明があった。
米海軍艦艇をポートモレスビーに置いてゆくわけには行かない旨を告げると、輸送船等で曳航するならば攻撃は控えるという表明がなされた。
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時系列に間違いがありましたので修正しました。
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