親王様は元大魔法師~明治の宮様に転生した男の物語~戦は避けられるのか?

サクラ近衛将監

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第五章 戦争への序曲

5-4 大日本帝国の決断 その一

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 中華民国の米軍駐留部隊受け入れの報道は、3月20日、日本にも伝えられる一方、グレッグ駐日大使が外務省を訪れ、米国の止むを得ざる駐留について理解を求め、米国の駐留計画を説明した。
 駐留米軍の五千名は4月中旬にも中国に上陸、中国国内の20箇所に分散配備される計画だという。

 東郷外相は、米国に対して再考を促すよう説得をした。
 だが、グレッグ大使はにべもなく断った。

 既に米国の方針は決まっており、中国在留米人の保護のための駐留軍派遣は取りやめられないこと。
 これはあくまで、貴国の立場を考慮しての事前通報であることを伝えた。

 そうして、大使は更に付け加えた。
「ミスター東郷、これは本国からの指示なので伝えた。
 日本政府にとって中国への米軍駐留がいかなる意味を持つかは十分に理解しているつもりだ。
 しかしながら、中国に駐留する外交官、企業の社員及びその家族を護る事も我が国にとって重要なことなのだ。
 中国の国民党政府では米国民の生命財産を護れないのだ。
 このことで日本政府が態度を硬化しないことを切に祈っている。」
 
 実のところ日米経済問題に関して、米国との交渉は、米国の国内事情のみを考慮して日本へ一方的に譲歩を迫る内容であったことから既に暗礁に乗り上げ、全くのこう着状態にある。
 正直に言って、経済問題については日本側が譲歩する理由など無いし、仮に日米通商航海条約を停止されてもほとんど困らないのである。

 どちらかと言うと、日米間の友好を図る意味合いでおつきあいしてきた交渉なのであり、その上に更なる難題を米国から吹っ掛けられ、東郷外相は今後の行く末を考えると暗鬱たる想いに駆られた。

「ミスターグレッグ、貴方の口上は確かに承った。
 我が国に対する日頃の貴方の思い入れについても十分に理解している。
 しかしながら、日中講和を結んだ今でも、我が国にとって対中国問題は最重要課題なのだ。
 最悪の事態が避けられるかどうかについての予見は、私の独断ではできない。
 閣議に諮った上で、天皇陛下の裁可を待つ事になるだろう。」

 グレッグ大使は肩を落としながら帰っていった。
 
 閣議は紛糾した。
 今年、1月末に九重首相に代わって、現在は閑院宮が首相を務めている。

 その際に保科陸相と木戸幸一内相は身を引いていた。
 保科の場合は後身に道を譲ったのであり、木戸の場合は健康上の理由からである。

 その他の閣僚は再任されていた。
 米納海相も身を引きたかったが、海軍内部での後押しが強く、断れなかったのである。

 日本の立場を尊重しない米国のやり方には閣僚全員が憤りを感じていた。
 しかしながら約束を破ったのは中華民国である。

 日中講和から1年半、久方ぶりの平和に日本の経済も持ち直しつつあった途上である。
 ここでまた中国に戦を仕掛けることに大義名分は立つものの、非常に辛い選択なのである。

 だが、最終的に中華民国に対する制裁のためにも、中華民国に宣戦布告をなすべきとする畑山陸相の意見が強かった。
 陸軍は宏禎王による目先の利で釣られてはいるものの、確かに忍の一字で中国からの撤退に応じたのである。

 こちらは約束を護っているのに、相手が護らないのであれば、講和は無いも同然。
 放置すれば我が国外交が、なし崩し的に大きな影響を受けるだろう。

 閣僚の大方の見かたはそうである。
 閣議では決定を見合わせ、その概要をお上に奏上することにした。

 3月21日、閑院宮がお上に閣議の模様を報告し、大勢は中国との戦争に傾いておりますと付け足した。
 するとお上は裁可には触れず、異例の指示をした。

「富士野宮宏禎王を呼びなさい。
 この難局に当たって、彼の意見を聞いておきたい。
 如何ように処すべきかはその後で朕が決める。」
 
 如何に宮家と言えども、宏禎王は単なる私設の姫部隊の責任者と言うだけの官職に過ぎない。
 ある意味で在野に近い人物の意向によって政府方針が決定されるなど、前代未聞のことである。

 だが、お上の勅命である。
 逆らう事はできない。

 閑院宮は暫く別室で待機することにした。
 お召しにより急遽宏禎王が参内したのは、3時間後のことである。

 閑院宮も宏禎王との会見に立会せよと呼ばれた。
 事情を聞いた宏禎王は、暫し考え込んでいた。

 五分も経った頃、ようやく口を開いた。

「恐れながら申し上げます。
 中国との戦は避けた方が宜しいかと存じます。
 此度の問題は、そもそも米国に端を発しております。
 11日から続く一連の中国でのゲリラ騒動は、私の見るところ、中国共産党の仕業ではありません。
 おそらくは米国の息の掛かった工作員がなした自演自作の狂言にございます。
 若干の情報不足もございますが、11日、14日、15日、18日の事件は間違いなく裏で米国諜報員が糸を引いております。
 その余の案件も幾つかあるようですが、これは米国又は西欧諸国に不満を有する付和雷同組の仕業で、実害も殆ど出てはおりません。
 先行する4件とは質が違うものと判断しております。
 従って、中国もまた米国に踊らされているに過ぎません。
 単なる案山子を撃ったところで帝国の益にはなりません。」

「では、そちは何もせず放置せよというのか。
 それでは、帝国は諸外国に侮られることになるが、・・・。」

「いいえ、そうではありませぬ。
 恐れながら申し上げます。
 案山子ではなく、元凶を断つべきでございます。
 即ち、米国に対して宣戦布告をすべきかと存じます。」

「それは、・・・。
 如何にも無茶なことではないのか。
 米国が裏で糸を引いているにしても、それを立証せずば、大義名分が立たぬ。」

「その通りにございます。
 ですが、立証は必ずしも必要はありません。
 陛下は、立証により米国を糾弾し、中国への駐留計画を取り下げさせれば、それでよいとお考えでしょうが、事は簡単には参りません。
 米国が何故このような謀略を企図したか、それを知った上で対処せねば、第二、第三の謀略事件が起きましょう。
 米国は中国への進出を狙って此度の動きをなしたとは思われません。
 国家にとって10年とは左程長い期間ではございません。
 中国への進出機会を狙うのであれば敢えてこの危険な時期を選ぶ必要はございません。
 10年、いや後8年半も待てば大手を振って中国に駐留軍を派遣できるのですから。
 それにもかかわらず、この時期を選んだのは何故か。
 場合によっては、米国の駐留軍自体が元凶として日本から狙われる可能性すらあります。
 日中講和の際には、非公式ではありますが、場合により当該駐留軍を攻撃することを国民党政府に伝えております。
 そのことは国民党幹部の親米派の者から米国にも伝わっているはずです。
 ですから、米国政府は当然にその可能性ありと判断して事を起こしているはずです。
 米国の狙いは、我が帝国なのです。
 中国は単なる当て馬に過ぎません。
 彼の国では、アジア地域で台頭している帝国の存在を疎ましく思っている者も相当におります。
 特に、現在の米国は排日運動が極めて盛んであります。
 勤勉な日本人に職を奪われる危機感を感じた者達の、極めて衝動的な感情発露ですが、時たまたま、米国ではイエローペリル、日本語では黄禍論が盛んに唱えられている事もあり、日本人の排斥運動につながったものなのです。
 米国政府全てが黄禍論に凝り固まっているわけではありませんが、そうした大衆を取り込むには、迎合する事が一番の策です。
 来年は大統領選挙の年です。
 大方の予想は、現大統領の敗北です。
 大統領が再選を狙うならば、何らかの策を講じて多くの票を獲得する必要があります。
 そのための一つの方策として日本を叩くという方策の一環であると考えています。
 従って、此処を忍の一字で耐えても二の矢、三の矢があることを予想しなければなりません。
 特に、10日、米国は、自国貨客船がドイツに沈められた故を以て、欧州参戦に踏み切りました。
 ですが、過去には4隻もの船を沈められて動かなかった米国が、何故今回は動いたかです。
 貨物船には46名の仏系米人家族が乗っており、その殆どが死亡しました。
 生存者は7歳の女の子と乗組員が一人だけ。
 沈んだのが現地時間で10日の日出前、その日の夕刻、ワシントンで号外が出ました。
 時差を考えるとわずかに3時間後のことです。
 生存者の一人が7歳の女の子であるとの情報等海軍が特別に配慮しなければ夕刻には出ない情報です。
 しかも、もう一人の生存者である乗組員は指名すら公表されていないのです。
 私自身はもう一人の生存者が米国の工作員ではないかと疑っております。
 いずれにせよ、米国政府は7歳の少女をプロパガンダに使いました。
 元々、米国はモンロー主義により南北アメリカ以外の諸外国には干渉しないことが基本方針でした。
 ですから、ドイツのポーランド侵攻に際しては早々と中立宣言を出したほどです。
 しかしながら、次期大統領選が近づくにつれ、大統領は焦りを感じ始めています。
 大量の票を獲得するには、大衆に迎合しやすい欧州参戦を決定するのが一番の早道なのです。
 盟友である英国を助けるために出陣する事が欧州を救い、欧州に多くの権益を有する米国の多国籍企業の同意を取り付けることにもなり、何よりも経済界に大きな勢力を有するユダヤ系企業の関心を買えることになります。
 更に云えば、米国が参戦することにより大規模な需要が生まれ逼迫している米国経済を救う手立てにもなります。
 また、大量の徴兵は失職者の臨時雇用にもなりますから・・・。
 従って、事の真偽はわかりませんが、貨物船の撃沈にしてもあるいは米国の謀略かもしれません。
 ドイツのヒトラーは異常なほど警戒心の強い男です。
 これからソ連侵攻を狙っている彼がわざわざ敵を多くするわけがありません。
 ですから、Uボートが誤った目標を選択したにしても、その前に伏線があり、何らかの有力な情報によりドイツ軍がカレー沖で獲物を待っていた公算が高いのです。
 因みに、撃沈された船は翌日にカレーに入港する船であり、ドイツには事前に入港予定が通報されている船でした。
 一日以上早く現場海域に着いたためにカレー沖50マイルで漂泊し、時間待ちしていたとの事ですが、何故位置通報をしなかったのか。
 大西洋の航行で普通一日の誤差など出ないものですが、何故そのような間違いが起きたのか。
 いずれにしろ不可解な点が多数あって、米国政府の発表及び報道がそのまま信じられるとは思いません。
 総合して得られる結果は米国の謀略です。」

「待て、待て。
 そちは、色々な事を言ったが、幾つか確認をしたい。
 米国の対独参戦決定の記事は、新聞にも載ったが、詳細な貨物船の情報など出なかったはずだが、何ゆえ知っている。」

「米国のニューヨークタイムズなど主要な新聞情報が入手できたからです。
 またドイツのヒューゲルなどの新聞情報も入手できます。
 ドイツの情報では、別途の有力な情報があって、策敵中に遭遇したことによるとあります。
 また、当日当該海域にはいないはずの船だったとも述べています。」

「ふむ、なるほど、・・・。
 今ひとつ、そちはドイツがソ連侵攻を企んでいると申したが、そのような兆候があるのか?
 ドイツとソ連は、昨年に不可侵条約を締結し、先月には友好条約を交わしたばかりで、とても信じられない話なのだが。」

「はい、ドイツ軍司令部は、既に昨年末に、本年5月末までにソ連侵攻の準備を整えるよう秘密指令を発しております。
 ヒトラーは、同じく猜疑心の強いスターリンに油断をさせるために、ソ連侵攻を決めておりながら友好条約を敢えて締結したのです。
 ソ連は冬場の侵攻は中々に難しいので、夏場にレニングラードまで攻略するつもりでしょう。
 ドイツの機甲師団ならば可能かもしれませんが、ソ連も必死に抵抗するでしょう。
 冬将軍が来るまでの勝負です。
 冬が到来すればドイツはソ連に勝てません。」

「そちは、何故そのような極秘情報を知っている。
 陸海軍ですら掴んではいない情報であろう?」

「私には、軍や外交使節などとは全く別の、独自な私的情報網がございます。」

「ウーム、・・・。
 此処が正念場なのだが、・・・。
 そちは中国に宣戦布告するのではなく、米国に宣戦布告せよと言うのだな。
 戦争はどうしても避けられぬものなのか。」

「陛下のお尋ねですのでお答えしますが、避けられます。
 全ての相手の要求を認めれば宜しゅうございます。
 戦を仕掛けてきても降伏すればいいのです。
 さすれば、戦は起こりません。
 戦は、互いに武器を持つ者が起こすものであり、武器を持たざる者との戦などありません。
 互いの主張が相反すれば、国家は戦争をする事によって自分の主張を通そうとしました。
 今、米国と帝国の利害は相反しており、決着をつけるには戦を行って我を張るか、相手の言い分を認めて引き下がるしかありません。
 ここで引き下がれば、際限もなく引き下がらざるを得なくなると考えて、戦をすることが必要と宰相も言上されたのではないのですか。」

「うむ、その通りじゃ。
 朕が耐え忍ぶだけならばそれもできようが、臣民に同じ事を強要出来ぬ。
 だが、戦をのぉ、・・・。
 米国と戦って勝てるのか。」

「私にお聞きするのは畑違いと申し上げるのが本来でしょうが、・・・。
 敢えて申し上げれば、勝てないでしょう。
 大陸での紛争と同じ事になる可能性がございます。
 帝国の50倍以上の国土を有し、帝国の2倍の人口を抱える国を負かすことは至難の技でしょう。
 ですが、勝てないまでも負けない方法はございます。」

「何と、・・・。
 それは、どのような方法じゃ。」

「米国にとって戦いたくない国だと思わせれば宜しいかと存じます。」

「で、陸海軍にそれができるとそちは思うのか。」

「陸海軍だけでは難しゅうございますが、陸海軍に私と紅兵団が加担すれば可能かと存じます。」

「そういえば紅兵団は、その後如何したのだ。
 創設から3年目に入る。
 そちの話では、育成に4年かかると申しておったが、いまだ育成の途上なのか?」

「只今は、最後の仕上げに掛かっており、4隻の船に分乗して洋上訓練を重ねております。」

「なるほど、それなれば、一度、その訓練を朕も見たいものだが、・・。
 それよりも、紅兵団は後方支援が主要な任務、如何にして陸海軍に加担するのじゃ。
 戦ともなれば、実際の戦力差がものを言うはず。」

「左様にございます。
 故に、陛下のお耳には届いてはいない可能性もございますが、陸軍、海軍共に新たな兵装を若干なれども私から提供しております。
 また、紅兵団にも万が一のために戦闘訓練をさせております。」

「ほう、娘達に戦闘訓練を、・・・。
 だがそれでは娘達を危険に晒す事になるではないか?」

「いいえ、親御さんからお預かりした大事な娘達です。
 そのような事はさせません。
 陛下は、鉄砲の弾が遠くから標的を狙うものであることをご承知のはずです。
 そのために、槍、弓矢、刀剣類は戦場からほとんど姿を消しました。
 では、銃砲よりも遠くから標的を狙うことが出来れば、将兵はより安全になるはずでございます。
 そうした工夫をして戦闘が出来るようにしております。
 仮に戦となった場合でも、娘達の只の一人でも死傷させるようなことはいたしません。」

「そちは、余程の自信があるようだが、・・・。
 朕はそちの振り出す空手形を信用せねばならぬのか。」

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