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第四章 戦に負けないために
4-8 同室者の事情
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「さてさて、困った班長さんだこと。
あんたがそんなに不安げな事ばかり言っていたらどうするの。
あんたの後ろには63人もの不安を抱えた婦女子がいるのを忘れないで。
みんな、あんたの一挙手一投足を見守っているんだから。
ううん、63人だけじゃない。
他の班長に選ばれた人だって、同じような不安を抱えているんだから、やっぱりあんたを見ているはずだよ。
私はね。
未亡人のこの私を選んでくれただけでもこの部隊を信用しているんだから。
あんたも自分を選んでくれた人達を信用しなさいよ。
向こうだってあんたを信用して部隊に引き入れたんだから。
あんたも、ただの興味本位じゃなく、何かに惹かれて応募したんでしょう?」
「はい、こんな私でも何か役に立つ事が出来るんじゃないかって、そう思いました。」
「だったら、心配しないの。
役に立たないようだったら、向こうが勝手に放り出してくれるわよ。
私達、網走組は「あじさい」だったけれど、釧路組は確か「ひまわり」だったわよねぇ。
あの船内での試験は一次の適性試験だから、いずれ二次の適性試験がある。
いや、むしろこの班編成でこれから行う訓練その他で個々の者がどう動くか、その成績はどうか、それがきっと二次試験なんだと思うわ。
だから、いちいち気にしていたら始まらない。
第一ねぇ、一次の適性試験に落っこちた人に申し訳ないじゃない。
私達全部で285名だけれど、その4倍以上の人達が落とされているのよ。」
「そうですね。
そんな風に考えては見なかったけれど、・・・。
ウーン、できるかどうかわからないけれど頑張ってみます。
有難うございます。
赤嶺さん。
でも、・・・・。
赤嶺さんてお幾つなんですか。
何だか、お母さんみたい。」
「おやおや、私には子供はいないし、いてもまだ赤ちゃんのはずだけれどね。
満年齢で23歳。
稚内組では一番の年長者だったよ。
お陰で、声がかすれるまで号令かけさせられたけれど・・。」
大山ユキとサキが顔を見合わせてクスッ笑った。
むっとした様子で赤峯裕子が尋ねる。
「何なのよ。
その含み笑いは・・。」
「ごめんなさい。
実は釧路組も最年長者の高木あずささんという方が、臨時班長を命じられて・・・。
そのう、・・・。
やっぱり声がかすれるまで号令をかけさせられたものですから。」
「フーン。
で、その高木さんとやらは、幾つなの?」
「確か、濱口一尉の話では21歳と言っていました。」
「エーっ。
それじゃ、ひょっとして285人の候補生で私が一番年寄りなの。
どうでもいいけれど、何となくいやだねぇ。」
ニコニコしながら聞いていた境シノブが言い出した。
「ねえねえ、でも本当に、いいかもしれない。
赤嶺さんは部屋長だし、この際ママさんというのはどうかしら。」
「よしてよ。
ババくさい。
せめてお姉さんぐらいにしてよ。」
そんな話をしている間に、いつの間にか背後に3人の娘が立っていた。
どの辺から話を聞いていたのか三人が顔を見合わせると、口をそろえて賛成と言ったのである。
文句を言う赤峯裕子の言い分が通るわけもなく、その場の多数決でママさんが赤峯裕子の通り名になってしまった。
後から参加したのは、釧路組の清水伸江、秋元小枝子、加山よしのであった。
三人の娘達も加わって早速、改めて自己紹介を始めた。
赤峯裕子は、美幌村出身の23歳、若き戦争未亡人である。
一昨年縁があって鉄道員に嫁いだものの、1月も新婚生活をしないうちに召集令状が届き、旦那は出征、昨年春にその旦那が中国で病死したのである。
二人の短い逢瀬では子供が出来るまでには至らなかった。
だが、他家に嫁いだ以上は家に戻るわけにも行かず、さりとて旦那の実家には義兄夫婦がいるので何となく居場所がない裕子であったが、昨年末に紅兵団の募集を聞き、早速応募したのであった。
境シノブは、19歳、佐呂間村出身の元看護婦である。
網走の小さな医院に准看護婦として勤務していたが、医者というのが藪医者であり、始終酔っ払っていてとても仕事にもならないし、女癖が悪く酔いに任せてシノブも襲われたが、その際に医者の頭をブン殴って逃げ出してきたのである。
実家に戻ってもすることがなく、ぶらぶらしながら次の仕事を探していたら紅兵団の募集が目に付いたのである。
吉見かおるは16歳、やはり網走の近隣小清水村の出身である。
家は開拓農家であるが、数年続きの不作で困窮していた。
かおるの身売りの話が持ち上がっていた丁度そのときに、紅兵団の募集に当たったのである。
後数ヶ月遅ければかおるは女郎として釧路か旭川あたりの女衒に買われていただろうという。
大山ユキは、釧路近郊の大楽毛出身の17歳、家はサキと同じ漁師である。
網元の次男坊との縁談話が持ち上がっていたのだが、もともと素行の悪い男という評判があり、両親とも何とか縁談を断る理由をいろいろと考えあぐねていたところであった。
紅兵団募集にも両親は気が進まないようであったが、応募者の邪魔はできないという規定が効いて、渋々ながらも了解してくれたという。
清水伸江は、15歳。
同室者の中では最年少である。
釧路の西にある白老の出身で、貧しい農家の三女である。
家系がアイヌの血を引いているらしく、何かと周囲から差別を受けた。
自分の将来にも何となく希望をなくしているところに紅兵団の募集を聞きつけ、応募したのである。
秋元小枝子は、18歳。
釧路の比較的裕福な商家に育った。
父親の信条もあって、女であっても人のために役立つことをしなさいと言われていたが、ただでさえ不景気な世の中で女がまともな職につくのは難しく、これといった夢もなく漠然と釧路の水産会社の事務員を務めていた。
紅兵団の募集を見てこれだと思ったと言う。
加山よしのは、18歳。
内陸部足寄出身で開拓農家の次女、15歳で身売りされ、釧路で色町の女郎をしていた。
ある客から紅兵団募集の話を聞きつけ、店の隙を見て交番に駆け込み、応募を申し出た。
話が一旦表ざたになると、店も公然とは邪魔が出来ない。
とどのつまり、怖い女将さんもぶつぶつ言いながらも受検を認め、応募が実現した。
借財は今でも千円ほど残っているはずであり、おそらくは兵団が借財を肩代わりして精算している筈である。
色町では夢も希望もなかった。
店に閉じ込められて外出もままならず、毎日毎日が異なる男に抱かれて、地獄の責め苦であったが、それでも生きているうちに借金を返せれば良いほうで、大抵は身体を悪くして、亡くなる場合が多いという。
最後にしんみりとなってしまった。
皆それぞれに労苦を抱えながらも生きている。
突然、赤峯裕子が言った。
「よかったねぇ。
ここにこれてさぁ。
皆それぞれ事情はあるだろうけれど、何はともあれ何かに向かって一生懸命になれるって言うのはいいことだよ。
それぞれに辛い思い出もあるだろうけれど、ここでは、みんなでいい思い出を作ろうじゃないか。」
サキがはっと気付いたように相づちを打つ。
「そうですね。
ママさんの言うとおりです。
私達に何が出来るかわからないけれど。
ここにいる皆が期待されているんです。
ここには、夢も希望も沢山あります。
明日の私達を夢見て頑張りましょう。」
「さすが、班長。
いいこと言いますねぇ。」
境シノブが、茶化すように言う。
思わずサキは赤くなってしまった。
「いやいや、本当だね。
さて、そろそろ昼食の時間だわね。
皆で一緒に食事に行きましょう。」
赤峯裕子がその場を切り上げるように締めくくった。
あんたがそんなに不安げな事ばかり言っていたらどうするの。
あんたの後ろには63人もの不安を抱えた婦女子がいるのを忘れないで。
みんな、あんたの一挙手一投足を見守っているんだから。
ううん、63人だけじゃない。
他の班長に選ばれた人だって、同じような不安を抱えているんだから、やっぱりあんたを見ているはずだよ。
私はね。
未亡人のこの私を選んでくれただけでもこの部隊を信用しているんだから。
あんたも自分を選んでくれた人達を信用しなさいよ。
向こうだってあんたを信用して部隊に引き入れたんだから。
あんたも、ただの興味本位じゃなく、何かに惹かれて応募したんでしょう?」
「はい、こんな私でも何か役に立つ事が出来るんじゃないかって、そう思いました。」
「だったら、心配しないの。
役に立たないようだったら、向こうが勝手に放り出してくれるわよ。
私達、網走組は「あじさい」だったけれど、釧路組は確か「ひまわり」だったわよねぇ。
あの船内での試験は一次の適性試験だから、いずれ二次の適性試験がある。
いや、むしろこの班編成でこれから行う訓練その他で個々の者がどう動くか、その成績はどうか、それがきっと二次試験なんだと思うわ。
だから、いちいち気にしていたら始まらない。
第一ねぇ、一次の適性試験に落っこちた人に申し訳ないじゃない。
私達全部で285名だけれど、その4倍以上の人達が落とされているのよ。」
「そうですね。
そんな風に考えては見なかったけれど、・・・。
ウーン、できるかどうかわからないけれど頑張ってみます。
有難うございます。
赤嶺さん。
でも、・・・・。
赤嶺さんてお幾つなんですか。
何だか、お母さんみたい。」
「おやおや、私には子供はいないし、いてもまだ赤ちゃんのはずだけれどね。
満年齢で23歳。
稚内組では一番の年長者だったよ。
お陰で、声がかすれるまで号令かけさせられたけれど・・。」
大山ユキとサキが顔を見合わせてクスッ笑った。
むっとした様子で赤峯裕子が尋ねる。
「何なのよ。
その含み笑いは・・。」
「ごめんなさい。
実は釧路組も最年長者の高木あずささんという方が、臨時班長を命じられて・・・。
そのう、・・・。
やっぱり声がかすれるまで号令をかけさせられたものですから。」
「フーン。
で、その高木さんとやらは、幾つなの?」
「確か、濱口一尉の話では21歳と言っていました。」
「エーっ。
それじゃ、ひょっとして285人の候補生で私が一番年寄りなの。
どうでもいいけれど、何となくいやだねぇ。」
ニコニコしながら聞いていた境シノブが言い出した。
「ねえねえ、でも本当に、いいかもしれない。
赤嶺さんは部屋長だし、この際ママさんというのはどうかしら。」
「よしてよ。
ババくさい。
せめてお姉さんぐらいにしてよ。」
そんな話をしている間に、いつの間にか背後に3人の娘が立っていた。
どの辺から話を聞いていたのか三人が顔を見合わせると、口をそろえて賛成と言ったのである。
文句を言う赤峯裕子の言い分が通るわけもなく、その場の多数決でママさんが赤峯裕子の通り名になってしまった。
後から参加したのは、釧路組の清水伸江、秋元小枝子、加山よしのであった。
三人の娘達も加わって早速、改めて自己紹介を始めた。
赤峯裕子は、美幌村出身の23歳、若き戦争未亡人である。
一昨年縁があって鉄道員に嫁いだものの、1月も新婚生活をしないうちに召集令状が届き、旦那は出征、昨年春にその旦那が中国で病死したのである。
二人の短い逢瀬では子供が出来るまでには至らなかった。
だが、他家に嫁いだ以上は家に戻るわけにも行かず、さりとて旦那の実家には義兄夫婦がいるので何となく居場所がない裕子であったが、昨年末に紅兵団の募集を聞き、早速応募したのであった。
境シノブは、19歳、佐呂間村出身の元看護婦である。
網走の小さな医院に准看護婦として勤務していたが、医者というのが藪医者であり、始終酔っ払っていてとても仕事にもならないし、女癖が悪く酔いに任せてシノブも襲われたが、その際に医者の頭をブン殴って逃げ出してきたのである。
実家に戻ってもすることがなく、ぶらぶらしながら次の仕事を探していたら紅兵団の募集が目に付いたのである。
吉見かおるは16歳、やはり網走の近隣小清水村の出身である。
家は開拓農家であるが、数年続きの不作で困窮していた。
かおるの身売りの話が持ち上がっていた丁度そのときに、紅兵団の募集に当たったのである。
後数ヶ月遅ければかおるは女郎として釧路か旭川あたりの女衒に買われていただろうという。
大山ユキは、釧路近郊の大楽毛出身の17歳、家はサキと同じ漁師である。
網元の次男坊との縁談話が持ち上がっていたのだが、もともと素行の悪い男という評判があり、両親とも何とか縁談を断る理由をいろいろと考えあぐねていたところであった。
紅兵団募集にも両親は気が進まないようであったが、応募者の邪魔はできないという規定が効いて、渋々ながらも了解してくれたという。
清水伸江は、15歳。
同室者の中では最年少である。
釧路の西にある白老の出身で、貧しい農家の三女である。
家系がアイヌの血を引いているらしく、何かと周囲から差別を受けた。
自分の将来にも何となく希望をなくしているところに紅兵団の募集を聞きつけ、応募したのである。
秋元小枝子は、18歳。
釧路の比較的裕福な商家に育った。
父親の信条もあって、女であっても人のために役立つことをしなさいと言われていたが、ただでさえ不景気な世の中で女がまともな職につくのは難しく、これといった夢もなく漠然と釧路の水産会社の事務員を務めていた。
紅兵団の募集を見てこれだと思ったと言う。
加山よしのは、18歳。
内陸部足寄出身で開拓農家の次女、15歳で身売りされ、釧路で色町の女郎をしていた。
ある客から紅兵団募集の話を聞きつけ、店の隙を見て交番に駆け込み、応募を申し出た。
話が一旦表ざたになると、店も公然とは邪魔が出来ない。
とどのつまり、怖い女将さんもぶつぶつ言いながらも受検を認め、応募が実現した。
借財は今でも千円ほど残っているはずであり、おそらくは兵団が借財を肩代わりして精算している筈である。
色町では夢も希望もなかった。
店に閉じ込められて外出もままならず、毎日毎日が異なる男に抱かれて、地獄の責め苦であったが、それでも生きているうちに借金を返せれば良いほうで、大抵は身体を悪くして、亡くなる場合が多いという。
最後にしんみりとなってしまった。
皆それぞれに労苦を抱えながらも生きている。
突然、赤峯裕子が言った。
「よかったねぇ。
ここにこれてさぁ。
皆それぞれ事情はあるだろうけれど、何はともあれ何かに向かって一生懸命になれるって言うのはいいことだよ。
それぞれに辛い思い出もあるだろうけれど、ここでは、みんなでいい思い出を作ろうじゃないか。」
サキがはっと気付いたように相づちを打つ。
「そうですね。
ママさんの言うとおりです。
私達に何が出来るかわからないけれど。
ここにいる皆が期待されているんです。
ここには、夢も希望も沢山あります。
明日の私達を夢見て頑張りましょう。」
「さすが、班長。
いいこと言いますねぇ。」
境シノブが、茶化すように言う。
思わずサキは赤くなってしまった。
「いやいや、本当だね。
さて、そろそろ昼食の時間だわね。
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