上 下
18 / 112
第二章 富士野宮(ふじのみや)宏禎(ひろよし)王

2-12-2 閑話 毛利元炤公爵

しおりを挟む
 私は、元長州藩主の毛利もうり元炤もとあきらという元治2年2月7日(1865年3月4日)生まれの若手の公爵じゃ。
 明治30年から貴族院議員として国政にも参画しておる。
 
 明治維新の際には私は子供だったから長州藩の藩政にはほとんど携わってはいないのだが、父である毛利元徳もとのりが、明治29年に亡くなったので私が公爵家の後を継いだのだ。
 明治2年、版籍奉還が行われて父は一時知藩事になっていたが、明治5年には廃藩置県によりそれも無くなり、父は上京して第15国立銀行頭取、公爵、貴族院議員となっていた。

 従って、父の場合は正しく元長州藩主なのであるが、私の場合は単にその嫡男に過ぎないので、元長州藩主と呼ばれるのは些かおかしいと感じているのだが、世間にはその方が通りが良いらしい。
 まぁ、いずれにしろ父の逝去に伴い、私は公爵家と貴族院議員を引き継いでいたわけである。

 明治43年(1910年)9月、私が45歳の折に、我が屋敷を訪ねてきた若者が居った。
 富士野宮の嫡男である宏禎王である。

 彼は未だ学習院中等部の生徒に過ぎないが、宮様の家系という身分は当然に侮れない。
 しかも事前に侍従を先乗りさせて会見の予約を取ってからの正式な来訪だった。

 或いは富士野宮様の意向を受けての内密な話かと思ったりもしたが、私の予想は外れていた。
 驚いた事に、何と法案を引っ提げての陳情という直談判であったのだ。

 宏禎王とは一応宮中での礼式などで顔は見知っていたのだが、歳が離れているので会話などは交わしたことが無かった。
 宮家嫡男とは言え、私の公爵という身分に対して真摯な態度で挨拶を行う様子は、非常に好感が持てた。

 富士野宮様も皇族議員として貴族院に列せられてはいるが、慣例として皇族はほとんど議会に参席なさらないので政務には疎いかと思っていたがそうではないようである。
 この成人もしていない宏禎王が、前口上として述べ始めたのは我が国の現状と世界の趨勢及び国政概要だったのだ。

 何故か近来の国家予算の詳細までもそらんじているという驚くべき天才であった。
 貴族院議員としてそれなりの知識はあるし、国家予算についてもかなりの情報を持っていたはずなのだが、正直なところこの宮家嫡男には圧倒された。

 その上で、宏禎王は、今後国家の近代化を進めるうえで絶対に必要となる法案として、大深度地下の利用を国策として自由化しなければならないと力説したのである。
 そのための策として、「概要」、「要綱」、「法律案・理由」「新旧対照条文」、「参照条文」にまとめた法案の写しを私に手渡した。

 無論、それぞれの説明が宏禎王により行われ、付け焼刃の説明ではないことが伺えた。
 法務省や法制局の官僚でもか程に要領を得た説明ができようかと思われる程だったのだ。

 そうして圧巻は、大深度地下利用に関する法案成立後の計画であった。
 まず最初に行うのは帝都に地下鉄を整備することのようだ。

 東京駅から神田橋、神保町、飯田橋、神楽坂、高田馬場を経て中野に至る弧を描くような経路の地下鉄計画図を見せられて思わず唸ってしまった。
 しかもこの地下鉄は、地上駅敷地の用地買収さえ上手く行けば、一年経たずに建設できるというのである。

 外国において路面電車のみならず地下鉄ができていることは聞いて居るし、帝国でも帝都に路面電車の拡大機運が高まっているのは知っておる。
 だがいずれも施設整備費に難を抱えている状態であるし、事業者が複数現れて一時期党利党略の政争にまで進んだことは記憶に新しい。

 ようやく東京市営電車としてまとまりかけているこの時期にこの新規の提案はどうだろうと若干不安に感じたが、目の前の少年は言い切った。

「地下50mの深さに電気鉄道を敷設することは非常に難しいので既存の業者では実現できません。
 その意味ではある意味で私が関与する一部事業者の独占を許すことにもなりますが、我が国の将来を見据えた近代化には是非とも交通網の整備が必要です。
 東京から大阪まで人や物の移動に20時間もかかるのでは、いざというときに間に合いません。」

 そう言って彼はもう一枚の絵図面を見せてくれた。
 それは北海道から九州までを一つの地下鉄又は地下道の路線でつなぐ大計画であった。

 彼の話では、地下鉄で時速300キロ以上で走る高速電車を走らせ、地下高速道路には時速150キロを超える速度で失踪する馬無し馬車を走らせるそうな。
 明治31年に初めて帝国に持ち込まれた馬無し馬車は仏製のモノであった。

 それ以後、徐々に「自動車」と銘打って輸入車が出回り始め、購入者が増えては来ていたが、油も高い上に整備維持費が高いらしいので我が家では購入していなかった代物だ。
 馬より早い利便性は認めるが、国産の自動車は未だいいものができず、米国産の自動車に席巻されている状態だったので、帝国貴族院の一員としてはその状況に憂いていた状況だったのだ。

 しかしながら、明治41年10月に飛鳥電気製作所が新型自動車「韋駄天」を発売して以来、性能、価格、維持費のいずれをとっても優秀であったためにすぐに寡占状態となって外国車を完璧に締め出している。
 で、この「韋駄天」を製造している飛鳥電気製作所は、何と宏禎王が実質差配している会社であるという驚愕の事実を本人から聞いて初めて知った。

 「韋駄天」は、この4月に我が家も購入し、運転手一名を張り付けて運転と整備に就かせている。
 この高性能な「韋駄天」の出現により、政府では早急に道路整備と交通法規の制定に向けて懸命な努力を行っているところである。

 確かに「韋駄天」は高性能であり、速度計には200キロまでの速度表示がなされるようになっているのだが、当然のことながらそんな速度で走り回れるような道路は帝都内には無いし、田舎でもそんな速度で走り回られては人身事故等の元凶ともなる。

 従って喫緊の課題として法整備と道路整備が望まれているのである。
 その火付け役がこの宮家嫡男であったことは驚くべきことと言えるだろう。

 何れにしろ、宏禎王の説明でこの法案の趣旨については理解し十分に納得できたので、法案の写しを貰い以後自分なりに検討することとした。
 そうして一か月後貴族院議員の有志による法案提出が検討されたのである。

 宏禎王は貴族院議員の華族議員の全員に対して私と同様に周到な根回しを行い、説得していたようだ。
 従って貴族院での事前検討は至って簡単に終了し、法制局へと送られた。

 法制局で法案としての成熟度を検討し、法案五点と呼ばれる書類の成文確認を行い、それから貴族院での審議にかけるのである。
 他にも法案は多々あったが、無事に「大深度地下の利用に関する法案」は全会一致で貴族院を通過し、衆議院へ送られた。

 衆議院での法案説明については、私が三条公喜きみよし公爵とともに法案提出代表として衆議院議員等からの質疑を受け、紆余曲折はあったものの衆議院も賛成多数で無事通過し、明治44年2月に法案は成立した。
 周知期間として1年を置いて、明治45年2月12日から新法が施行されることになったのである。

 後で聞いた話であるが、政府及び衆議院の多数派工作はどうやら宏禎王が事前に根回しを済ませていたようだ。
 宏禎王はあの若さで政界のフィクサーになれる才能も持ち合わせていると改めて認識したものだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

仮想戦記:蒼穹のレブナント ~ 如何にして空襲を免れるか

サクラ近衛将監
ファンタジー
 レブナントとは、フランス語で「帰る」、「戻る」、「再び来る」という意味のレヴニール(Revenir)に由来し、ここでは「死から戻って来たりし者」のこと。  昭和11年、広島市内で瀬戸物店を営む中年のオヤジが、唐突に転生者の記憶を呼び覚ます。  記憶のひとつは、百年も未来の科学者であり、無謀な者が引き起こした自動車事故により唐突に三十代の半ばで死んだ男の記憶だが、今ひとつは、その未来の男が異世界屈指の錬金術師に転生して百有余年を生きた記憶だった。  二つの記憶は、中年男の中で覚醒し、自分の住む日本が、この町が、空襲に遭って焦土に変わる未来を知っってしまった。  男はその未来を変えるべく立ち上がる。  この物語は、戦前に生きたオヤジが自ら持つ知識と能力を最大限に駆使して、焦土と化す未来を変えようとする物語である。  この物語は飽くまで仮想戦記であり、登場する人物や団体・組織によく似た人物や団体が過去にあったにしても、当該実在の人物もしくは団体とは関りが無いことをご承知おきください。    投稿は不定期ですが、一応毎週火曜日午後8時を予定しており、「アルファポリス」様、「カクヨム」様、「小説を読もう」様に同時投稿します。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

魔法少女マヂカ

武者走走九郎or大橋むつお
ファンタジー
マヂカは先の大戦で死力を尽くして戦ったが、破れて七十数年の休眠に入った。 やっと蘇って都立日暮里高校の二年B組に潜り込むマヂカ。今度は普通の人生を願ってやまない。 本人たちは普通と思っている、ちょっと変わった人々に関わっては事件に巻き込まれ、やがてマヂカは抜き差しならない戦いに巻き込まれていく。 マヂカの戦いは人類の未来をも変える……かもしれない。

天竜川で逢いましょう 起きたら関ヶ原の戦い直前の石田三成になっていた 。そもそも現代人が生首とか無理なので平和な世の中を作ろうと思います。

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!?

うちの兄がヒロインすぎる

ふぇりちた
ファンタジー
ドラモンド伯爵家の次女ソフィアは、10歳の誕生日を迎えると共に、自身が転生者であることを知る。 乙女ゲーム『祈りの神子と誓いの聖騎士』に転生した彼女は、兄ノアがメインキャラの友人────つまり、モブキャラだと思い出す。 それもイベントに巻き込まれて、ストーリー序盤で退場する不憫な男だと。 大切な兄を守るため、一念発起して走り回るソフィアだが、周りの様子がどうもおかしい。 「はい、ソフィア。レオンがお花をくれたんだ。 直接渡せばいいのに。今度会ったら、お礼を言うんだよ」 「いや、お兄様。それは、お兄様宛のプレゼントだと思います」 「えっ僕に? そっか、てっきりソフィアにだと………でも僕、男なのに何でだろ」 「う〜ん、何ででしょうね。ほんとに」

日本国転生

北乃大空
SF
 女神ガイアは神族と呼ばれる宇宙管理者であり、地球を含む太陽系を管理して人類の歴史を見守ってきた。  或る日、ガイアは地球上の人類未来についてのシミュレーションを実施し、その結果は22世紀まで確実に人類が滅亡するシナリオで、何度実施しても滅亡する確率は99.999%であった。  ガイアは人類滅亡シミュレーション結果を中央管理局に提出、事態を重くみた中央管理局はガイアに人類滅亡の回避指令を出した。  その指令内容は地球人類の歴史改変で、現代地球とは別のパラレルワールド上に存在するもう一つの地球に干渉して歴史改変するものであった。  ガイアが取った歴史改変方法は、国家丸ごと転移するもので転移する国家は何と現代日本であり、その転移先は太平洋戦争開戦1年前の日本で、そこに国土ごと上書きするというものであった。  その転移先で日本が世界各国と開戦し、そこで起こる様々な出来事を超人的な能力を持つ女神と天使達の手助けで日本が覇権国家になり、人類滅亡を回避させて行くのであった。

剣と魔法の世界で俺だけロボット

神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎町に住んでいたロボット好きの宮本荒人は、交通事故に巻き込まれたことにより異世界に転生する。 転生した先は、古代魔法文明の遺跡を探索する探索者の集団……クランに所属する夫婦の子供、アラン。 ただし、アランには武器や魔法の才能はほとんどなく、努力に努力を重ねてもどうにか平均に届くかどうかといった程度でしかなかった。 だがそんな中、古代魔法文明の遺跡に潜った時に強制的に転移させられた先にあったのは、心核。 使用者の根源とも言うべきものをその身に纏うマジックアイテム。 この世界においては稀少で、同時に極めて強力な武器の一つとして知られているそれを、アランは生き延びるために使う。……だが、何故か身に纏ったのはファンタジー世界なのにロボット!? 剣と魔法のファンタジー世界において、何故か全高十八メートルもある人型機動兵器を手に入れた主人公。 当然そのような特別な存在が放っておかれるはずもなく……? 小説家になろう、カクヨムでも公開しています。

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

処理中です...