親王様は元大魔法師~明治の宮様に転生した男の物語~戦は避けられるのか?

サクラ近衛将監

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第二章 富士野宮(ふじのみや)宏禎(ひろよし)王

2-10② 西浦の住人

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 儂は西浦湾で網元をしている濱口吾平というものじゃ。
 西浦はもう20年以上も前(明治22年)に古宇村、平沢村、久連村、木負村、河内村、立保村、足保村、久料村、江梨村が合併して君沢郡西浦村になったのじゃが、沼津近辺では最も広い面積を有する村じゃ。
 
 駿河湾の北東湾奥では内浦湾が一番静穏な海じゃが、西浦湾もそれに次いで波の静かな浜を持っているから古くから漁業が盛んなところじゃった。
 そこに天皇陛下の居わす都から一群の者たちがやってきた。
 
 村長を始め村の有力者で主だった者が、木負にある臨済宗永源寺に集められた。
 集会所がないので大勢が集まる場所は古くから寺の境内やお堂が使われていたのじゃ。

 話が難しゅうてよう解からんところもあったのじゃが、要はこの西浦湾の一角に大きな造船所を造るっちゅうことで西浦湾の西部域の浜を河内川からほぼ全域にわたって買い取るということらしい。
 何でも宮様が関わっておるらしく一介の村長程度が少々ごねたところで屁のツッパリにもならんらしいのじゃ。

 したども儂らにとっては死活問題じゃ。
 何せ西浦の漁師の船揚げ場となる浜がその造船所面接予定地に含まれとるから、そこを取られたら漁に出て行けんようになる。

 同じ西浜の網元の金指三五郎が勇ましく声を上げた。

「儂らは魚を採ってなんぼの商売じゃ。
 船揚げ場の西浜を取られたら、儂らはおまんまの食い上げじゃ。
 河内川の東に船揚げ場を移せんことはないじゃろうが、儂らの家から船揚げ場が遠のいては商売にならん。
 西浜から東浜に移るだけで行き来に時間がかかって水揚げの魚の処理が遅くなってしまうわい。
 儂らの船揚げ場だけは外してはくれんのかいな?」

 途端に仲間の漁師らが「そうじゃ、そうじゃ」と気勢をあげる。
 だが、都から来たという若い男が落ち着いたままで説明を始めた。

 儂らの前に大きな絵図面を広げ、造船所の完成予想図を見せてくれたのじゃ。
 で、それによれば、西浦湾の開口部に当たる木負崎から長井崎の沖合方向に向けて、長さ五百尋の防波堤が作られ、更に北東端に二百尋の開口部を設けるように長井崎から西北西に向けて百尋の防波堤を作るのだそうじゃ。
 
 図面で見るとようわかるが、西浦湾が大きな防波堤二つに囲まれて、湾内は実に静かになることがわかると言うものじゃ。
 これまで冬場は西浦湾内であっても北寄りの風が吹くと時化たものじゃが、この防波堤ができれば間違いなく冬場でも浜の波はなくなるじゃろう。

 それに、河内川河口から1町に渡って漁港と桟橋それに船揚げ場が整備され、そこを儂らが使えるようになるそうじゃ。
 おまけに河口部には鉄の橋を架けて東浜とも行き来が便利になるそうじゃ。

 それを聞いて、東浜の漁師連中が慌てて尋ねた。

「儂ら東浜の船でもその漁港は使えるのかのぉ。」

「漁港をどう使われるかは、村の皆さんで話し合いで決めてください。
 私たちは、漁港に付随する桟橋と船揚げ場それに簡易魚市場を補償で造るだけです。」

 わしら漁師にとってはそれが聞けただけで十分じゃった。
 商売は続けられるし、漁港までも作ってくれるんじゃ。
 文句など言えるはずもない。

 その説明会からわずかに10日後には、防波堤工事が始まり、更にその三日後には漁港と造船所の建設が一気に始まったのじゃ。
 あれよあれよという間に工事は進み、説明会から半年後には防波堤も漁港も出来上がっておった。

 造船所の敷地の大部分は西浜の海岸を埋め立てて造られたものじゃったが、取り付け道路その他で既存の家が何軒か取り壊さねばならなかったもののその補償もなされ、これまでよりも余程広い新築の立派な家が近くに建てられておって、補償を受けられた者は随分と喜んでおったようじゃ。
 明治42年11月には小さな防波堤に囲まれた船溜まりと浮桟橋それに物揚げ場を擁した西浦漁港が完成し、それから半月余りで魚市場の上屋も完成したのだった。

 12月には漁港の落成式が行われ宮家の富士宮様から銘酒などを含めた御大層なお祝いの品々をいただいて、村挙げての宴会を魚市場で開いたものじゃった。
 一方で、造船所の建設には時間がかかり年明けの3月にようやく一期工事が完了したようだった。

 都から来た偉いさんの話では、10年かけて二期工事、三期工事と続くらしい。
 このために造船所で働く者も随分と増えることになるらしい。

 何せ、一期工事完成後には一度に工員200名ほどが村に移住してきたし、その家族を含めると一気に村の人口が倍になったものじゃ。
 その人口を支えるために店が増えたし、職工や下請け工場も少しずつ増えてくるようじゃった。

 何より沼津駅までの道路がよくなり、馬引きが増えた。
 何とはなしに文明開化が西浦まで押し寄せた気分じゃったなぁ。

 儂のとこの孫娘が飛鳥造船所の工員と結婚したのは造船所が出来上がってから4年目、大正3年の秋のことじゃった。
 そのころには、飛鳥造船といえば静岡県内でも一、二を誇る優良企業になっておったんじゃ。

 この飛鳥造船は海軍さんのに収める軍艦も建造しよるらしい。
 尤も、儂らが見れる船は、さほど大きな大砲も持たない軍艦じゃて、随分と弱っちいのじゃが、あんなので日露戦争の海戦はできなかろうと思うのじゃが、・・・。

 少なくとも孫が使っとる教科書に載っておる軍艦三笠はでかい大砲をたくさん積んどって、随分と頼もしい絵になっとるが、飛鳥造船で造っとる船は大砲らしきものは一門だけで随分とのっぺりとしとるんじゃ。
 何でも海防艦という名でどっちかというと哨戒や偵察に使われる軍艦というより補助艦という種類らしく、本物の戦艦は横須賀で造っとるという話じゃ。

 まぁ、それでも大きな軍艦まがいの船を一年に二隻も作っとるし、他にも大型の貨物船を作っておるようじゃ。
 建造中は乾ドックとやらに入っておるし、大きな布のようなものでおおわれておるので見えないが、造船所の桟橋に出来上がった船が横付けされておるところだけは海の上から見えるし、対岸の東浜からも見えるのじゃ。

 良うは知らんが、あれだけの大きな鉄の船を作るにしては建造期間がものすごく短いという噂だけは聞いておる。
 横須賀にあるという海軍工廠では、軍艦1隻を少なくとも2年程もかけて作るらしいのじゃ。

 まぁ、何にせよ、飛鳥造船所がわが村に在るおかげで西浦村は人口は増加傾向にあり、近々街に昇格するかもしれんという噂も聞こえてきているので、儂ら住民としては万々歳じゃ。


 ◇◇◇◇◇

注): 日露戦争に参加した戦艦三笠は、英国の造船所で明治32年1月から明治33年11月にかけて建造されたのですが、儀装に更に1年余りを費やして明治35年3月に引き渡されたものです。
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